33.それは犯罪です!?(挿絵あり)
それはワタクシと友人である氏神のシロの、暇を持て余した雑談から始まりました。
「ねぇ、シロ。見てくださいよこのおもちゃ……」
ワタクシが手にしているのは、謎の大きなネジがついたアニメキャラクターの人形です。
「なにそれ、その人形がどうしたの?」
「アレクがインドで買いつけてきたんですけど。こうやってネジを巻くと……」
ワタクシが人形を床に置いた瞬間、それはピカピカと発光しながらすごい早さで回転して、さらに調子はずれの洋楽が大音量で流れました。
「うわ、びっくりした! なにそれ何で光るの? 音楽もぜんぜんそのキャラクターと関係無いし!」
「なんとも味わい深い品ですよねぇ。うちの店の商品にはなりませんけど」
ワタクシが再びプラスチックの安っぽいネジを巻いて、ぼんやり回転を眺めているとシロが呆れた声でたずねました。
「ねぇねぇ。僕、ずっと疑問だったんだけど。アレク兄ちゃんさぁ、ちゃんと真面目に買い付けの仕事してるの?」
「どうでしょうね……? 彼が旅行をしている時、ワタクシは留守番ですから。話を聞いたり写真を見せてもらったりはしますけど、一緒に行くわけではないので――」
「もう、ジェルはアレク兄ちゃんに自由にやらせすぎだよ」
「そうですかねぇ?」
「そうですかねぇ、じゃないでしょ? 先日だって倒産しかけたのに。後で話を聞いて僕びっくりしたんだからね。ちゃんと仕事しないと本当に倒産しちゃうよ?」
倒産騒動はちょっと特殊なケースだったんですが、シロが心配するのも無理はないかもしれません。
実際、アレクの買い付けは彼がなんとなく気に入った物を買ってくるだけの適当な感じですから。
「ジェルが言えないなら、僕がアレク兄ちゃんにちゃんと仕事しろって言ってあげるよ。兄ちゃん今どこにいるの?」
「アレクなら、先日からニューヨークへ買い付けに行っているはずですが……」
「ニューヨークかぁ。――だったらさ、こっそりアレク兄ちゃんの後を尾行してみない?」
「え、尾行ですか?」
「うん、真面目に仕事してるのか見に行こうよ!」
こっそり尾行なんてあまり品の無い行動ではありますが、たしかにアレクが普段海外でどうしてるのかは気にならないわけではありません。
「しかし、今から行くには少々問題がありますね……」
ワタクシは壁にかけてある時計を見て、シロに提案しました。
「今から行っても時差があるので向こうは真夜中ですし、明日の朝に行きましょうか」
「え、時差ってそんなに違うの?」
「えぇ。14時間違うんですよ。こっちは今オヤツの時間ですが、向こうは夜中の1時ですね」
「それじゃダメだね。じゃあまた明日にしよう」
そういうわけで翌朝、転送魔術を使ってワタクシとシロはニューヨークへ旅立ちました。
店の裏に移動用の魔法陣を描いて呪文を唱えれば、あっという間にワタクシ達の姿はニューヨーク市内の公園の目立たない場所に転送されます。
こちらはちょうど夕暮れ時で周囲に人が少なく、どうやら良い感じに誰にも見つからずに済んだようです。
「――うわぁ、こっちも寒いねぇ。くしゅん!」
「えぇ。ニューヨークは今が一番寒い時期ですからね」
こちらも日本と同じく、季節は冬なのです。
日が沈み始めて雪がちらつく寒い中、コートとマフラーに耳当てまでつけてしっかり防寒したシロとワタクシは公園を出て、ニューヨーカーに混ざってアレクの姿を探しました。
「アレクの居場所は事前にスマホで確認しておきました。近くにいるはずですよ」
「あ、あれかなぁ。黒い格好だからわかりにくいけど、たぶんそうだよね」
アレクは小さな銀色のアタッシュケースを持って、黒いロングコートを着ていました。シンプルながらもスラリとしたシルエットが、彼のスタイルの良さを引き立てています。
「おや、変ですね。家を出た時は真っ赤なコートだったと思うんですが……」
「え、そうなの?」
「えぇ。派手なファーや飾りが付いたデザインでどこのロックスターのステージ衣装かなって感じのコートですから、一度見たら忘れられませんよ」
ということはわざわざ着替えたということになりますが、何かあったんでしょうか。
それに手に持っているアタッシュケースも見慣れない物です。
