第4章:団長付き従騎士
大カザン山脈で一夜を過ごした私達は再び馬を駈って赤い泡立つ岩山へ向かった。
その間は誰もが沈黙を保っていて余計な会話はなかった。
ただ私は舞う風の言った台詞を思い出していた。
『自分の罪に後悔し・・・・藻掻いているか』
自己の犯した罪に罪悪感を覚えるのは別に不思議じゃない。
中には「どうしようもない悪党」も居るけど・・・・私は罪悪感を覚え苦しんで居た人物を知っている。
『あの人も・・・・苦しんでいたな』
罪を犯したのにも理由はあったけど・・・・それで罪を犯す正当な理由にはならない。
だから・・・・あの人は贖罪を自ら探していたんだ。
その贖罪によって大勢の人達が救われたのは確かだけど肝心の本人は・・・・違う。
贖罪をして大勢の人達を救ったけど自分の犯した罪は永遠に赦されないと思っていたからさ。
だけど・・・・私は思う。
『・・・・あなたは罪を赦され・・・・救われたのですよ』
これは私以外の人達も同じく思っている事だ。
ただ・・・・私は思わずにはいられない。
『死ぬ事で罪は清められるのか?』
それこそ生前に贖罪をしたなら・・・・赦されても良い筈だ。
私の女神もそうだ。
『・・・・・・・・』
私は女神の名を呟いて空を見上げた。
女神は何時も空を見上げては私に言っていた。
「私は“青が”好き・・・・本当の青を探しているの」
女神が言った台詞を私は自分でも言ってみたが・・・・空は曇り空だった。
「・・・・嫌な雲だ」
曇り空は余り好きではない私は眼を細めた。
何せ曇り空は女神の・・・・いや「罪と罰」を連想させる。
確かに「彼」も女神を愛していただろう。
しかし・・・・女神を愛するが故に罪を犯し、その罪を女神にまで背負わせようとしたのは許し難い。
だけど彼より許し難い人物は他でもない・・・・私自身だ。
私が「あの日」になるまで強くなっていれば・・・・・・・・
『女神を・・・・彼女を救えたかもしれない!!』
その思いは今も変わらず私の胸中に在る。
在るから・・・・今も私は自分を許せないと思っている。
「・・・・ワキンヤン」
横から声がして見れば舞う風が何時の間にか私の隣に居た。
「彼女を思う気持ちは・・・・解るわ」
「・・・・君の師匠が言った台詞が頭に浮かんだよ」
彼女の師が嘗て私に言った台詞を私は言った。
「みな目的を持ち、いかなる病にもそれを治す薬草があって、すべての人には果たすべき使命がある・・・・・・・・」
そう彼女の師は私に言ったが・・・・・・・・
「あんな展開になる使命は・・・・例え騎士を辞める事になってても・・・・私はしたくなかったよ」
しかし・・・・今も私は騎士として生きている。
明らかに矛盾しているが・・・・私は言った。
「彼女が・・・・”空の最も深い青”を探し求めているように・・・・私も犯罪に苦しんでいる人々を助けたいんだ」
彼女は私に言った。
『騎士は弱き者を護るのが務めよ』
「・・・・やはり優しいな男ね」
「それくらいしか取り柄が無いからさ・・・・・・・・」
舞う風が何か言おうとしたが私は遮るように自嘲した。
彼女の言葉は名前の通り母なる大地に舞う風なんだ。
その風は時に竜巻にもなれば、暑さを涼しくさせる風にもなる。
そして今は私の暗い気持ちを癒やす風になっているけど甘え過ぎてはいけない。
だから私は舞う風が何か言おうとしたのに遮ったんだ。
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舞う風から私は離れて道なき道を進んでいたけど・・・・性格からかな?
