幕間:百足の夜襲
ベレンゲラは自身の部下と、シパクリが指揮する兵と共に伝道所の地中を進んでいた。
地中は無数に掘られていたが、どの穴もシッカリ周囲を固めており崩れる事は考えられないくらい頑丈だった。
「・・・・まるで”百足”ね」
ベレンゲラは自分が被る兜の前立てに採用している百足を連想し言葉を発した。
「確かに、百足のようだが・・・・貴殿は百足を兜の前立てとしているが何か嫌な思い出でもあるのか?」
ベレンゲラの独白にシパクリが相槌を打ったが同時に鋭い問いを投げてきた。
「・・・・遠き先祖の話ですが・・・・私の心に深く刻まれていますので」
「そうか・・・・しかし、良き道を我が部下は探し出したと思わんか?」
シパクリはベレンゲラの言葉に察するものがあったのか、唐突に抜け道を見つけ出した自分の部下達を話題に出して来た。
「確かに、凄いですね。表現が悪いと思うのは承知しますが・・・・犬のような嗅覚を御持ちだ」
ベンレゲラの部下で、平騎士のアレフォがシパクリの言葉に賛同したがベレンゲラはアレフォを鋭く睨んだ。
「表現が悪いと自覚しているなら言葉を慎みなさい。シパクリ殿達に失礼ですよ」
「も、申し訳ありません・・・・・・・・」
アレフォはベレンゲラの鋭い叱咤に委縮したがシパクリは首を横に振った。
「いいや、本当の事だから気にするな。ただ、敢えて言うなら”ウェウェコヨトル(老いたコヨーテ)”と言って欲しい」
「どういう意味があるのですか・・・・・・・・?」
シパクリの発した言葉にベレンゲラはアレフォからシパクリに視線をやり問いを投げた。
「我が都でクアウトリ達は真の歴史を我々に教えてくれたが、そのやり方がコヨーテのようだったのだ」
コヨーテは犬に近い動物の為か、尿をする事で自身の縄張りを主張したり遠吠えをするとシパクリはベレンゲラ達に教えた。
「そして狩りの際も群れで行い、獲物を追う際も鼻を地面に押し当てて臭いを嗅ぐ」
「・・・・ハインリッヒ殿達は、貴方達の都でコヨーテのように這い回って調査したのですね?」
ベレンゲラの言葉にシパクリは鷹揚に頷き、正解と答えた。
「貴殿の言う通りクアウトリ達は地面に鼻を押し付ける勢いで都中を調べ、我々に真実の歴史を教えてくれた。だから我々も彼等に倣い探した」
そして見つけたのがここだとシパクリは言い、アレフォを見た。
「だから犬のようだと言われても怒らん。寧ろクアウトリ達と同格になれたと思うから嬉しい位だ」
「それなら良いですが・・・・アレフォ。今後は軽はずみな発言は慎みなさい」
ベレンゲラはアレフォに鋭い眼差しを送り注意した。
それをアレフォは萎縮しながら「注意します」と答え、それで話は終わったがベレンゲラはシパクリが羨ましかった。
イヌ科の動物であるコヨーテをハインリッヒにシパクリは例え、その動物を自分達に例えたアレフォを寛大な態度で捉えたが・・・・・・・・
『我が先祖は・・・・我が祖国はそんな精神を持っていない・・・・・・・・』
それは自身が被る兜の前立てが証明しているとベレンゲラは思った。
ベレンゲラが被っている兜は百足の前立てをあしらっている。
これは先祖の「後悔と懺悔」と捉えており良い気持ちは無い。
百足を前立てにした先祖はベレンゲラの生家たるアラゴム伯爵家の2代目当主だった。
2代目当主は初代当主メルセデスが生んだ男子---即ち国祖との間に出来た息子であり、王室から言わせれば腹違いの兄弟となる。
しかしメルセデスが王室に終生忠誠を捧げ、自身が犯した罪を言わなかったように2代目当主たるペラーヨも母同様の道を歩んだ。
ペラーヨはメルセデスが死去すると直ぐアラゴム伯爵家を継いだが、間もなく王室の命令で蜂起する地方豪族の討伐を命じられたとされている。
