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11.アレク、磯臭くなる。(挿絵あり)

 青い空、白い雲。遠くからチチチと楽しそうな鳥の声も聴こえてくる。

 あ、今ちらっと風に舞い上がったのって桜の花びらじゃねぇか? いいなぁ、お花見行きてぇなぁ。


「はぁ、こんな良い天気なのに店番しなきゃいけねぇのか……」


 窓から見える空を見て、俺は口を尖らせた。

 でも不満を言ったところでそれに応える人は誰もいない。

 弟のジェルは、調べ物があるからと先ほどからずっと自分の部屋で引きこもっている。

 俺はアンティーク雑貨に囲まれた店内のカウンターに座って、ぼんやりとジェルの言葉を思い出していた。


「アレク、いいですね? おとなしく店番してるんですよ? ……絶対ですよ⁉」


 ジェルのやつ、眉間にしわなんか寄せちゃって、絶対ですよって念押してたっけ……もしかして前に俺が店番サボって脱走したこと根に持ってんのか。

 でもさぁ、俺はジェルみたいにおとなしく読書しながら店番するのなんてムリなんだよなぁ。

 そもそもうちの店ってお客さんめったに来ないんだし、一日くらい店閉めちゃってもいいんじゃねぇかなぁ。

 うん、そうだよ。今日はお店閉めて遊びに行こう。そうしよう。


「どこに行こうかなぁ……」


 ――俺は勢いよく立ち上がってドアの方へ向かおうとしたが、その時ショーケースの中でキラリと光る物があるのが目に留まった。

 ピンポン玉くらいの透明な玉が、窓から差し込む光を反射してキラキラさせている。


 えっと……これはなんだっけ。


 俺はショーケースを開けて玉を手にとってみた。

 ひやり、と冷たくてガラスみたいな硬い感触。

 離れて見た時は透明だったけど、顔を近づけてじっと覗き込むとサンゴ礁らしき岩肌が見える。どうやら海の中らしい。


挿絵(By みてみん)


 その景色を見て、俺はジェルがこの玉について言っていたことを思い出した。


『いいですか、アレク。この球は潮満珠しおみつたまと言って、海の水が出る不思議な宝玉なのです。……絶対に触っちゃいけませんよ?』


「絶対に触っちゃいけませんよ……って、もう触っちゃったぞ?」


 実は俺とジェルが経営する店『蜃気楼』はただのアンティークの店じゃねぇんだ。

 ごく普通のアンティーク雑貨の他に、錬金術師であるジェルの錬金術や魔術関連のコレクションや、俺が世界中を旅して集めた珍しい物を売っている。

 その中には珍しいってレベルを通り越して神話クラスのとんでもないお宝も混ざっているらしい。

 たぶん、この玉もそのひとつなんだろう。

 でも触っただけでは別に何も起きなくて、ただの綺麗な玉だなぁとしか感じない。海の水が出るって本当なんだろうか?


「……海の水、でろ!」


 俺はキラキラ光る玉を握って軽く振ってみた。

 うん、やっぱり水なんて出ねぇよなぁ。


「こいつニセモノなんじゃ……」


 ――そう思った矢先に手にじわっと湿った感触がして、あわてて手のひらを開いて見てみると玉から水が滲みだしていた。


「え、なんだよこれ……!」


 その時、店の奥から足音がした。

 やべぇ! ジェルが戻ってきた! 勝手に触ったのを見つかったら叱られるぞ、どうしよう……

 俺はとっさにショーケースを閉めて、水が滲んで湿った玉をズボンの前ポケットに隠した。

 同時に店と俺たちの家を繋ぐドアが開いて、ジェルが入ってくる。あぶねぇ、間一髪ってやつだな。


「アレク。ちゃんと店番できてますか?」


「あ、うん。大丈夫だぞ。何も無いぞ」


「ふふ、それはよかったです」


 ジェルは俺が脱走していなかったので安心したのか、とても機嫌が良さそうだ。

 どうやらこれなら見つからずに済みそうだな。


「急に店番をお願いしちゃってすみません。どうしても調べたいものがあったので」


「ん。あぁ、いいんだよ。……お、俺もちょうどヒマだったし……ひゃっ」


 ――あっ、今ちょっとズボンに冷たい感触が……もしかしてパンツに染みてきてるのか。

 これひょっとしてヤバくねぇか?

