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第39章:知らない真実

 私は同僚と廊下を歩いていた。


 同僚は地方出身者で私より3歳年上で既に妻子持ちでもある。

  

 「お前も大変だな?あの小娘の“子守り”を押し付けられるんだからよ」


 「仕事と思うしかないよ。やりたくない仕事だけどね」


 「そりゃ俺だってそうさ。家庭でも娘達が喧しいんだ」


 「というと奥さんと連携し始めたのかい?」


 「あぁ、そうだ。やれ食い方が汚いとか、煙草は体に悪いだ、酒の飲み過ぎだ・・・・まるで母親が3人になった気分だ」


 「だけど内心は心配してくれているから嬉しいんでしょ?」


 「まぁな。しかし、あの小娘は喧しいだけだ」


 「・・・・・・・・」


 「民草にも情報を得る権利はある。だが、全ての情報を得るべきじゃない」


 世の中には知られてはいけない情報もあると同僚は言い、それを私は否定しなかった。

  

 ただ「知りたがり屋」の癖は誰もが持っているし、それを誰かに教えたいという欲求もある。


 だけど・・・・それを知られてはいけない情報もある。

 

 「夜霧の切り裂き魔事件」がそうだ。


 あの事件で私は民草の権利にも限度が在ると痛感した。

 

 そして・・・・・・・・


 「この一件を知りたいなら・・・・・・・・」


 「知りたいなら・・・・どうすれば良いのかしら?ムッシュ・ハインリッヒ」


 私が途中で区切った言葉を前から来た娘が続きを受け継ぐ形で問い掛けてきた。


 しかし同僚は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 無理もないよ。


 何せ同僚は応接室で待つように言ったのにここまで来るんだからね。


 だけど娘は罪悪感なんて微塵も見せていない所が神経の強さを現している。


 年齢は私と同じ位でカールの掛かった肩まで伸びた茶色の髪に勝ち気な水色の瞳は性格を現している。


 ただ女性だからか、服装は多少の洒落っ気を出していた。

 

 「久し振りですね?マドモワゼル・アンナ」


 私は前から来た情報ギルドに所属するアンナに声を掛けた。


 「ヴァエリエ白昼の悪夢事件以来だもの。もっとも貴方とは再会できると私は確信していたわ」


 アンナはクスリと大人っぽく笑うけど私は首を横に振った。


 「私は再会したくありませんでしたよ。それはそうと応接室に行きましょう」


 この言葉にアンナはムッとした表情を浮かべた。


 最初に私がマドモワゼルと言った事、そして他人行儀で拒絶する態度を見せたのが気に入らない様子だった。


 こういう所はイヴォンヌ嬢に似ていると思いながら私は前に出た。


 「さぁ早く応接室に行きましょう。ここから先は関係者以外・・・・立ち入り禁止区域ですから」


 「・・・・分かったわ。でも、貴方が対応してくれるのよね?」


 「えぇ、“世間話”の相手を」


 「・・・・・・・・」


 アンナは私の態度に敵意すら抱いたのか、ジト目で睨んできたけど私は怯まなかった。


 「さぁ行きましょう」


 私が顎で応接室の方角を指すとアンナは無言で背を向けた。


 そして歩いたけど私は同僚に目配りした。


 『厳重注意してくれ』

  

 『任せておけ。お前も頑張れよ?』


 同僚の言葉に私は苦笑しながら頷き、アンナと共に応接室に向かった。

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 応接室に着いた私はアンナを先に入れるとドアを閉じ、左腰に吊るしていたスクラマサクスを取り外して右手に持ち替えてからドア側の椅子に座った。


 対してアンナは窓側の席に腰を下ろしたけど直ぐ肩に掛けていた鞄から羽ペンとインク、そして紙を取り出す。


 「相変わらず”仕事道具”は常に持ち歩くのですね」


 「私にも情報ギルドとしての誇りがあるもの」


 アンナは私の言葉を皮肉と捉えたのか、怒った表情で答えた。


 「えぇ、そうでしょうね?民草にも情報を知る権利がある。行政や司法の汚職や腐敗、または諸侯貴族の悪行や醜聞なども・・・・でしたか?」


 情報ギルドが掲げている訓令は・・・・・・・・


 「えぇ、そうよ。だから私は来たの」


 サルバーナ王国、アガリスタ共和国、そしてクリーズ皇国の3ヶ国の何処にも支配されていない独立地帯たる大カザン山脈付近で・・・・サルバーナ王国では司法省及び内務省が「共同訓練」を行った事。


