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31.ドスケベセクシートナカイ(挿絵あり)

途中に成人男性のいかがわしい姿の挿絵がありますので電車の中などでお読みになる際はお気をつけくださいませ。

 それは雪がちらつくある日の出来事でした。

 アンティークの店「蜃気楼」に、魔人のジンが白い手提げ袋を持ってやってきたのです。


「ねぇ、アレクちゃんにジェル子ちゃん。アタシ困ってるのよ。ちょっと助けてくれない?」


「いきなりどうしたんですか?」


「とりあえず、この服を見てちょうだい」


 彼の大きな体に見合わぬ小さな手提げ袋の中から出てきたのは、ファーが付いたビキニと網タイツ。そしてトナカイの角を模したカチューシャ。

 それは女性向けのクリスマス用コスチュームでした。パッケージには「ドスケベセクシートナカイ」と書かれています。


「な、なんですか。このいかがわしいコスチュームは……」


「うわ、すげーエッチな服だ! ――お、紐でサイズ調整できるな!」


 好奇心旺盛な兄のアレクサンドルは、大喜びでコスチュームを引っ張ったり裏返したりして細かいところをチェックしています。


「こら、アレク。あんまり引っ張ったら破けますよ」


「だってどうなってるのか気になるじゃねぇか。……なぁジンちゃん、これがどうかしたのか? エッチだけど普通の服だよな?」


 確かにアレクの言うようにいかがわしいデザインではありますが、特に呪いなどかかっている様子も無く、普通のクリスマス用のコスチュームに見えます。


「えぇ。別にいわく付きとかそういうのじゃないのよ~。でもね、手違いで100着も仕入れちゃったの!」 


「え、100着もあるのかよ!」


「そう、だからこれをクリスマスまでになんとか売り切りたいのよ~! お願い! 買ってちょうだい!」


 ジンは両手をあわせて拝むようなポーズで頼んできました。

 季節商品はなるべく早く売り切りたいんでしょうけど、ワタクシもアレクも男です。

 仮に買ったとして着るわけ無いし、どうしようもないじゃありませんか。


「え、そんなこと言われたって、着もしない服なんて要りませんよ……」


「じゃ、クリスマスを一緒に過ごすお相手に着てもらう用にどうかしら?」


 ワタクシ達は顔を見合わせ、同時にため息をつきました。


「そんな相手がいないから、300年以上も独身なんですけど……」


「クリスマスは家族と一緒に過ごす日だとお兄ちゃんは思うぞ!」


 その言葉を聞いたジンは肩をすくめて、やれやれ……という顔をして提案しました。


「しょうがないわねぇ……じゃあ、買わないんならせめてこの服を完売させる方法を一緒に考えてちょうだい! あなた達も商売人なんだからそれくらいできるでしょ?」


 ――後になって思えば、ジンはワタクシ達に服を売りつける気なんてさらさら無く、本当の目的は売るのを手伝わせることだった気がします。まったく抜け目がない魔人です。


「しょうがないですねぇ。普段お世話になってますし、それくらいは協力いたしますよ」


「よし、そういうことなら俺も協力するぜ!」


「うふふ、ありがとうね~♪」


 彼はワタクシ達が快諾したので満足そうな笑顔を浮かべました。

 しかしクリスマスまでに100着も売るとは、なかなかに大変そうです。

 ツテを頼って売り歩くにも、商品内容がこうもいかがわしい品では買うほうも恥ずかしくて、対面では買ってはくれないでしょう。


「ワタクシが思うに、これは通信販売で売るべきだと思います」


「そうよねぇ。アタシみたいな乙女がこれを買いに行くのはちょっと恥ずかしいしぃ~」


 ジンは頬に手をあてて左右にくねくね動きました。ムキムキの体で乙女と言われてもあまり説得力がないですが、それはさておき。


「販売するサイトはすぐ用意できるとして……まずは宣伝のキャッチコピーが欲しいですねぇ」


 そもそも商品名が「ドスケベセクシートナカイ」というド直球の名前ですから、せめてそれをカバーできるような買いやすいライトな感じにできればいいのですが。


「そうねぇ……『可愛いトナカイちゃん』とか?」


「なるほど。可愛いと付けばイメージは少しは良くなるかもですよね。じゃあそんな感じで」


「それと必要なのは宣伝用の文章かしら?」


「そうですね。ドスケベセクシートナカイを買うことが、いかに人生で重要であるかを訴える必要があります」


 ワタクシは宣伝文の参考になりそうな本が無かったか、書庫に探しに行きました。

 クリスマスは本来キリストの生誕を祝う日です。決して浮かれたカップルの日ではありません。

 

