24.アレク、大スターの予感(挿絵あり)
それはコスモスの花が咲き、心地よい風が吹き抜けるとある日の出来事です。
ワタクシはリビングでソファーに座り、優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいました。
「……ふー、やはり甘いミルクティーにスコーンの組み合わせは最高ですね」
するとそこへ兄のアレクサンドルが、なぜかパンツ一丁でやって来てワタクシの目の前を鼻歌交じりで行ったり来たりし始めたのです。
「フフ~ン♪ フンフンフン~♪」
ちょうど観ているテレビの前を横切る感じで往復するもんですから、嫌でも視界に入りますし、彼が歩く度に中身がこぼれそうなきわどいデザインのパンツがギラギラ光り、非常にうっとおしくて仕方ありません。
「フンフンフン~♪ ……フンフン♪」
しかも彼はどうやらワタクシに話を聞いて欲しいらしく、時々こちらをチラチラ見てくるのです。
「――あぁもう! さっきから何なんですか⁉ 紅茶が不味くなりますから言いたいことがあるならさっさと言ってください!」
「え、ジェルちゃん聞きたい? やっぱり聞きたい? どうしようかな~!」
アレクはうれしそうに寄って来ました。
その時点で話しかけるんじゃなかったとかなり後悔しましたが、とりあえず話を聞いてみることにしました。
「……で、何があったんですか?」
「いやさぁ、こないだニューヨークに買い付けに行っただろ?」
「えぇ」
「その時にお兄ちゃん、モデルにスカウトされちゃってさー! なんと春夏コレクションのファッションショーに出演することになったんだよ!」
「え、アレクがファッションショーのモデルに⁉」
「そうなんだよ、すげぇだろ⁉」
アレクは背も高いし顔も良いですから、声をかけられることがあるのはわかりますが、いきなりファッションショーのモデルなんて彼にちゃんと務まるんでしょうか。
「だからお兄ちゃん、舞台で歩く練習してるんだよ」
「それでさっきから、うろうろしてたんですか?」
「それもあるんだけどな……えへへ」
「なんなんですか、気持ち悪い」
ワタクシが冷ややかな視線を送ると、アレクは少し照れたような顔でもじもじしています。
「いやいや、ほら。俺のパーフェクトボディは最高にセクシーでイケてると思うんだけど……あとちょ~っとだけ背が伸びねぇかなぁって」
「はぁ。背を伸ばしたいんですか」
「あと5cmでいいんだよな~。ジェルの錬金術でちょちょいっと俺の背伸ばせないか?」
ちょちょいっとって……まったく、アレクは錬金術を何だと思ってるんでしょうか。
「そんな簡単にできるなら、ワタクシだってあと10cmくらい伸ばしてますよ!」
「じゃあ、できねぇの?」
「できますけど……骨を急激に無理やり伸ばしたりしますから、すごく痛いですよ?」
「痛いのはやだな……」
アレクは、渋い顔をして腕組みしました。
「じゃあさ。もうちょっと痩せようかなと思うんだけど、ジェルも協力してくれないか? 野菜中心で痩せるメニューとかにしてさ。ジョギングしたりとかさ」
「それぐらいなら……」
せっかくのアレクの晴れ舞台です。家族としてできる限りのサポートはしてあげないとですよね。
「それで、何kgぐらい痩せたいんですか?」
「10kgぐらい」
「……ファッションショーはいつですか?」
「1ヶ月後だな」
「はぁ……?」
思わずふざけんな、と言いかけました。
さすがにそれは無茶じゃないでしょうかね。元々そこそこ引き締まっている体なのにそんなに落ちるわけがない。
「いくらなんでも出来ませんよ。ボクサーの減量じゃないんですから」
「そこをなんとか! 頼むよジェルちゃ~ん」
渋るワタクシに、アレクは両手を合わせて頼み込みました。
「そんなこと言われても、出来ることと出来ないことが……」
「いやいや。――いいか、ジェル」
「なんですか?」
アレクはワタクシの隣に座り、大きく両手を広げて語り始めました。
