34.俺のチョコ(挿絵あり)
なぁ、バレンタインデーって知ってるか。
俺が弟のジェルからチョコレートをもらえる日のことだ。
でももらえるって言っても簡単じゃなくてさ。ジェルのやつ、俺が簡単に受け取れないように毎年どこかにチョコを隠すんだよ。
しかも単に隠すだけじゃなくて、ゴーレムを召喚したりモンスターを配置してまで妨害するわけ。
普通に渡してくれたらいいのになぁって思いつつ、そういう趣向なんだろうと解釈して俺は毎年トラップを乗り越えてあいつのチョコを受け取ってたんだよ。
だけど、ついにジェルは素直に渡すことを覚えたらしくてな。去年は何のトラップも妨害も無くて普通にテーブルの上に置いてあったんだ。
綺麗なピンクの包装紙に赤いリボンと花の飾りでラッピングされてて「アレク用のバレンタインチョコです。受け取ってください」って書かれたメッセージカードまで添えられてた。
“アレク用”って言い方はどうかと思ったけど、でもそんなこと気にしない気にしない。
なにせ中身は心がこもった手作りだったから。
雑誌で読んだことあるけど、手作りチョコって「本命」ってやつだろ?
一番大事な人にあげるやつだって書いてあった。
つまり、これはジェルが一番大事なのはお兄ちゃんだってことだよな。
「――よくまぁそう都合よく解釈できるねぇ、アレク兄ちゃんは。まぁジェルもなんだかんだで活き活きしてる感じだったし、別にいいけど」
神社の境内に設置された足湯に足を浸しながら、俺は友人である氏神のシロと今年のバレンタインデーについて話し合っていた。
「今年はどんなチョコがもらえるのかなぁ。楽しみだ」
俺の言葉を聞いたシロは、小さな足でチャプチャプとお湯を軽くかき回すようにしながら軽くため息をつく。
「まったく。もらうことばっかり考えてちゃダメだよ、アレク兄ちゃん。与えることも考えないと」
「与えること……?」
――そうか。それもそうだよな。
バレンタインデーは俺がチョコをもらえる日だとばかり思ってたけど、別に俺がジェルにあげたって構わないんだということに気付いた。
もし俺がチョコをあげたらあいつは喜ぶだろうか。どんな顔をするのかちょっと見てみたい気がする。
「シロ、ありがとうな。俺ちょっといいこと思いついちゃったわ!」
「いいことって?」
「へへ、内緒。じゃ、そろそろ帰るよ」
湯で温まった足をタオルで拭いてシロに軽く手を振り、神社を後にした。家に帰るとリビングで読書をしていたジェルが俺に気づいて顔を上げた。
「おかえりなさい、アレク。どこに行ってたんですか?」
「いや、ちょっと散歩ついでにシロの神社に寄ってきただけ」
「そうでしたか。外は寒かったでしょう、今お茶入れますね」
そう言ってジェルは読みかけの本を置いて立ち上がり、キッチンで紅茶を入れて持ってきた。
俺はソファーに座って紅茶を飲みながら、ジェルにチョコの話を切り出してみることにする。
「あ、あのな、ジェル。バレンタインなんだけどさ」
「バレンタインがどうしましたか?」
「いつも俺がもらってばかりだから、今年は俺がチョコあげようと思うんだが……」
その言葉にジェルは一瞬目を丸くしたが、すぐにパッと花が咲いたような明るい笑顔を見せた。
「アレクがワタクシにくださるんですか。それは楽しみですね」
――よかった。いい提案だったみたいだ。
「うん。俺、すげぇの用意するから楽しみにしててくれ!」
俺は紅茶と一緒に出されたクッキーをつまみながら、どんなチョコをプレゼントしようか考えていた。
どうせなら特注品にしよう。
チョコといえばやっぱりベルギーだろうか。
数日後。俺は知り合いに紹介してもらったベルギーの菓子職人に会いに行き、あるデザインのチョコを注文することにした。
「しかし良いとこだなぁ。こんなにたくさんチョコレートの店があるとは思わなかった」
俺が向かったのはベルギーの首都から電車で1時間くらいのブルージュという小さな街だ。
中世ヨーロッパの古い建物がそのまま残っていて、その絵画のような風景は観光地としても人気の街で、歩いているだけでも楽しい。
街の中はたくさんのチョコの店があって、ラッキーなことにその中でも特に美味しいと評判の菓子職人の店で作ってもらえることになった。
特注品はかっこいい俺の全身像……と思ったんだけど、菓子職人と相談した結果、手を模ったチョコにした。
