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37.あつまれアニマル村

 それは新緑が美しいある日の出来事です。

アンティークの店「蜃気楼しんきろう」の店内では兄のアレクサンドルが大あくびをしながら、店の棚にはたきをかけていました。


「あ~、もう。暇だな~。なぁジェル、なんかおもしれぇことねぇかな?」


「そんなことがあるなら、とっくに言ってますよ」


 ワタクシがカウンターで読書をしながら返事をすると、アレクは窓の外を見ながらため息をつきます。


「はぁ……なんか遠くに行きてぇなぁ」


「遠くってどこですか?」


「うーん。わかんねぇけど、自然と触れ合いたい感じ。草花とか動物とか。ほら、今流行りのスローライフってやつ?」


「今のワタクシたちも大概スローライフなんですけどねぇ」


 しかし、このアンティークに囲まれた部屋の中で自然と触れ合いたいと言っても、なかなか難しいものです。


「魔物と触れ合って毒草を育てるとかじゃダメですか?」


「また俺を魔界に連れて行く気かよ。今回はそういうのじゃなくて、もっと心が明るくなるような青空の下で童心に返って遊びたいんだよな~」


「そうですねぇ……」


 何かいいアイデアは無いかと思案していると、店のドアが開く音がしました。いつの間にか誰か入ってきたようです。


「いらっしゃいませ。――おや、なんだ。シロじゃないですか」


 ドアの前に立っていたのは、ワタクシ達の友人であるシロでした。手には何やら茶色い紙袋を提げています。


「話は全部聞かせてもらったよ、僕に任せて!」


 そう言って彼は紙袋から小さな機械を取り出して、カウンターに置きました。

 機械には「あつまれアニマル村」と書かれたシールが貼ってあります。


「なんですか、これは?」


 ワタクシの問いにシロは得意気に答えました。


「今、神様の間でバーチャルゲームが流行ってて、いろいろ開発中でね」


「へぇ、神様もゲームで遊ぶんですねぇ」


 彼は見た目こそただの着物姿の子どもなのですが、実はこの地域を守る氏神なのです。


「うん。それで今回は新作ゲームのモニターに僕が選ばれちゃってさ。せっかくだからジェルやアレク兄ちゃんと一緒に遊ぼうと思って持ってきたんだ」


「お、ゲームか! やるやる!」


 ゲームと聞いて、早速アレクが目をキラキラさせて飛びつきます。

 ワタクシはあまりそういう物には詳しくないのですが、これで退屈がまぎれるならありがたい話かもしれません。


「いったい何のゲームなんですか?」


「やればわかるよ。少なくとも今の2人にはぴったりじゃないかな」


 そう言ってシロは、ワタクシ達にコントローラーを握らせると、ゲームの開始ボタンを押しました。


「じゃあいくよ――」


 シロの声がした後、スッと一瞬気が遠くなる感覚がして思わず目を閉じ、再びまぶたを開くと、不思議なことにそこはもう店の中ではありません。


 青い空、白い雲。そよ風が吹いていて、どこからか花の香りがしています。目の前には森があって、木にはたくさんの赤い実がついていました。


「ここは、ゲームの中なのですか……?」


 周囲の変わりように唖然としているワタクシの耳に、ピチチチ……と小鳥のさえずりやザワザワと木々が揺れる音と、川のせせらぎが聴こえてきます。


「びっくりした? これ全部触れるんだよ」


 シロが目の前で草むらに触れると、サラッと音がして本物同様に草が揺れました。

 ワタクシも手近の草に指先で触ってみると、ちゃんと葉っぱの感触がしてさらには草の匂いまでします。


「まるで本物みたいですね……」


「おーい、2人ともこっちに来いよ、川の水が冷たくて気持ちいいぞ!」


 振り向くと、いつの間にかアレクがズボンを脱いで川に入っていました。


