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30.蜃気楼倒産する

 ワタクシとアレクが自由気ままに経営している「蜃気楼」という名のアンティークの店。

 これからもずっと何事もなくのんびりやっていけると思っていたのですが、まさかの倒産の危機となりました。


 ――いえ、別に店の物が売れないから倒産、というわけではないんですよ。

 そもそもうちにお客さんが来るのは年に数回ですからね。後の来客は酒を飲みにくる氏神と、たまに行商にやってくる魔人くらいのものでして。


 じゃあ何があったのかと言いますと――

 事件はうちの店の存在を覆い隠している結界が壊れたことから始まります。


 当店は日本のとある場所にありまして、普通の人間には店が認識できないように西洋魔術を使った結界を張り巡らせています。

 地面に魔力を宿した宝石を埋めて、ひとつひとつ細かい条件付けをした魔術をかけていって最後にひとつに繋げるという、とても手間のかかるものです。


 この結界のおかげで、通りすがりの人達には気付かれないけどワタクシが許可した存在や店の商品に導かれた限られた人だけが来店できる、という仕組みになっています。


 ところがつい先日、兄のアレクサンドルが呼び寄せたUFOのせい(26話「アレクショボイメッセージ」参照)で結界が大破してしまいました。

 だから今は店の存在が、その辺を歩いている人達に丸見えなのです。


 結界が無くなってからは看板を出さず、窓にはカーテンを引いて中が見えないようにしていましたから、誰も来ることはないだろうと思っていました。

 実際、何かを買いに来たお客さんは1人もいませんでしたし。


 でも突然見慣れない西洋風の建物が現れたのがご近所のうわさにはなっていたようで、どういう経緯かはわかりませんが役所が調査に来たのです。

 その結果、ワタクシ達に多額の税金が請求されることになってしまいました。


「いやー、日本のお役所ってすげぇなぁ。そういや、外国人でも長く住んでると税金払わないとダメだったような……うぇぇぇなんだこの金額!」


 兄のアレクサンドルは、職員が残していった請求の書類を見て目を丸くしています。


「なぁ、ジェル。これさぁ、バーコード付きの支払い票でコンビニでも支払えますのでって渡されたけど――」


 アレクから受け取った用紙を見ると、なんとゼロが8個も並んでいました。


「えっ……1億円ですか⁉ こんなの払えませんよ‼」


「払えたとしてもコンビニで1億支払うとか迷惑すぎるだろ……」


 支払い期限は1週間後。

 払えないと言った途端、店の商品が並んだ棚にベタベタと差し押さえの紙が貼られました。


「アレク大変です! このまま払えないとなると、家や店を売却しないといけませんよ!」


「よし、今日から野宿だ! 大丈夫、寝袋もテントもあるぞ!」


 アレクは散歩に出かける前の犬のような活き活きした顔をしています。


「いやいや、いきなり野宿ってことはないですが……」


 しかしながら、このままだとここには住めませんし数々のコレクションたちを手放さないといけないのは確かです。

 当店には神話にまつわるような伝説の品やいわく付きの物がたくさんあります。もしそれが競売にかけられて流出したら大変なことになってしまいます。


「結界を張りなおせば、もう取立てに来れなくなるんじゃないか?」


「ダメです。完全に破壊されたので、また最初から結界を張りなおしなんです。……最低でも2週間はかかります。支払い期限に間に合いません。それに我々は日本に住んでいるんですから税金はちゃんと払わないといけませんよ」


「じゃ、やっぱり野宿か? 野宿なのか⁉」


 なんでこの人はこんなにうれしそうなんでしょうか。キャンプに行くんじゃないんですから。


「いいですか、アレク。お店の商品が良くない人の手に渡ることになるかもしれないんですよ? 道楽でやっている店ではありますが、倒産だけは避けないといけません」


「そうかもだけどさぁ。一億なんて金、どこから生み出すんだ?