そもそも等身大の俺の形したのなんて型をとるのも大変だし、デカすぎて食いきれねぇだろうしな。
手のポーズはどうするか迷ったけど、ピースサインにした。俺の手がカッコよく見えるイカしたポーズだ。
菓子職人の手によって型から取り出され飾りつけされたチョコは、ちょっとした芸術品みたいで俺は絶賛しながらあらゆる角度から写真を撮った。
ジェルに写真を送ったら「これはすごい! 実物もきっと素敵でしょうね。楽しみにしてます!」と返事が返ってきて、なかなかの好感触だ。
ジェルのうれしそうな反応を見て、俺は一刻も早くこの完成品を渡したくなった。
この芸術的なチョコを見たらきっと感激してくれるに違いない。
「よーし! 後は持って帰るだけだ! ありがとな!」
俺は美しくラッピングされた箱を受け取ってトランクの中に入れた。
菓子職人には「別便で空輸したほうが温度管理がしっかりできていいんじゃないか?」と言われたが、それは断って自分でチョコを持って帰ることにした。
やはりこういうのは自分で運んで直接ジェルに渡したいからな。
ベルギーから直行便で12時間かけて家に帰った俺は、リビングに座って一息つくと、早速持って帰ってきたチョコの箱を差し出した。
「これ、バレンタインチョコ。お兄ちゃんの気持ちがしっかりこもってるつもりだから……もらってくれ」
「アレクの気持ちですか。ふふ、ありがとうございます」
ジェルは軽く微笑んで、丁寧にラッピングを外して箱を開けた。
さぁ、お兄ちゃんのスペシャルかっこいいチョコとのご対面だ!
「えっ、なんですかこれは……プッ、アハハハハ!」
あれ? そこは感動するシーンだと思うんだけど。何故かジェルは箱の中を見て大笑いしている。
「おい、どうしたんだよ、ジェル……あぁぁぁぁぁっ!」
――いや、まさか。完全に予想外だったわ。
中を見てみると、土台の細やかな装飾がドロドロに溶けていて、かっこよくピースサインをしているはずのチョコの人差し指が、くにゃりと内側に曲がっていた。
これではどう見ても中指を立ててケンカを売っているようにしか見えない。指が1本足りないだけなのに大惨事だ。
「もう、チョコはちゃんと温度管理しないとダメじゃないですか!」
ジェルはまだクスクス笑っている。
そういえば、帰りの電車の中でうっかりトランクをヒーターの近くに置いていたから熱が直撃してたかもしれない。
こんなことになるなら、菓子職人が言ってたように別便で空輸すべきだったと後悔した。
「ごめんな、ジェル。すげぇチョコあげる予定だったのに……」
「これも十分“すげぇチョコ”ですけどね」
「でも……」
「アレク。はい、あーんして?」
大失敗のショックでうつむく俺の傍にジェルが来て、大きな飴玉みたいなサイズの丸いチョコを俺の口元に差し出した。
「え、あーん……?」
反射的に口を開くと、口の中いっぱいに甘い味とチョコとラム酒の香りが広がる。
「今年はトリュフを作ってみたんですよ。どうですか?」
「……おいしい」
まさかジェルもチョコを用意してくれていたなんて。ちょっと――いや、かなりうれしいかも。
「今までで一番平和なバレンタインデーになりましたねぇ……」
ジェルは俺がチョコを味わっている様子を見て、穏やかに微笑んだ。
平和なバレンタインデーかぁ。本当そうだよなぁ。
ふと、俺の脳裏に「もらうことばっかり考えてちゃダメだよ、アレク兄ちゃん。与えることも考えないと」というシロの言葉が浮かんだ。
「なぁジェル。俺のチョコもよかったら食べてくれないか?」
「……え。これを?」
ジェルは急に真顔になって、テーブルに置かれた半分崩れかかっている俺の手の形のチョコを凝視している。
「いえ、結構です。遠慮します!」
ジェルはまるで怖いものを見て腰が抜けて立てなくなった人みたいに後ずさりして、手を前に突き出して全力で拒否のポーズをとった。
なんでだよ、形はちょっと残念になっちゃったけどベルギーのすげぇチョコなのに。遠慮しなくていいぞ?
俺はチョコの箱を掴んでジリジリと近づく。
「だって劣化しておいしくなさそ――」
「よし、お兄ちゃんが食べさせてやるよ!」
ぶんぶん首を振って要らないと繰り返すジェルに向けて、俺は中指を立てたチョコレートを笑顔で差し出したのだった。




