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13.アレクおまるに目覚める(挿絵あり)

 ワタクシが軽い気持ちで作ったもののせいで、まさかそんな事になるなんて……


 ――それは商品の買い付けで海外から帰ってきたばかりの兄のアレクサンドルの身に突然降りかかった災厄でした。


「ただいま! ジェル、見てくれ。今回もいろいろ買ってきたぞ‼」


 そう言って彼はワタクシに愛用のトランクを開けて見せました。トランクの中は宝飾品や食器などさまざまなアンティーク品が入った箱がぎっしり詰まっています。


「お帰りなさい、アレク。お疲れ様でした。今お茶いれますね」


「おう、頼む。俺は倉庫に荷物置いてくるかな」


 そう言ってアレクは店の商品を管理している倉庫の方へ向かいました。


 倉庫……。はて、何かアレクに言わないといけないことがあったような気がするんですが……なんでしたっけか。


 そんなことを思いながらキッチンでお茶を入れようと棚から紅茶の缶を取り出していると、突然アレクの悲鳴が聞こえました。


「――アレク‼ どうしたんですか⁉」


 ワタクシが慌てて声のした方へ向かいますと、倉庫のドアが開いていて中から強い光が放たれています。

 やがて光が収まったかと思うと、中からアレクが白鳥を模ったおまるを大事そうに抱えて現れました。


挿絵(By みてみん)


「あ、アレク……?」


「ジェル……俺、今までこんな素晴らしいものがあるなんて知らなかった!」


 アレクはうっとりした表情でおまるを見つめ、その純白の胴体にチュッチュと何度もキスをしています。


挿絵(By みてみん)


「ジェル! ついに俺は世界一の宝を手に入れたぞ……!」


「あぁぁぁぁぁぁ! アレク……なんてことに……‼」


 ワタクシは兄の奇行に頭を抱えました。


 ――しかしこれはすべてワタクシのせいなのです。


 話は遡ること1週間前。

 アンティークの店「蜃気楼」ではカウンターに座ってアイスティーを飲むワタクシと、近くの椅子に足を組んで座り冷酒を入れたグラスをを傾けながら語る氏神のシロの姿がありました。


「――でさ。最近、神社に入る泥棒が増えてるんだって。うちも防犯装置が必要だって宮司さんが言ってたよ」


「防犯装置ですか……」


「うん。もしうちに泥棒なんか来たら僕が神罰を当てて撃退してやるけどね!」


「なるほど、それは頼もしいですね」


 ワタクシの相槌に幼い姿の神様は笑って冷酒をあおり、気軽な世間話としてワタクシに問いかけました。


「ねぇねぇ。もしこの店に泥棒が入ったらジェルならどうする? 呪いでもかけちゃう?」


「そうですねぇ……」


 ワタクシは不心得者に呪いをかけるトラップを想像してみました。

 荒事はなるべく避けたいですから、できればその呪いは誰も傷つかない程度のもので穏便にお帰り願えるようなものがいいでしょう。


「――ワタクシなら価値観を狂わせる呪いでも仕掛けましょうかね」


「価値観を狂わせる?」


「えぇ。泥棒は『宝物』を盗みに来るわけでしょう? もしそこで価値観を逆転させて、宝物を『ゴミ』と認識させれば盗まれずに済むのではないでしょうか」


「おもしろいことを考えるね。――逆転してるってことは逆にゴミはすごいお宝に見えるの?」


「えぇ、そうです。おそらく泥棒は宝物を無視して、もしその側に粗大ゴミでもあればそれを宝物と思い込んで持ち帰るのではないでしょうか」


「粗大ゴミねぇ」


「例えばの話、ですよ」


 ……そう、例えばの話だったはずなのです。

 この思いつきが我ながら悪くないと思ったので、ワタクシはシロが帰った後で試しに実際に倉庫にトラップを仕掛けてみたのです。

 でもその後、アレクにそのことを伝えるのをすっかり忘れておりました。


「しかしまぁ上手く狙い通りになったものですねぇ……」


 ワタクシはおまるを幸せそうに眺めるアレクを見つめて、ため息をつきました。


 以前にアレクが呪いで子どもの姿になった時に使っていた白鳥のおまるを粗大ゴミで捨てようと思っていたので、これはちょうどいいと倉庫の目立つところに置いておいたのですが。

 呪いのせいでアレクはそれをすばらしい宝物であると認識してしまったようです。


「やべぇなぁ……ジェル、見ろよ。このスワンちゃんの愛らしい瞳。最高の芸術だよな……!」


 目の前の価値観が狂ってしまった兄は、ただの粗大ゴミに陶酔し延々と褒め称え続けています。


「あぁ……くちばしの艶やかなフォルムから漂う気品……この純白は清き心の証なのか……神が与えし造形の美……!」


 アレクは涙ぐみながらおまるに頬ずりしています。――あなた、ついこないだまでそこに尻を乗せてたんですけどねぇ。


「……アレク、今のあなたは呪いにかかってるんです。だから粗大ゴミのおまるが宝物に見えているだけなんですよ」


「なんだと⁉ スワンちゃんが粗大ゴミなわけねぇだろ‼ オマエの目は節穴か⁉」


「いや、だからアレクの目がどうかしちゃってるんですってば……」


「うあぁぁぁぁぁ‼ なんでスワンちゃんの素晴らしさを理解してくれないんだ‼」


 傍から見たら気がふれたとしか思えない姿があまりにも不憫だったので声をかけたのですが、それは逆効果だったようで兄はどんどん思いつめ、おまるに感情移入していきます。


「もういい、俺はスワンちゃん布教の旅に出る! ――さぁスワンちゃん! 俺と大空へ飛び立とう‼」


 そう言い残して、とうとうアレクはおまるを抱えたまま涙目で店の外へ飛び出して行ってしまいました。


「やれやれ……まぁ呪いの効力が切れたら戻ってくるでしょうし……おなかがすいたら帰ってきますかねぇ」


 ワタクシはとりあえず紅茶を入れなおして、店のカウンターへ腰掛けました。

 アレクから連絡が入るかもしれないとスマホを手にとってみますと、ネットニュースの防犯情報に新着の表示が点滅しているのが目に入りました。   

 なんとなく気になってタップして見てみると……


『不審者情報。20代くらいの黒髪の男性に「この素晴らしいスワンちゃんを見てくれ」等と声をかけられる事案が発生しました。不審者を見かけたらすぐに110番通報をお願いします』


「うあぁぁぁぁぁぁ‼ いつの間にかアレクが事案にぃぃぃぃぃ‼」


 ワタクシはアレクを野放しにしたことを心底後悔しながら、身内から犯罪者が出る前に急いで連れ戻すことにしたのでした。

 幸いアレクはすぐ見つかり連れ戻せたのですが。


 そして1ヵ月後。


「ねぇ、ジェル。おまるマンって知ってる?」


「どうしたんですか、シロ」


「最近流行ってる都市伝説でさ。おまるを持った男が『スワンちゃんを見ろ』って追いかけてくるんだってさ」


「へぇ……怖いですねぇ」


 ――都市伝説ってそうやって生まれるんだな、とワタクシは相槌をうちながら苦笑したのでした。

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