 そしてクリーズ皇国も同調するように国境沿いで大軍事演習を行った事が理由とアンナは言った。


 「同時に2ヶ国が軍事演習をやるなんておかしいもの。しかも国境沿いでクリーズ皇国は軍事演習をしたわ」


 他人の庭園近くで危ない遊びをしている子供のような行動に疑問を抱いたとアンナは私に言い、最初に会った時と同じく強い眼で私を見てきた。


 「加えて聖教がやたら動いているし・・・・こんな”書類”も出て来たんだもの。何かあると思うわ」


 アンナは鞄から一枚の書類を出して私に見せた。


 その書類は一昔前の物と思われるほど古かったが文字は鮮明に残っており、アンナは口に出して読み上げた。


 「サルバーナ王国歴3022年。父と子と聖霊の御名を授かり我が騎士団はシャインス公国で大戦果を挙げた。敵兵凡そ1000人を打ち倒し、捕虜300人を獲得した上で財宝も得た。きっと神もお喜びになられているだろう・・・・神の寵愛を受けた騎士団総長・・・・と書いているわ」


 「誰が書いたか知らないが・・・・聖教色に染まり切っていて味気ないですね」


 私はコーンパイプを取り出してアンナの読み上げた文章を酷評してみせた。


 「これを書いたのは聖王カール陛下が創設したとされるアグヌス・デイ騎士団の総長と調べて判ったわ」


 「聖王カール陛下が?なるほど、確かにカール陛下の経歴を見れば在り得ますね」


 適当な相槌を打ちながらタバコの葉をパイプに詰めるけどアンナは新しい文書を取り出して読み上げる。


 その姿は一向に尻尾を見せない私を何とかしようと躍起だった。


 「聖王カール陛下が創設されたアグヌス・デイ騎士団の総長に選らばれた私ことラインハルト・デュ・ファン・フランソワはシャインス公国に来た。

 初陣を飾った場所だが、私は早々に異教徒を排除するよう部下に命じた。

 これはこの国が・・・・サルバーナ神国に侵略する不穏分子が居るとアレクサンドロス”法王”が私に情報を与えたからだ。

 そして・・・・その情報は正しく我々は神の名の下に異教徒共を成敗した。

 しかし、それから直ぐサルバーナ神国へ戻った。

 何故なら2000年前に失敗した我等が宿願を間もなく実現させる為だ。

 ただ、2000年前の失敗を教訓として異教徒共の血が混ざった大カザン山脈において・・・・・・・・」


 ここでアンナは言葉を区切ったけど、それは文書が途中で消えているからだった。


 「続きはないんですか?」


 私の問いにアンナはグッと口を噤んだ。


 「その文書を何処で手に入れたかは知りませんが・・・・ここまで”妄想”した点については個人的には凄いと思っております」


 「妄想じゃないわっ!!」


 アンナは私の言葉に激昂したが「証拠があるんですか?」と私が問うと沈黙した。


 「マドモワゼル・アンナ。貴女の信念と、仕事に対する情熱は個人的に高く評価していますが”確固”たる証拠もしくは証言が無ければ・・・・それを書いても貴女の”妄想”としか言えませんよ」


 貴女の入手した文書がアグヌス・デイ騎士団という騎士団と所縁のある者が所持し、その人物が介添え等をすれば証拠となるが・・・・・・・・


 「恐らく聖教の荘園等に在る倉庫から見つけたのなら・・・・ある程度の証拠としての価値はあっても情報として公共の場に出すには力不足です」


 「・・・・相変わらず嫌味な位に正論を言うわね」


 アンナは私の言葉に精一杯の皮肉を言ってきたが、それでも引かない姿勢はイヴォンヌ嬢に似て通じるものがある。


 とはいえイヴォンヌ嬢同様に大人の女性としては「品性」が欠ける上に「直情的」に見えてしまうのは私個人の偏見だろうね?


 しかし・・・・彼女に大カザン山脈で起こった出来事を話す訳にはいかないから私は最後まで知らぬ存ぜぬを貫き通した。


 「見ざる聞かざる言わざる」なんて言葉もある通り・・・・・・・・


 世の中には知らない方が良い「真実」もあるからね・・・・・・・・


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