12.魔法の箒と錬金術
それはうららかな春の日差しが心地よい午後のことでした。
アンティークの店「蜃気楼」の店内でワタクシはいつものカウンターに座り、ミルクティーを飲みながらのんびりと読書をしておりました。
今日読んでいるのは化学の雑誌。炭素繊維強化プラスチックの特集記事です。
カーボンフレームとかカーボンファイバーといった言葉は聞いた事があるでしょうか?
その名の通り炭素を加工した素材でして、軽い上に強度が高いのでロケットの材料にも使われているんだそうですよ。
「――ふむ、なるほど。これならワタクシの錬金術でも練成できそうですねぇ……作ったところで使い道は特にありませんが」
そんな独り言を言っておりますと、視界の端に大きな何かが窓を横切ったのが見えました。
「おや、誰か来たようですね……」
すると店のドアがバタンと勢いよく開き、アラビア衣装をまとった筋骨隆々とした男性が入ってきました。手には2本のアンティークな雰囲気の箒を持っています。
「はぁ~い! ジェル子ちゃん! お元気ぃ~?」
「おや、ジン。久しぶりですね」
誰かと思えば、たまに当店を訪れる魔人のジンでした。
「アレクちゃんは居ないのぉ?」
「まだ部屋で寝てますね。そろそろ起きてくるとは思いますが」
「そうなのねぇ。……実は今日、ジェル子ちゃん達にお願いしたいことがあって」
「何です? また呪いのアイテムじゃないでしょうね?」
ジンは見た目こそただの屈強なオネェですが、実はアラビアンナイトにも登場する有名なランプの魔人です。
親しい仲ではありますが過去に店に呪いの腕輪を持ち込んだこともありますので、やはり身構えざるを得ません。
ワタクシの警戒する表情を見て、ジンは大声で笑いながらカウンターに箒を2本置きました。
「アハハハ! やだもう、違うわよぉ~。お願いしたいのはこの箒なんだけどねぇ……」
「箒……?」
「えぇ。実はこれ、魔女が持ってる魔法の箒なのよ!」
「え、これが? 魔女は箒を使って空を飛ぶと聞きますが意外と普通の箒なんですね」
「そうなのよねぇ~」
手にとって見た感じはどこにでもありそうな箒で、正直こんなもので空が飛べるようには見えません。
「しかしどうして2本もあるんですか?」
「それね、姉妹で魔女をやってるお婆ちゃん達の箒なのよぉ~」
「なるほど、それで2本あるんですね」
「そういうこと♪」
「――それでお願いしたいことって何ですか?」
「うーんと……そのお婆ちゃん達ね、齢のせいで箒に上手く乗れなくなったらしいのよね。それで何か良い方法は無いかしらと思って」
てっきり箒を買い取って欲しいとかそういう話だと思っていたので、予想外の相談にワタクシはどう返していいものか考え込みました。
「うーん……いきなり良い方法は無いかと言われても困りますねぇ。上手く乗れなくなったって具体的にどういうことですか?」
「実際に箒に乗って試してみればわかるわ~」
ジンがそう言うので、ワタクシは箒を1本手にして店の外のスペースに行き、外で実際にまたがってみました。
「これ、呪文とか何か必要ですか?」
「いらないわよ。箒自体に魔力があるの。最後に手にした人の言うことをきくから、浮くようイメージすれば誰でも乗れるわね」
それはなんと便利な。どれどれ……では、箒よ浮いてください。
――そう念じた次の瞬間、箒の柄を握っていた手に浮力を感じ、ワタクシの体は箒ごと1メートルくらい上に持ち上がり空中に浮かびました。
しかし浮いたのはいいんですが……
「これ、意外とバランス取るの難しくないですか? 手に力も要るし、お尻も長く乗ると痛そうですし」
「そうなのよねぇ~。だからお年寄りにはちょっとキツくなってきたらしくて」
