番外編:左腕の騎士4
新たに映し出された映像はアグヌス・デイ騎士団を倒し、ベレンゲラ達と別れた末にサルバーナ王国へ帰国したハインリッヒ達の動向だった。
無事に彼等も祖国へ帰国できたんだとベレンゲラは映像を見て安堵するが、暫くすると顔を険しくさせ始めた。
それはハインリッヒ達が所属する国境警備課の基地に足を運んできた情報ギルドの女性の言動が原因だった。
女性はハインリッヒ達が国境警備課に異動となった事件にも係っているのか、その話を持ち出しながら大カザン山脈で起こった出来事を話してくれとハインリッヒに求めた。
しかしハインリッヒは知らぬ存ぜぬを貫き、あくまでフランツは強盗騎士と称しベレンゲラ達の事は一切話さなかった。
「フランツとかいう男の言う通り超々御人好し騎士だな」
アフォンソーがハインリッヒを軽く皮肉るが、侮蔑していないのは眼で解った。
だがベレンゲラはジロリとアフォンソーを氷の眼差しで睨む。
「おいおい、そんな風に睨まないでくれよ」
「別に睨んでは・・・・いません」
「だったら・・・・はぁ、解った。今の言葉は取り消す」
アフォンソーはベレンゲラの睨みに降参とばかりに両手を上げた。
『真実を知る権利は民草にもあるか・・・・確かにそうだ』
ミゲル提督が知らぬ存ぜぬを貫くハインリッヒに尚も食い下がる情報ギルドの娘が発した言葉に同調した。
「確かに、民草にも知る権利はありますが・・・・・・・・」
『国家の問題に係わる情報を知るのは問題ですね』
自由は尊く誰もが手にする権利もあるが、アルメニア・エルグランド公国の例もあるとミゲル提督は言い、その言葉にベレンゲラは頷いた。
『ここは大契約者の友人でもあった“大提督”も言っていましたが・・・・自由を謳歌するなら全ての加護を捨てなければならないのです』
大契約者は自由を何より愛したが、その自由を得る代償に彼の傭兵隊長は如何なる国家の加護も受け付けなかった。
それ位しなければ真の自由にはなれないと友人だった大提督は「捕虜」となった私に言ったとミゲル提督は言い、情報ギルドに所属している娘を見て改めて言葉を紡いだ。
『この言葉を娘に合わせると国家問題に係わる情報を民草が知った時・・・・果たして民草はどう対処するのかと言う問題が起こります』
ただ真実だけ知り、その結果で起こった問題を政治家や武人達と解決できるのか?
その過程で戦が起こった際に戦うのか?
「・・・・あの娘の様子を見る限り、真実を求める姿勢は本物ですが・・・・その真実が明らかになった際に起こり得る問題までは考えていないようですね」
ベレンゲラは胸がムカムカするのを自覚しながらミゲル提督の言葉に相槌を打った。
「確かに見た感じ面白おかしく脚色する感じには見えないな。しかし・・・・あの様子からして上からは釘を刺されたな」
アフォンソーは牢獄と思われる場所に立つハインリッヒと、そのハインリッヒに尚も食い下がる娘を見て推測した。
確かに娘は一人だったし、ハインリッヒに「上司からも言われたんだろ?」と指摘されるや押し黙った。
それでも食い下がる姿勢には真実を追求する真摯な態度が見えているがハインリッヒは静かに言った。
『君の真実を追求する姿勢は個人的には尊敬しているよ。しかし・・・・真実を公の元に晒した事によって起こり得る問題は君の手には負えないんだよ』
この言葉に娘はグッと拳を握り締めたが、ハインリッヒは更に言葉を投げた。
『安っぽい三文芝居に出て来る言葉だけど・・・・”真実が人を幸せにするとは限らない”んだよ』
『・・・・”夜霧の切り裂き魔事件”を言っているの?』
娘の言葉にハインリッヒの表情が僅かに動くのをベレンゲラ達は認めたが娘は然る方角を見たので気付いていない。
しかし直ぐにハインリッヒへ視線を向け直すが・・・・その時は既にハインリッヒの表情は元に戻っていた。
『あの事件を君が何処まで調べているかは知らないけど・・・・下手な”好奇心”は身を滅ぼすよ?』
『・・・・法の番人が脅すの?』
『私は忠告しているんだよ。そして・・・・彼等も君の事を心配しているから保護してくれるよ』
ハインリッヒが停車している馬車の前方から来た守護騎士達に視線を向けると、守護騎士達は娘を四方から取り囲むと遠くへ連れて行った。
それから少し遅れて1台の護送馬車が門前で停車して手枷を填められたフランツが降りて来た。
