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14.アレク全裸になる(挿絵あり)

 ある日の朝、ワタクシがリビングのドアを開けると床に空っぽの酒瓶が転がっていました。


「もう、こんなところに危ないなぁ……」


 酒瓶を手にとって、食べかけのおつまみの袋で散らかっているテーブルに瓶を置くと、床には脱ぎ散らかされた服が散乱しているのが視界に入ります。


「あぁ、またですか――」


 さらに視線を移すと、そこには全裸で冷たいフローリングの床に転がって眠っている兄のアレクサンドルの姿がありました。


「はぁ……何度見ても情けない。アレク、アレク。起きなさい、こんなところで寝てたら風邪ひきますよ?」


 ワタクシは彼の肩を軽くゆすって起こそうとしましたがなかなか起きてくれません。


「アレク! アレク!」


「うーん……あぁ、またジェルが鼻からうどんを――」


「何言ってるんですか! アレク! 起きてくださいってば!」


 しつこく何度かゆすると、彼は軽く呻いてやっと目を覚ましました。


「ううっ、ん……? おぅ、おはようジェル」


「おはようじゃないでしょう⁉ なんですかこの状況は‼」


「いやぁ……やっぱり家だと安心してつい飲みすぎちまうんだよなぁ……へへ」


 昔からアレクには、酔っ払うと服を脱いで寝てしまう悪癖があるのです。

 ワタクシが寝た後で飲み始めると止める人も居ないもんですから、気が付けば泥酔して朝方にこんな風に床で寝転がっていることもしばしばでした。


「へへ、じゃないでしょう⁉ こんなに散らかして!」


「……ごめん」


 ワタクシが怒っているのを察したアレクは、慌てて全裸のまま床に正座しました。


「まったく。本当に他所でそんなことやってたりしないでしょうね?」


「してねぇよ。俺、旅行中の酒はセーブしてるもん」


「家でもそうならありがたいんですけどねぇ……ホントにもう。毎回アレクの裸を見る羽目になるこちらの身にもなっていただきたいものです」


「いいじゃん兄弟なんだし……」


「よくないですよ!」


 そんなことを言っていると、突然アレクがくしゃみをして額に手を当て、首をかしげます。


「へっくしょん! ん……なんか頭いてぇな……二日酔いかぁ~?」


「そんな格好してるからですよ、さっさと服を着なさい!」


「そうだな……ん、あれ? なんか立ちくらみが――」


 アレクは脱ぎ散らかしてあった服を手にして立ち上がったのですが、よろよろと倒れそうになりました。


「ちょっと、大丈夫ですか?」


 軽くアレクの肩に手をやって支えて彼の顔を覗き込むと、気のせいか顔が赤くて眼が充血しているように見えます。


「――アレク。あなたもしかして、熱があるんじゃありませんか?」


「ん……そうなのか?」


 彼の額に手を当ててみると、やけに熱いじゃありませんか。


「へへ、ジェルの手、冷たくて気持ちいい~」


「アレク、やっぱり熱がありますよ!」


