22.アレク、ダイナミック入店する(挿絵あり)
※成人男性のキラメキ残念パンツ姿の挿絵がございます。電車の中でご覧いただく際は背後にご注意くださいませ。
その日、俺は弟のジェルマンと一緒に朝食を食べた後、リビングで情報番組を観ていた。
テレビ画面の向こうでは『2万円で全身コーデ! オシャレになっちゃおう!』とテロップが出ていて、お笑い出身のタレントがお店に入って服選びをしている。
「ねぇねぇ、アレク。2万円で全身の服をそろえるって厳しいと思いませんか……?」
ジェルはソファーにもたれて、画面を観ながら不満げな顔をしていた。
「2万円が厳しいってそんなことねぇだろ。じゃあ、いくらならいいんだよ?」
「そうですねぇ……最低でも20万はいただかないと、まともな格好にならないかと」
俺の問いに、ジェルはブランド物で固めた自身の服を見ながらそう答えた。
――こいつはいつまでたっても庶民感覚が身につかないなぁ。もっと時代の変化に合わせて価値観を変えていくべきだとお兄ちゃんは思うんだが。
「やれやれ、ジェルは金がかかるなぁ。俺なら2万円で全身コーデできちゃうぞ!」
「えぇ……本当ですか?」
「あぁ、本当だ。なんなら今からやってみせようか?」
「ふふ。面白そうですね。じゃあワタクシがこの番組のように、アレクが2万円で買ってきたコーディネートをチェックして差し上げましょう」
珍しくジェルは乗り気だ。――これはもう一押しすれば金を出してもらえる気がする。
俺は笑顔で手を差し出した。
「おう、じゃあ買ってくるから2万円くれ!」
「――は? どうしてワタクシが、アレクの服にお金を出さないといけないんですか?」
「だって、ジェルに見せる為の必要経費だからな。俺が2万円で本当に買ってこれたらジェルは楽しいだろ? だからお金くれよ!」
「……ふむ」
俺のパーフェクトなプレゼンを聞いて、ジェルはあごに手を当て考え込んでいる。
数秒後に斜め下を見ていたマリンブルーの瞳が急に俺を捕らえた。考えがまとまったらしい。
「しょうがないですね。ワタクシが2万円出しましょう。しかし、条件がひとつあります」
そう言って、ジェルは俺を家の裏に連れ出した。
「おい……なんでこんなもんがうちにあるんだよ!」
なんと家の裏の空きスペースには、巨大な大砲が野ざらしで置かれていた。いつの間に設置されてたんだ。
「こないだアレクが旅行で居なかった間に、ジンから格安で買ったんですよ」
「なるほど、ジンちゃんか……」
ジンちゃんは俺たちの友人でもありお得意様だ。気のいいでっけぇオネェなんだが、正体は不思議な魔人で、いつも変な物をうちの店に売りに来るんだよなぁ。
俺は大砲に近づいて触れてみた。金属の冷たい感触がしたので軽く叩いてみるとコンコンと鈍い音がする。でけぇしかなり頑丈そうだ。
「すげぇな。まるで人間でも飛ばせそうだな」
「えぇ、人間を飛ばす用なんですよ」
「はぁ……⁉」
俺は冗談のつもりだったのにジェルは真顔だった。
「これは元々、サーカスの見世物の『人間大砲用』でしてね。ワタクシが密かに、それを魔術でもっと遠くまで飛ぶように改造していたのですが……」
「何でそんなことを……」
「やはり最先端の魔術を扱う者としては、魔法陣以外の転送手段の研究をですね……」
「――本音は?」
「人間を飛ばしたらどうなるのか見てみたくないですか?」
「まぁな……」
「ですよね、好奇心には逆らえませんよね!」
ジェルはわが意を得たりとばかりに金髪を揺らして笑顔で頷く。俺はちょっと、いやかなり嫌な予感がした。
「アレク。2万円差し上げるので、この大砲を使ってお店まで行ってください!」
「あぁぁぁぁぁぁぁ~! やっぱりかぁぁぁぁぁっ~‼」
――数分後、俺は金属の筒の中にいた。