「そこなんですよねぇ」


「俺の友達なら貸してくれる人がいるとは思うけど、それじゃダメか?」


 世界中を旅しているアレクの交友関係はとても広くて、財界人や政治家にまでツテがあるのです。

 彼が困っているとなれば、きっとあちこちから救いの手が差し伸べられることでしょう。


「でも、どこかから借りて税金を支払っても結局マイナス1億なのは変わりません。ワタクシ達は何らかの形で1億稼がないといけないんですよ」


「そっかー。いっそのこと金やダイヤモンドでも掘り当てて一攫千金いっかくせんきん……ってわけにはいかねぇか、ハハハ」


 アレクは少し眉を下げて困ったように笑いました。


「……ふむ。掘り当てて一攫千金。案外いいかもしれませんね」


 ワタクシはきょとんとしている彼に背を向け、急いで書庫から鉱山関係の本を持ってきて調べました。


「うーん……時間はかかりますが黒字にできそうですねぇ。ねぇ、アレク。あなたのツテを辿って、いくらまでなら借金できますか?」


「そうだなぁ……3億ぐらいまでなら何とか」と答えました。


「とりあえず1億借りてさっさと税金を払ってしまいましょうか」


「わかった、なんとかする」


 後はどうやって大金を稼ぐかですが……。

 翌日、ワタクシとアレクは転送魔術でイングランドのコーンウォールのとある鉱山に来ていました。


「外は寒いですが、坑道の中は意外と暖かいですね。これなら問題なさそうです」


「しかし急に錫鉱山すずこうざんを買えだなんてどういうことだ。政府の人がすずはもう採れないから買ってもしょうがないって言ってたぞ」


「えぇ。そこでノッカーの力を借りるんです」


「ノッカー?」


「ノッカーはこの地方に住んでいる妖精の一種で、昔はノッカーが鉱夫達に良質の鉱脈を知らせていたのです。しかし文明の発達と共に、その信仰は徐々に失われて姿を消してしまったのですよ」


「それで……ジェルはその妖精に何をするつもりなんだ?」


 事情が飲み込めないでいるアレクに、ワタクシはさらに説明を追加しました。


「今からノッカーを召喚して、鉱脈を教えてもらおうと思うんです。人間が知らないだけできっとまだ良い鉱脈があるはずですから」


「じゃあこの美味そうな飯はなんだ? パーティでもするのか?」


 目の前にはワタクシが制作した魔法陣があり、その隣にはまるでピクニックのようにビニールシートが敷かれていて、アウトドア用のテーブルの上にたくさんの料理が入った大きなバスケットとピッチャーに入ったミルクが置かれています。


「えぇ、そういうことですね」


 鉱脈を教えてもらうには、まずノッカーをもてなして友好的な関係を築かないといけません。

 ご馳走やミルクはその為の準備なのでした。


「なるほどなぁ……」


「友好的な関係を築けるようにアレクも協力してくださいね。よろしくお願いしますよ」


「よし、お兄ちゃんに任せろ!」


 アレクは大きく胸を張りました。

 文献で調べて出来る限りの準備はしましたし、後はノッカーを召喚するだけです。

 ワタクシは呪文を唱え、魔力を魔法陣へ注ぎ込みました。


「――善意の土の民。親切な優しき妖精よ。どうか今ここに再び姿を現したまえ……!」


 輝く魔法陣から現れたのは背丈が50cm程度の小さな男性でした。鉱夫の服装をして小さなつるはしと布袋を持っています。


「なんだ。オマエら、ここに何しにきた!」


 ノッカーはつるはしを振りかざし威嚇いかくしてきました。しかしここで応戦してはいけません。

 ワタクシは彼の目の前に跪きました。


「急にお呼び出ししたご無礼、どうかお許しくださいませ。ワタクシはジェルマン。しがない錬金術師でございます」


 そう名乗ってじっとノッカーを見つめると、彼は頬を赤らめ構えを解いてつるはしを下ろしました。


「ふん、近頃にしては珍しく礼儀のわかる娘じゃないか。まぁ、話くらいは聞いてやらなくもない」


 娘、と言われたのは引っかかりましたが、話の腰を折るのもなんでしたしワタクシが女性に間違われるのはよくあることなので、訂正せずにそのまま返しました。


「ありがとうございます。こちらは兄のアレクサンドル。ワタクシ達は伝説の鉱山の妖精であるあなた様にどうしてもお会いしたく参上したのです」


 アレクも慌てて同じように跪いてノッカーに挨拶しました。


「えーっと、なんだっけ、あの。そうだ、俺。ノッカーさんのファンなんだ。だからどうしても会いたくて」


 ファンと聞いて怪訝な顔をするノッカーに、ワタクシ達は食事とミルクを勧めました。


「お、これはフムス(豆のペースト)じゃないか! そっちはナスのフライ、そのケバブも美味そうだな」


「えぇ、上質のラム肉を使いました。ピタパンと一緒にどうぞ。よろしければ温かいスープもございますよ」


「おうおう、ありがとう。これは美味いなぁ」


 反応はなかなかいい感じです。とある文献にノッカーの素性についてユダヤ人の亡霊であるという説があったのでイスラエル料理なら喜ぶのではと思ったのですが、どうやら上手くいったようです。


