18.ビキニシャーク(挿絵あり)
途中にアレク兄ちゃんの残念サービスショットがあるので、電車の中などでご覧いただく場合は背後にご注意くださいませ。
外はセミの声がやかましく鳴り響き、夏真っ盛り。
アンティークの店「蜃気楼」の店内では、バカンスの相談をしているワタクシと、兄のアレクサンドル、そして当店を守護している氏神のシロの姿がありました。
「え、アレクは海に行きたいんですか……?」
「おう、暑い日差し! 打ち寄せる波! やっぱ夏のレジャーは海水浴だろ!」
アレクは元気いっぱいに拳を振り上げて力説しますが、ワタクシは人が多くて騒がしそうなところはできれば避けたいのです。
「はぁ……バカンスなら海よりも、避暑地に別荘でも借りて優雅に読書をするのがよいかと……」
「おいおい、ジェル。読書とかそんなの家でもできるじゃねぇか」
「ぶっちゃけ家から出たくないです」
「まぁ、ジェルはいつもそうだよなぁ……シロはどうだ?」
「アレク兄ちゃんが海に行きたいのはわかったけど、僕もわざわざ管轄を離れて海に行くのはなぁ……暑いだけだし」
「おいおい、シロまで興味ねぇのか? まいったなぁ……あ、そうだ」
アレクはワタクシだけはなくシロの食いつきまで悪かったので、これは形勢不利とみてまずはシロを取り込もうと画策したようです。
「……なぁ、シロ。水着のオネェチャンは好きか?」
「みずぎのおねぇちゃん……?」
「おう、海といえばピチピチギャルが浜辺にわんさかいるんだぞ!」
「ぴ、ぴちぴちぎゃる……! そんなにわんさかなの⁉」
シロが話題に食いついたのを見て、アレクは自信たっぷりに言いました。
「もちろん、わんさかだ! ピチピチギャルが浜辺を埋め尽くしてムッチムチでバインバインのプルンプルンだぞ!」
「む、むっちむちで、ばいんばいんのぷるんぷるん……!」
シロの顔は真っ赤になり、さっきの興味なさそうな態度とは一転して、弾んだ声でアレクの案に賛同しました。
「仕方ないなぁ! ――そう言えば僕の上司は海の神でもあるし、後学の為にも浜辺に視察に行っておく必要があるよね。だから僕もアレク兄ちゃんに付いて行ってあげるよ!」
「よし、多数決で海に決定だな!」
「ちょっとアレク、シロに変なこと吹き込まないでくださいよ!」
「嘘は言ってないぞ、オネェチャンはたぶんいるだろうし……ちょっと多めに言ったけど」
アレクはシロに聞こえないようにひそひそ声で返します。
「……まったく。しょうがないですねぇ」
――こうして、ワタクシ達は3人で海へ出かけることになったのでした。
その結果アレクにとって散々なバカンスとなるのですが、この時はまだそんなことは知る由も無かったのです。
「ふふ、晴れてよかったですねぇ……ビーチもなかなか綺麗ですし」
ワタクシは長めの青いサーフパンツの上に薄手の白いパーカーを羽織って、浜辺のパラソルの下でシロと座っていました。
「――ぴ、ぴちぴちぎゃる……いや、いいね。すごくビーチだね、綺麗だよね。うん」
シロはキョロキョロと周囲を見回して、行き交う女性に目を奪われています。
彼は実年齢こそ500歳近いのですが、幸い見た目は子どもなので少々水着の女性を鑑賞したところで不審がられることはありません。
「やれやれ……それにしてもアレクは遅いですね」
「あ、向こうにいるのってアレク兄ちゃんじゃない? ほら、背高いから遠くからでも目立つねぇ。――あ。うわぁ~!」
「どうしたんですか、シロ。急に変な声をだし――うわぁ~……」