「もし俺がさぁ、ファッションショーで偉い人の目に留まったりなんかしてさ、映画出演とか決まっちゃってハリウッドスターになったりしたら、プール付きの豪邸に住めるんだぞ!」
「プール付きの豪邸……?」
「そう、豪邸だ! 今よりでっかい書庫も作ってさ、ジェルは商売とか何も気にすることなく、好きなだけ本を読んで優雅に暮らせばいいんだよ!」
「でっかい書庫に優雅な暮らし……」
「あぁ、そうだ! それに、高級食器も宝石も美術品も何でも買い放題だぞ!」
「そういえばウェッジウッドの新作のティーセット、欲しいんですよねぇ……」
ワタクシがそう呟くと、アレクはソファから立ち上がりワタクシの方を見て宣言しました。
「よぉし、わかった! 未来の大スターがそれも買ってやろうじゃねぇか!」
「ふふ、そういうことでしたらダイエットに協力いたしましょう! ――ただし、ティーセットは先払いでお願いいたします」
「マジかよ。俺より先に財布が痩せちまった……」
――こうして、アレクの減量大作戦が始まりました。
「とりあえず前にテレビで見た、糖質ダイエットを試してみましょうか?」
「糖質ダイエット?」
「要はパンやお米を食べない生活をするんですよ」
「なんだ、簡単じゃねぇか! じゃ、後はよろしく!」
アレクは大喜びで、ソファーに寝転がってテレビを観始めました。
「ちょっとアレク、運動もしないと痩せませんよ?」
「えー、めんどくさいな。代わりにやっておいてくれよ」
「いけません、ほら。ジョギング行ってらっしゃい!」
ワタクシはテレビが観たいとごねるアレクを急き立て、外に送り出しました。
「晩御飯作って待ってますから。30分くらい走ったら帰ってらっしゃい」
「おう、わかった」
30分後、アレクは額に汗を浮かべて帰ってきました。ちゃんと言われた通り走ったようです。
「おかえりなさい、アレク」
「ただいま。あー、腹減った。シャワー浴びてくるから飯頼むわ」
「はいはい、できてますよ」
「お、カレーかぁ~。良い匂いだな」
――10分後、食卓で不満そうな顔をする彼の姿がありました。
「……おい、どうしてお兄ちゃんのだけご飯が無いんだ」
「忘れたんですか? 糖質ダイエットですよ」
「いや、カレーのルーだけとかキツいだろ!」
「そういえば、シロから明太子のおすそ分けをいただいたんですよ」
アレクの反論を無視して、ワタクシは冷蔵庫から友人にもらった明太子の包みを取り出しました。
「うぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ! なんでこんな時に……!」
「カレーライスもいいけど、やっぱり炊きたてご飯と明太子の組み合わせって美味しいですよね。ついついおかわりしちゃいます」
ワタクシは彼の前でご飯に明太子を乗せて美味しそうに食べました。
「……あぁもう! 糖質ダイエットなんてやめやめ! 俺もカレーと明太子でご飯食べる‼」
――こうしてアレクは糖質ダイエットをあきらめました。
「ふむ……糖質ダイエットがダメなら代謝を上げて、少しでも脂肪を燃焼する体にしてみるのはどうでしょう?」
「代謝を上げるって、どうすりゃいいんだ?」
「体を温める食べ物がいいですね。唐辛子みたいに辛いものがいいかと」
「カプサイシンってやつか」
「そうです。なのでこれをどうぞ」
ワタクシは、真っ赤な液体が入った小さな瓶をアレクに手渡しました。
「これ、ワタクシが錬金術で生成した唐辛子ドリンクです」
「うへぇ、辛そう。大丈夫なのかよ……」
「辛さの単位は『スコヴィル』と言うのですが、一般的な日本の唐辛子で3万~5万スコヴィル。辛くて有名なハバネロで10万~35万スコヴィルらしいです」
「へぇ~、なんかすげぇなぁ」
「そのドリンクは魔術的圧縮を応用した結果、1億スコヴィルになりました!」
アレクは慌てて瓶をゴミ箱に投げ捨てました。
「あ、勿体無い……」
「劇薬じゃねぇか! お兄ちゃん殺す気か⁉」
「大丈夫ですよ。それぐらいしないと1カ月で10kg痩せるのは無理だなと思ったので……」