「……なぁ、これ本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫です、射出するのも火薬ではなく魔力を使いますし、中の人間は魔術でコーティングされるように改造しましたから」
ジェルは大砲の側面を軽く撫でながら答える。
「目的地は――すみません、まだ細かく制御できないのでランダムになります。『服を置いている店』という大雑把な指定しかできませんが……」
「――おい、それってもしかして、女の子向けの下着屋とかも範囲に入るんじゃねぇだろうな?」
「運が悪ければそうなるかもですね、その場合は通報される前に逃げてください」
「おいジェル、ちょっと待て! お兄ちゃんは降りるぞ!」
「――もう遅いです……3、2、1、ゼロ! 発射‼」
ドォォォォォーーーーーーーン‼
俺の身体はすごい勢いで射出された。
ゴォォォォォ――
すげぇ……空飛んでるぞ。もう家が見えなくなっちまった。
風が顔に当たって気持ちいいな。すげぇ開放感だ。ジェットコースターとかバイクで飛ばした時みてぇなそんな感じだな。
――おい、ちょっと待て。なんか身体がスースーするんだが。
「うぉ、俺パンイチじゃねぇか! 服どうしたんだよ!」
気が付けばなぜかパンツ一丁になっていた。青空の下、俺のゴールデンビキニパンツが太陽の光を浴びて輝いている。「派手で悪趣味」とジェルには大不評だが俺はお気に入りだ。
もしかしてあの人間大砲、俺とパンツだけ射出されて服は砲身に残ってるんじゃないだろうか。
幸い、2万円はしっかり手に握っていたせいか大丈夫だった。
「くそ、ジェルの奴め。全然大丈夫じゃねぇじゃねーか。こうなったら、服はこの金で現地調達するしかねぇな」
そうこうするうちに前方に商業施設のビルが見えた。たぶんこの中の店のどこかに着弾するわけだが。
「もし女の子向けのブティックとかだったら最悪だな……」
そう思った瞬間、俺の体は目の前のビルの屋上に吸い寄せられたかのように近づいていく。コンクリートで舗装された駐車場が目に入る。
「おい、このままだとコンクリートに頭から激突するじゃねぇか! やべぇ、さすがに頭からはマズい‼」
必死でジタバタすると俺の体は空中でくるりと回転して、なんとか足から着地できそうな姿勢にはなった。だがまったく止まる気配は無い。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ジェルのばかやろぉぉぉぉぉ‼」
俺の体は、屋上に放置されていたデカいカートに尻から勢いよく突っ込んだ。
「いてて……おぉっ⁉ なんだこりゃ!」
着地時に反射的に足を上げたせいで、カートに俺の尻がずっぽりハマっている。そのままカートはM字開脚の俺を乗せて勢いよく走り出した。
「おいこら勝手に走るんじゃねぇ! くそ、尻が抜けねぇ……!」
カートは店内入口を経由して、下りエスカレーターに突入した。
店内のスピーカーからドンドンドン♪ という歌詞の賑やかなテーマソングが聞こえる中、カートはジェットコースターのように段差を滑り降りていく。
「ドンドンドンじゃねぇよ! 助けてくれぇぇぇぇぇぇ‼」
エスカレーターの段差でカートはバウンドして、その度にガコンガコン衝撃がきて俺の頭は激しく揺さぶられた。
平日の午前中だったので客はほとんどいないらしく、幸いぶつからずにすぐ下のフロアに来ることができたが、勢いはまったく止まらない。
「やべぇ、柱にぶつかる……!」
俺が必死で身をよじると、カートが傾いて回避することに成功した。
「危なかった~。なるほど、こうすりゃ曲がるのか……お、あれは!」
視界に俺が普段食っているお菓子が並んでいたので、通りすがりに片手で引っつかんでカートの隙間に入れる。
――よし、なんとか買い物ができそうだぞ。
勢いよく走るカートに身を任せ、俺は目に付いた物を適当に手に取っていく。
本当はコーディネートしないといけないんだが、選んでいる余裕は無い。