 ――えぇ、だからワタクシが家族であるアレクと毎年過ごしているのは正しいのです。


 そんなことを考えながらしばらく本棚を見ていたのですが、残念ながら宣伝文のアイデアになりそうな書籍はありませんでした。


「うーん、サンタクロースは聖ニコラウス(サン・ニコラ)がモデルですからそっちのアプローチにすべきか、はたまたトナカイがいかに家畜として有能であるかアピールすべきか……」


 いい案が出ずに悩みながら店に戻ってみると、ジンが「宣伝文はこれでいいかしら」とメモを見せてきました。


『あの人とのトクベツなクリスマスに! ラグジュアリーでふわもこキュートなトナカイ♪ ワンランク上のスペシャルコスチューム!』


 それはワタクシには浮かばないワードの数々でした。乙女の語彙力恐るべし。


「なるほど、これなら女性にも喜んでいただけますでしょうね」


「でしょでしょ! じゃ、宣伝文はこれでオッケー♪ 後は着用イメージ写真が欲しいわねぇ……」


 ジンが何か言いたげに、ちらりとワタクシを見たので嫌な予感がしました。


「――ねぇ。ジェル子ちゃん、あなた細いし美人だし似合いそうよねぇ……アタシ、男のってアリだと思うのよ」


 ――やっぱりそう言うと思った! そのドスケベ衣装をワタクシに着せる気ですか!


「嫌です! ワタクシは男のではありませんし、そんな破廉恥な格好がネットに大公開なんて絶対に嫌です‼」


「お願いよジェル子ちゃぁ~ん!」


「嫌ですってば!」


 確かにワタクシは骨格も華奢ですし女性に間違われることも多いですが、だからってこればかりは譲れません。全力で拒否しました。


「そんなの恥ずかしすぎて絶対無理です! ねぇ、アレクもなんとか言ってくださいよ⁉ ――あれ、アレク?」


 気がつけば、さっきまで隣にいたはずのアレクの姿が見えません。


「あら……そういえば、いつの間にか居なくなってるわね」


「ハハハ! お兄ちゃんはここだ!」


 その声と共に店と家を繋いでいる扉が勢いよく開いて、そこにはドスケベセクシートナカイの衣装に身を包んだアレクの姿がありました。

 紐で調節して何とか着ていますが、見るにえない卑猥な姿で明らかに布面積が足りていなくて股間部分は見えてはいけないモノがはみ出し寸前です。


「可愛いジェルちゃんの恥ずかしい姿を全世界に晒すくらいなら、俺は喜んで犠牲になるっ!」


 ――そんなことを言っていますが、自分が着てみたかっただけなんじゃないでしょうか。


 ワタクシとジンは冷たい視線で彼を見つめました。


「まぁ、着用イメージが無いよりはいいかしら……」


「サイズ調整ができるPRにはなるんじゃないですかね」


 アレクは足を大きく開いたり四つんばいになって猫みたいなポーズをとったりと、グラビアのような仕草をしては、シャッターを押すように催促します。


挿絵(By みてみん)


「あぁ……ワタクシのスマホが汚れる。とてもつらい」


「なんだよ、もっと感謝しろよ。俺が着なかったらこの衣装、オマエが着ることになってたんだぞ」


 確かにこれを自分が着ることになっていたらと思うとゾッとしたので、兄が変態でよかったと思い直し、言われるまま念入りに撮影しました。


 その結果、出来上がった通販サイトにはアレクによる着用イメージの写真が10枚も掲載されたのです。


「いくらなんでもこんなにたくさん載せる必要は無かったんじゃ……」


「あらぁ、だっていっぱい撮影したからもったいないかなと思って。これでも厳選したのよぉ~?」


 正直、商品の魅力はまったく伝わってこなくて、アレクが卑猥な格好をしていることしか印象に残らないのですが大丈夫なんでしょうか。

 こんなの絶対売れないだろうなぁと思いつつも、ワタクシはなりゆきを見守っていました。


 そして通販サイトが公開されてから数日後――


『なんで男が着てるんだよwwww』


『無理やり着てて草』


『イケメンの無駄遣いwww』


『なんでこんなにこいつ楽しそうなんだw』


 こんな感じのコメント付きでアレクの写真が散々インターネットで弄られた結果。あっという間にドスケベセクシートナカイは完売してしまいました。


「目立ったもん勝ち、ということなんでしょうか。世の中というのはわからないものですねぇ……」


 完売してホクホク顔のジンと俺のおかげだとふんぞり返るアレクを眺めながら、店のカウンターで紅茶を飲みつつワタクシはそんな感想を述べたのでした。

次の更新は12月28日(土)です。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 31.ドスケベセクシートナカイ(挿絵あり)>  いち腐女子としては、過去最大級のサービスをいただいてしまったスペシャル回(アレクお兄ちゃん!! 全身に無駄なく筋肉がついてて! 本当に良い体…
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