 こうしてる間にもジェルはニコニコしながら近づいてきて俺に話しかけてくる。


「でも、誰も来ないから退屈だったでしょう?」


「あ、あぁ……」


 ――うわ、水がじわじわ染みてきて股間が冷たい。頼む、ジェル。早く部屋に戻ってくれ。


「そうですよね。もう調べ物も終わったので、ワタクシも一緒に店番しますね!」


「えぇぇぇぇぇぇぇ⁉」


「え、どうしたんですか?」


「い、いや。なんでもない‼」


「……アレク?」


 やべぇ、ジェルの視線が俺の下半身に集まってるぞ……!


「アレク、なんだかズボンが濡れてませんか?」


「こ、これはだなぁ……」


 えっと、えっと……くそ、いい言い訳が思いつかないぞ。


「お、お兄ちゃん、しょんべん漏らしちまったんだ!」


 …………。


 ――ジェルが『信じらんねぇコイツ』って目で見てる。

 だってしょうがないだろ。

 ただ普通に店番してるだけなのにズボンが濡れる理由なんて他にあるわけがない。


「……アレク、真面目に店番してくれるのはうれしいですが、トイレくらい行ってよかったんですよ?」


 今度は哀れみの目で……くそ、なんでこんなことに。

 俺が何も言い返せず立っていると、ズボンの裾からチョロチョロと水が漏れてきて、床を濡らし始めた。

 ――おい、もしかして水の量が増えてきてないか⁉


「あ、アレク⁉」


 ジェルの目がまん丸になってる。

 そりゃそうだよな。目の前で俺がチョロチョロお漏らししてんだもん。


「あ、あの。ジェル。えっと、これはだなぁ……」


「…………」


 ジェルは黙って俺の足元に広がっていく水溜りをじっと観察している。

 その間もズボンの裾から流れる水の量は増えていて、どんだけ俺漏らしてんだよって量になりつつあった。


「アレク。その、本当にそれは尿なんですか? なんだか磯臭いですよ?」


 ジェルは広がっていく水溜りを見て困惑している。さすがにこれはごまかしきれねぇか。


「えっと、実は……」


 俺は観念して、ポケットから玉を取り出した。

 玉からは水道の蛇口を少し開いた程度の海水がチョロチョロと出ている。


「あ……、それは潮満珠じゃないですか‼ 触っちゃだめって言ったのに‼」


「うん、言ってたな……」


「と、とりあえずバケツと雑巾を持ってきますから‼」


 ジェルは大急ぎで倉庫へバケツと雑巾を取りに行った。

 俺は玉を握りながら「水出るな! 止まれ!」と言ってみたが、水は一向に止まる気配が無く、ずっと出続けていた。


「くそ。だめかぁ……」


「アレク! このバケツに入れて、ひとまず洗面所へ運びましょう!」


 ジェルが持ってきたバケツに入れて運び、洗面台に玉を置いた。これなら水が出ても排水されるのでとりあえずは大丈夫そうだ。

 俺とジェルは同時にふーっと息を吐いた。 


「とりあえずアレクはシャワーで海水を流して、着替えてきなさい。ワタクシは床の掃除をしてきます」


「あ、うん。ごめんな」


「…………」


「ジェル?」


「あっ、はい」


 ジェルは俺が騒動を起こしたというのにあまり怒らず、謝ってもなぜか上の空だった。

 何か気になることであるんだろうか?

