21.トンデモ倉庫整理(挿絵あり)
その日、俺は弟のジェルと一緒に店の倉庫を整理をしていた。
俺の知り合いが美術館をオープンすることになったんだけど、手違いで展示品が足りなくなっちゃったんだ。
それで珍しい物をいろいろ取り扱ってるうちの店の力を借りたい、って相談があってさ。
「うちの倉庫に美術館に置けるような良い物があればいいんですけどねぇ……はっくしゅんっ!」
「おいおい、大丈夫か?」
ジェルは棚の上を確認しようとして盛大にくしゃみをした。最近、掃除してなかったからなぁ。埃がすげぇや。
「アレク、ぞうきん持ってきてください。良い機会だから掃除しながら寄贈できる品を探しましょう!」
俺がぞうきんを濡らして持ってくると、ジェルが一人でブツブツ言いながら品を選り分けていた。
「これは微妙ですね。あっちはまがい物だし。こっちは、あぁ。うーん。でもこれもなぁ……」
ジェルは棚から箱を引っ張りだして開けて確認すると、無造作にその辺に置いていく。箱の大きさを気にせず積み重ねていくから今にも崩れそうだ。
そう思った瞬間、上の方に積んでいた品が崩れて、俺の足元に巻物みたいなのが二つ転がってきた。
――やれやれ。ジェルは昔から、ひとつのことに夢中になると他が見えなくなるタイプだからなぁ。
俺は苦笑いしながら足元の品を拾って彼に声をかける。
「なぁジェル、この巻物みたいなの何だ?」
「……え。あぁ、掛け軸ですよ」
「へぇ、ってことは日本画か? そういうの美術館ウケ良いと思うしいいんじゃねぇか?」
俺は掛け軸の中を見ようと、しっかり結んである紐を解いた。
「あっ、アレクいけません! それはあなたの苦手な……あれ?」
「なんだこれ……?」
掛け軸を広げてみると、黄ばんだ和紙の上の方に少し柳が描かれているだけだ。真ん中は何も描かれてなくて、まるでそこに何かあったみたいに不自然な構図だった。
「あれ、おかしいですね。それは幽霊画のはずなのに……」
「ゆ、幽霊画! ――でも空っぽじゃねぇか!」
俺はジャパニーズゴーストは苦手だから幽霊画と聞いてちょっとびっくりしたが、これじゃ単なる柳の絵だ。
「なんだよ、おどかしやがって……」
「変ですねぇ……」
ジェルはまだ納得いかないらしくて、しきりに首をひねっている。
幽霊画の掛け軸がただの柳の絵だったことに安心した俺は、もう一枚の掛け軸の紐を解いて広げた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
そこには幽霊が隙間無くみっしりと詰まっていて、俺は絶叫した。
「あぁ。居ないと思ったら、そっちに移動してたんですね」
「なんでそんな極端なんだよぉ……ふぇぇぇ、びっくりした」
「……変ですねぇ。それにしてもやけに数が多いし、そもそも幽霊画ってこんなのじゃ無かった気がするんですが」
ジェルは釈然としないのか、あごに手を当てて考え込んでいる。
「……まるで満員電車のドアですね」
ジェルは考えるのを放棄したのか、そう一言感想を述べると何事もなかったかのように掛け軸をくるくると巻いて紐で縛った。
「とりあえず、どっちも美術館に寄贈するには向いてないかと」
「そうだな。あー、びっくりしたわー……」
まだ心臓がドキドキしてるぞ。本当うちの店の品はロクでもねぇなぁ。
大きく息を吐いて視線を移したその時、棚に見慣れない雑誌があることに気づいた。
雑誌の表紙には、魔法使いの格好をしたおねぇちゃんが箒片手にニッコリ笑ってる写真が載っていて『すてきな魔女さん』って文字がデカデカと書かれている。
「なんだこれ、魔女って……?」
「あぁ、それは魔女の世界の業界誌ですねぇ。先月号の『季節のハーブで作る毒薬レシピ』は興味深かったです」
「やべぇな、それ。そんな物騒なもんが載ってるのかよ」
好奇心に駆られてパラパラと中身を見てみると『マンネリ脱出! 気分がUPする黒ミサ特集』や『イケメンダケで作る香水アレンジ』といった、わけわかんねぇ内容が可愛い色使いの浮かれた文字で書かれていた。
「すげぇ世界だな……」
「ワタクシは、その中の魔女のお悩み相談室が好きなんですよ」
ジェルに言われて後ろの方のページをめくると、読者コーナーの後半にその記事があった。
「どれどれ。魔女のお悩み相談室『ヒツジとヤギの区別がつかないと友人に笑われました』……どういうこった。毛が真っ直ぐなのがヤギで、モコモコしてんのがヒツジでいいんじゃねぇのか?」
不思議に思いながらページをめくると、ベテランらしいしわくちゃでワシ鼻の貫禄ある魔女の写真と一緒に回答が書かれていた。
「回答:サバトに連れて行ってサタンが降臨すればヤギです。……ってこれサタン来なかったらどうしたらいいんだ?」
「ジンギスカンパーティでもすればいいんじゃないですかね」
「食うのかよ!」
「――とりあえず、雑誌見てたら作業が進みませんからそれくらいにして……あ、これどうですか? きっと美術館の目玉になると思いますよ」
ジェルの手には小さな箱が乗っている。箱を開くと大粒の青い宝石が光っていた。
「これはあの有名なホープダイヤと同じ原石からカットされたという逸話のある『ホーペダイヤ』ですからね、きっと喜んでいただけるでしょう」
