番外編:左腕の騎士2
アフォンソの言葉にベレンゲラは嗚呼と頷いた。
「あの娘も一緒なら貴方の部下達が付いて行くのも道理ですね」
アフォンソが指揮する聖十字白騎士団には他の騎士団同様に「旗持ち」が居る。
旗持ちはどの騎士団でも同じだが名誉職とされていて、剛の者が大抵は任命される。
しかし聖十字白騎士団の旗持ちは10代の小娘だ。
しかも現教皇の実娘という「曰く付き」の人物だがアフォンソ達には可愛がられている。
もっとも当の本人からすれば遊ばれているとの事だがアフォンソの表情を見れば解る通り・・・・本当に可愛い存在なのだ。
そんな娘がアフォンソと一緒に行くなら部下達も一緒に行くのは当然とベレンゲラが言うと・・・・・・・・
「何だよ、俺を獣みたいに言いやがって」
「本当の事です。ただ・・・・今回の一件で、あの娘も踏ん切りがついたのですか?」
「俺の努力が実を結んだ訳じゃないのが辛い所だが・・・・結果は良いからな」
愚痴は止めておくとアフォンソは言うが、先ほどの皮肉に対する報復か・・・・ベレンゲラに笑い掛けた。
「しかし、あんたも柔らかくなったな?以前は氷の騎士という名に恥じない雰囲気だったが・・・・今じゃ“熱い”位だ」
「・・・・私も自由に一時ですが・・・・なれたからでしょう」
ベレンゲラはハインリッヒ達と過ごした日を思い出しながらアフォンソの皮肉を正面から受け止めた。
だが、こういう点ではアフォンソの方が一枚上手だった。
「おいおい、一時なんて言わず俺みたいに自由に向かって手を伸ばせよ。自由を求めるのは誰もが持つ権利だ」
ただし自由になれば国の保護などは一切受けない事も意味しているが・・・・・・・・
「あんたなら問題ないだろ?若しくは・・・・あんたの凍り付いた心を溶かした野郎の胸に飛び込めよ」
あんたみたいな美女なら簡単だとアフォンソは言いながら壁から背を離した。
その際、周囲に張っていた盗聴防止も兼ねた「魔法防御壁」が解除されるのをベレンゲラは気で悟った。
皇帝が住む宮廷内でもこんな術を施さなくてはならない点にベレンゲラは内心で嘆息した。
だが自分もアフォンソも他人受けは良くないから当然の自己防衛とも捉え止めていた足を動かす。
「長話が過ぎたが・・・・多少の遅れは勘弁してもらいたいぜ」
「・・・・軽いお小言は覚悟しましょう」
「ハハハッ・・・・一体どんな男なんだ?」
あんたの心を溶かした野郎は・・・・・・・・
アフォンソの問いにベレンゲラは歩きながら小さな声で答えた。
「後世に名を馳せる真の騎士です」
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ベレンゲラとアフォンソは「謁見の間」に着くと姓名を名乗った。
「エレンスゲ騎士団総長ベレンゲラ・デ・ブルゴス・イ・アラゴム伯爵、参りました」
「聖十字白騎士団総長アフォンソ・デ・カストロ、参りました」
2人が名乗ってから少し経って豪華絢爛の門は開いた。
その前には玉座が在り、一人の男が座っている。
傍らにはアンドーラ宰相が控えていて皇妃の姿はない。
「皇妃は愚息の乳母達と“茶会”だから気にするな」
玉座に座る現ムガリム帝国皇帝が2人の疑問に静かな声で答え中に入るよう求めた。
2人は言われるままに門を潜り皇帝から10歩手前で足を止めると起立した姿勢を維持する。
どちらも「グランデ」の称号を持っているので帽子を被ったままなのが如何に皇帝からの覚えが良いか判る。
そして暫くすると何も無い空間が光って・・・・その光と共に壮年の男が見えた。
もっとも実体はなく、あくまで等身大を魔術で映した形だ。
「よぉ、鉄髭のおっさん」
アフォンソは等身大の姿を魔法通信を使って映し出した男に声を掛けた。
しかし、魔法通信で映っている男は眉を顰める。
『貴殿は最初に会った時もそうだが・・・・もう少し武人として”礼節”を弁えたらどうだ?仮にも教皇の御身を警護する騎士団の総長なのだからな』
