第29章:突破口
アグヌス・デイ騎士団が持久戦に持ち込んだと私が察したのは夜襲からメルセデス殿達が帰ってきてから直ぐだった。
ラインハルト修道士司祭と思われる男の怒声が聞こえたと思いきや今度は部下達の大声が聞こえてきたんだ。
そして間もなく魔法攻撃が伝道所を襲ったからね。
「力攻めを諦めて持久戦に持ち込む辺り柔軟だけど・・・・何かサルバーナ王国であったのかもしれないな」
「どうせ“腹を壊す豚”が早く来いとか急かしたんだろうぜ」
フランツが欠伸をしながら私の言葉に反応したけど言い得て妙と思った。
元聖教の大司教アレクサンドロス・ファン・ムルカーンスの犯罪経歴を見れば・・・・その性格等が解るからね。
「しかし、奴は持久戦に持ち込み確実に俺達を倒す腹だ」
それを聞いて私は頷き、教会の方へ足を向けたけど婦女子達の方にも寄って声を掛けた。
彼女達は私を見ると不安そうな表情を浮かべたけど子供達は明るい笑顔を見せてくれた。
何度も奴等を撃退したから信頼していると私は思いながら後もう少しで家に帰れると伝えた。
これを言う事で自分の決意を改める意味もあったけど問題は私の気持ちだけじゃない。
私は婦女子達と別れて教会に足を運んだけどフランツも追い掛けてきた。
「さてはて・・・・何処まで出来ているか」
「それは行ってみないと分からないよ。でもダニ達なら大丈夫さ」
「あかの他人は信用するのに自分は信用できない悪癖を治せよ」
「努力しているけど・・・・未だに治らないから重傷だよ」
「全く、その通りだ。まぁ、超お人好しな点もそうだが・・・・そんな性格だから一丸と皆はなっている点は否めねぇからな」
この戦いが終わるまでは治すなとフランツは言い、私は肩を落とした。
そして教会に着いた私とフランツは中に入り、ダニ達を探したけど・・・・・・・・
ダニ達は床に倒れる形で眠っていて、その体にメルセデス殿は一枚ずつ毛布を掛けていた。
「私が来た時には眠っていました・・・・徹夜作業をしたのでしょう」
無茶をしたとメルセデス殿は言いつつ眠るダニ達を見る眼は慈母のようだった。
その姿を見てから私は女神が言ったように「孤高の女」だと改めて思った。
しかし、ダニ達の傍らに置いてあったハンドルの付いた筒状の容器を見て帽子を取った。
そしてダニ達に深く頭を下げた。
「ありがとう・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
メルセデス殿は私が頭を下げた姿を黙って見ていたけど「此方へ」と言って教会の外を眼で指した。
メルセデス殿に案内される形で外に出ると婦女子達が収容されていた鉄の馬車は大きくなっていた。
しかも耐火用にサラマンダーの皮を外部には張られ、迎撃用の銃座等も備えられている。
ヒルドルブの方はサブレウ野砲等が備え付けられる形にされていて、以前より乗員数が多くされていた。
「ここにある草木や私達の荷物で作ったようですが・・・・大丈夫です」
メルセデス殿が私を見て自信を持って言ってきたのはダニ達を心から信頼しているからと私は直ぐ察した。
「貴女は良き部下に恵まれていますね」
「自惚れかもしれませんが・・・・私が選んで採用した者達ですから」
「そんな貴女の眼なら何れ良き方を見つけるでしょう。その眼に叶った男性が羨ましいです」
「全くだ。腕っ節良く、知恵もあり、慈母の精神を持ち合わせた女だからな。まぁ、俺の聖女には負けるがよ」
フランツの言葉に私は苦笑したけどメルセデス殿は複雑な表情を浮かべていた。
ただ直ぐ気持ちを切り替えたのか・・・・何時、伝道所から出るのか尋ねてきた。