「ダメダメ! 代謝上げるとかもういい! 他の方法にしてくれ!」
「しょうがないですねぇ」
こうしてこの後も豆腐ダイエットやリンゴダイエットに、通販で売っているダイエット器具など、1ヶ月の間いろいろ試したのですが……
「あぁぁぁぁぁ! これもダメだぁぁぁぁ!」
「あぁ、アレクったらまたそんな急に投げ出したりして……」
「やっぱり10kg減量って無理なのかなぁ」
彼は鏡の前でポーズを取って、自分の姿を眺めています。
「――でも、さらに体が引き締まったようには見えますね」
「え、ホントか⁉」
「えぇ。とても良い感じですよ」
なんだかんだでお菓子を我慢して、低カロリー食にしてしっかり運動していたのが功を奏したのでしょう。
体重はそこまで落ちなかったものの、アレクはギリシャ彫刻のように程よく筋肉の付いた美しい体になっていたのでした。
「よーし、俺のパーフェクトボディで世界を魅了してやるぞ!」
「その意気です!」
「俺のステージ、ネットで全世界に配信されるから、ジェルも絶対観てくれよな!」
「もちろんです、がんばってくださいね!」
「おう。未来の大スターに期待しててくれ!」
――こうして、彼はニューヨークへ旅立ちました。
数日後、アレクの出演するファッションショーを観ようと、友人のシロを誘ってリビングでノートパソコンを開きました。
「アレク兄ちゃんすごいね! ファッションモデルとかカッコいい!」
「うふふ、そうですよね。ワタクシも弟として鼻が高いです」
「あ、ショーが始まったよ!」
画面の向こうでは美しい衣装を着たモデルが、光に包まれながら颯爽と歩いています。
「はぁ、すばらしい。……華やかな世界ですねぇ」
ワタクシがうっとりしていると、シロが急に大声をあげました。
「ねぇ! これ、アレク兄ちゃん……?」
「え……何ですかこれ⁉ どういうことですか⁉」
そこには、大きなモコモコの着ぐるみに包まれて舞台の上を歩くアレクの姿がありました。
せっかく鍛えた体は、着ぐるみのせいでまったくわかりません。
丸くくりぬかれた穴から顔を出す彼の表情に虚無を感じるのは気のせいでしょうか。
「なんか、こういうの見たことありますよねぇ……何でしょう」
「僕知ってる! 観光地にある顔出し看板だ!」
「それですね」
結局、アレクの出番はそれだけで、彼は一度もダイエットの成果を披露することなくショーは終わりました。
「……アレク兄ちゃん、出番少なかったね」
「まぁ、人生そう都合よくはいかないもんですよね。しかし、どう慰めればいいものか……」
――せめて、アレクが帰ってきたら彼の大好物のハンバーグをたくさん作って、好きなだけお菓子を食べさせてあげよう。
ワタクシとシロはパソコンを閉じて、一緒に食材やお菓子を買いに行く相談を始めました。
そして数日後。
「ただいまー、おぉ、今日はすげぇご馳走だな! パーティか?」
「え、えぇ。そんなもんです。ねぇ、シロ?」
「うん、そうだね」
「そういや、良い報告があるんだよ!」
やけに上機嫌のアレクの様子に、ワタクシとシロは顔を見合わせました。
「お兄ちゃんさ『実写版パン男ロボ』に、ゲスト出演することになったんだよ!」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!」
パン男ロボはアレクの大好きなアニメです。まさかそれの実写版に彼が出演することになるとは。
驚くワタクシ達に、アレクは笑顔で説明を始めました。
「実はな、ファッションショーで着ぐるみを着たら、たまたまパン男ロボの監督がショーを見ててさ。その着ぐるみをうちの新作映画にも登場させたいって……」
「何があるかわからないもんですね……」
「アレク兄ちゃんすごいね!」
「だろ、だろ? まさか憧れのパン男ロボと共演できるなんて……最高に幸せだ!」
そして彼は大好物のハンバーグをぺロリと平らげ、満面の笑みでお菓子をパクパク食べました。
「ふふ、今日はパーティですね」
「そうだねぇ」
ワタクシとシロは、その様子を見て心からホッとしたのでした。