「これは怪しいですねぇ。気になるし尾行してみましょう」
アレクに気づかれないようにこっそり後をつけていくと、彼は人目を避けるかのように人通りの少ない道に入り、その先にあるバーに入って行きました。
「バーに入っちゃった。このまま僕らも入ったら見つかっちゃうよね。僕は姿が消せるからいいけどジェルはどうする?」
「――仕方ありませんね。途中にデパートがありましたから変装に使えそうな物を買いに行ってきます。シロは姿を消して店内でアレクを見張っててください」
ワタクシは大急ぎで、デパートで茶色いウィッグとサングラスを調達しました。
「やはり女装が一番簡単で気づかれにくいでしょうね……」
軽くウェーブのかかった長いウィッグを被り、サングラスをかけるといい感じにワタクシとはわからないようになります。
もともと女性と間違われるような容姿ですから、違和感も無いはずです。
「コートを脱がなければ中がスーツなのもバレませんし、これでいいですかね……」
こうしてワタクシは変装して、アレクが居るバーに向かったのでした。
扉をあけるとそこは20席程度の小さな店で、まだ夕方だというのにそこそこ盛況らしく、すでに半分程度の席が埋まっています。
奥のテーブル席に目をやると、胸元を大きく開けた紅いブラウスを着たアレクが物憂げな表情でグラスを傾けているのが見えました。
てっきり誰かと騒いで飲んでいるのかと思ったのに、静かに独りで飲んでいたとは意外です。
ワタクシはアレクから少し離れた席に座り、オレンジジュースを注文してそっと彼の様子をうかがっていました。
彼は琥珀色のお酒が入ったグラスを片手に、なにやら物思いに耽るような様子で座っています。
ライトに照らされた艶やかな黒髪、鼻筋の通った凛々しい顔立ち。長いまつ毛。寂しそうに遠くを見つめる透き通った海のような青い瞳。
彼の憂いをおびた顔は、心なしかいつもよりもより大人に見えて、まるで映画のワンシーンのようなどこか現実離れした美しさで――正直、格好良いと思ったのです。
「飲んでいるだけでサマになるなんて、ちょっと羨ましいですねぇ……」
そんな独り言をつぶやきながらジュースをちびちび飲んでいると、カウンター席で年配の男性達がなにやら騒然としているのが目に入りました。
「おい、俺の酒がねぇぞ!」
「おいおい。自分で飲んだの忘れちまったのか。これだから酔っ払いは……」
「いや、まだ飲んでねぇよ! いつの間にか空っぽになってたんだって!」
どうやらシロは姿が見えないのをいいことに、周囲のお酒を勝手に飲んでいるようです。やれやれ、とんでもない神様ですね。
ワタクシが苦笑していると、ギィ……と店の扉が開く音がして、サングラスに黒ずくめの見るからに怪しい雰囲気の男性が入ってきてアレクの向かいに静かに座りました。
男性はテーブルに置かれたアタッシュケースの中身をちらりと確認すると、アレクとなにやら小声で話しています。
何を話しているのか聞き取れませんが、頷くアレクの表情は真剣そのものです。
「アレク……何をしてるんでしょうか。この角度からだとアタッシュケースの中身が見えませんねぇ――」
「何か良くない取引だったりして」
ワタクシの耳元で、酒臭い匂いと共にシロの声がしました。どうやら姿を消したまますぐ隣に立っているようです。
「良くない取引って?」
「あの黒ずくめの男はマフィアで、麻薬の取引とかしてたりするんじゃ……」
――そんなまさか。あの普段はロボットアニメに夢中で、子どもみたいな無邪気な性格のアレクが犯罪に手を染めるだなんて。いくらなんでも似合わないにもほどがあります。
「でもアンティークの買い付けで世界中を旅行してるって、麻薬の売人をするには良い隠れ蓑だよね」
「それはそうですけど……」
もしそうだとすれば、旅行の度にブランド食器や宝飾品など高価なお土産をたくさんプレゼントしてくれたのも、日々の贅沢な暮らしができたのもすべて彼が麻薬で稼いでいたからだったというのでしょうか。
「そういえば兄ちゃん、なんかさっき深刻そうな顔でお酒飲んでたよねぇ」
「えっ、あ。確かに……」
もしかして先ほどの大人びた彼の瞳は、自身が闇社会に身を落としたことに対する憂いだったのですか……⁉
