番外編:自由の騎士
ムガリム帝国から遙か彼方にある南北大陸に在るアルメニア・エルクラム大公国に居るミゲル提督。
彼の人柄を聖十字白騎士団総長のアフォンソ・デ・カストロは改めて心中で評価した。
『絵に描いたような“皇帝に忠実な武人”だな』
もっともミゲル提督の評価は自分以外の人間も口を揃えて同じような評価を下している。
それくらいミゲル提督は皇室に対して忠実な姿勢を取り続けているのだが・・・・・・・・
『気難しい上に石頭な点が玉に瑕だな・・・・まぁ、部下に公正な点と同じく・・・・・・・・』
皇帝と同じくムガリム帝国では格好の材料にされかねない「誠実さ」を持っているから部下達は従っているとアフォンソは思った。
実際、今している報告にもミゲル提督は何ら脚色をしていない。
ただ教皇の私兵団とサルバーナ王国出身の「餓鬼の集団」が東スコプルス帝国を侵略した過程を自分に代わり報告しているに過ぎない。
『まったく・・・・もう少し自分に甘くなれよ』
アフォンソは心中でミゲル提督に苦言を漏らしつつアンドーラ宰相を見た。
『この鉄髭のおっさんを・・・・どうするんだ?』
『それは皇帝陛下が決める事ですが・・・・貴方様はどうなのですか?』
『もう耳に入ったのか?』
アフォンソはアンドーラ宰相の言葉に問いを投げた。
『えぇ。それにしても・・・・貴方様らしくないですね?何時もなら足が着かないように始末するのはお手の物でしょうに』
『・・・・気に入らなかったんだよ』
アフォンソは腕を組んで呟いた。
『あの武人を愚か者と称し・・・・あの真っ直ぐな瞳を持ったガキ共を根絶やしにしてやると断言した“糞野郎”がな』
いや、奴だけじゃないとアフォンソは続けた。
『教皇に係わった奴等が全部、気に入らないんだよ。俺の旗持ちは例外だが・・・・・・・・』
『お気持ちは解りますが・・・・御自身の立場を考えて下さい。私や皇帝が居なくなれば・・・・・・・・』
『安心しろ。自分と部下達の身の振り方は考えている。しかし・・・・こいつの方はあんた等が決めろよ?』
アフォンソは片目でミゲル提督を指してアンドーラ宰相に要求した。
『それは重々承知しておりますが・・・・彼の国はどうでしたか?』
嘗ては黄金の自由な国と言われた旧アルメニア・エルグランド公国を復活させようとしている組織をアンドーラ宰相は言っていると・・・・アフォンソは理解したのか、こう答えた。
『鉄髭のおっさんの副官を務めている男が長だ。もちろん、おっさんも承知している』
それを聞いたアンドーラ宰相は眼を細めたが直ぐ小さく吐息した。
『やはり血を流す事になりますか・・・・・・・・』
『それ位は解っていただろ?』
侵略され半世紀以上も占領されている国が再び独立するには大量の血を流すのが現実だと・・・・・・・・
『えぇ、解っております。ただ・・・・もう少し私が皇帝陛下と手を打っていれば今回の件は未然に抑えられたと思うのです』
『仕方ないさ。だが、その言葉を聞く限り・・・・あんたとしてはミゲル提督の処遇を決めているんだな?』
『えぇ。ただ私が言ってもミゲル提督は従わないでしょう。ですから貴方様からも皇帝陛下に頼んで下さいませんか?』
『あぁ、それ位は良いぞ。どうせ俺はこの国を出て行くつもりだからな』
今さら宮廷と教会から睨まれても関係ないとアフォンソは言い、その言葉にアンドーラ宰相は苦笑した。
もちろんミゲル提督達には悟られないように細心の注意を払っている。
『やはり・・・・血は争えませんな。そういう自分が決めた事を貫こうとする姿勢は』
『そりゃ半分は親父の血だからな?しかし・・・・おっさんの処遇もそうだが・・・・こっちの方も考えておいた方が良いぞ』
アフォンソはベレンゲラをチラリと見てアンドーラ宰相に言った。
