27.二次性RXオタク症候群
まさか、アレクが病気だったなんて――
その日ワタクシは、アンティークの店「蜃気楼」でいつものカウンターの椅子に腰掛け、電話で兄のアレクサンドルと話をしていました。
「……えぇ、お店の方は特に変わりありませんよ。それじゃお土産にフォートナム&メイソンの紅茶、よろしくお願いしますね」
彼は今、ロンドンのアンティークマーケットへ商品の買い付けの旅に出かけているのです。
「やはりアレクがいないと静かですねぇ……おや」
彼からの電話を切って5分くらい経ってからでしょうか。店のドアがゆっくりと開きました。
「ごめんください。おぉ、これはすごいですな!」
そこには真っ黒なスーツの上に白衣を着て、小型の黒いトランクを片手に持った中年男性が立っていました。白衣を着ているということはお医者様なのでしょうか。
それにしても、当店に普通のお客様が来るのは珍しいことです。なにせ普段この店を訪れるのは神様か魔人ばかりですから。
「いらっしゃいませ、ようこそ蜃気楼へ。当店の主、ジェルマンと申します」
ワタクシがお辞儀をすると、男性は人の良さそうな笑顔を浮かべました。
「どうも、ジェルマンさん。いやぁ、すばらしいお店ですなぁ」
「ありがとうございます。どうぞごゆっくりご覧くださいませ」
彼は店内をぐるりと見渡し、店内に並んでいる骨董品や美術品を見て感嘆の声をあげています。
「――失礼ですが、あなたはお医者様ですか?」
男性はワタクシの問いに軽く頷いて、自己紹介を始めました。
「えぇ、そうです。私は『間旗男』と申します」
「ハザマさんですか。もしかしてあだ名はフラッグジャックとか……」
「はい?」
「いえ、独り言ですので忘れてください」
どうでもいいことを考えるワタクシに、彼は意外なことを切り出しました。
「――実はあなたのご家族のことで、今日は来たんですよ」
え、家族? 両親はとっくの昔に亡くなっていますし……
まさかアレクが何かやらかしたんでしょうか。
「はい、ワタクシの兄が何か……?」
「えぇそうです、お兄さんのことです。ちなみに今日はお兄さんは?」
「今は仕事でロンドンに出かけてます。ちょうど先ほど電話で話したばかりなんですよ」
「そうでしたか。実はお兄さんには内緒にしていただきたい、ここだけのお話があるんですよ……」
「はぁ……」
立ち話も何なのでとカウンターの隣の椅子を勧めると、ハザマさんはゆっくり腰掛け穏やかな表情で話し始めました。
「最近お兄さんについて、変わった出来事や様子がおかしいなと思うことがあったりしませんか?」
「変わった出来事や様子がおかしいなと思うこと、ですか……」
そんなのいつものことですし、正直何を言っていいかわからずワタクシが言葉に詰まると、ハザマさんは優しい声で続きを促しました。
「えぇ。どんな些細なことでも構いませんよ?」
「本当に些細なことでいいんですか? そうですねぇ――最近だと宇宙人と会話しました」
「は、はぁ? ……い、いえ。そうですか。宇宙人ですか」
ハザマさんは予想外の回答に困惑しているようでした。そういうことを聞きたいわけではなかったようです。
「で、ではお兄さんとの暮らしで困っていることはありませんか?」
「そうですねぇ。クソ悪趣味なスパンコールのパンツで家の中を歩き回ったり、お酒を飲んだ翌朝によく全裸で床に転がってるので困りますね」
「ふむふむ。他には?」
「あとは、パン男ロボというロボットアニメに夢中でロボットごっこに付き合わされたり、徹夜で上映会を開いたりするのは困りますねぇ。まぁ、もう慣れっこですけど」
ワタクシが何気ない兄の日常を苦笑しながら語ると、ハザマさんは大きく目を見開いて問いかけました。
「もしかしてお兄さんは、同じようなロボットをたくさん買ったりしていませんか?」
「えぇ、買っています。ワタクシにはどれも同じロボットに見えるんですが、細かい部分が違うらしいんですよね……」
「なるほど。そのほかにもお兄さんは、アニメの絵がパッケージなだけのお菓子を買ったり、キャンペーンでクリアファイルがもらえるからと大量にいらない物を買ったりはしていませんか?」
――え。どうしてハザマさんはアレクの行動をご存知なのでしょうか。
さらに彼は、アレクの部屋にパン男ロボのポスターが貼られていることや、アニメDVDを観る用と保存用と布教用まで買っていることも言い当てたのです。
「……ふむ。大変残念なお知らせですが、あなたのお兄さんは二次性RXオタク症候群という病気に感染しています」
「二次性RXオタク症候群?」
そんな変な名前の病気は聞いたことありませんが、お医者様がそうおっしゃるならそうなんでしょうか。