口は閉じているけど眼は舞う風を追い掛けている。
舞う風は静かに愛馬の手綱を握りながら進んでいる。
ただ些か表情に曇りがあった。
『こういう所が女性に対する”言葉の足りなさ”って事かな?』
今も修行中だろう「親友」は私が意中の女性を物に出来なかった理由をこう分析した。
『お前は物知りだし気遣いも上手いが・・・・女に対してはちょいと足りないな』
女性は自分だけは「特別」という扱いを男より好むと親友は経験から持論を持っていて、その持論を基に私へ告げた。
『お前としては特別扱いしたんだろうが女は違う。ただ、あからさま過ぎると嫌な顔をする女も居る。だから・・・・言葉で特別扱いしろ。まぁ、お前の性格上”愛しい女”とか、”可愛い子猫”とかは言えないだろうが・・・・・・・・』
歯に衣を着せぬ物言いを親友はしていたけど実際に正しいから私は苦笑して受け止めたのは憶えている。
『だが、お前の良さは馬鹿正直すぎる所と律義さだ。そこを活かす為にも何気ない言葉でも良いから”言葉の気遣い”をしろ』
それさえ出来れば落とせると親友は言いながら酒を飲んだけど・・・・・・・・
「どうやら・・・・まだ出来ていないようだよ」
私は親友のアドバイスを活かせない事に肩を落とした。
でも直ぐに眼を鋭くさせ・・・・右手を僅かに上げた友人に近づいて尋ねる。
「何か見えたかい?」
「あぁ・・・・長い剣が見えた」
私の問いに欠伸をする猫は静かに答えた。
彼等は私達よりも大自然と共に生きている為か視力が桁違いに良い。
だから私達より見つけたんだ。
「長い剣は1本だけかい?」
「あぁ、そうだ。しかし・・・・人も馬も居ない」
欠伸をする猫は私の問いに答えながら・・・・140㎝もある大型の弓を持った。
他の友人達も武器を手にした。
手斧にして投擲も出来る「トマホーク」や独特の形状の戦闘用棍棒「ガンストックウォークラブ」、また球形の重りを咥えるように柄を付けた「ジャ・ダグナ」か、くの字に曲がった「パッシュコウ」・・・・
若しくは直槍と猛禽類の羽などで装飾した丸盾を持った。
皆が一斉に臨戦態勢を取る中で私達は双眼鏡で欠伸をする猫が指さす方角を見た。
確かに・・・・ロングソードがある。
ただ、周囲には人も居なければ馬も居ない。
そして僅かに地面が盛り上がった所を見ると・・・・・・・・
「あれは墓・・・・だね」
私は双眼鏡を下して欠伸をする猫に言った。
「墓か・・・・あんな奴等にも慈悲の心はあるのか?」
「話を聞く限り無いと私は断言できるけど・・・・確かめるべきだね」
欠伸をする猫の冷淡な言葉に相槌を打ちながらも私は「89式自動小銃」を右手に持った。
「3人一緒に来て、残りは周囲の警戒を」
私が指示を出すとダミアン達は自動小銃等を手にして周囲を警戒した。
そして私は欠伸をする猫、立った鳥、舞う風を伴いロングソードが突き刺さった場所に向かった。
ただ、その間も周囲を警戒しながら私達は進んだ。
遮蔽物はあるから敵が隠れているかもしれないらかさ。
しかし・・・・ロングソードが突き刺さった場所には難なく辿り着けた。
そして改めて・・・・そのロングソードは墓標だと私は知る事が出来た。
土を被せただけの墓に剣を突き刺す埋葬は傭兵騎士の異名を取ったヴォルフガング・ド・ファン・ペルス宮中伯爵が行った「戦士の墓」が有名だ。
だけどヴォルフガング宮中伯爵は聖教と敵対していたからアグヌス・デイ騎士団が果たしてやるのか疑問だった。
狂信的な聖教の信徒で構成された騎士団なら間違っても敵対者が広めた埋葬のやり方は取らない筈だ。
そう私は思ったけど・・・・ロングソードの下に置かれた粗末な木板を見て確信した。
「この地に眠る者・・・・勇敢な従騎士の従者なり・・・・か」
流麗な文字が彫られた木板と・・・・ロングソードの柄に巻かれたマントの切れ端を見る。
些か年季の入ったマントだが生地はシッカリしているし、この「慈悲」深い所から察するに・・・・・・・・
「“守護聖人”は聖マルタン辺りかな?」
誰に言う訳でもなく私は呟いた。




