第30章:出撃
私はダミアンが描いた伝道所の図面を皆に見せた。
「この伝道所を出てサルバーナ王国へ行くにはどうしてもアグヌス・デイ騎士団の包囲網を突破するしかありません」
その包囲網は人数こそ少なくなっているけど今も瓦解はしていない。
「ですから“厚い皮膚”を持つ鉄馬車を先頭車両して、その左右をヒルドルブで固めたいと私は思いますが・・・・メルセデス殿、貴女はどう考えますか?」
「・・・・鉄馬車を先頭にしてヒルドルブで左右を固めるのは良いですが、小回りが利かない点は危ないので騎兵も周囲に配置すべきです」
そして最初の方はヒルドルブに取り付けたサブレウ野砲等で包囲網に「罅」を入れた方が良いとメルセデス殿は助言した。
「後はひたすら前進するのみですが・・・・立ち止まれば一巻の終わりですから“速い足”も必要です」
その速い足は船にある「帆」が良いとメルセデス殿は言い、鉄馬車の図面を私達に見せた。
「鉄馬車に折り畳み式の帆を設置したので速度は上がる筈です」
「そうですか。それは助かります。ただ、奴等はどう出るでしょうか?」
「私が経験した話ですが・・・・私達が打って出れば向こうは味方に多少の損害を被ろうと攻撃してくるでしょう」
その攻撃は魔法とクロスボウが主とメルセデス殿は言い、フランツを見た。
「フランツ殿、貴方はどう考えますか?」
「似たような感じだな。向こうも俺達の抵抗に内心、焦っている筈だからな」
そして食えない豚から早く来いと急かされたとフランツは言い私を見た。
「ここいらで向こうも勝負を仕掛けるだろう。喧嘩は先手必勝だから・・・・行くべきだ」
「我も賛成だ。亀のように閉じ籠もるのは性に合わん」
シパクリも打って出る事に賛成し、欠伸をする猫達も賛成した。
ただ、私は・・・・今も不安だった。
『兵器は完成した。そして打って出ると皆も言っている。これは時期が来たという事だ』
それなのに決断が下せないのは・・・・まだアグヌス・デイ騎士団の数が多いからだろうけど、今以上に奴等の戦力を減らすとなれば更に籠城しなくてはならない。
それを行って私達が有利になるという保証はないし・・・・婦女子達にも被害が出るかもしれない。
メルセデス殿の部下達だって死者こそ出ていないけど重軽傷者は居る。
シパクリ達の方に至っては死者すら出ている。
私達の危機に駆け付けた人達をこれ以上、危険な眼に遭わす事は出来ない。
逆に私達が危険に晒されるのは良いけど・・・・・・・・
「・・・・ハインリッヒ殿。不安な気持ちを抱くのは解りますが、どうか言葉を発して下さい」
メルセデス殿が見かねたように私へ言葉を掛けてきた。
「貴方が不安がるのは解ります。しかし、今を逃せば現状は私達に不利となります。そうなれば・・・・奴等は貴方の愛する女神を汚す筈です」
それを貴方は騎士として見過ごすのですかと問うメルセデス殿に私は首を横に振った。
「でしたら何を迷われるのですか?ここを統治した領主を始めとした方々も思う存分に戦えと言われた筈です」
その方々に宣言した言葉まで違えるのかと問うメルセデス殿の言葉に私は拳を握り締めながら言葉で否定した。
「いいえ・・・・奴等を倒します。誰が・・・・この地を汚させるものですか」
「なら号令を御掛け下さい。ここの総大将は貴方です。その貴方が号令を掛ければ私達は一団となって彼の騎士団を打ち倒します」
メルセデス殿の言葉に皆は頷いて私の言葉を待った。
「・・・・では明後日、出撃します。目的はアグヌス・デイ騎士団の壊滅です。彼の者達にこれ以上この地を汚させる訳にはいきません」
『応!!』
私の静かな言葉とは対照的にメルセデス殿達は腹から声を出して応じた。
冷静沈着という印象が強かったメルセデスの声に私は炎を連想したけど・・・・それがメルセデス殿という女性が持つ本当の気と思わずにはいられなかった。