 体温計で計ってみたら38℃の高熱だったので、慌ててパジャマを持ってきて着替えさせ、水を飲ませて彼の部屋に連れて行き、ベッドに寝かせました。


「たぶん風邪だとは思うのですが……ワタクシは薬を煎じてきますから良い子にして寝ててくださいね」


「うん……」


 弱々しい声で返事をするアレクに布団をかけて、ワタクシは自分の部屋へ向かうことにしました。

 そこは錬金術の研究室も兼ねていて、薬品も豊富にあるので風邪薬を作るのは簡単なのです。


「さてと……こういう場合はやはり漢方がいいですかね」


 古い木製の薬品棚にはまともな品から胡散臭い物まで、古今東西の薬草や薬などがケースや瓶に入って並べられています。

 ワタクシはその中から漢方薬の入ったケースを取り出しました。


「えーっと、葛根カッコンはこれでしたね。麻黄マオウは――」


 医学書で確かめながら風邪に効く漢方薬を調合して、キッチンでグツグツ煮出します。


「さて、これをおとなしくアレクが飲んでくれるといいのですが」


 煮出したエキスは、お世辞にも美味しそうとは思えぬ匂いを放っています。


「これを飲ませるのは苦労しそうですねぇ……」


 とりあえず、冷たい水で濡らしたタオルとお猪口一杯程度のエキスをマグカップに入れ、アレクの部屋に持参してみました。


「はい、アレク。お薬ですよ」


「ん……うえぇぇぇ、なんだよこれ。大丈夫か?」


「漢方薬を煎じたんですよ」


「えぇ~。もっとさぁ、テレビでCMしてる風邪薬とかでよくない?」


「薬局に売ってるものと成分はほぼ同じなんですけどねぇ」


 案の定、アレクはマグカップに入った茶色い液体を見て顔をしかめるばかりで、なかなか飲もうとしません。


「俺これ飲むのやだぁ……無理、絶対ヤダ!」


「困りましたねぇ」


 何か薬を飲ませる良い方法は無かったでしょうか。

 ――ワタクシはふと、以前に育児の本で読んだことを思い出しました。


『子どもに薬を飲ませるにはヨーグルトやプリン、ジャムなど好きな食べ物に混ぜると良い』という記事です。


「いけるかもしれませんね……」


 数分後、アレクの部屋ではヨーグルトを食べる成人男性の姿がありました。


「おい、ジェル。なんか変わった味だな、これ」


「風邪で舌の感覚がいつもと違うからそう感じるだけですよ」


 ワタクシはすっとぼけ、無事アレクに薬入りのヨーグルトを食べさせることに成功しました。


「――さて。風邪の時は寝るに限ります。さ、横になって」


「うん……」


 ベッドに横になったアレクの額に冷たいタオルを乗せ布団をかけると、彼は不安そうな表情でワタクシの顔を見ています。


「――どうかしました?」


「……手、握って」


「え?」


「眠るまででいいから……俺の手、握っててほしい」


 手を握ってほしいなんて、まさかアレクがそんなに弱っているとは思ってなかったので驚きました。まるで幼い子どものように哀願する彼の心細そうな表情はなんとも儚げで、心を動かされるものがあります。