ワタクシ達の視線の先には、ギラギラと輝く赤紫のビキニパンツ姿でモデルのように颯爽と歩いてくるアレクの姿でした。
周囲の人達はかなり引き気味で、モーセの海を割ったシーンのように彼を避けています。
「おーい! ジェル~! シロ~!」
アレクは爽やかな笑顔で手を振りながら近づいてきました。
彼に向けられていた好奇の視線が一斉にこちらへ向いて、ワタクシもシロも引きつった笑顔を浮かべました。
「いやー、まいったねぇ。お兄ちゃん、浜辺の視線を独り占めしちゃったわ! かっこよすぎるって罪だなぁ!」
「えぇ……」
「んじゃ、早速泳いでくるかな~!」
「ワタクシは焼けたくないんでここに居ますね」
「僕も浜辺の視察が済んでないからね、ジェルとここに居るよ」
シロは浜辺の視察と言いながら実際の目的は違うんでしょうが、そこは黙っておきました。
「じゃ、いってくるわ!」
アレクは尻をキラキラさせながら波打ち際へ歩いて行きました。
「あんな趣味の悪い水着、どこで買ったんでしょうねぇ……」
波に逆らって沖の方へ泳いで行くアレクの姿を見ながら、ワタクシはパラソルの下でうとうとし始めました。
――ジェル。ジェル、起きて。
「……うーん?」
「――ジェル! 起きて‼ 大変だよ、サメ! サメが出たよ‼」
「え、サメ……⁉」
気が付けば、周囲はサメの出現で騒然としておりました。
波打ち際にいた人たちは皆、海岸に上がって避難したようなのですが、アレクの姿が見えません。
「アレク? アレクはどうしたんですか⁉」
「あれ見て! アレク兄ちゃんまだ泳いでるよ!」
アレクはのんびりと泳ぎながら、こちらへ向かって手を振っています。その背後には大きな背びれが……
「アレク!」
「アレク兄ちゃん!」
ワタクシ達は慌てて立ち上がり、波打ち際へ走りました。
「アレク~! 早くこっちへ!」
「アレク兄ちゃんサメだよ!」
「うん? 雨? いや晴れてるぞ……?」
「あぁもう! 雨じゃなくて、サメですってば!」
のんきに泳いでいる彼をどうやって助けようかと思ったその時――
「ホッホッホ、お若い方。大丈夫じゃよ」
後ろから声をかけられ振り返ると、地元の人と思われるアロハシャツを着た優しそうな老人が立っていました。
「ご老人、サメが出たのに大丈夫と言うのはどういうことですか?」
「あのサメは温厚なやつですからな」
「そうなんですか?」
温厚なサメと聞いて、ワタクシは少しホッとしました。
「――ただ、光るものが好きでしてな。ギラギラのきわどいビキニでも着用してない限り襲ってきませんぞ」
「今まさにそんなギラギラのきわどいビキニの兄が海にいるんですが……」
「――ちくしょう! 水着を奪いやがった‼ 返せ‼」
波間でアレクの怒号が聞こえました。
サメは彼の水着を奪って、口に咥えたまま悠々と沖の方へ泳いで行こうとしています。
「まてぇ! こらぁぁぁぁ~‼」
アレクは叫びながら全速力でサメを追いかけて泳いで行ってしまいました。
「これは……どうしたらいいんでしょうねぇ」
「アレク兄ちゃんが戻ってくるまで待つしかないんじゃない?」
しばらくすると、アレクがげんなりした顔でこちらの方へ泳いできたので声をかけました。
「アレク~! 大丈夫ですか~⁉」
「おう、水着は取り返したからだいじょ…………うぉっ!」
「アレク⁉」
急にザブッと大きな水音がして、彼の姿が水中に消えました。
まるで何かに引き込まれたように見えましたが、これはいったい……?