予想以上に箒に乗るのは難しく、安定させるのにはコツが必要でした。確かに体力の無いお年寄りには厳しいでしょう。
「お婆ちゃん達とは昔からの親友なんだけどね。空を飛べなくなってすっかり落ち込んでしまって。最近は家に引きこもってばかりでこのままだと弱る一方だし、気の毒だからなんとかできないかしら……と思ってジェル子ちゃん達に相談に来たのよ」
「なるほど、そういう事情でしたか。――しかし今までにだって飛べない魔女はいたでしょう?」
「まぁそうねぇ。飛べなくなると隠居だわね。毒薬作りだとかそういうインドアな趣味に転向する感じ」
「そのお婆ちゃんたちは転向できなかったと……?」
「まぁそうなるのかしら。あのお婆ちゃんたちはねぇ、魔女の中でも特に空を飛ぶのが上手くてそれが生きがいだった人たちなの。やっぱり生きがいを奪われるというのは辛いし弱るものなのよ?」
「まぁたしかにそうですねぇ……」
ワタクシが同意すると、ジンはあごひげを撫でながらしんみりした顔をしました。
「最近は魔女の世界も高齢化が進んでて。箒に乗れないお婆ちゃん魔女も地味に増えてるのよねぇ……」
「もしそれの解決策があれば……ということですね」
「えぇ、そうなの」
――なるほど、魔女たちの事情はわかりました。
しかし事情はわかったもののどう解決したらいいか浮かびません。
「お年寄りでも箒を乗って空を飛ぶには……うーん」
どうしたものかと考えながらプカプカと箒に乗って浮いていますと、自室で寝ていた兄のアレクサンドルがドアの向こうからやってきて、ワタクシの姿を見るなり「すげぇ‼」と声をあげました。
「あら~、アレクちゃん♪」
「おや、アレク。起きてきましたか」
アレクはおもちゃを見つけた子どものようなキラキラした目で箒を見ています。
「おい、ジンちゃん! ジェル! なんだそれ⁉ 浮くのか?」
「えぇ、そうですよ」
「それ俺もやりたい! 俺もやりたい‼」
あぁ、そう言うと思った……ワタクシは地面に着地してアレクに箒を渡しました。
「へへ……面白そうだなぁ――っ、うわぁぁぁぁぁぁぁ‼」
彼が上機嫌で箒にまたがった瞬間、箒はロケットのように真上に飛んでいき、上空でぴたりと止まりました。
「なんだよこれぇぇぇぇ‼」
当然またがっていられるはずもなく、落っこちはしなかったもののアレクは箒にぶら下がった状態で宙吊りになっています。
「あぁぁぁぁぁ‼ 大丈夫ですかアレク⁉」
「アレクちゃ~ん! ゆっくり下に降りるように箒に心の中でお願いするのよ~!」
数秒後、箒にぶら下がったアレクはゆっくりと地面に降りてきました。
「あ~、びっくりしたぁ~。この箒やべぇな」
なんとなくアレクに渡した時点でこうなる気はしてましたが……落っこちなくてよかったです。ワタクシは胸をなでおろしました。
「そもそもこの箒、乗るとこ狭いし不安定すぎねぇか?」
「そうなのよねぇ~」
「こんなのケツがズレてすぐ落っこっちまうぞ!」
「あはは、ウケる~! いっそ飛行機みたいに座席でもあればいいかもねぇ」
「座席……そう、それですよ!」
「え? 座席?」
ジンが何気なく言った言葉は、まさしく我々の求めていた解決策でした。
「えぇ。座席を取り付けたらお婆ちゃん達でも箒に乗れませんかね?」
「確かにそれなら安定はするわねぇ」
「おいおい、二人とも、何の話だ?」
不思議そうにワタクシ達の会話を聞くアレクにも事情を説明しますと、彼はすぐに家から大きなスケッチブックと筆記具を持ってきました。
「とりあえず図にしてみようぜ。うーんとなぁ……まず箒、本体がこれな……」
そう言いながらスケッチブックに箒の絵を描きました。なかなか上手です。
