28.彼らの過去(挿絵あり)
外では落ち葉が舞い、冬の訪れを感じられるある日の午前中のこと。
アンティークの店「蜃気楼」のカウンターでは、宝飾品のコレクションを披露するワタクシと目を輝かせてそれを見つめる魔人のジンの姿がありました。
「あらぁ、そのブローチ可愛いわぁ~! ジェル子ちゃんのコレクションって、女子ウケ良すぎよねぇ~」
「……この場に女子は1人も居ませんが、それでもそんなことわかるもんなんですか?」
「やぁだ、もう。ジェル子ちゃんのイジワル! うふふ、気持ち的には女子会のつもりなのよぉ?」
ワタクシの冷静な質問に、ジンは紅茶の入ったティーカップを置いてあごひげを撫でながら苦笑しました。
そうは言っても目の前にいるのは筋肉ムキムキの魔人ですし、ワタクシも女性と間違えられるような外見ではありますがれっきとした男性ですから、女子会というのはさすがに無理がある気がするんですけどねぇ。
「――それで、ジンのお眼鏡にかなうようなお品はありましたか?」
「えぇ。こんな素敵なお宝を見られるなんて、来てよかったわ~!」
今日はたまたまジュエリーボックスの整理をしていたタイミングで、彼がお店に立ち寄ったのです。
ワタクシも特に用事があったわけでもなかったので、なんとなくお茶飲みがてらそのままコレクションを披露しているのでした。
彼はカウンターに並べられた宝飾品をひとつひとつ丁寧に見ながら感嘆の声をあげた後、ジュエリーボックスから取り出されたばかりの小さな箱に目を留めました。
「……あら、その箱は? ずいぶん古そうねぇ」
「これもアンティークのブローチですよ」
ワタクシは箱の中を開けてジンに差し出しました。
「あらあら。他のお品に比べるとちょっと形が不恰好だけど可愛いわね!」
中にあったのは翼を広げた銀色の小鳥のブローチです。少し形がゆがんだ翼には小さなダイヤモンドが装飾されていてキラキラと輝いています。
「ふふ、やっぱり不恰好ですよね。昔、アレクと一緒にドイツのとある領主の元へ身を寄せていた時期がありまして。これはその時に領主と一緒に作った思い出のお品なんですよ」
その方は錬金術にも理解があって、ワタクシ達に対して家族のように接してくれただけでなく研究のスポンサーにもなってくれました。
このブローチを作った時は彼がデザインの案と材料を用意して、アレクが図を描いてワタクシが錬金術で成形したのです。
造形があまり上手くできなくてちょっといびつな仕上がりになりましたが、彼はとてもほめてくれましたっけ。
「へぇ……。え、ちょっと待ってちょうだい。さっき、これのこと“アンティーク”って言ったわよね?」
「そうですが」
「アンティークってことは最低でも100年経ってるでしょ? ジェル子ちゃん、あなた何歳なのよ!」
――あぁ、そうか。自分の話をする機会なんてありませんでしたから、ジンが知らないのも当たり前でした。
「えっと、若く見えますけどこれでも300……いえ、正確には328歳、でしたっけかね。もう年々、歳とかどうでもよくなってしまって――」
「はぁ⁉ 若く見えるとかそういう次元超えてるわよ!」
ジンは目を大きく見開いて唖然としています。
「……ってことはアレクちゃんも?」
「兄はワタクシと2歳違いですから、来年の3月で330歳ですね」
「そう言われてもまったくピンとこないわねぇ」
たしかに兄のアレクサンドルが300歳を超えているなんて、にわかには信じがたいことでしょう。
元の性格の差もあるのでしょうが、やはり世界中を旅行していろんな刺激をうけているせいなのかワタクシよりも気が若いように感じます。
「あー、驚いた。……あら、そろそろ行かないと」
ジンは目をまん丸にしながらも、出された紅茶を飲み干しました。
「おや、もうお帰りですか。まだお昼にもなっていないのに」
「残念だけど、まだこの後行くところがあるのよ。……いやぁ、今日はびっくりしたわぁ。今度、昔話聞かせてちょうだいね!」
「えぇ。たいした話ではありませんが、いつでもお聞かせしますよ」
笑顔で手を振る彼を見送った後、ワタクシは再びカウンターの椅子に腰掛け小鳥のブローチを眺めました。
「懐かしいですねぇ。そういえばワタクシがかつて滞在していたお城は今どうなってるんでしょう。最後に訪れたのは200年くらい前でしたっけ」