 趣味の悪い彼のビキニパンツのスパンコールが、太陽の光に反射してキラキラ輝いています。そんなところまでリアルとは驚きです。


 なるべくそれを視界に入れないように、ワタクシ達も川に近づくと、アレクが笑いながら器用に手を組んで水でっぽうを作って水をかけてきました。


「うわっ、ちょっとアレクやめてください!」


「ハハハ、すげぇなぁこれ!」


 ワタクシも素足になって足先をちゃぷんと川に浸してみると、冷たく流れる水の感触がしました。

 本当にこれがゲームの中だとしたらすごい技術です。


「あっ、2人ともタオル持ってくるから待っててね。僕の家、すぐ近くだから」


 そう言ってシロは川にかかった木製の橋を渡り、その先の小さな小屋へ入って行きました。


「ゲームの中に家があるなんて面白いですねぇ」


「機械に『アニマル村』って書いてあったし、村に住むゲームなんじゃねぇかな」


「へぇ、つまりここがアニマル村ってことですね。他に住民はいるんでしょうかね……」


 そんな話をしていると、シロがタオルと一緒に虫取り網と空っぽの虫カゴを持って戻ってきました。


「お待たせ、タオル持ってきたよ!」


「ありがとうございます。――あの、その網とカゴは?」


「昆虫採集もできるからついでに持ってきたんだ! やってみる?」


「おー! お兄ちゃんに任せとけ!」


 シロが網を差し出すとアレクは飛びつきましたが、ワタクシはあまり興味が無いので遠慮しました。

 川から出て3人で森に向かうと、蝶や赤トンボにカブトムシ、そしてセミまで木に止まっています。


「いやっほーい! お兄ちゃんガンガン捕まえるぞ~!」


 アレクは網を振り回しながら駆け出して行きました。


「季節感めちゃくちゃですね……」


「うん、テストプレイだから時間や季節に関係なく全種類、虫が出るモードにしてるんだ」


 へぇ、すごいなぁと思いながら周囲を見回すと、牛や馬にゴリラ、犬や猫など服を着た動物たちが、アレクと同じように虫取り網を持ってうろうろしているではありませんか。


「――ちょっと、あれは何ですか⁉ 動物が二足歩行してるんですが‼」


「あぁ。もし進化して文明を得たのが人間じゃなくて他の動物だったら……って仮定の元で作ったシミュレーションゲームだから、人間の代わりに動物が暮らしてるんだよ」


「だから“アニマル村”なんですね」


「うん。AIだからある程度行動に決まったパターンはあるけど、おしゃべりもするし、服を着替えてオシャレしたりもするし、まるで人間みたいで面白いよ」


 確かに目の前で器用に網を操ってバシバシと一心不乱に虫を捕っている猫は、まるでパーティにでも行くかのようなドレス姿ですし、隣で木を揺すっているゴリラはアロハシャツを着ています。


「なるほど。皆さんオシャレですねぇ」


「おーい、ジェル~! シロ~!」


 アレクが森の奥から戻ってきて、元気いっぱいに高らかにカゴを掲げました。


「見ろよ、でっかいカブトムシが捕れたぞ!」


「おー、すごいですね。これは図鑑で見たことがありますよ……たしかヘラクレスオオカブトです。こんな物まで捕れるとは驚きですね!」


「アレク兄ちゃんすげー! それ高く売れるよ!」


「へへ、マジか~。でも売るのもったいないなぁ」


 売りに行くべきかどうしようか、なんて言いながら3人でカゴの中のカブトムシを眺めていると、シロが急に声をあげました。


「あっ、兄ちゃんの股間にニジイロクワガタがいるよ!」


 森をうろうろする間に張り付いていたのでしょうか。

 アレクの黒いズボンの股間に、虹色に輝く小さなクワガタムシの姿がありました。


 次の瞬間、周囲にいた動物達が目の色を変えて一斉に集まってきて、アレクの股間めがけて激しく網を振り下ろしたのです。


 バシバシバシバシ!!!!