「生憎だが自己の欲望に忠実な教皇なんて俺から言わせれば糞以下なんでね。あの野郎の顔に汚物が幾ら塗られても知った事じゃねぇのさ」
『・・・・皇帝陛下、ただ今アルメニア・エルクラム大公国駐在武人”ドン”・ミゲル・アルバロ・サアベドロ・イ・アルメニア・エルクラム海軍提督、参上仕りました』
アフォンソの言葉に閉口したのか、それとも言い得て妙と捉えたのか南北大陸に在るムガリム帝国の保護国アルメニア・エルクラム大公国の駐在武人は皇帝に姓名を名乗った。
「うむ・・・・わざわざ御苦労だな。しかし・・・・相変わらず”公正”な態度には感心するぞ。ドン・ミゲル海軍提督よ」
皇帝はドンの尊称を持つミゲル海軍提督を評する台詞を発した。
するとミゲル提督は頭を深く下げた。
『皇帝陛下よりお褒めの言葉、恐悦至極に存じ上げます。しかし・・・・そのお褒めの言葉を私は覆す事をしました』
「おいっ!そいつは・・・・・・・・!!」
『すまんな・・・・これも私には譲れん事だ』
アフォンソが声を荒げるのとは対照的にミゲル提督は覚悟を決めた口調だった。
「・・・・この”石頭”が」
ミゲル提督の言葉にアフォンソは悪態を吐くが、その姿に皇帝は何か感じ入ったのだろう。
皇帝は3人から視線をアンドーラ宰相に移して報告を求めた。
「ベレンゲラ伯爵、貴殿がオリエンス大陸で遂行した任務の報告を頼む」
「ハッ・・・・・・・・」
アンドーラ宰相の言葉にベレンゲラは頷くとダニから渡された魔石を取り出して発動させてから報告を始めた。
ベレンゲラの報告と魔石に記録された映像を皇帝とアンドーラ宰相は黙って見た。
アフォンソとミゲル提督も同じだったがハインリッヒ達が登場したのを見てミゲル提督はベレンゲラに問い掛けた。
『ベレンゲラ伯爵、失礼ながら・・・・この青年の名は?』
「ハインリッヒ・ウーファーという旗騎士です。所属は王立守護騎士団国境警備課で、階級は旗騎士です」
「おいおい、この年で旗騎士ってのは随分と早い昇格じゃねぇのか?」
ミゲル提督の問いにベレンゲラは静かに答えたが、ハインリッヒの階級にアフォンソは疑問を投げた。
しかしベレンゲラはこう答えた。
「あの方は私達とは違い・・・・本当の騎士が歩むべき道を歩んでいるのです。そこを踏まえれば旗騎士になってもおかしくありません」
「なるほど・・・・こいつが、そうなのか。まぁ優し”過ぎる”感じだが・・・・おい、どうした?」
アフォンソはベレンゲラの言葉に感じ入るものがあるのか一人で納得していたがミゲル提督の様子がおかしいと見るや問いを投げた。
『・・・・ハインリッヒ・ウーファー・・・・そうか・・・・”あの時”の少年か』
「貴方も憶えていたのですか・・・・・・・・」
ベレンゲラはミゲル提督の言葉にハインリッヒが話した過去を引き出して問い掛けた。
それにミゲル提督は頷いた。
『大人顔負けの気遣いと・・・・貪欲なまでに自身を高めようとする努力が印象的でした。しかし・・・・そうか・・・・夢を叶えたのだな・・・・・・・・』
ミゲル提督は魔石に映し出されたハインリッヒの姿を見て感慨深い表情を浮かべた末に・・・・・・・・
『立派になったものだな・・・・・・・・』
一言だけハインリッヒを見ながら評したが、その眼は不甲斐ないと思っていた息子が成長した姿を嬉しがる父親のような眼だった。
「・・・・ハインリッヒ殿は言っていました」
ベレンゲラはミゲル提督から視線を逸らしハインリッヒが語った夢を教えた。
それをミゲル提督は黙って聞いていたが・・・・少し経つと肩を落とした。
『偉大なる”英雄”にも言われました・・・・私は決断するのが遅いと・・・・・・・・』
「・・・・・・・・」
ミゲル提督の言葉にベレンゲラは無言となったが、ミゲル提督はハインリッヒが映る魔石を見ながら言葉を発した。
『私は昔から決断が遅かったのです・・・・それにより・・・・彼の語った夢を永遠に叶わぬ夢にしてしまった・・・・・・・・』
「いや、それは違う」
ミゲル提督の発言を・・・・皇帝は静かに否定した。




