第23章:戦支度
私が釜から燃える液と硫黄使った「然る物」を作る為に教会の中を物色しているとダニが戻って来た。
「総長。空堀の修理は終わりました。魔法防御壁は既に張られていたので強化する形となりました」
ダニの言葉にメルセデス殿は問いを投げたのを背後で聞きながら私は資材探しを続けた。
「既に張られていたとは・・・・・・・・?」
「古の時代に張られていたようです」
「・・・・ハインリッヒ殿、この教会は如何なる場所だったのか分かりますか?」
メルセデス殿の問いに私は埃塗れの十字架を見上げながら答えた。
「この教会は隠者の住む修道院だったと書物には書かれていました」
私は教会---修道院の十字架を見ながらメルセデス殿の問いに答えた。
その十字架は通常の十字架と違い横に2本の棒を並列させているから分かったんだ。
「ここは今から二千数百年前まであった“聖へレーナ教”の修道院です」
創設者は名前の通りへレーナという女性で、主婦と子供の守護聖人にされている。
「このへレーナという女性は異なる宗教を信仰していた夫と息子を持っていたとされていて、毎日を泣いて過ごしていたそうです」
信仰する神が違うから何かと喧嘩は絶えず時には暴力も振るわれたらしいけどへレーナは離縁しなかったんだ。
「それは夫と息子が何時か本当の神に祈ると信じていたからだそうですが、彼女の願いは叶わず夫も息子も流行病で死んだそうです」
へレーナは悲しみに暮れ、2人の魂が天上の楽園に行けるように祈る日を後年は過ごしたとされている。
「やがて同じ境遇を持つ女性達が集まり、ここに庵を構えて共同生活を送り始めたのが始まりです」
ここには嘗て、この地を統治していた貴族の奥方も居たとされていている。
しかし、彼女達が天に召されてから間もなく跡取りが居なかった領主の家は断絶し、それに伴い聖へレーナ教も衰退した。
「という経緯です。そして・・・・この2本の横棒は領主が乗っていた双頭のワイバーンを元にしたと書物で読みました」
「そうでしたか・・・・それなら三日月型の空堀と堡塁、そして魔法防御壁も納得できます」
メルセデス殿は静かに私の説明で全て理解した口調で話した。
「・・・・私はメルセデスと言います。聖へレーナ殿」
メルセデス殿は十字架の前に跪くと姓名を名乗った。
「私は異国の人間ですが縁あってハインリッヒ殿に助太刀しております。そんな私が縁も縁もないのに傲慢ですが・・・・どうか、お聞き届け下さい」
この地を荒らす騎士修道会の面汚し達を倒す為に・・・・・・・・
「ハインリッヒ殿に御力を貸して下さい。ハインリッヒ殿は騎士が歩む真に正しき道を歩き続けています」
その私を助けて欲しいとメルセデス殿は深く頭を下げて聖ヘレーナに懇願した。
私は何も言わなかった。
それはメルセデス殿が先ほど言った言葉を私が謝辞した負い目もあるからさ。
こういう所は未だに「悪い癖」と思うけど・・・・後悔しなくなった点は成長したと言えるかもしれないと思っているとメルセデス殿は静かに立ち上がった。
「・・・・ダニ。ハインリッヒ殿が考えているだろう”兵器”を製造する手助けを仲間達と協力して下さい」
「御言葉を返すようですが・・・・既に皆で考えておりました」
ダニがメルセデス殿の言葉に口端を上げて笑うと開けられたドアの前にダニの仲間が立っていた。
「・・・・相変わらず察しが良いですね。ですが、皮肉屋にもなりましたね」
以前なら皮肉なんて言わなかったとメルセデス殿が言うとダニは苦笑した。
「自分でも驚いておりますが・・・・悪い気持ちはしません。それでハインリッヒ殿。貴方は如何なる兵器を製造しようとされているのか教えてくれ」
ダニの言葉に私は燃える液体を見てから製造しようとしている兵器を言った。
それを聞いてダニ達は驚き、そして「メリディエース大陸を旅したのか」と尋ねてきた。
