幕間:夢の中の女
アルベルトが退室してからベレンゲラは物思いに更けていた。
『コステロ伯爵の生徒達---コンキスタドール達は何処に行ったの?』
少なくとも無闇に前進をする集団ではないとベレンゲラは考えた。
それはコステロ伯爵の教育方針が「理論を知り、基礎を学ぶから応用を活かせる」というものだからだ。
だからコステロ伯爵は生徒達に先ず手本を見せ、次に生徒達に実践させた。
そして如何なる理論で出来たか教える事で生徒達を教育していたが、そこに「穴」というものは無かった。
それはコステロ伯爵が自分の体験等も合わせたからとベレンゲラは考えていた。
そんな師を持った生徒達なら先ず・・・・・・・・
『船から余り離れていない場所を第一拠点として動くのでは?』
この大カザン山脈に来たコンキスタドール達は本国から来る第3皇子の本隊を迎える為の前哨隊だ。
その任務とコステロ伯爵の教育を鑑みれば・・・・・・・・
「・・・・2班に分かれて行動しているのでは?」
ベレンゲラは独り言のように呟いたがスターサファイアの瞳は確信を持っていた。
恐らく1班は船を停泊させた場所を拠点にし、もう1班は前進して調査しているだろう。
そこを考えると・・・・・・・・
「・・・・・・・・」
無言でベレンゲラは立ち上がった。
そして傍らに置いていた黒漆大刀拵の愛剣を手にし天幕から出る。
だが夜も更けたのか、ガンベゾンを着ているのに寒いと感じる。
しかしベレンゲラで足早に夜警していたアルベルトの所へ行き先程、考えた事を伝えた。
これにアルベルトも一理あると見たのか静かに頷いた。
「では直ぐ魔術師に伝えます」
「お願いします。善は急げと言いますからね」
「承知しております。ただ、それは私がやるので総長はお休み下さい」
慣れない環境では早く寝るのが良いとアルベルトは言い、その言葉にベレンゲラは微苦笑した。
「初めて亡父に狩猟に連れて行ってもらえた時と同じ台詞ですね」
あの時は酷く興奮していたと幼少期を思い出したのか、ベレンゲラは懐かしむようにスターサファイアの瞳を細めた。
またアルベルトの気遣いは昔から変わっていないとも改めて知ったからだ。
「この言葉は先代総長に私の亡父が言った台詞ですから間違いないですよ」
アルベルトの言葉にベレンゲラは小さく頷くと天幕へ戻り寝間着に着替えた。
寝間着に着替えると一気に体が自由になった気がするのは疲れているからか?
「本当にアルベルトの言う通りね」
大して疲れていないと思っていたが自分の体は意思と違う事にベレンゲラは苦笑した。
そして寝台で横になるとアルベルトの言葉通りと言うべきか?
瞬く間に眠りの世界へ誘われ始めた。
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ベレンゲラは眠りの世界へ旅立ったが直ぐに目を覚ました。
もっとも周囲を見回して夢を見ているという事は理解している。
周囲は暗く闇の世界だったがベレンゲラは恐怖を感じる事はなかったが・・・・思う事はあった。
『あの男は・・・・どうしているのかしら?』
亡き辺境男爵の一子にして自分の弟子とも言える男は国外追放の罪に処された。
既に数年は経っているが何ら情報は入って来ない。
ただ噂は流れていた。
元仲間によって殺されたという有り触れた噂だがベレンゲラは違うと思っている。
確かに元仲間達なら彼の命を奪う事はやるだろう。
そうすれば痛くもない腹を探られるような真似はされないからだ。
特に商人辺りなら油断させて背後から突き殺す位は平気にやるだろう。
しかし、それをやれば自分が黙っていない事を向こうは知っている。
ここを考えれば死んでいる事を願っているだろうが直接、手を下す愚行は犯さない筈だ。
そこからベレンゲラは彼が生きていると思うようにしていた。
「・・・・・・・・」
ベレンゲラは闇の中で静かに吐息した。
それは一瞬だが考えたからだ。
あの男が生きて帝国に居れば今回の件で・・・・連れて来た。
そうすれば先祖が悲願し続けた願いを彼は叶える事が出来た筈だと・・・・・・・・
しかし彼の代で辺境男爵家は断絶してしまい、赤の他人である自分が足を踏み入れた。
そんな世の無常さにベレンゲラは諦観の念を込め吐息したのだが・・・・目の前が明るくなり眼を細めた。
光は小さかったが少しずつ大きくなり・・・・やがて人の形になりベレンゲラの前に姿を見せた。
「どなた・・・・・・・・?」
ベレンゲラは初めて見る女性に問いを投げた。
不思議と警戒心を抱かないのは目の前の女性が放つ温かい気の力だろうか?
