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19.リュージの恩返し(挿絵あり)

 それは、中国を旅行している兄のアレクサンドルから電話がかかってきたことから始まりました。


「え、うちの店に人を派遣した? アレク、どういうことですか?」


「いやさぁ、山奥で落し物して困ってるヤツがいたからさ、一緒に探して見つけたんだけど。そしたらすげぇ感謝されて何でもお礼するって言うから……」


「落し物? 何を落としたんです?」


「なんかよくわかんねぇけど綺麗なガラス玉だったぞ」


「ふーん、何かお宝だったんですかねぇ。それで?」


「あぁ。それで『俺は何も要らないから、代わりに弟がアンティークの店やってるから手伝ってやってくれ』って言ったら、わかったって言って消えちまってなぁ……」


「えぇ……⁉ 別に店は忙しいわけでもないですし、来られても困るんですが」


「まぁそう言うなよ、気のいいやつだったぞ。リュージって名前らしいから、もしそっちに来たらよろしくな~」


「リュージさんですか。はぁ、わかりました。なるべく早く帰ってきてくださいね」


 ワタクシは電話を切って店のカウンターに座りました。

 すると、ドアの向こうから明るい男性の声がします。


「コンニチワー! アレクさんのところからキマシタ! リュージデス、ヨロシク!」


「あ、ようこそ……」


 ……あれ、その辺の人間が簡単に店に入れないように周辺に結界を張ってたはずなんですが。最近手入れしてなかったし、効力が弱まってたんですかね……?

 それに、今さっきアレクから電話をもらったばかりなのにずいぶん早いような。


 ワタクシは不審に思いつつも、ドアを開けて彼を招きいれました。


「ジェルさんデスネ! 今日はお手伝いしにキマシタ!」


挿絵(By みてみん)