ふと思い立ってノートパソコンを取り出して検索してみると、今日更新されたばかりのニュースを見つけました。
『老朽化する古城、明日解体に』
「え⁉ これはもしや……」
気になって記事を読むと、ワタクシがかつて滞在していた城が老朽化していることを理由に政府の命令で解体されることが書かれているではありませんか。
確かに古い城ではありますが、まさかそんなことになっていたとは。
「しかも解体が明日だなんて。なんとか止めてもらう方法はないものでしょうか……あ、そうだ! アレク!」
ワタクシは急いでオランダを旅行中のアレクに電話しました。彼はやたらと顔が広く、なぜか政治家や財界人などにまでツテをもっているのです。
「おう、ジェル? こんな時間にどうした?」
ワタクシは彼に事情を説明し、解体を止めるよう政府に話をつけられないか相談しました。
「よしわかった、お兄ちゃんが偉い人にお願いしてみるから、とりあえず落ち着け」
「お願いします!」
そして10分後。彼から返ってきた言葉は、老朽化したまま放置するわけにはいかないので解体工事は予定通り行う、ということでした。
「そうですか、どうにもならないんですね」
「ごめんな。修復するのも簡単にはいかないらしくてな。でもまだツテはあるしもう一回交渉してみるから」
――修復。
「修復……そうか。そうですよね」
「え。ジェル? おい、ジェルちょっと待て。オマエもしかして――」
「ありがとう、アレク。ではまた!」
ワタクシは急いで電話を切ると、小鳥のブローチを手に取りスーツの胸元に付けました。
大急ぎで店を閉めて、裏庭へ行き地面に転送の魔法陣を書き始めます。
その間もアレクから何度か電話がかかってきましたが、急いでいたので無視して魔法陣を書き上げました。
「行き先はドイツのヘッセン。さぁ、あの城へワタクシを導いてください!」
魔法陣の上に立ち、呪文を唱えると足元が光り輝き、その輝きは徐々に大きくなり全身を包み込み浮遊感に包まれると次の瞬間、ワタクシの姿は真っ暗な場所に着地していました。
冷たい風が頬を撫でるので外に居ることはわかりますが、いきなり暗い場所に移動したせいで何も見えません。
「そうか、時差があるから。今は夜中の3時ぐらいですかね」
目が暗闇に慣れてくると、自分が小さな古城の前に立っていることがわかりました。
月明かりに照らされた外壁はあちこちが割れて削れていて隙間には草が茂り、そこが廃墟であることを示しています。
「どうやら無事、目的の場所に着いたようですね」
ワタクシは立ち入り禁止の柵を越え、魔術で頭上に小さな光を出現させて照らしながら中に入ってみました。
「どこでも読書できるようにと覚えていた光の魔術が、こんなところで役に立つとは……」
魔術で作った光はあくまで周囲を照らす程度でしたが、城内は窓から月明かりがたくさん入ってきて思いのほか暗くなかったので助かりました。
ぐるりと見渡してみると、長い間誰も手入れしていなかったのでしょう、いたるところに埃が積もっていて天井や窓際にはクモの巣がたくさんかかっています。
壁を見るとあちこちにヒビが入っていますし、さらには天井の一部が崩れ落ちている場所まであり、このままにしておくと危険なのは言うまでもありません。
「あんなに美しい城だったのに。まさかこんな酷いことになっているなんて……」
思い出の場所の変わり果てた姿に胸が締め付けられるような悲しみを感じながら、ワタクシは調度品も何も無い寂しい廊下を記憶を頼りに進みました。
この先には確か、談話室があったはず。
昔ワタクシはよくその部屋で錬金術について領主と語り合ったものでした。
「この大きな扉。間違いありません、この先が談話室ですね」
金色の立派な装飾が施されていたはずの扉は、もうすっかり輝きを失いボロボロになっています。
しかしまだなんとか扉の役割をしていたようで力を入れて押すと、ギィ……と大きな音をたてて開きました。
「あぁ懐かしい、ここはあの頃のままでしたか……!」
スポットライトのように月の光が差し込む室内は、なんと昔のままテーブルやソファーが残っていました。
もちろん月日が経ちすぎてボロボロで色あせた状態ですが、ワタクシにはそれがかつてどんな色であったかが鮮明に思い出せます。