「で、そこに座席を取り付けるんだな……こんな感じか?」
箒の柄の根元にふかふかで背もたれの付いた座椅子が描き足されました。
「そうそう、そんな感じ! アレクちゃんってば絵が上手いのねぇ」
「――ん、まぁ多少描いた経験はあるからな」
「意外な特技だわねぇ」
「へへ、まぁな」
アレクは軽く照れ笑いするとまたすぐに絵の方に集中し始めました。
「……これ背もたれ付きだけど、箒の柄を握る時に前かがみになるからこのままだと背もたれの意味ねぇよなぁ――あ、そうだ」
そう言って柄の部分から垂直に棒を描き足してそこに軽くカーブした持ち手を加えます。
「うん、良い感じだ。でもこれだと足元が不安定だから……足を置くとこもほしいな」
アレクは一人で納得してどんどん勝手に描き足していき、箒がどんどん変化していきます。
「ちょっとアレク……」
「なんかバランスわりぃなぁ……よし、前かごと荷台に車輪も付けよう。これでどうだ!」
「――これ自転車じゃないですか!」
そこには自転車そっくりに改造された箒の絵がありました。
座席がサドルではなく座椅子ではありますが、どう見ても自転車です。
「なにこれウケる~! 自分で漕がないでいいから、どっちかって言うとスクーターかしらねぇ?」
「箒の原型無くなってますよ、これ」
「必要なものを足していった結果だから仕方ねぇだろ」
「いや、どう見ても車輪とか不要じゃないですか!」
「気分的なもんだよ気分!」
「でもこれだと重たそうですよ?」
「まぁそうだけど……この箒って重かったりデカかったりすると不便か?」
アレクの問いにジンが答えました。
「箒自体が手にした人の命令をきくから多少重くても一応持ち運びはできると思うわ~……でもできるだけコンパクトで軽い方がいいんじゃないかしら?」
「そっかぁ。じゃあ必要最低限にするべきか……」
そうつぶやきながらアレクは完成図から車輪と籠と荷台を消して描き直しています。
「そういやこの箒の柄って木だよな……何の木だろ?」
「さぁねぇ。ジェル子ちゃん知ってる?」
「これは書物の知識ですが、本体はおそらくエニシダの木でしょう。そこに仮に金属などの重いものを付けるとなると本体への負荷が心配ですねぇ……」
「――ってことはやっぱり軽い素材の方がいいってことか」
「そうねぇ。鉄より軽い素材がいいわよねぇ……アルミとか?」
ワタクシは軽い素材と聞いて、ふと今日読んでいた雑誌の炭素繊維強化プラスチックの記事を思い出しました。
「それなら心当たりがあります。炭素から作る繊維を使った素材なのですが……」
「なんだそりゃ?」
「炭素の繊維?」
さすがにアレクやジンもそれでは何のことかわからないようです。
「カーボンフレームってわかります?」
その言葉にアレクは、思い当たることがあったようで軽くうなづいて口を開きました。
「あぁ、それなら聞いた事あるな。前に競技用の自転車を借りて乗ったことあるんだけどさ、すげぇ軽くてさぁ。そしたら貸してくれた人がカーボンフレームだからって言ってたなぁ。あんな感じなら確かに良いかも」
「へぇ、そんなものがあるのねぇ。ジェル子ちゃん、それってどうすればいいの?」
「うーん、ジンの魔法で直接パーツをジンに出してもらうってのは無理ですか?」
ジンは魔法でいろんな物を出現させることができます。
それならカーボン素材のパーツを作ってもらえば簡単かなと思ったのですが……
ワタクシの問いにジンはすまなそうな顔をしました。
「残念だけど、既にある物を調達することしかできないのよ~。だからさすがに今から作る物を想像して用意するのは無理だわねぇ……お役に立てなくてごめんなさい」