 俺が着替えて店に戻ると、ジェルは掃除を済ませてどこかに電話をしていた。


「えぇ。お手数ですがすぐ来ていただけると。えぇ、お願いします。ではまた」


「ジェル、どこに電話してたんだ?」


「白ノ守神社ですよ。ワタクシの手に負えないのでシロに来てもらうようにお願いしました。スサノオ様も来てくださるそうですよ」


 シロは俺たちの友達で、見た目は子供だけどこの地域を守る氏神様だ。

 スサノオはシロの上司みたいなもんで、すげぇ偉い神様らしい。

 つまりこれはそんな偉い神様がでてくるレベルの出来事ってことか。


「もしかして俺、とんでもないことしちゃったのかな……?」


 しばらくすると、シロと見覚えのある着物姿の大柄の男が光に包まれて店の中に現れた。

 男は温かく威厳のある声で俺の名を呼んだ。


「久しいな、アレク」


「スサノオ……!」


「その節は世話になったな」


「あ、いや――」

 

 実は俺とスサノオにはちょっとした縁がある。

 スサノオは偉い神様のくせにとてもいたずら好きで、前にうちの店に来た時は可愛い子犬の姿で現れた。

 俺ワンちゃん大好きだからすっかり騙されちゃってさ。正体がわかった時すげぇショックだったなぁ。


「アレク兄ちゃん! ジェル! 潮満珠が発動したって本当⁉」


「えぇ、こちらです」


 シロの問いにジェルが答えてバケツに入れた玉を持ってくると、スサノオたちはバケツを覗きこんだ。


「ふむ、まずは水を止めねばならぬな」


 スサノオはそう言って、懐から潮満珠と同じような透明の玉を取り出して軽くかざした。

 すると、さっきまでどうやっても止まらなかった水がピタッと止まって、さらにはバケツの中の水まで玉に吸い込まれていった。いったいどうなってんだ。


「それは、潮干珠しおひるたまですか?」


 ジェルが尋ねると、スサノオは軽く頷いた。


「うむ、いかにも」


「まさかスサノオ様にまでご足労いただくこととなってしまうとは。ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」


 え、どうしてジェルが謝ってるんだ。悪いのは俺なのに。


「おい、スサノオ。悪いのは俺だ、もし罰を受けるなら俺に――」


 慌てて前に進み出た俺を見てスサノオは苦笑した。


「ははは。殊勝な心がけだな、アレク。しかし、今回の原因は我にあるのだ」


 え、スサノオに原因が? どういうことだ?


「店主よ、そなたはもう察しておるのではないか? ただの人の子であるアレクがどうして潮満珠を使えたのか」


 スサノオの問いかけに、ジェルは畏まった様子で答えた。


「……はい、スサノオ様の先ほどの一言で確信いたしました。アレクに力を与えたのはあなた様でいらっしゃいますね?」


「その通りだ」


「やはりそうでしたか……実は以前にワタクシも好奇心から潮満珠を試したことがあったのです」


 ジェルは懺悔をするように目を伏せて言った。


「でも海水なんて一滴も出ませんでした。だからどうしてアレクが使えたのか不思議だったのです」


 なるほど、さっきからジェルがずっと何か考え事をしているように見えたのは、そのことが気になってたからなのか。


「――スサノオ様、どういうことです? いつの間にアレク兄ちゃんに力を授けたりしたんですか?」


 事態を把握していないシロの問いに、スサノオはいたって普通の調子で答えた。


「そうだな……アレクと接吻をした時だったな」


「せ、せっぷん⁉ つ、つまりキス……」


 突然のパワーワードにシロは目を見開いてびびってるし、ジェルは固まってやがる。


「おい、シロ、ジェル! 俺はスサノオがワンちゃんの姿だったからチューしただけで……!」


 二人には前にその事件について説明したことがあったはずだし、子犬の姿をしたスサノオを見てるはずなんだけど。

 まぁそれでも、当事者から接吻なんて言い方されたらやっぱりインパクトあるよな。

 ドン引きしている二人のことを気にせずスサノオは話し続けた。


「アレクには過去に我が来店した際に世話になってな。彼は我の宝である勾玉を取り戻してくれたのだ。その際に接吻を受けてな……せっかくなので勾玉の礼として我が力の一部をアレクに分け与えた」