「故あって名乗れません。ただ、貴女の事は知っています」
ムガリム帝国レコンキスタ総司令官の末裔であるエレンスゲ騎士団総長ベレンゲラ・デ・ブルゴス・イ・アラゴム伯爵様。
「何者ですか?そして・・・・私の夢に現れた理由を教えて下さい」
ベレンゲラは目の前の女性を射抜くように見て問い掛けたが有無を言わせない気を込めていた。
「先程も言った通り故あって名乗れません。ただ、理由は御話します」
「・・・・・・・・」
女性の語り口調に何か感じたのかベレンゲラは昂ぶらせた気を抑えた。
「理由は貴女にお願いがあります。ですが・・・・見返りはあります」
帝国から来たコンキスタドール達の居場所ですと女性は言い、軽く手を振った。
すると小さな光が出現しベレンゲラに然る映像を見せた。
その映像に映っていたのはコンキスタドール達だったが人数の少なさからして・・・・・・・・
『やはり二手に別れたのね』
流石はコステロ伯爵の生徒達とベレンゲラは賞賛しながら女性を改めて見た。
「ここから北へ向かった先にある赤い岩山近くに彼等は居ます。そして彼等の船は貴女様達の船から南へ行った場所にあります」
明日にでも魔術師に調査させれば判ると女性は言い、その言葉にベレンゲラは頷いた。
「助けて下さり感謝します。それで私は何をすれば良いのですか?」
「・・・・然る男を助けて欲しいんです」
女性は再び手を振り映像を変えた。
その映像に映された男は仲間達が居るテントから少し離れて夜空を見上げていた。
「彼は?」
ベレンゲラが問うと女性は愛おしむような眼差しで男を見ながら答えた。
「私を苦しみから救った・・・・“可哀相な騎士”です」
「可哀相な騎士」という言葉にベレンゲラは疑問を一瞬だけ抱いた。
だが女性を見て察した。
「”ミ・ビーダ(愛しい男性)”だったのですか」
「・・・・誰よりも優しくて勇敢な男です。ただ、自分を顧みない面が多々あるんです」
「・・・・・・・・」
ベレンゲラは夜空を見上げる青年を見て確かにと思った。
あの切なそうに夜空を見上げる青年は・・・・仲間を助ける為なら己が命など簡単に捨てるだろう。
それは美徳とも言えるが・・・・ベレンゲラは思う。
『きっと目の前の女性の元へ行けると・・・・心の何処かで願っている』
これを目の前の女性は危惧していると考えると・・・・同じ女として胸が痛んだ。
「お願いです。ベレンゲラ伯爵。どうか、彼を・・・・ハインリッヒを助けて上げてください」
女性はベレンゲラに深く頭を下げて頼んできた。
「・・・・コンキスタドール達の居場所を教えてくれた借りがありますから断る訳には・・・・いきませんね」
この言葉に女性はベレンゲラを安堵の表情を浮かべてみたが、ベレンゲラは最後の問いを投げた。
「ですが・・・・どうして赤の他人である私にハインリッヒ殿を助けろと願うのですか?」
「当然の質問ですね」
女性はベレンゲラの投げた問いに納得したように頷くと・・・・その理由を話そうとしたが・・・・ここでベレンゲラは意識が覚醒するのを感じた。
そして次の瞬間には・・・・目を覚ました。