「ノッカーさん。こっちのパスティ(肉や野菜を包んだパイのような物)も美味しいぜ。コーンウォールの美味いレストランのを取り寄せたんだ」


 アレクはノッカーの隣に座って料理を取り分けながら、親しみをこめて話しかけます。


「なぁなぁ、ノッカーさんは長い間ずっと鉱山にいたんだろ? 昔の鉱山の暮らしってどんな感じだったんだ?」


 たくさんのご馳走に囲まれ機嫌が良いのか、ノッカーは少し笑顔を見せて軽い調子で話し始めました。


「そうだなぁ。ここも昔は人が多くて活気があったんだ。俺も人間に混ざって鉱山で働いてたんだよ。落盤しそうな場所を教えたり、坑道の中で迷子になった鉱夫を助けたり……あとはそうだなぁ。鉱石がまったく採れない運の悪い奴に鉱石を分け与えたりもしたもんだ」


「へぇ、優しいんだな」


 アレクが相槌をうちながらコップにミルクを注いで差し出すと、ノッカーは小さな手でそれを受け取りました。


「だがな、俺のことを利用しようとする悪い奴もいたよ。中には俺を捕まえてお宝を横取りしよう、なんて考える奴までいたんだ。――でも俺は先回りして、そいつに足が不自由になる呪いをかけてやったよ」


「はは……ノッカーさん意外とおっかないね」


「俺に限らず、妖精ってのはそういうもんだ。だから皆、怒りに触れないように敬意を払う。あんたの妹はそれをよくわかっているのだろう、とても賢い娘だ」


「……恐れ入ります」


 ワタクシは静かに頭を下げました。

 正直“利用しようとする悪い奴”と言われた時はドキッとしましたが、どうやらノッカーにそう思われなかったようで安心しました。


「さて、ご馳走の礼をせねばならんな。何か困っていることがあって俺を呼んだんだろう?」


「はい。実は……」


 ワタクシがこれまでの経緯を話すと、ノッカーはワタクシ達に坑道の奥へ付いて来るように言いました。

 坑道の奥に到達すると、彼は岩盤を手にしていたつるはしでコツコツと叩き始めます。

 

 ――なるほど、ノッカー(叩く者)という呼び名の由来はこの音なんですねぇ。


 文献で読んだ通りの行動を見て感心していると、彼はある方角を指差してこの先を20ヤードほど掘り進めれば良い鉱脈がある、と教えてくれました。


「ありがとうございます」


「ありがとう、ノッカーさん!」


「今回は特別だ。ただし必要な分だけ持っていけ。いいな、約束だぞ?」


 ノッカーはそう言い残すと消えてしまいました。

 その後、アレクが借金してきたお金で機材や人を雇い、言われたところを掘ってみると、ノッカーの言った通り良質の錫鉱石が大量に採掘できました。

 さらにそれだけではなく、錫よりもっと高価な鉱石まで発見されたのです。


「これはありがたい、予想より早く借金が返せそうです!」


「やったなジェル! これで大金持ちだ!」


 大喜びするアレクに対し、ワタクシは戒めるように言いました。


「ノッカーは“必要な分だけ持っていけ”と言ったでしょう? だから借金を全部返したら元通りにして閉山しましょうね」


「えー、もったいねぇなぁ」


 アレクは残念がりましたが、約束を守る、これは妖精と付き合う上でとても重要なことなのです。

 過去の文献を見ても、妖精との約束を破って不幸になった話はいくらでもあるのですから。


 こうして大金を稼いだことにより、アンティークの店「蜃気楼」は問題なく存続することとなりました。


 ちゃんと約束を守ったのがよかったのか、特に呪いが降りかかることはなかったのですが、後日鉱山に現れたノッカーから「キミはまるで精霊ニンフのように美しく、しかも賢い。どうかお嫁さんになってくれ」と求婚されたのには少し困ってしまいました。


 そこでまた山ほどのご馳走とミルクを用意してもてなし、ワタクシが男性であることを説明してなんとか納得してもらったのです。


「妖精と上手に付き合う、というのは難しいものですねぇ。できればもうこんな金策は勘弁したいものです」


 ワタクシは払い終えた税金の書類を見て、苦笑いしたのでした。

次の投稿は12月21日(土)です。クリスマスのお話で、気合が入ったアレク兄ちゃんの挿絵が登場しますのでお楽しみに……!

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勉強になります、妖精さんとの付き合い方。 こういう話、いいなぁ。
[良い点]  料理がいいですね。料理が出てくるとのどかな気分になり、また、お腹がすきます。
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