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1日は直ぐ経過したけど、その間に休める者達は休んで体力と気力を回復させた。
婦女子達も覚悟したのか、それとも私達を信じているのか黙って鉄の馬車に乗り込んでいる。
そして私は青い月の鞍などが緩んでいないか確認してから愛剣たるスクラマサクスを鞘から抜いて最後の確認をした。
何処までも真っ直ぐ伸びた刀身と鋭い切っ先は前の持ち主が抱いていた信念の如く歪みが無い。
また刀身に彫られた「自由」と、猛禽類を連想させる翼を模倣した鍔に彫られた「婦女子に愛と忠誠を」という言葉も輝いている。
「・・・・頼むよ」
私はスクラマサクスの峰に額を当て言葉を掛けてから鞘に納め青い月の肌を撫でた。
「この戦いが終わったら御腹いっぱい御飯を食べさせて上げるから頑張ってくれ」
青い月は私の言葉に「大丈夫」と軽く鳴いて答えた。
そんな家族に感謝しながら私は鉄馬車に乗った舞う風とダニ達に話し掛けた。
「ダニ殿、その兵器の使い方は御存じでしょうが気を付けて下さい」
「あぁ、分かっているよ。しかし・・・・万が一の時は私のなけなしの魔力を使ってでも婦女子達は護るから安心してくれ」
こんな風に戦える事は初めてだからとダニは言いながら仲間達と制作した「スコプルスの液火」を入れたであろうハンドサイフォンを手にした。
このスコプルスの液火はメリディエース大陸の東スコプルス帝国歴630年に開発されたとされている。
詳しい制作方法等は今も東スコプルス帝国の最高軍事機密なのでタペストリーや僅かに書き記された書物でしか推測は出来ない。
だから私なりに考えた代物だから正確にはスコプルスの液火ではないんだ。
だけどアグヌス・デイ騎士団に対抗できると私は信じている。
「おい、超御人好し騎士。出撃の準備は出来たか?」
フランツが愛馬に跨って私の所へ来た。
「あぁ、出来ているよ。君の方は?」
「とっくに出来ている。仲間も同じだが・・・・敵さんも準備万端だ」
さっき城壁から見たら残った者達で分厚い壁を設け、最前列に魔術師とクロスボウ兵を配置し、その左右を馬に乗った騎士が固めていたとフランツは言ってきた。
「それは厄介だけど・・・・皆で突っ込めば貫けるさ」
「あぁ、そうだな。なぁに、突っ込んで奴等を倒しても文句は言われねぇよ」
今の時間は朝の4時だから神様も熟睡中だとフランツは言い、その言葉に私は苦笑した。
「本当に神を侮辱する台詞を発するね?」
「あんな奴等が崇める神なんて俺から言わせれば糞だからな。シパクリ、お前も同じ考えだろ?」
フランツの問いにシパクリは「神には邪神も居る」と答えたけど直ぐに口端を上げた。
「あのような奴等が崇める神は神ではない。遠慮など無用だ」
「あぁ、その通りだ。その点はあんたも理解しているだろ?」
フランツは音も無く愛馬に跨って現れたメルセデス殿を見た。
「・・・・私は特に神を篤く信仰している訳ではありませんが・・・・あのような者達が信仰する神が居るなら斬り捨てる気持ちです」
そして今、目の前に神の名に溺れた者達が居る。
「この者達には一切の情けは掛けませんが問題・・・・ありますか?」
メルセデス殿の問い掛けにフランツはケタケタと笑った。
「いいや、全然ないさ。寧ろ遠慮なくやれよ。なぁ、超御人好し騎士」
「まぁ・・・・騎士道には大きく反するけど相手が相手だからね。遠慮も情けも要らないさ。さぁ、皆!出撃だ!!」
あの腐り切った騎士団を打ち倒すんだと私が叫ぶと同時に伝道所の門は独りでに開いた。
その門を私達は潜り・・・・アグヌス・デイ騎士団の陣へ真っ直ぐ突っ込んだ。
死ぬ為ではなく・・・・奴等を倒す為に・・・・・・・・