「――しょうがないですね」


 ワタクシが椅子をベッドの側に置いて腰掛けると、アレクが布団から手を出してこちらへ伸ばしたのでその手をそっと包み込みました。


「ジェルの手、ひんやりしてて気持ちいいな……」


 彼は小さな声でつぶやきました。冷たく感じるのはまだ熱が高いからでしょう。


「アレク、ワタクシはここに居ますから。ゆっくりお休みなさい」


「うん……ありがとう」


 彼は軽く微笑んで、上を向いて静かに目を閉じました。

 しばらくすると規則正しい寝息が聴こえてきたので、握っていた手をそっと布団の中に戻し、ワタクシは静かに退室したのです。


 その後、何度かタオルを冷たいものに取替えるとアレクが目を覚ましたので、水を飲ませ身体を拭いて着替えさせました。


「なんかいろいろ世話させちゃってごめんな……」


「いえ、気にしないでください。それよりも何か食べたい物はありませんか?」


「食べたい物?」


「えぇ。身体が弱ってて十分に栄養が取れないでしょうから、食べたい物があればと思って」


「うーん……冷たい物が食いてぇなぁ」


 ――冷たい物。真っ先に浮かぶのはアイスクリームでしょうか。


「それじゃ、アイスクリームでも買ってきましょうか?」


「え、ジェルが買いに行くのか⁉」


「えぇ。アレクはそんな状態ですし、ワタクシしか行く人はいないでしょう?」


「あの高慢でめんどくさがり屋で引きこもりなジェルが、俺のためにアイスを……!」


 え。今、ものすごい早さで悪口言われた気がするんですが……

 ワタクシがアレクの顔を怪訝そうにじろじろ見つめると、とたんに彼は大きく咳き込みました。


「あぁ、アレク! 大丈夫ですか⁉」


 ――そうでした。今のアレクは弱りきった病人なのです。

 ワタクシの脳裏に、先ほどの心細そうな彼の表情がよぎりました。


「アレク、しっかりしてください! 今お水を――」


「……アイス」


「へ?」


「バニラのアイスがあればきっと俺の病気も、ゲホッ、ゲホッ!」


「わかりました、バニラアイスですね! すぐ買ってきます‼」


 ワタクシは急いでコンビニへ走り、アイスクリームを買ってきてアレクに食べさせました。


「へへ、アイスうめぇ~!」


 彼は普段となんら変わらない様子で、それをぺろりと平らげてしまいます。


「ふふ、よかったです。その分だとおかゆも食べられそうですね」


「えー、おかゆ? お兄ちゃん、ハンバーグ食いたい!」


「えぇ⁉ 病気なのに大丈夫ですか?」


「栄養つけなきゃだろ? ハンバーグが良い!」


「でも……」


 急にそんな脂っこい物を食べて大丈夫かとためらっていると、アレクはまた咳き込み始めました。


「ジェル……ゲホッゲホッ! ……お兄ちゃんハンバーグが食べた……ゲホッゲホッ!」


「アレク……! えぇ、今夜はハンバーグにしましょう! 滋養をつけて早く治っていただかないとですよね!」


「うんうん。そう、そういうことだ……!」


 アレクは目を輝かせて大きく頷きました。

 そしてその日の夜、彼はハンバーグをぺロリと平らげ、いつもと変わりない様子でご飯を食べたのです。


 もうこれですっかり元気になったものと思っていたのですが……。


「ジェル……お兄ちゃんはパン男のDVDが観たい」


「え、今からですか? もう横になった方が……」


 ワタクシがそう意見すると、急にアレクは咳き込んで、その場に座り込みました。


「なんだか急に具合が……ゲホッ、ゲホッ!」


「えぇっ⁉ 大丈夫ですか⁉」


 アレクは上目遣いでワタクシを見ながら咳き込んで、アニメのDVDが観たいとしきりに繰り返します。


「困りましたねぇ……じゃ、薬を飲んだら少しだけ観ていいですよ」


「うんうん、少しだけ!」


 ――その後もアレクは病床の身でありながら「おやつが欲しい、ゲームがしたい」などと言って、その度に咳き込んでワタクシを心配させるのでした。


 そして翌朝。アレクの部屋に行くと、彼はベッドに横になっていました。


「アレク、具合はどうですか?」


「あ、うん……あんまりよくねぇなぁ」


「そうそう。シロに連絡したんですが、今日お見舞いにきてくれるそうですよ」


 そう何気なくアレクに友人の来訪を伝えると、彼は急に咳き込みます。


「マジかよ……ゲホッゲホッ!」


「大丈夫ですか、アレク! すぐに薬と水を持ってきますから……!」


「ジェル、俺はもうダメだ……」


「え、何を弱気なことを……!」


「……パン男ロボDX追加装甲同梱スペシャル限定版が今すぐ欲しいなぁ、それがあれば俺も元気になるんだが」


 ――え、それはさすがに病気と関係無いのではと思うのですが。

 

「アレク……?」


 不審に思いアレクを見ると、彼はは必死でワタクシを説得し始めました。


「いや、こういう時は気力が肝心だろう? 俺、ロボがあったら病気治るかも……」


「え、でも……」


「ジェルだって、あの時兄の言うことを聞いてロボを買っておけば……って後悔したくないだろ?」


「えぇっ……⁉」


「あぁ、目の前が急に暗くなった……‼ もうロボしか打つ手は無い‼」


「――ちょっとアレク⁉ 今すぐ買ってきますから気をしっかりもってください‼」


「待てジェル、もう店頭には在庫が無い。でも通販なら在庫がある」


「え、そうなんですか?」


 アレクの指示に従ってスマホで通販を見たのですが、そのロボットはすごいプレミア価格に跳ね上がっています。


挿絵(By みてみん)