「すまん、ジェル。この状況でコーデはさすがのお兄ちゃんも無理だ……」
通りすがりの人がギャーと叫ぶ中、器用に人を避けながらカートは俺を乗せたままガラガラガラと音を立てて走っていく。
「おーい! びっくりさせてごめんな~! ……うぉっと!」
カートはそのままガタンガタンガタンと下りエスカレーターを滑り降りて、まったく止まる気配が無い。
次のフロアは玩具売り場だった。
前方に俺の大好きなアニメのコーナーがあるじゃないか。
「あっ、あれは……!」
ゆっくり手に取る暇もなくカートは無慈悲に通り過ぎていく。しかし俺の目は確実にある物を捉えていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ! パン男ロボDXじゃねぇかぁぁぁぁ~!」
ずっと欲しかったけど、売り切れで買えなかったやつだ。これは何が何でも買って帰りたい。
「くそ、止まれ! 止まれー! ダメか……」
カートはまったく止まってくれそうにないし、俺の尻も引っかかったままで脱出できそうに無い。だったらこのまま買うしかない。
さすがに逆走はできないが、周回は可能だ。
このフロアを1周すれば、再び同じ売り場にたどりつけるだろう。
「どぅおりゃぁぁぁぁぁぁ~‼」
俺は叫び声をあげながら思いっきり体を傾けて、角を曲がった。
数分後、俺の手にはパン男ロボDXがあった。俺は勝ったぞ……!
ロボを掲げた俺の目の前に、レジカウンターが飛び込んできた。
ちょうどいい、お会計をしよう。
「――あ、でもこれ止まらねぇんじゃ。あぁぁぁぁぁぁ! ……おっ?」
あと少しでレジにぶつかる……というギリギリのところでカートが止まった。
「い、いらっしゃいませ……」
店員さんはかなり動揺している感じだったが、カートに乗ったパンツ一丁の俺にちゃんと接客してくれた。
「――あ、すまん。お菓子以外は今すぐ使うんで値札外してくれるか?」
「ブフォッ! ……は、はい。かしこまりました。お、お会計は1万9990円になります」
「お、ちょうど足りた。これで頼む」
俺はパンツに挟んでいた2万円を差し出した。
「ブッ……ゲホゲホッ! あ、ありが……とうございましたっ」
買い物を終えた俺は、レジカウンターの端を掴んでカートから何とか抜け出した。
店員さんはうつむいて、口元をひくひくさせながら手を前で握り締めている。
「おう、サンキューな!」
俺はとりあえずカートを返却場所に返して、買った物を鏡の前で身に着けることにした。
「えーっと、サングラスに……これはハワイで首にかけてもらうお花のネックレス、あぁ。レイってやつだな。パン男ロボにも付けてやろう。後はワンチャンのパペットにサンダルにお菓子……まるでビーチからワープしてきたみたいに見えるな」
適当に引っ掴んできたわりにはちゃんとコーデしてるじゃねぇか。さすが俺。
「――おい、キミ。ちょっといいかな?」
鏡の前でポーズを取っていると、警察によく似た制服姿のオッサンが声をかけてきた。やべぇ、警備員呼ばれたのか。
捕まって家族を呼び出されたら、ジェルが来てしまう。
店内をカートで爆走したのがバレたら、きっとこっぴどく叱られるだろう。それはマズい。
「ごめんなさぁぁぁぁぁ~い‼」
俺は全力で走って店を飛び出した。
とりあえず警備員は追ってこなかったが……
「そういや俺、どうやって家に帰ったらいいんだ? もしかして徒歩か?」
残金はさっきのお釣りの10円玉のみ。これじゃ電車やバスには乗れない。
タクシーもこの格好じゃ止まってくれそうにねぇな……
俺は浮かれた姿のまま、歩いて家に帰る破目になった。
「……まぁ、いいか! パン男ロボDXが買えたしな!」
――家に帰ったら服を着てロボで遊ぼう。
行き交う人たちから冷たい視線が飛んできたが、俺の足取りは軽かった。