しかし、フランツの後ろに立った2人の騎士を見てベレンゲラ達は目を見張る。
フランツの背後に立った2人の騎士の一人は・・・・・・・・
「そなたにとっては・・・・義理の孫だったな?」
皇帝が驚愕の表情を浮かべているアンドーラ宰相に問いを投げた。
「左様、です・・・・いたのか・・・・生きていたのか・・・・・・・・」
アンドーラ宰相はフランツの背後に立った全身黒尽くめの服を纏った猫背の男を見て呟いた。
その声には複雑な心境が入り混じっていたがベレンゲラ達は生きていた事に安堵していた。
アフォンソーに至っては「親父に似て不愛想な面構え」と皮肉るが眼は生きている事を喜んでいる。
ミゲル提督の方は何も言わないが、それでも亡き辺境男爵と付き合いがあった為か何処か懐かしそうに・・・・それでいてハインリッヒを見た時と同じく成長している姿を喜んでいた。
ベレンゲラ自身も国外追放に処された弟分が生きてサルバーナ王国に居る事には喜んだが、同時に今の立場などはどうか気になった。
しかし、それは情報ギルドに所属する娘の言葉で分かった。
『王女の飼う“黒い番犬”・・・・重罪取締騎士団監察方ハイズ・フォン・ブルア辺境男爵・・・・』
この言葉を聞いてベレンゲラは今、弟分の名がハイズと知り同時に・・・・自分の師同様に辺境男爵にもなっていると知った。
ただ、それとは別に・・・・感じ入るものがあった。
「・・・・貴方も夢を叶えたのね」
ベレンゲラは弟分を見ながら静かに感じ入った言葉を発する。
嘗て弟分は騎士になりたいという夢を持ち、その夢に向かい努力した結果・・・・闇に堕ちてしまった。
しかし・・・・あの様子を見る限り今の主人からは信頼を受けているのがベレンゲラには分かり感慨深い気持ちを改めて抱いた。
だが、映像は弟分からフランツに移動した。
強盗騎士という形で収容されるフランツは太々しい態度を崩さず弟分と一緒に来た騎士から煙草を奪うと、それを口に銜えてみせた。
しかし火元が無いのか、まだ煙草には火を点けていない。
それを見透かしたようにハインリッヒはマッチに火を点けフランツに差し出した。
フランツは一瞬こそ驚いた表情を浮かべたが、直ぐハインリッヒの左手を両手で包むと自分が銜えている煙草に火を点けた。
その間は2人だけの時間とばかりに皆は黙って立っていたがハインリッヒとフランツは目を合わせなかった。
そしてフランツは紫煙を吐くと開けられた門を潜り、ハインリッヒは自分のコーンパイプに火を点け紫煙を吐いた。
しかし・・・・それによって情報ギルドの娘には見えない形となり・・・・2人の会話は成立した。
『ありがとよ・・・・俺を悪夢から救ってくれた夢の守護騎士』
『体に気を付けて・・・・贖罪を行った・・・・”灰色の聖騎士”』
2人の会話をベレンゲラ達はシッカリ聞いたが、情報ギルドの娘には紫煙で見えなかったのだろう。
フランツが門を潜った直後ハインリッヒに駆け寄るがハインリッヒは仕事を終えたとばかりに追い掛けて来る娘を置いて何処かへ去って行く。
それを見た皇帝は玉座からゆっくり立ち上がった。
皇帝が席を立った事にベレンゲラ達は訝しんだが次の瞬間・・・・・・・・
「左腕の騎士ハインリッヒ・ウーファーよ・・・・貴殿の尽力でベレンゲラ達は無事に祖国へ帰って来れた。この恩を私は・・・・ムガリム帝国皇帝イベレス伯カルロス2世、終生忘れん」
皇帝は自身の名を名乗ると深々とハインリッヒに頭を下げた。
一国の王が一階の司法騎士に頭を下げる事にベレンゲラ達は少なからず驚きを隠せなかった。
だがアンドーラ宰相は幼少期から仕えている為か、皇帝の対応に驚かなかった。
寧ろ幼少期から変わらない誠実さに眼を細めているが皇帝は更に言葉を繋いだ。
「そして貴殿が語った夢を・・・・永遠に叶わぬ夢にしてしまった罪を・・・・どうか、許してくれ」
この罪は私の不甲斐なさが原因と皇帝は言い、消え行く映像に映るハインリッヒに謝った。
やがて映像は消え魔石も光を失い、辺りは静寂に包まれた。
「・・・・ミゲル提督、報告を頼む」
アンドーラ宰相は魔石をベレンゲラに返してミゲル提督に報告を求めた。
『・・・・ハッ』
ミゲル提督は俯かせていた顔を上げると報告を始めたがベレンゲラは帽子を深く被り顔を俯かせたままだった。
ただ、それを誰も注意しようとはしなかった。
何故なら・・・・・・・・
番外編:左腕の騎士 完