「こ、これは……いやしかし……」


 価格に驚きつつも買うべきか思案していると、店の玄関からドタドタと足音がして氏神のシロがやってきました。


「ねぇ! アレク兄ちゃんが病気ってホント⁉」


「えぇ……普段あんなに元気なアレクが寝込んでしまって……ただの風邪だと思ったのですが……もう自分はダメだと……」


「えぇ⁉……ホントに?」


「はい……そんなこと有り得ないはずですが……もしアレクが居なくなったらと思うとワタクシは……ワタクシは……」


「ジェル、落ち着いて。僕がちょっと見てみるから」


 ワタクシは少し涙ぐみながらシロをアレクの部屋に案内して、彼と対面させました。

 アレクは布団をしっかりと被ってぐったりと横になっています。


「アレク兄ちゃん、僕だよ? シロだよ? わかるかい?」


「……シロ。見舞いに来てくれたのか」


「うん。アレク兄ちゃんが重病人になったって聞いてね」


「え……あ、あぁ」


 シロはしばらく黙ってアレクを見つめていましたが、軽く息を吐くとワタクシに向かって奇妙なことを言いました。


「――ねぇ、ジェル。白ネギはあるかい?」


「え、白ネギって野菜のですか? えぇ、冷蔵庫にありますが」


「じゃ、急いで持ってきて。なるべく太くて長いので頼むよ」


 アレクが病気で大変な時にシロはそんな物でいったい何をするつもりなんでしょう。

 不思議に思いながらも、キッチンから太くて長い白ネギを持ってきてシロに手渡しました。


「ジェル。アレク兄ちゃんはどうやら風邪のようだ。日本では昔から風邪にはネギが効くって言われてるんだよ」


「ネギですか……そういえばそんなのを聞いたことがあるような」


「うん、民間療法だけどよく効くんだよ~!」


 シロはそう言ってアレクの布団を引っぺがし、パジャマ姿のアレクのお尻を思いっきり叩きました。


「さぁ、アレク兄ちゃん! ネギをブッ刺すからお尻を出して‼」


「ひゃっ……、し、シロぉ⁉」


 急にお尻を叩かれたアレクは、目をまん丸に見開いて情けない声を上げました。


「大丈夫だよ! お尻にブスっとネギを刺せばきっとアレク兄ちゃんの風邪も治って元気になるから!」


「なるほど、肛門の粘膜から薬効成分を浸透させるんですか……!」


 まさかそのような民間療法があるとは知りませんでした。東洋医学とは奥深いものですね。


「あ……や、やだぁ! シロ……俺……」


「何も恥ずかしがることなんてないよ? だってアレク兄ちゃんは病人なんだから」


「いや、そういう問題じゃなくて……」


「しょうがないなぁ。ジェル、パンツ脱がすの手伝って!」


「はい!」


「――待ってくれ! 俺もう元気だから! もう治ってるからぁぁぁぁー!!!!!!」


 アレクはそう叫んでガバッと起き上がって、ベッドの上でぴょんぴょんジャンプしながら手を振り回し元気であることを必死でアピールしました。


「ちょっとどういうことですか、さっきまであんなに具合が悪そうだったのに!」


 ワタクシがあまりの変わりように目を見張ると、シロはネギをプラプラと手でもて遊びながら言いました。


「なんてことないよ。アレク兄ちゃんが仮病を使ってただけだから」


「お、おいシロ……!」


 アレクはうろたえています。その表情でどちらが真実を語っているのかは一目瞭然でした。


「アレク……ワタクシを騙していたのですか?」


「いや、最初はホントに風邪ひいてたんだよ。熱もあったしさ……」


 アレクは問いに対し、ばつが悪そうな顔で弁解し始めました。


「なんか寝てたらあっさり治ってたんだけど……ほら……アイスクリームもらえたりハンバーグ作ってもらえるし、ジェルが何でも言うこと聞いてくれるから、もうちょっとこのままがいいなぁ~……なんてね?」


 だからごめん……と彼はまた甘えるような目でこちらを見ながら小さな声で謝ってきました。

 普段ならしょうがないですね、と許してしまうのですが、今回ばかりはそうはいきません。


「どれだけ心配したと思っているんですか! このお馬鹿さん‼」


「す、すまん……」


 さて、どう落とし前をつけたものか。――そうだ。同じことをしてもらいましょう。


「罰としてワタクシがアレクにしたことを全部してくれるまで、ワタクシ休ませていただきます!」


「へ?」


「アレクは今すぐアイスクリームを買いに行って、ワタクシの代わりに晩御飯を作って、そうですねぇ……スワロフスキーの限定品を百貨店から取り寄せてもらいましょうか」


「――えぇっ⁉」


 ワタクシの提案にアレクはすっとんきょうな声をあげ、目を丸くしました。


「自業自得だね、アレク兄ちゃん」


 シロがアレクの表情を見て、にやにや笑っています。


「そんなぁ~……」


「――あ、もちろんアイスクリームはハーゲンダッツでお願いしますよ?」


「アレク兄ちゃん、僕もアイス欲しい! ジェルと同じの!」


「え、シロにまで……」


 アレクは、観念してがっくりとうなだれました。この程度で許してもらえるなら安いものだと思いますけどねぇ。

 しぶしぶアイスクリームを買いに行くアレクを、ワタクシとシロは笑顔で見送ったのでした。


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