「ギャー!!! いてぇぇぇぇぇぇ~~~!!!!」


 股間を押さえてうずくまるアレクからニジイロクワガタがブーンと飛んでいき、動物達は無言でそれを追いかけて行きました。


「大丈夫ですか、アレク?」


「なんなんだあいつら……お兄ちゃんのお兄ちゃんが捕獲されるとこだったぞ……」


「AIだから細かいことはあんまり気にしないんだよ。あのクワガタも高額で売れるから、動物達が必死で捕りに来るんだよね」


「くそ、あいつらには人の心が無いのか!」


「そりゃあAIですからね……」


 涙目のアレクを慰めながら、ワタクシ達は再び村を探索しました。


 先ほどは無言で網を振り下ろしてきた動物達でしたが、話しかけてみるといたって気さくなようです。


「おめぇは誰だ~?」


「あの、えっと。俺、アレクサンドルって名前で……」


「おめぇ、アレクサンドルってのか! 桃は好きか? よかったら食え」


「お、おう。サンキュー!」


 最初は警戒していたアレクも、動物達に話しかけて多少打ち解けたようでした。


 その後も川で魚を釣ったり、砂浜で貝殻を拾ったりしてのんびり過ごし、ワタクシ達はスローライフを満喫しました。


「ありがとうシロ、とてものんびりできて良い気分転換になりました」


「よかった~。じゃあ、そろそろ帰りのゲートが開く時間だから帰ろうか。……あれ? アレク兄ちゃんは?」


「それが、また虫取り網を持って森の奥に行ってしまいまして……」


 彼はまだまだ遊び足りないと言って、ついさっき仲良くなった動物達と一緒に出かけてしまったのです。きっと当分は帰ってこないでしょう。


「困ったなぁ。これを逃すと次に帰るゲートが開くのは明日なんだよね。僕この後、神社でクロの散歩に行かないといけないんだけど……」


「そういえばワタクシこの後、観たいテレビがあるんですよねぇ」


 ワタクシ達は顔を見合わせ、少しの間沈黙しました。


「――置いて行こうか。また明日迎えにくればいいし」


「そうですよね、アレクなら1日くらい大丈夫でしょうし」


「そうだよね! アハハハハ!」


 こうしてワタクシ達はアレクをゲームの世界に残し、元の世界に帰ってきたのでした。


 ちゃんと「アレク兄ちゃんへ。また明日迎えに来るので適当に遊んでてね」と書き置きを残しておいたのできっと問題ないでしょう。


 ――その時は、そう思っていたのですが。


 翌日、再びワタクシ達がアニマル村を訪れると、そこには信じられない光景が広がっていました。


 村のいたるところに、パンツ一丁のアレクの姿を模った黄金の像が建設されていて、それを作っている住民達も同様にギラギラのビキニパンツをはいているではありませんか。


 犬も猫も、鳥もゴリラも、みんなスパンコールで股間が輝いています。


「あのオシャレだった住民達が、アレクそっくりの悪趣味なパンツ姿に……!」


「たった1日で村の様子が変わっちゃった……」


 恐る恐るパンツ姿の動物たちに話しかけてみると「ここはアレク王国だよ」と返事が返ってきます。


「建国してる……!」


「もう、兄ちゃん何やってんだよ……あ。僕の家、無事かなぁ」


 橋を渡ってシロの小屋のあった場所に行くと、そこはパンツ工場に変わっていました。


「僕の家がパンツ工場に!!!!!!」


「なるほど、住民のパンツはここから……」


 工場にいた動物にアレクの所在を聞いてみると「王様なら宮殿だよ」と森の向こうの立派な建物を教えられました。


 言われた通りに宮殿に行くと、そこには動物達を従えてパンツ一丁のアレクが玉座に座っていたのです。


「いやぁ~、村の皆に王様になってって頼まれちゃってなぁ……じゃあお兄ちゃん、国作っちゃおうかと思ってさ~!」


 ハハハと笑いながらテーブルに並べられた山盛りの果物を食べるアレクを見て、あらためてワタクシ達は彼のスペックの高さを思い知ったのでした。


次の更新は6月6日(土)の予定です。ここまで読んでくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「そりゃあAIですからね……」 ←ワロタw この話、最近では一番面白いですね。
[良い点] 今回はあのゲームが元ネタですか~! 手で組む水でっぽう、子供のころやりましたねえ。 童心に帰って遊ぶシロさんとお兄ちゃんが可愛かったです。 しかしいったいどんなことをして村人(?)たちを…
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