 ――なるほど。それで俺だけが潮満珠を使えたってことか。


「だが見ての通り、神器が使えると言ってもアレクの力ではたいした効果は出ないのでな、何も影響は無いと思っていたのだが」


「え、たいした効果が出ないってどういうことだ?」


「うむ。この潮満珠は、本来はこんなわずかな水を操るものではなく、使えばまたたく間に潮が満ちてこの土地一帯が海に沈むほど危険な物なのだ」


「マジかよ……」


 ドン引きする俺の目の前でシロがうんうんと頷いた。


「僕、この店に潮満珠があったのは知ってたんだけどね。でも人の子には扱えないし別にいいかぁって思ってたんだけど。だからアレク兄ちゃんが発動させたって聞いたからびっくりしたよ」


「ごめんな、シロ。でも二人とも来てくれて助かったよ、ありがとうな」


「まぁ僕はこの店を守るって約束してるからね、当然のことさ」


「スサノオ様、シロ。本当にありがとうございました」


 ジェルが深々と頭を下げたので俺も急いで頭を下げた。


「二人とも、そう畏まらずともよい。――店主よ。物は相談なのだが、この潮満珠をそちらの言い値でかまわぬので譲ってはもらえぬだろうか?」


 スサノオの提案にジェルは願っても無い申し出だと喜んだ。


「はい、もちろんです。ワタクシ共には身に余る品でございますから。しかし、潮満珠を手に入れてどうなさるのですか?」


 ジェルの問いに対するスサノオの答えは、まったく斜め上の発想だった。


「うむ。実は以前から、我が家でアクアリウムを始めようと思っておったのだ。だが、妻から維持に手間がかかると反対されていてな。しかしこれがあれば水の入れ替えも便利であろう?」


 おいおい、アクアリウムに使うってどんだけデカい水槽作るつもりなんだよ。

 神様の考えることっておもしれぇけど、よくわかんねぇなぁ。


「な、なんと……それはダイナミックな発想でございますね」


 ジェルも予想外の答えにちょっと引き気味だ。


「見ての通り、潮干珠も我が手元にあるゆえ、問題なかろう」


「しおひるたま……? あぁ、さっき水を止める時にスサノオが持ってた玉か」


「いかにも。これは潮満珠と対になる物でな。流れ出る海水を止めるにはこれが必要なのだ」


 頷くスサノオの手の平の上では潮干珠がキラキラと輝いていた。

 それから神様たちは、アクアリウムでどんな魚を飼うかで盛り上がりながら満足そうに玉を買って帰って行った。


「まさかこんなことになるとは思いませんでしたが……とりあえず何とかなって良かったです」


「そうだなぁ、スサノオならきっと有効に使ってくれるだろうし」


「そうですね」


 俺たちはホッとした顔で神様たちを見送ったが、それもつかの間。

 ジェルがキッと目を吊り上げて、お叱りモードに突入した。


「しかし、アレク。……ワタクシ言いましたよね⁉ 潮満珠は絶対に触っちゃいけませんよって‼」


「そ、それはだなぁ……ん、そういうオマエだって水が出るか試したことがあるって白状してたじゃないか!」


「あっ……」


 痛いところを突かれたのか、ジェルは一瞬しまった!と言いたげな顔をしたけど、すぐにいつもの取り澄ました顔になって俺に命令した。


「――別にワタクシはいいんですよ! それより、ショーケースに空きができましたから商品の入れ替えしますよ! ほら、さっさと倉庫に掃除用具を取りに行ってらっしゃい!」


 俺は納得いかねぇなぁと思いつつ、倉庫へ向かったのだった。

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