「ジェル、あれ見て! ブクブク大きな泡がでてる! 水の中に何かいるよ!」
シロが叫んだその時、海中から船にも匹敵する大きさの巨大なタコが浮上しました。
「なんですか、この規格外の大きさは。まるでクラーケンじゃないですか……!」
「ホッホッホ、大丈夫ですぞ!」
驚愕しているワタクシの隣で、先ほどの老人がまた話しかけてきました。
「あのタコは男の好みにうるさくてな……」
「男の好み?」
「さよう。中途半端に鍛えたひょろい身体でギラギラビキニを穿いて調子に乗ってるアホそうなイケメンでもない限り、襲ってきませんぞ」
「今まさに、そんなアホそうなイケメンが海にいるんですが……」
「あっ! アレク兄ちゃんがタコに捕まった!」
「おい、ジェル! シロ! のんきに見てないで助けてくれよ~! くそ、吸盤いてぇな!」
アレクはタコの太い足に巻きつかれて必死でそこから脱出しようと、もがいています。
その時、タコは顔をアレクに近づけてジッと彼の姿を見つめました。
「……な、なんだよ⁉」
――そして。
バシャン!
「……あ、タコがアレクを投げ捨てた」
「好みのタイプじゃなかったんだ、よかったね!」
巨大タコは投げ捨てたアレクには目もくれず、沖の方へ泳いで波間に消えて行きました。
「ゲホッ! ゲホッ……!」
「大丈夫ですか、アレク?」
「くそ、なんかわからんが腹立つな……」
「あっ、前! 前隠してください!」
「兄ちゃん! パンツどうしたの⁉」
浜辺へ上がった彼は何も穿いてない状態でした。
周囲からキャーと悲鳴が上がり、視線がワタクシ達に突き刺さります。
「うわ、さっき海に落とされた衝撃で脱げちまったのか……」
「あっ! あの光ってるの、アレク兄ちゃんのパンツだ!」
シロが指差した方向には波間でキラキラと輝くビキニパンツと、それを咥えたサメの姿が。
「おい! またオマエかぁぁぁぁぁ~~‼」
アレクは再びザブンと水に飛び込んで、全裸のままサメを追いかけて行きました。
「あーあ、遠すぎて見えなくなっちゃった。またしばらく戻ってこないね……」
「――疲れたし、先にホテルに帰りましょうか」
「うん、そうだね」
ワタクシ達は帰り支度を始めました。幸いホテルはビーチのすぐそばなのでアレクも適当になんとかするでしょう。
「海、面白かったね~! ぴちぴちぎゃるもいっぱい見れたし」
「ふふ、たまにはこんなバカンスもいいもんですね」
その後アレクはずいぶん遠くまで行ったらしく、数時間後に腰に海草を巻きつけて股間を隠した姿でホテルの部屋に戻ってきました。
「アレク兄ちゃんおかえり!」
「……結局、サメに水着盗られちゃったんですか?」
「うん」
「そうですか……」
――あぁ、よかった。明日もここに滞在予定だったんですが、これでもう浜辺で妙な注目を集めることも変な生き物に襲われることも無くなるでしょう。
「じゃ、明日はアレク兄ちゃんの新しい水着を買いに行こうよ!」
「そうですね。今度はもっと布が多めで、なるべく地味なのを――」
「大丈夫だ! 実はもう1枚ある!」
「えっ」
アレクが愛用のトランクの蓋を開けると、そこにはギラギラと輝く青いビキニパンツがありました。
「どうだ! 明日は色違いのキラキラビキニでビーチの視線を独り占めするぜ!」
「あー、うん。よかったよね」
「そうですね……」
「じゃ、俺シャワー浴びてくるから、その後で飯にしようぜ!」
リアクションに困るシロとワタクシを残して、彼は尻が丸出しのままバスルームに消えて行きました。
「アレク兄ちゃん、あんな目に遭ったのにまったく懲りてないね……」
「あのポジティブさ、ある意味うらやましいです」
ワタクシ達は顔を見合わせ、ひそひそと話し合ったのでした。