ベレンゲラは俯かせていた顔を上げ、ジッとミゲル提督の話を皇帝と共に聞いていた。
しかし眼にはチラチラと青い怒りの炎が宿っていて今にも教会へ殴り込みを掛けそうにも見えた。
『・・・・ハインリッヒ・ウーファーという若者は大したものですな』
剣技だけでなく心も氷のように冷たいと称されたベレンゲラの心を溶かしたのだからとアンドーラ宰相は呟いた。
『あの灰色の聖騎士が言ったように超々お人好しだからさ。しかし、だからこそベレンゲラの心を溶かしたのさ。とはいえ・・・・あいつには悪い事をしたな』
アフォンソの言葉にアンドーラ宰相は魔石が映し出したハインリッヒの語った夢を思い出したのか相槌を打った。
『まったくです・・・・国母様も子孫に無理難題を命じられたと言いたくなりますよ』
『言えてるぜ。今じゃ“流浪人”共や私欲に溺れた奴等の大義名分に成り下がっているんだからな』
アフォンソの言葉にアンドーラ宰相は頷く事で相槌を打ちながら今後の展開を考えた。
第3皇子は自分の荘園にある別荘に押し込んだが、あの程度で大人しくなったりはしない。
それは第3皇子の乳母がショウリン家の当主を連れて抗議しに来た事でも解る。
しかし・・・・果たして抗議だけで済ませるか?
今は皇妃が乳母と暗闘を繰り広げているが・・・・恐らく皇妃相手でも乳母は引かないとアンドーラ宰相は見ていた。
何せ自分の夫を浮気相手もろとも斬殺するような烈女だ。
相手が皇妃でも引く事はないだろう。
もっともショウリン家の当主は分別を弁えているから浮気よりは理性的に動く筈だ。
しかし・・・・・・・・
『あの“鬼婆”ならやりかねないぞ』
アンドーラ宰相にアルフォンソは再び眼で語り掛けた。
『確かに万が一の想定はするべきですが現状では我々が先手を打つには力が足りません』
『やれやれ・・・・3姉妹揃って男運が無いな?まだ男兄弟の方が恵まれているぞ』
『そうですな。貴方様も含めて・・・・・・・・』
アンドーラ宰相が少し皮肉るように言うとアルフォンソは大袈裟に肩を落とした。
そしてアルフォンソが落とした肩を戻した所でミゲル提督は皇帝に報告を終えたのか、沈黙する。
「ミゲル提督、報告ご苦労だった。さて・・・・次はお前からの報告を頼む」
「我が子」よ・・・・・・・・
皇帝はアフォンソを見て報告を求めたが、我が子という単語にベレンゲラとミゲル提督は瞠目した。
それはアフォンソを皇帝は・・・・自分の息子と認める発言をしたからに他ならない。
しかしアンドーラ宰相だけは平然としていたのを見てベレンゲラは・・・・・・・・
「・・・・知っていたのですか?」
静かにアンドーラ宰相に対して問い掛け、それに対してアンドーラ宰相はベレンゲラと同じく静かに答えた。
「皇帝陛下に頼まれたのだ」
「庶子を一人儲けた。秘密裏に見守って欲しい」と・・・・・・・・
「だから私は臣下として務めを果たしたに過ぎない。しかし・・・・今もカスティーリャ伯カルロス”4世”様を陰ながら御守りする役目は続いている」
この言葉にベレンゲラとミゲル提督は無言となるが、それは「誰かに漏らせば殺す」と暗に伝えてきたアンドーラ宰相の意思を汲み取ったからだ。
「刑場をうろつく犬と称される宰相を飼い慣らしていますな?父上」
アフォンソは父たるムガリム帝国皇帝カスティーリャ伯カルロス3世に皮肉を述べた。
「そなたがハイズ・フォン・ブルア辺境男爵と友人であったように・・・・私とアンドーラは父と子のようなものだ」
皇帝はアルフォンソの皮肉に肩を落として答えたが、すぐにアルフォンソは自身の報告を始めた。
しかし、その報告内容はミゲル提督同様に「一国の滅亡」が如何になるものだったか・・・・話したに過ぎない。
番外編:自由の騎士 完