あまりの衝撃に、ワタクシは思わず両手で顔を覆いました。
「――アレク。あなたがそんな思いを抱えているのに、ワタクシは……何も知らずに暮らしていました、許してください!」
「あ、アレク兄ちゃんがお金もらってる。間違いない、あれは闇取引だよ!」
顔を上げてアレクの方を見ると、男性が彼にお金を渡しているところでした。アレクは慣れた手つきでお札を数えています。
「あぁ、いけません!」
ワタクシは思わず、自分の席を立って慌てて彼の席に近づきました。
「アレク、あなたはバカです! 犯罪に手を染めてまでお金を稼ぐなんて……!」
「……へ?」
アレクはきょとんとしています。そればかりか、マフィアと思われる男性まで一緒にきょとんとしているではありませんか。これはどういうことでしょう。
「えーっと。お嬢さん、誰だっけ?」
――あ。そういえば変装したままでした。ワタクシはウィッグとサングラスを外して改めて彼らの顔を見据えます。
「ジェル! 何でここにいるんだよ⁉」
「アレク兄ちゃん!」
シロも姿を現して、ほろ酔い顔でアレクに詰め寄りました。
「シロまで⁉ どういうこった?」
「兄ちゃんがマフィアと闇取引してるから止めに来たんだよ!」
「えっ、マフィアと闇取引ってなんだよ⁉」
アレクも向かいの席の黒ずくめの男性も、その言葉にびっくりしています。
「あの。もしかして、その方はマフィアじゃないんですかね……?」
「――んなわけねぇだろ。パン男ロボファンクラブの仲間だ」
「パン男ロボファンクラブ……⁉」
男性はサングラスを外して、人懐っこい笑顔を見せるとテーブルに置いてあった銀色のアタッシュケースを開きました。
中にあったのは白い粉……ではなく、よく見慣れたアレクの大好きなロボットが透明な緩衝材に包まれて大切そうに仕舞われています。
「これ、アレクさんに代理購入をお願いしていたパン男ロボの限定フィギュアなんスよ。こっちじゃ売ってないんで助かったッス!」
「おう、いいってことよ! ウェーイ!」
アレクと男性は元気良く掛け声を上げてハイタッチしました。
「えぇ、フィギュアって……じゃあアレクはどうして黒いコートに着替えてたんですか?」
「え、俺のコート? これはパン男ロボ42話『イースト菌スパイ大作戦』の時のパン男のコスプレだ! ちなみに彼が黒ずくめなのは敵の菌男のコスプレなんだぜ!」
「同志であるアレクさんとのオフ会ッスからね。お互い推しコーデでキメて行こうって約束してたんスよ! ね、アレクさん!」
彼らは得意気にそう言って、再びウェーイと掛け声を上げてハイタッチします。
なんて紛らわしい、心配して損しました。でもアレクが犯罪に手を染めていなかったことにホッとしたのは言うまでもありません。
「――で、ジェルちゃん達、わざわざニューヨークまで追いかけて来てお兄ちゃんに何の用だ?」
アレクはワタクシの手に持っているウィッグとサングラスに、ちらりと目をやりました。
「いやぁ。それはですねぇ……」
タジタジとなって返答に詰まるワタクシに、シロが助け舟を出したのですが。
「ジェルがアレク兄ちゃんと旅行したいって言うから連れてきたんだよ!」
「えっ――」
いや、それはさすがに。観光地の人ゴミは嫌ですし知らない人と話すのも嫌ですし、できればワタクシは家で読書していたいんですけど。
「そもそも今回はシロが言い出したからワタクシは……」
「わーわーわー! アハハハハ、それじゃ僕、そろそろクロの散歩の時間だから神社に帰らないと。じゃあアレク兄ちゃん、ジェルのこと頼んだからね! バイバーイ!」
そう言って、引き止める暇も与えずシロは消えてしまいました。なんと無責任な……!
「マジかよ! そっかぁ、ジェルは俺と旅行したかったのか~。よしよし、お兄ちゃんがどこでも連れて行ってやるぞ! ……なんで変装してたのかは後でじっくり聞くから覚悟しとけ」
――シロの馬鹿! まったく誤魔化せてないじゃないですか!
「いやぁ、同志にも会えたしジェルと旅行までできるなんて良い日だなぁ!」
「良い日ッスね! ウェーイ!」
賑やかなバーの店内では、その後もご機嫌なアレク達の楽しそうな笑い声が響いていたのでした。