「いえいえ、さすがにそんな簡単にはいかないですね……では、アクリル繊維の毛糸は可能ですか?」
「それなら調達できるけども……どういうこと?」
「正しくはアクリル繊維の原料のアクリロニトリルに用があるんですが……それを酸素の無い状況下で熱処理をして炭素繊維を作ろうと思いまして」
「ややこしそうねぇ……」
ジンは眉を寄せて腕組みをしました。
「えぇ。2日は必要になると思いますが、錬金術と魔術も使えばここでも可能だと思います。それを樹脂と合わせて形状を加工すれば部品ができるはずです」
まさか今日読んだ知識をいきなり実行することになるとは思いませんでしたが、物質の生成や加工は錬金術でやっていることなので得意分野です。
しかもワタクシの錬金術は西洋魔術も取り入れた特殊なものなので、魔法陣が描ける環境があればよくて、大きな機械や設備も必要ありません。
さすがに大量生産には向きませんが、箒2つ分の部品ならおそらく生産できるでしょう。
「とりあえず、具体的にどんな部品が必要か検討するところからですね」
「じゃあ、それはアレクちゃんとジェル子ちゃんにお願いするとして……アタシはアクリル繊維の調達だわねぇ」
ジンが両手を地面にかざしてなにやら呪文を唱えると両手から光が放たれて、アクリル100%とラベルの貼られた色とりどりの毛糸玉が出現しました。
「アクリル繊維の毛糸玉ってこれのことかしら?」
「そうです、もっと必要なんで引き続きお願いします」
「了解っ♪ おまかせあれ~!」
「あ、ついでにこの絵みたいな感じのふかふかの座椅子もお願いできますか?」
「えぇ、大丈夫よぉ~! そぉれっ♪」
ジンの合図と共に目の前の地面が光って、パステルピンクのクッションのよくきいて柔らかそうな座椅子が出現しました。これで座席の材料も確保完了です。
「さすがランプの魔人ですねぇ……」
「うふふ、ありがとっ♪ さぁ毛糸もじゃんじゃんいくわよぉ~!」
そう言って再びジンは手をかざして毛糸玉を出現させました。
手品のように鮮やかな色の毛糸玉がどんどん出てくるのはなかなか面白い光景でしたが、いつまでも見ているわけにはいきません。
「さぁ、アレク。部品の具体的な図をお願いできますか。ベースになるパーツとそれを接続する為に必要な物も全部です」
「マジかよ、大変なことになったな……」
こうして私とアレク、そして途中からジンも加わり、あぁでもないこうでもないと3時間ほど検討してやっと設計図ができました。
「ここからはワタクシの仕事ですね」
「外で作業するの?」
「えぇ、そこそこ大掛かりな作業なので」
「じゃあこの毛糸の山はこのままにしておけないわね……えぃっ!」
ジンが魔法で簡易的な物置を出現させて、3人で大量の毛糸を中に運び込みました。
当店は結界が張られていて周囲から隔離された場所ではありますが、毛糸の山を外に放置するのはどうかと思ったので助かりました。
「よし、これで大丈夫です。明日ここに魔法陣を設置して炭素繊維を作ってみます」
「2日かかるって言ってたわね、それじゃ明後日にまた来るけどいいかしら?」
「えぇ、後は任せてください」
「ありがとう。ジェル子ちゃん、アレクちゃん、後はよろしくね~」
「頑張ります!」
「おう、俺とジェルに任せとけ!」
夕焼けの空の下、ワタクシとアレクはジンを笑顔で見送ったのでした。
そして翌日。
店の前のスペースに魔法陣を用意したワタクシは、その上に大量の毛糸を乗せました。
「さて……これを無酸素の状態で3000度まで熱して……と」
非常に危険なので念のため魔法陣の周囲は障壁で囲みました。
ちなみに作業をアレクに邪魔されないように、事前に彼に三国志の漫画全60巻を与えておきました。