「最近、発見された奇病ですから、ご存知ないのも無理はありません」
ハザマさんは神妙な面持ちでトランクから黄色い液体の入った小さな薬瓶を取り出し、カウンターに置きました。
「二次性RXオタク症候群の患者は、本人の自覚無く極端な行動をとってしまいます。しかし、この薬を飲めば治ることが最近の研究でわかったのです」
「極端な行動――確かに兄はそうですけども。その薬を飲めばそれが全部治るということですか⁉」
「そういうことです!」
ハザマさんの力強い返事に、ワタクシは思わず興奮しながら早口で訴えました。
「あ、あの。もしかしてクソ悪趣味なスパンコールのパンツで家の中を歩き回ったり、下半身をワタクシに見せ付けてきたりもするのも治るんでしょうか⁉」
「それは病気ではなく個人の性癖なので無理ですな」
「それも病気のせいであってほしかった……!」
アレクの性癖が医者もさじを投げるレベルとは。まぁそれはさておき、問題はアレクの病気の事です。
「その薬があれば、兄の極端な行動も治る、そういうことでしたね」
「えぇそうです。大変貴重な薬ですが、今ならなんとたったの5万円でお譲りいたします!」
えっ、このティースプーン一杯程度の量しか入っていない小瓶が5万円……⁉
「5万円ですか。なかなかいいお値段ですね」
「えぇ。でもこれでお兄さんの病気が治るなら安いと思いますよ?」
ハザマさんはジッとワタクシの目を見つめて、決断を迫りました。
――しかし、ワタクシの答えは決まっています。
「大変ありがたいのですが、薬は不要です。確かにうちの兄は昔から何かに夢中になっては困ったことをしでかす人ではありますが、ワタクシはそれも含めて彼の事が好きですから」
「ジェルマンさん……」
ハザマさんはワタクシの言葉に心を打たれたらしく、ハンカチを取り出しそっと涙をぬぐいました。
「そうですか……。もしかしたらこの先ジェルマンさんも二次性RXオタク症候群に感染するかもしれませんが、あなた達兄弟ならきっと乗り越えて――」
「今すぐ薬をください!!!!」
「急にどうしたんですかジェルマンさん!」
驚く彼に5万円を無理やり握らせて、急いで薬を確保しました。
兄が二次性RXオタク症候群なのは構いませんが、ワタクシまでそうなるわけにはいきません。
こうしてワタクシは薬を手に入れ、用件を終えたハザマさんは再び店内を見ていました。
「しかし、さすがアンティークショップだ。珍しい物をいろいろ置いていらっしゃいますなぁ」
「ありがとうございます。この店にあるのはワタクシのコレクションや、兄が海外で買い付けている物が大半なんですよ」
「そうでしたか。ん、これは見覚えが……」
彼は棚の上に置かれた、アールヌーボーの模様が刻まれている木製の小さな写真立てを手に取りました。
中の写真は確か、小さな男の子と母親らしき人物が笑顔で手を繋いで写っている古い記念写真だったはずです。
ワタクシが手に入れたときにはその写真が既に入っていて、微笑ましい光景でしたのでそのままにして飾っていたのでした。
「――あぁ、この写真は。母ちゃん……!」
「ハザマさん?」
「ジェルマンさん! この写真立てを売ってくれ! あぁ、このさっきもらった5万に、俺が持ってる薬もトランクも全部あげるから……!」
「え、えぇ。かまいませんが」
必死の形相のハザマさんに急いで写真立てを包んで渡すと、理由を聞く間もなく彼はそれを大事に両手で抱えて、逃げるように店を出て行ってしまいました。
「いったい、何がなんだか……」
それから、数日後。
家に帰ってきたアレクと一緒に紅茶を飲みながらリビングでテレビを観ていますと、よく知った顔が画面に映りました。
真っ黒なスーツの上に白衣を着た、人の良さそうな雰囲気の中年男性。
テロップには『病気をでっちあげて薬を売っていた詐欺師が自首!』とあります。
「ハザマさん。あなた、やっぱり詐欺師だったんですね」
――そう。彼が店を出て行った後、残された薬を錬金術で分析して調べたのですが、全部ただのビタミン剤だったのです。
報道番組はハザマさんについて『幼い頃に亡くなった母の写真を見て人を騙すのが辛くなった。これからは罪を償ってまっとうに生きたいと警察で供述した』と伝えていました。
「なるほど。きっと彼はあの写真立てに導かれて当店に……いやはや、不思議なこともあるものです」
「ん? どうしたんだよ、ジェル」
アレクがひとりで納得している様子のワタクシを見て、話を聞きたそうにしていました。
でも、さすがにハザマさんの話を信じて薬を買ったなんて言えるはずもなく、ワタクシは曖昧に笑うしかなかったのでした。