「今から上司に連絡を取ります」
断ってから私は魔石でアルバン副団長に連絡を入れた。
『こちらアルバン。ハインリッヒか?』
「はい、そうです。現状ですが何とか突破口を開けそうです」
『なら良い。しかし、急げ。どうもクリーズ皇国が騒ぎ始めたからな』
「というと・・・・食えない豚が何か?」
『いいや、奴の動きは既に朝から晩まで監視しているから問題ない。まぁ、真・聖教は何かと動きまわっているが・・・・目下の問題はクリーズ皇国だ』
アルバン副団長の台詞に私は直ぐ察した。
「嘗て侵略した過去があるとはいえ・・・・クリーズ皇国はフォン・ベルト陛下の義弟が築かれた国。いわば義理の”兄弟国”と・・・・いう訳ですか」
『そういう訳だ。血脈は薄れているが”断絶”はしていない。この点が厄介で内務省でも頭を悩ませているのさ。とはいえ・・・・ゲンハルト宰相からの伝言だ』
アルバン副団長は私の隣にフランツやメルセデス殿が居るのを察したような台詞を発した。
『何としてでも聖教の首根っこを抑えられる”男”を連れて来い。そして多少の事は仕方ないとの事だ』
「そう言って貰えると嬉しいですが・・・・本当に良いんですか?」
私が含みを持たせて言うと・・・・・・・・
『”命令違反常習犯”のお前が言う言葉か?なぁに・・・・気にするな。お前はテツヤの”副将”と言われているんだぞ?』
副将は大将の補佐役であるが、それとは別に大将とは違う本隊を率いる事が出来る者とアルバン副団長は称した。
『お前はテツヤとは違う意味で”将の将”だ。まぁ、甘すぎる点は否めないが・・・・その場所で率いる軍は・・・・お前の配下にある。だから、お前の采配で好きにしろ。後は俺の方で上手く誤魔化す』
「法の番人が・・・・そんな事を言って良いんですか?」
あからさまに隠蔽工作をするとアルバン副団長は言っているのを指摘すると小馬鹿にした口調が返ってきた。
『煩く言う奴は何時も居る。もっとも証拠さえなければ憶測でしかない。気にするな。ただ、お前に助太刀した”物好きな騎士団”に言っておく事がある』
「何ですか?」
『なぁに・・・・大した事じゃねぇ。もし、職にあぶれたらハインリッヒの所へ行けと言っておきたいのさ』
アルバン副団長の言葉に私は眼を見張って抗議の声を出した。
「何で私なんですか?」
『お前の下に居れば馬鹿な真似をしないからな』
だから職にあぶれたら私の所へ行けば食いっぱぐれはないとアルバン副団長は断言し、それを聞いたフランツは「言い得て妙」と相槌を打った。
『その声は先日の野郎か。まだ生きてたのか?』
「あぁ、生きているさ。何せ聖女から死なないでなんて言われたんだ。死ねるかよ』
『ほぉ、羨ましい事だ。俺なんて毎日のように総長から早く死ねと言われているからな』
「あんたの態度に問題があるからだろ?」
『そいつは否定しないが総長も問題がある。まぁ、本人なりにやる気はあるんだが“お嬢様育ち”だからな』
「なるほど、中央貴族から“寝返った身”か」
『ハインリッヒと同じく察しが良くて助かる。その察しの良さで生き残れ』
「あぁ、生き残るさ」
『じゃあ王国で待っているぜ?こっちは後3日くらいまで居る』
ここで通信は終わったので私は魔石を仕舞い、フランツに話し掛けた。
「3日もあるなら今日が勝負だね」
「確かにな。しかし、乗り物は出来たんだ。後は英気を養うだけだな」
「そうだね。だけど、細かい部分を決めないといけないから暫くは休めないからね」
「やれやれ、上司と同じく人使いが荒いな?まぁ良いけどな」
そういってフランツと私、そしてメルセデス殿とシパクリ達も混ぜて細かい部分を決める会議を始めた。




