幕間:足跡の痕跡
ベレンゲラは目を覚ますと上半身を起こして辺りを見回してみた。
誰も居ないし入った痕跡すらない。
つまり女性が言ったように夢の中だったのだ。
しかしベレンゲラは考える事を直ぐ中断すると天幕の入り口に片膝をついた人影に声を掛けた。
「どなたですか?」
『アルベルトです。お休みの中で申し訳ありません。魔術師が総長の部屋より微力ながら魔力を感じたと言われましたので』
「・・・・心配は要りません。ただ、魔術師に伝えなさい」
北と南を重点に調べてみろとベレンゲラが言うとアルベルトは動揺した様子を天幕越しに見せた。
『それは一体・・・・・・・・』
「先ほど私の天幕から微弱の魔力を感じたと魔術師は言ったのですよね?」
『はい。恐らく魔物と思われると言っておりましたが・・・・・・・・』
「先ほど夢に出て来ました」
正直に話したベレンゲラの言葉にアルベルトは動揺を隠せない気を発したのがベレンゲラにも分かった。
「ですが安心しなさい。悪さをしに来た訳ではありませんでした」
『では、何故に・・・・・・・・』
「・・・・コンキスタドールの居場所を教えてくれたのです」
『何と・・・・・・・・』
アルベルトは言葉を失ったがベレンゲラは構わず命じた。
「直ぐ魔術師に北と南を重点に調査させなさい。それで見つけたら我々も二手に別れます」
片方は南に居るコンキスタドール達と船を処理せよ。
「終わり次第・・・・北へ進む私達と合流し残りを処理して終わりと」
『承知しました。しかし、どうして総長に魔物は・・・・・・・・』
「・・・・私に然る男を助けて欲しいと頼んで来ました」
『然る男とは・・・・・・・・?』
アルベルトはベレンゲラの言葉に戸惑いを隠せない様子だったがベレンゲラ自身も同じ気持ちだった。
しかし、それを知る前に夢から覚めたから理由は解らない。
ただ名前は知っていたがベレンゲラは敢えて言わずアルベルトを下がらせた。
再び天幕は静寂としたがベレンゲラは眠らず先ほどの女性が見せた男の姿を思い浮かべた。
年齢は自分より数歳は年下で、服装は大カザン山脈で培った出で立ちだった。
つばが広めの帽子は左側だけ縦に折られていたのが服装の特徴かもしれない。
だがベレンゲラは青年が腰に装備していた刀剣の方が印象に残っていた事に自嘲せざるを得なかった。
戦う人の宿命と言うべき性だが偶に思う事はある。
『もし、私が剣を持たぬ女だったら・・・・・・・・』
そんな妄想は馬鹿げていると思っているが夢に現れた魔物の女性が見せた、あの表情・・・・・・・・
あの表情は愛しい男の為なら死など恐れない女の表情だった。
戦う人でもない人間が死ぬ覚悟を決めるのは容易な事ではない。
しかし、ああいう風に誰かを助けたい、救いたいと願う気持ちがあれば・・・・・・・・
またしても自分らしくない気持ちを一瞬でも抱いたベレンゲラは自嘲し青年の刀剣を思い出した。
『今時”スクラマサクスを持つなんて珍しいわね』
スクラマサクスは五大陸の一大陸にして祖国が占領を「悲願」して止まないオリエンス大陸に伝わる古代の剣である。
今ではロングソード等が主流となり「あの手」の剣は自分の愛剣同様に廃れているが・・・・物好きは居る。
見た限り温和そうだから親族などから受け継いだ物かもしれないとベレンゲラは思った。
だが、それから次に浮かんだのは青年と、あの女性の関係だ。
女性は青年を「可哀想な騎士」と称しつつ愛おしく今も思っているのは先程の様子で一目瞭然である。
対して青年の方は・・・・・・・・?