ジェルは良い物を見つけたと言わんばかりにニコニコしている。
「でもこれからオープンする美術館に、呪いの宝石贈るってなんだかなぁ……速攻潰れちまうんじゃねぇか?」
「大丈夫じゃないですかね。それを言うならホープダイヤを収蔵しているスミソニアン博物館は無事なわけですし」
「それもそうか。でもまさか本当に呪いがあるとはなぁ……」
目の前でホーペダイヤは神秘的な輝きを放っている。本当こいつには苦労したっけ。
なにせ俺が店に持ち帰ろうとしただけで犬の糞を踏むこと3回、ビルの上から鉄骨が降ってくること5回、坂の上から巨大な岩が転がってくること10回……
「美術館まで持って行くのがちょっと怖ぇな……」
またアクションゲームみたいなことをやる破目になるかもと思うと、少し気が重い。
俺はため息をついた。
「――ねぇ、アレク。寄贈するにあたって『ホーペダイヤ』という名称は変えた方がいいかもしれませんね。なんだかニセモノ臭いですし」
そういやその名前は、俺が冗談で付けたんだっけか。確かにせっかく美術館で展示されるんだからそんなネタみたいな名前は可哀想だな。
「何がいいかな?」
「どうせなら仰々しい感じでいきたいですね」
「そうだなぁ……俺の名を冠して、カリブの至宝! アレクサンドルの青い瞳! ――とかどうだ?」
「アレクサンドルの青い睾丸でいいんじゃないですか?」
「青くねーし! キンタマ青いっておかしいだろ」
「……名前は後で考えるとして、倉庫整理の続きをしましょうか。あ、そこ拭いてもらえますか?」
「あいよ。ん、この桐の箱なんか見覚えが……あ、これ火鼠の――」
俺が箱を手にとって蓋を開けようとすると、ジェルが慌てた声でそれを制した。
「あっ、アレク! それは奥にしまっておきましょう‼」
「え、なんでだ? これ店でディスプレイするって言ってたような……」
「気のせいです‼ あなたは何も見なかった……いいですね?」
「……あ、あぁ」
ジェルは有無を言わせぬ声で、俺が手にしていた箱を奪って棚の奥へ追いやってしまった。
確かあの中には俺が中国で買ってきた「火鼠の皮衣」が入ってたはずなんだが。何か問題でもあったんだろうか。
ジェルがあんまり聞いて欲しくなさそうにしていたので、何も聞かないことにした。
「――あ、これはどうでしょう? ほら、市松人形ですよ」
ジェルが抱えているガラスケースの中には、真っ黒のおかっぱヘアーで赤い着物を着た人形が入っていた。
「これ、あれじゃねぇの? 俺、テレビで見たことあるぞ。知らない間に髪の毛が伸びてるとか……」
「別に伸びませんよ? ほら、短いじゃないですか」
ジェルはガラスケースをひっくり返して裏側を見せた。人形の髪はあごくらいの位置で綺麗に切りそろえられている。
なーんだ。勝手に髪の毛が伸びる呪いの人形ってオカルトブームの時にちょっと流行ったんだけど、そういうんじゃねぇのか。
「うちの店にあるってことはそういうことかと思ったんだが、違うなら問題無いしその人形も寄贈するか」
「そうですね、この倉庫でずっと眠っているよりも、展示されていろんな人に見てもらえる方が人形も喜ぶでしょうし」
「ハハッ、そうだな」
俺はガラスケースを受け取って、ついていた埃を丁寧に拭き取った。
その後も倉庫の掃除をしながらいろいろ見繕ってみたんだが、これという品が見つからず最終的にダイヤと市松人形と適当に数点の絵画を寄贈することにした。
――それから1週間後。
「あー、やっぱり呪いのダイヤだったなぁ、アレ」
俺がダイヤを美術館に持ち運ぼうとしただけで犬の糞を踏むこと6回、ビルの上から鉄骨が降ってくること10回、坂の上から巨大な岩が転がってくること20回……
「覚悟はしてたが、やっぱキツいよなぁ。無事運べたの奇跡だわ……」
坂の上から不自然にゴロゴロ転がってくる岩を思い出して、げんなりしながらリビングに行くと、ジェルがソファに座って手紙を読んでいるのが目に入った。
親しい相手からなのだろうか、微笑ましいものを見ているような優しい表情をしている。
「なんだ、ジェル宛に手紙とは珍しいな。誰からだ?」
「人形です」
――え? ニンギョウ?
「こないだ美術館に寄贈した市松人形からですよ」
「え、でもあれ別に呪いの人形じゃ……」
うろたえる俺に対して、ジェルはなんでもないような顔をして言った。
「えぇ。髪が伸びるか聞かれたんで伸びないと答えましたけど、別に夜中に動くとか手紙が書けるとか意外とコミュ力が高いとか、そういうことは聞かれませんでしたし」
「たしかに聞かなかったけどさぁ……やっぱ呪いの人形じゃねぇか!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
そう言って、ジェルは手紙を読み上げた。
『――急に美術館に住むことになってとても人が多くてびっくりしたけど、たくさんの人が私を見てくれるのがうれしいです。フランス人形のお友達もできました。ジェルちゃん、アレクお兄ちゃん、ありがとう』
「そ、そりゃあよかったなぁ……」
「えぇ、たまには倉庫整理しないといけませんねぇ。また何か良い物があれば寄贈しましょう」
ジェルはそう言って、手紙をテーブルに置いてニッコリ微笑んだ。