 リュージさんは綺麗な装飾が入った青い着物を着て、長い黒髪を後ろで束ねていました。

 アジア人らしい細い目をさらに細め、人の良さそうな笑顔を浮かべています。


「あ、ありがとうございます。ずいぶん早く来ましたね」


「ハイ、急いでトンデキマシタ!」


「そ、そうですか。それはどうも……」


「ジェルさん。私、何シマショウ?」


「いえ、そんなお手伝いしていただくわけには……」


 見ず知らずの方にそんなことをさせるのは申し訳なく思ったので丁重にお断りしたのですが、彼はどうしても手伝いをしたいと譲りません。


「私、ご恩返しをしないとオウチ帰れないヨ!」


「そうですか……そこまでおっしゃるのならお願いしましょうか。では、店の商品にはたきをかけてもらっていいですか?」


 ワタクシはカウンターのそばに掛けてあった、はたきを彼に手渡しました。


「この棒はどうやって使うんデスカ?」


 ……え、あぁ。はたきを見たことがないんですかね。


「これはこうやって埃を払うのに使うんですよ」


 近くの棚の上を軽く掃除してみせると、リュウジさんは大きくうなずきました。


「ワカリマシタ! やってミマス!」


 彼はアンティーク雑貨や薬品が並んだ棚を、はたきをパタパタさせながら掃除し始めました。


「ジェルさん、この店の物とてもイイネ!」


「ありがとうございます。ワタクシのコレクションやアレクが旅先で買ってきた物もありますが、それなりに厳選はしておりますから……」


「イッパイ魔力感じマス」


「え?」


「イエ、何でもナイデス!」


 彼は丁寧に棚のほこりをはらい終え、活き活きした表情で報告しました。


「ジェルさん、終わったヨ。次は何スル?」


「ありがとうございます、じゃあ次は床を掃いて、窓拭きですかね……」


「ユカヲハイテマドフキ……?」


 彼はきょとんとした顔でワタクシを見ます。


「あー、えっと。リュージさん、掃除は初めてですか?」


「初めてデス!」


 彼はまったく悪びれずに元気に答えました。

 まさか掃除をしたことがないなんて……裕福そうな身なりですし、彼はどこかのお坊ちゃんなんでしょうかねぇ。

 ワタクシは苦笑いして、箒を手に取りました。


「えっと、これが箒で……こうやって床を掃いてゴミを集めます」


「ウンウン」


「で、これがガラスクリーナーで、こうやって窓ガラスにかけると……」


「オー、泡がイッパイ出てキマシタネ!」


 リュージさんに掃除の方法を教えながら、二人で店の掃除をしました。

 幸い彼はすぐに理解し一生懸命取り組んでくれたので、あっという間に終わりました。


「できたヨ! ジェルさん、次は何スル?」


「そうですねぇ……店のことはもうこれでいいんで、のんびりしていただければ」


「マダマダ元気ダヨ? 他の事もイッパイスルヨ!」


 もともとお客さんがまともに来ない暇な店ですし、特に手伝ってもらうことも無いので休憩を提案しますが、彼はまだ手伝いがしたいと言って譲りません。

 後はもう家のことくらいしかないんですが……


「うーん。……それじゃ、我が家のことで恐縮なんですが、洗濯と掃除をしてもらえますか?」


「センタクとソウジ……?」


「あ、教えますから大丈夫ですよ」


 ワタクシは店の奥にある家に繋がるドアを開け、彼を家に招きいれました。


「お店とお家くっついてるンダネ!」


「えぇ、そうなんですよ。あ、これが洗濯機で、こっちが洗剤です」


「センタクキ! 初めて見マシタ!」


 目を輝かせる彼に丁寧に使い方を教えて、一緒に洗い物の仕分けをしました。


「ジェルさん、ジェルさん。この小さなキラキラした布は何デスカ?」


「……アレクのパンツです」


「さすがアレクさん! 私だったら恥ずかしくて穿けマセン!」


 素直な感想にワタクシは大きく頷きました。

 洗濯機が回りだしたので、彼に引き続きお風呂とトイレの掃除の手順を教え、洗剤を手渡しました。


「覚えたカラ、後は私ダイジョブヨ。ジェルさんはお店見ててネ!」


「それは頼もしい。ではよろしくお願いしますね」


 ワタクシは店に戻って、カウンターに座りました。

 掃除を彼に任せて読書を楽しんでいますと、店のドアが開いて小柄な和服の男の子が姿を見せました。当店を守護している氏神のシロです。


「ジェル! 遊びに来たよ! いやぁ、今日も暑いねぇ~。」


「シロ、いらっしゃい」


「……あれ、今日は誰か他にいるの?」


「おや、よくわかりましたね。実はアレクの紹介で、リュージさんって方がうちの店を手伝いに来てるんですよ」


「……ふーん、そうなんだ」


 何故か釈然としない様子のシロにとりあえず椅子を勧めると、彼は座っていきなり冷酒を欲しがりました。見た目は子どもですが実年齢は五百歳近くて日本酒が大好きなのです。


「もう、シロったら。うちは居酒屋じゃないんですからね」


「せっかくアレク兄ちゃん秘蔵の良い酒があるのに、飲まない手はないからね」


「そういえば冷蔵庫に小さい瓶を冷やしてありましたね……ちょっと待っててください」


 そう言って立ち上がると、奥の扉からリュージさんが顔を出しました。


「ジェルさん、お風呂掃除終わったヨ! アワがいっぱいで楽しいネ! おや、オキャクサン! イラッシャイマセー!」


「リュージさん、お疲れ様です。こちらはシロ。ワタクシの友人です」


「は、初めまして……」


「おー、トモダチいいねー! 私、リュージ言います、ヨロシクネ。それじゃ私、トイレ掃除してくるヨ!」


 リュージさんはそう言って、再び家の方へ戻りました。


「……リュージさんだっけ。あの人なんかどこかで見たことある気がするんだけどなぁ」


 シロは首をかしげながら眉を寄せて思い出そうとしていましたが、結局彼が何者なのか思い出せなかったようでした。

 

「――まぁいいや、それよりお酒だよ、お酒ちょうだい!」


「はいはい……1本だけですからね?」


 シロに冷酒を持ってきて注いでやると、彼は特に用事があるわけでもなく本当にただ遊びに来ただけのようでした。

 彼がちびちびと酒を飲むのを眺めながらあれこれ雑談をしていると、小さな瓶が空になる前に奥のドアからリュージさんがやってきました。


「お風呂もトイレもキレイキレイなったヨ!」


「リュージさん、お疲れ様です。ありがとうございました。あの、これ……ささやかで恐縮なのですが……」


 ワタクシはお礼にお金を包んで渡そうとしましたが、丁寧に断られました。


「ジェルさんアリガトウネ。でも私、恩返しでキタカラ必要ナイヨ。それじゃそろそろ私オウチ帰るヨ」


「そうですか、本当にありがとうございました」


「初めての事ばかりで楽しかったヨ。オウチ帰ったら私もお掃除してみるヨ!」


「それは良いですね」


「それじゃ、ジェルさん、シロさん。またネ!」


 リュージさんを店の外まで見送ると、一陣の風が吹き、彼はにこやかに手を振りキラキラと輝いて消えてしまいました。

 すると急にゴォォォォと大きな風の音がして木が揺れていましたがそれもすぐ止み、何事も無かったかのようにセミが鳴き始めました。


「……リュージさん、何者だったんでしょうね」


「あぁぁぁぁぁぁ‼ 思い出した‼」


 突然、シロが大きな声を上げました。


「何がですか?」


「あの方、リュージさんじゃなくて龍神様りゅうじんさまだよ!」


「え、龍神様……⁉」


「うん、水を司る偉い龍の神様! 神様が集まる会議でスサノオ様と話してるの見たことあるから間違いないよ!」


「えぇぇぇぇぇぇ‼ ワタクシ、あの人にトイレ掃除までやらせちゃったんですが‼」


「スサノオ様が聞いたら卒倒しそうだ……」


 シロは頭を抱え込みました。


「それならそうと言ってくれればよかったのに……」


「あれで本人は『龍神』って名乗ってるつもりなんだよ。でもカタコトだから発音がね……」

 

「事前に龍神様とわかっていれば神通力をもらうとか、もっと有益な頼みごとができたんですがねぇ……」


 惜しいことをしたと心底思いましたが、どうしようもありません。

 セミの声がうるさく響く中、ワタクシはシロと店へ戻ったのでした。

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