そして正面の壁には、昔と変わらぬ優しい微笑みを湛えた領主の肖像画も残されていました。
「……お久しぶりです、ずいぶんご無沙汰してしまいましたね。宮廷を追われ放浪していたワタクシと兄を、あなたはここへ温かく迎え入れてくださった。それがどんなにうれしかったか――」
懐かしさに涙がこぼれそうになりましたが、それをグッとこらえて一礼して、ひび割れた壁に手をかざし呪文を唱えました。
「――あの時のご恩を今、お返しいたします!」
かざした手から放たれた光がひび割れた壁を覆い、あっという間に修復されます。物質を錬成する錬金術の理論をベースに魔術で修理したのです。
同じ要領でドアを修復して、ガラスが割れていた窓も元の形に戻しました。
「さぁ、この調子で直していきますよ!」
ワタクシは次々と手をかざし呪文を唱え、廊下や他の部屋、壁や柱に階段、床に天井など、手当たり次第にどんどん修復していきます。
「――ふぅ。次はいよいよ玄関ホールですか。さすがにかなりしんどいですね」
小さい城だからなんとかなると思ったんですが、こんなに一気に魔術を使ったことは初めてでしたので、頭がクラクラしてきました。
全身に疲労感を感じてどこでもいいから今すぐ横になりたい、そんな気持ちが頭を掠めます。
でもワタクシは稀代の天才錬金術師と呼ばれた男。これぐらいのことで倒れるわけには――
よろけそうになったのを足にグッと力を入れて踏みとどまり、ワタクシは再び呪文を唱え始めます。
玄関ホールが綺麗になり、城壁を修復する頃にはすっかり朝日が差し込んでいました。
「くっ。これで最後です、ね……」
あと一箇所というところで集中が切れたのか急に全身の力が抜け、思わずその場に崩れ落ちそうになりました。
しかし次の瞬間、ワタクシの体は駆け寄ってきた誰かに抱きとめられたのです。
「――まったく、無茶しやがって」
「アレク……来てくれたんですか」
「ごめんな、お兄ちゃん魔術で移動とかできないから遅くなっちまった」
「いえ。あと少しですから、そのまま支えててください」
疲労はピークに達していて呼吸は乱れ、呪文を詠唱するのも途切れ途切れになりながらでしたが、それでもワタクシはアレクに支えられながら最後まで修復を完璧にやり通しました。
「ハァ……ハァ……。これでもう、解体なんて言わせません……」
「あぁ、大丈夫だ。よくがんばったな」
アレクはワタクシの頭をワシャワシャと豪快に撫でて、優しく笑いました。
「大丈夫って、どういうことですか……? あ、うわっ、ちょっと、アレク!」
彼はワタクシを横向きに抱きかかえてそのまま乗ってきたらしい車へ移動しながら、なんてことないような調子で言いました。
「もう一回交渉してみるって言ったろ? こうなるのを見越して政府に再調査してもらう約束を取り付けたんだよ。まぁ調査するまでもなくこの城をひと目見りゃぁ、もう誰も解体しようなんて言わねぇだろうけどな」
「アレク、ありがとう――」
ワタクシの意識はそこで途切れました。どうやら魔術の使いすぎで限界だったみたいです。
次に目を覚ましたのはホテルの部屋で、枕元の時計を見るとお昼すぎでした。
「アレク……城はどうなりましたか⁉」
「おう、ジェル。目が覚めたか。ほら、テレビ観てみろよ。ちょうどニュースやってるから」
ソファーに寝転がっているアレクが指をさした画面の向こう側では、城の解体が中止になったことが報道されていました。
「専門家の意見だと、数百年はもつだろうだってさ」
「そうですか、よかった」
その後、城は地元の観光名所として整備され、大切に保存されることになりました。
「また会いにきますからね。次はもっと早く……」
観光客に混じって城を見学するワタクシの胸元には、小鳥のブローチが誇らしげに輝いていたのでした。
次の更新は12月7日(土)を予定しております。
次回からseason2になり、またギャグ回が続きます。ここまで読んでくださり本当にありがとうございました!
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今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。