「・・・・思い続けているでしょうね」
あの様子を見れば答えは既に出ていたと言って良い。
きっと・・・・あの2人は心から愛し合っていたに違いないが運命の悪戯で・・・・悲恋と言う結末を迎えてしまった。
それでも互いに今なお思い続けているという事をベレンゲラは解ったから・・・・羨ましいと正直に思った。
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翌日ベレンゲラが目を覚ましたのは朝日が昇り始めた頃だった。
静かに寝台から出たベレンゲラは直ぐに上着などを着て、それからアルベルトを呼んだ。
「おはようございます。総長」
アルベルトは天幕の中に入るとベレンゲラに浅く頭を下げ挨拶してきたが、亡夫の代から従者としている為か板に付いている。
「おはようございます。それで魔術師達はどんな様子ですか?」
「ハッ。昨日の内に総長の御言葉を伝えて調べた結果・・・・当たりでした」
ベレンゲラの着るラメラー・アーマーを取り付けながらアルベルトは言った。
「・・・・他に分かった事はありますか?」
「船に残っているコンキスタドール達の数は凡そですが50名前後。残る方は距離もあるでしょうが・・・・恐らく100名前後かと」
「・・・・50名ほど足りませんね」
「はい。アンドーラ宰相の御話によれば大カザン山脈に来たコンキスタドール達の人数は凡そ200名前後と聞いておりますから・・・・・・・・」
アルベルトも考えているのか、最後の方は自信が感じられなかったがベレンゲラは構わず指示を出した。
「昨夜も話した通り二手に分かれます。人数は半々にして下さい」
「承知しました。しかし・・・・その魔物の女性は何故に総長の前へ現れたのでしょうか?」
昨夜と同じ問いをアルベルトはしてきたが自分を心配しているのがベレンゲラには解ったから怒りはしなかった。
ただ、自分も答えを知っている訳ではないので首を静かに横へ振った。
「分かりません。ただ・・・・コンキスタドール達の居場所を教えてくれたのです。その借りは返さなくてはなりません」
「昨夜お話していた青年の事ですか?御言葉ですが・・・・縁も所縁もない者の為に貴女が剣を振う必要が果たしてありましょうか?」
「・・・・・・・・」
ベレンゲラはアルベルトの言葉に無言となるが決して間違った言葉ではないと思っている。
「我々の任務はコンキスタドール達を処理する事。それが終われば祖国へ帰るべきです。アンドーラ宰相の事ですから第3皇子は上手く帝都から離した事でしょうが・・・・・・・・」
「あの方にも敵は多いですからね・・・・それこそ第3皇子の側近たちは今回の件で完全にアンドーラ宰相を敵と見做したと・・・・言いたいのですね?」
アルベルトの言いたい事を見抜いてベレンゲラが言うと・・・・アルベルトは頷いた。
「恐らく乳母たる”お局”辺りが真っ先に反旗を翻すでしょう」
「ショウリン家はどうですか?それから”知恵袋”の方は?」
第3皇子のお気に入りである剣術指南役の家と、第3皇子の側近にしては裏表のない「糞真面目」な臣下をベレンゲラは言うがアルベルトは首を横に振った。
「ショウリン家は前皇帝陛下の代より御仕えしております。また現当主も中々の策士ですから・・・・風見鶏を暫し通すかと」
「なら知恵袋の方はどうですか?」
「あちらは恐らく何も出来ないでしょう」
知恵袋と渾名される通り並の人間なんて歯が立たない位に政治力に優れているが「才あれど徳なし」なんて周囲から言われている性格では・・・・人が付いて来ない。
だから如何に良案を考えても実行する者が居ないから何も出来ないとアルベルトは説明し、その説明にベレンゲラも納得した。
「つまり目下の相手は乳母だけですね・・・・あの女性だけなら然したる問題はありません」
ベレンゲラの言葉にアルベルトは一瞬こそ驚いたが直ぐに納得したようにベレンゲラの愛剣を両手で持つと恭しく差し出した。
「アルベルト。貴方の言葉は尤もです。また私も出来るなら一刻も早く祖国へ帰り辺境男爵夫人の護衛に戻りたいです」
しかし・・・・・・・・
「借りは返すべきです。その相手が魔物であれ・・・・受けた恩義は返すべし。我が家の家訓ですが忘れたのですか?」
「いいえ・・・・憶えております。差し出がましい申し出をしてしまいましたね。御許し下さい」
アルベルトはベレンゲラの微笑みに微苦笑しつつ謝罪した。
「良いのですよ。それでは・・・・行きましょう」
「御意に」
ベレンゲラが前を歩くとアルベルトは後ろに付き従ったが、その背中を見る眼は従者と言うよりは昔と変わらない性格と苦笑する父親の眼であった。