きっと今頃はリビングで夢中になって読んでいることでしょう。
「えっと、炎の精霊で火力を安定させて……あとは……これでよし!」
魔術を使ってしばらく待つと、魔法陣の中央には黒く光る炭素繊維ができていました。
「やはり魔術を使うと短時間で作れますねぇ……」
後はこの繊維を樹脂と合成して形を加工するだけです。
「――さぁて、ここからが問題なんですよねぇ……」
樹脂を魔法陣に追加して、アレクの描いた図を元に部品の形をイメージして呪文を唱え、部品を成形していきます。
「あ。ハンドル失敗した……」
シティサイクルのように軽いカーブのハンドルにするつもりが大きく曲がりすぎてしまいました。
「もしかしてこれは……ヤンキーがよく乗ってるカマキリハンドル……!」
――うん。時間もありませんし、とりあえずこれでもいいですよね。次いきましょう。
この後もワタクシは何度か失敗しながら4時間半かけて部品を作りました。
「なんとか出来ました……さぁ、アレクを呼んでこないと……」
ワタクシは急いで工具箱片手にリビングへ、アレクを呼びに行きました。
アレクはソファに寝転がって漫画を真剣な顔で読んでいます。テーブルの上には大量の漫画の続きが山積みになっていました。
「さ、アレク。あなたの出番ですよ」
「――なんだよ。お兄ちゃん今から孔明を3回目のお迎えに行くとこだから、後にしろよ」
「何言ってんですか、こっちはアレクを迎えにきたんですよ。部品ができたから組み立て手伝ってください!」
「えー、なんだよ、まだ三国志読み終わってねぇんだよ。劉備どうなるのかすげぇ気になるんだけど……」
「劉備も曹操も孫堅も皆死んで、まったく違う人の国ができて終わりですから早く行きましょう!」
「えぇぇぇぇなんだよその終わり方⁉ 納得いかねぇ‼」
「納得いこうがいくまいがそれが歴史ですから」
「オマエなぁ……」
さらに文句を言おうとするアレクに工具セットを渡して、ワタクシ達は店の外のスペースへ戻りました。
「――よし、組み立てするかぁ」
「アレク、頼みましたよ! ワタクシはどうにもこういうのは不得意ですから……」
「おう、お兄ちゃんに任せろ!」
アレクは工作系が得意で棚や柵を作ったり、屋根の補修や、水周りの修理もできたりと何かと器用なのです。
彼は工具箱から次々と工具を取り出し、設計図もろくに見ずに組み立てていきます。
「設計図、見なくて大丈夫ですか?」
「ん? 大丈夫だぞ。だってこの設計図は俺が描いたんだから俺の頭の中と同じだろう」
「それはそうですが……」
「それよりもさぁ、このハンドルすげぇ曲がってるけど、気のせいか?」
「気のせいです、絶対気のせいです」
「俺の記憶だとこんなに曲がってないぞ⁉」
「アレクの記憶違いですよ」
「そうか……?」
アレクは少しの間、眉をきゅっと下げ視線を宙に彷徨わせ考え込んでいましたが、まぁいいかとつぶやいて大きく曲がったハンドル取り付けました。
彼の手際は実に素晴らしく、一人でどんどん箒にパーツを取り付けていきます。
「――よし、できたぞ!」
1時間もしないうちにワタクシの目の前にはハンドルと座席と足を置く場所の付いた2組の箒がありました。
「すごいですね! これならきっとお婆ちゃん達でも乗れますよ!」
「……そうだなぁ」
うれしそうなワタクシに対し、アレクはまだ納得がいかないと言いたげな表情をしています。
「もう少ししたら夕方だし暗くなるだろ。お婆ちゃんたちは夜空を飛ぶってジンちゃんが言ってたし、このままだと危ないな」
そういえばそうでした。あと1時間もすれば日が沈み始めるでしょう。
「じゃあ、暗くても見えるようにライトでも追加しますかねぇ……?」
「確か倉庫にちょうど良いのがあったぞ。ちょっと待ってろ」