「今から数年以上も前の話ですが旅をしました。ただ、兵器の存在は書物の類で知っていました」
だから多少なりとも理論や製造方法は真似できると私が言うとダニ達は神妙な表情を浮かべた。
ここは如何にも「理屈屋」と皮肉られる魔術師らしい独特の拘りがあると私は見たけど・・・・こう言った。
「貴方達の方が私より聡明なのは解ります。だから私の理論に穴等があれば貴方達の理論で修正して下さい」
それで完成すれば良いと私が言うとダニ達は「フランツの言う通り超が付く御人好し」と皮肉って来たけど私は逆に「生き残るのが今は第一です」と返した。
これにダニ達は微苦笑して相槌を打ったけど、それから間もなくシパクリが「敵の使者が来た」という叫び声を聞くと表情を引き締めた。
「私達が資材を探す。貴方は使者と会ってくれ」
「お願いします。では・・・・・・・・」
私はダニ達に頭を軽く下げると教会を出ようとした。
ただ、その後をメルセデス殿も付いて来た事には驚いたけどメルセデス殿の眼は「私も行きます」と強い気を放っていたから何も言えなかったよ。
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教会を出た私とメルセデス殿にシパクリが近付いて来た。
「白旗を敵は掲げて来たが・・・・側面に回り込もうとしている輩が居るから気を付けろ」
「ありがとう。しかし・・・・大丈夫だから休んでいてくれ」
私はシパクリの肩を叩いてメルセデス殿と共に三日月型の空堀を越えて馬に乗ったアグヌス・デイ騎士団の使者を見た。
使者は白旗を掲げ、従者を2人ほど従えているから騎士だろう。
ただシパクリの言った通り・・・・側面に回り込んだ痕跡---土煙が見えていた。
「私はアグヌス・デイ騎士団の使者だ」
私の視線が側面に行った事を見抜いたのか、使者は早口で自身の姓名を名乗った。
「ハインリッヒと言います。御用件は何でしょうか?」
名前だけ名乗って使者に質問を私は浴びせた。
「貴殿がサルバーナ王国の者というのは承知している。他国者も混ざっているようだが・・・・我々から奪った異教徒の婦女子と、裏切り者のフランツ・ヴァン・プロップを引き渡せば貴殿等の命は保障すると我等が総長ラインハルト・デュ・ファン・フランソワ修道司祭は言っておられる」
しかし、と使者は区切って私を真っ直ぐ馬上から見下げて言ってきた。
「もし、どちらも断り我等と敵対するなら3日後に総攻撃を仕掛けると仰せだ。敵ながら天晴れな戦い振りをした貴殿なら聡明な判断を・・・・・・・・!?」
使者は途中で言葉を失った。
それはメルセデス殿が長大な弓矢を魔石から取り出すや側面から回り込もうとしていた敵を一人残らず射殺したからと私は見て思った。
だけどメルセデス殿は至って冷静---冷酷に使者を見て言葉を投げ付けた。
「騎士修道会ともあろうに協定に反しての行為をするのは・・・・如何なものですか?使者が下馬しない点も”御里を知らせている”ようなものですよ」
キリッ・・・・・・・・
メルセデス殿が長大な弓に矢を番えて使者に向けた。
「今すぐ下馬して・・・・改めてハインリッヒ殿に先程の話をしなさい。こんな無礼な所業は許せません」
「し、失礼した!!」
アグヌス・デイ騎士団の使者はメルセデス殿の射抜くような氷の瞳に押されたように下馬すると改めて私にさっき話した内容を伝えた。
「・・・・3日の猶予を与えてくれた事に先ずは感謝します」
改めて説明を受けた私は使者に礼を述べてから自分の考えを伝えた。
「3日という猶予の中で考えさせてもらいます。ただ、今回のような”騙し討ち”は聖王カール陛下も嘆いていると思いますがね」
この最後は言わなくても良かったと思うけどメルセデス殿の威圧に押されていた使者には生易しかったのかな?
私の言葉なんて聞いていないとばかりに役目を終えたとばかりに愛馬へ飛び乗ると従者を連れて自陣へ戻って行った。