それをペラーヨは引き受け、何度も故郷を離れ蜂起する豪族を片っ端から叩いたとされているがベレンゲラは書物でペラーヨの心境を知っていた。
『我が亡母メルセデスは力尽くで相手を抑え込んでも直ぐ反発すると日記で説いていたが、まさに言い得て妙だ。これでは幾らやっても埒が明く事は無い』
・・・・メルセデスの代から自分の代に掛けて祖国は何ら進歩をしていないとベレンゲラはペラーヨの書いた書物で実感した。
そしてペラーヨが心ならずも打ち倒した大百足・・・・・・・・
『私は・・・・大百足を倒したと王室は大々的に宣伝したが実際は違う。大百足が私に自身の弱点を告げ、それを私は実行したに過ぎない。それなのに私は・・・・とんだ恥晒しな英雄も居たものだ』
こうペラーヨの書物は書いており、大百足に対しての懺悔と後悔が一文字ずつ滲み出ていたのを幼少期に読んだ今もベレンゲラは憶えている。
それはペラーヨが大百足の甲殻等を使って作らせた、この「濃紺威胴丸鎧」を先祖は受け継いだからでもある。
魔物の皮や鱗は通常の鎧より堅牢で、魔法攻撃にも耐久性があり祖国では好まれている。
それによって乱獲や密猟も行われており、祖国の生態系は半ば滅茶苦茶だ。
しかし、それでも祖国は止めない。
また他国に侵略する行為も止めない。
かといって個人が出来る範囲は限られている。
それもペラーヨは書物で嘆いていた。
『私は王室に魔物や獣の乱獲や密猟を止めさせるように進言した。しかし、王室は理解しなかった。
寧ろ私に今も従わない“境外の民”達を討伐せよと命じてきた。
亡母メルセデスがレコンキスタ総司令官を務めたから私にもなるように言ってきた時は絶望しか抱けなかった。
だが、逆らえば一族郎党皆殺しにされるのは目に見えている』
これを退けるにはやるしかないとペラーヨは手記で書き残しているが・・・・・・・・
『私は死ねば地獄に堕ちるだろう。しかし、祖国は生き地獄を滅ぶまで味わう筈だ。
いや・・・・味わって欲しいと切に願う』
これがペラーヨの本心とベレンゲラは捉えているが自身の心境も・・・・・・・・
ベレンゲラはアグヌス・デイ騎士団の背後を取る形で抜け穴から出た。
「・・・・・・・・」
抜け穴から出て周囲を見渡しながら安全を確認したベレンゲラはシパクリ達に目配りし抜け穴から導いた。
全員が抜け穴から外に出てもアグヌス・デイ騎士団は気付かなかった。
それは暗闇によって視界が制限されているからだが、それはこちらも同じとベレンゲラは知っていた。
夜戦は敵と味方が区別し難く「同士討ち」という危険性も昼間の野戦より高い。
『シパクリ殿、合図は分かっていますね?』
『12は48だな?』
ベレンゲラが眼で問うとシパクリも眼で答えた。
『はい。退却の合図も大丈夫ですね?』
『あぁ、心配するな。敵陣を搔き乱すだけ搔き乱し退却するで良いのだろ?』
『そうです。では御武運を・・・・・・・・』
『貴殿もな』
眼で会話を終えたベレンゲラは左手に手矛を持つと右手に愛剣を持った。
それに続く形で部下達も剣を鞘から抜いた。
『ハインリッヒ殿、私に貴方の力を・・・・・・・・』
ベレンゲラは眼を閉じてハインリッヒに願ったが、直ぐ眼を開けてゆっくり歩き出した。
部下達も続くが鎧の音が鳴らないように細心の注意を払った。
それとは対照的にシパクリ達は風のように走り、ある程度の距離に近付くと吹き矢を使い、見張り番をしている敵を静かに始末していく。
それによってベレンゲラ達はアグヌス・デイ騎士団の本陣に近付く事が出来た。
そして敵が気付いたのか、こちらを見たのを合図に・・・・・・・・
『掛かれぇっ!!』
ベレンゲラとシパクリは同時に腹から声を出して地を蹴りアグヌス・デイ騎士団を背後から襲い掛かった。