アレクは倉庫からクリスマスのイルミネーションに使ったLEDライトを持ってきて座席からハンドルまであちこちに付け始めました。
「電飾かなり多くないですか⁉ デコトラじゃないんですから……」
「この方がカッコいいと思うぞ?」
ちょうど辺りが暗くなってきた頃には、まるで歓楽街の看板のように電飾が光る魔法の箒が出来上がりました。
ただでさえヤンキーっぽいハンドルなのに、こんな悪趣味なアレンジにしてしまって魔女のお婆さん達に怒られないといいんですが。
「んじゃ、早速試しに飛んでみるか」
そう言ってアレクは箒にまたがって座席に座り、ハンドルを握りました。
LEDでピカピカ光る箒がアレクを乗せてふわりと宙に浮きます。
「うん、こっちは問題なさそうだ。ジェルもそっちの箒に乗ってみてくれ」
「えぇ」
ワタクシも同じように装飾されたもうひとつの箒の座席に腰掛け、ハンドルを握りました。
アレクの組み立ては完璧だったようで、座席や足を乗せる場所もぐらつかず問題なく宙に浮いています。
「良い感じです。大丈夫そうですよ」
「……よし。じゃ飛んでみようぜ」
「え、今からですか。もう真っ暗ですよ?」
「当たり前だろ。お婆ちゃん達は夜に飛ぶんだから同じ状況で試験飛行しねぇと」
「それはそうですが……」
「ほら、行くぞ! ちゃんと付いて来いよ?」
そう言ってアレクは光り輝きながら夜空へ舞い上がりました。
「――あ、待ってください!」
慌ててワタクシも彼を追いかけて飛び上がると、冷たい風がほほを撫で、目の前は雲ひとつ無い真っ暗な夜空になりました。
少し離れたところでアレクの箒がチカチカとまぶしい光を放っています。
「すげぇ! 俺たち飛んでる! 空飛んでるぞ‼」
「ふふ、アレクったら。そんなにはしゃいだら危ないですよ」
上空は地上に比べて少し寒いですが、風を切って飛ぶのはなんとも気持ちの良いものでした。
「おい、下見てみろよ、街の光がすげぇキラキラしてて綺麗だ」
「えぇ。宝石をちりばめたようですね……」
その頃、地上ではUFOがでたと騒ぎになっていたようですが、そんなこととは知らずワタクシとアレクはしばらく夜空の散歩を楽しんだのでした。
そして翌日に箒をジンに納品して、数日後……
「アレクちゃん、ジェル子ちゃんありがとうね‼ おばあちゃん達すごく喜んでたわ‼ これお礼ですって!」
ジンは笑顔で蓋付きのバスケットをカウンターに置きました。
「おい、ジェル! 見ろよ、ハーブがいっぱいだぞ!」
「おや。これはありがたいですねぇ」
籠の中には珍しい薬草がたくさん入っていて、手紙と薬を作る為の手書きのレシピまで添えられています。
ワタクシは魔女のお婆さん達の温かい心遣いにほっこりして、手紙の封を開け文面を読み上げました。
「優しい錬金術師さんたちへ。箒を改造してくれてありがとうね、おかげでアタシ達はまた空を飛べるようになったよ。箒が光るのがナウいねぇ。他の魔女達もみんな真似して箒を光るように改造しだしたよ……って、ちょっと! もしかしてあの悪趣味な電飾がウケちゃったんですか⁉」
「そうなのよ~! 箒を電飾ギラギラに派手にデコって集団で飛ぶのが流行なんですって!」
「そっかそっか~、よかったな!」
「光景を想像するとアレな感じですが……とりあえずお元気になってよかったですね」
まったく予想外のブームが起きたことに、ワタクシは思わず苦笑したのでした。
それからのち、魔女たちから箒を改造する依頼がたまに店に届くようになりました。
その結果、当店は以前より少しだけ忙しくなりましたが、夜空を飛ぶという楽しい経験ができたのでたまにはこういうのもいいかなと思っております。