第22章:朽ちた聖教
私達は教会の敷地内に入ったけど休む暇なんてなかった。
「急ぎ迎撃態勢を執るんだ!カイレグ多連装、ラオホ・カノーネ、サブレウ野砲は長距離攻撃の準備!!」
私の怒声を聞かなくても解っていたのか、カイレグ多連装、ラオホ・カノーネは装填を始め、サブレウ野砲に至っては小山の方へ牽引している。
そして欠伸をする猫達は教会の周囲を囲む城壁に飛び移っていた。
私も城壁に登ろうとしたけどフランツが肩を掴んだ。
「おい、焦るなよ。あいつ等は直ぐ攻撃してこないぜ」
「・・・・ここに私達を閉じ込めたからかい?」
私はフランツの冷静な態度から答えを導き出して問い掛けた。
「あぁ、そうだ。しかし・・・・まだ勝負は決まってないんだろ?」
先ずは一服して頭を冷やせとフランツは言いながら私に紙巻き煙草を差し出してきた。
「・・・・奴等は仮にも騎士修道会の名乗っている。そして私達を1ヶ所に追い込み包囲したよね?」
フランツがマッチで火を点けた煙草を吸いながら尋ねると彼はマッチを吹き消しながら答えた。
「この時点で向こうは半ば勝負が決まったと考えているだろうぜ?そして楽に死なせたりはしない」
しかし騎士修道会を名乗っているから最低限の礼節は向こうなりに持っているとフランツは語った。
「最低限の礼節と言うけど・・・・それは勝利を得たと勝手に想像している裏返しだね?」
「あぁ、そうさ。今も攻撃しないのは包囲を着実にした上で降伏の使者を送る準備をしているからだろうぜ?」
「降伏の使者?騙し討ちする為の間者だね。しかし・・・・それなら利用しよう」
回答時間を長引かせて体力を回復させようと私はフランツに言った。
「そいつは良いが兵糧攻めされたら終わりだぞ?」
「確かに、そうだけど・・・・ここに立て籠もって奴等の数を今以上に減らせば活路は見出せるよ。それに・・・・策はあるよ」
頭を冷やした私の鼻は刺激する臭いを嗅ぎ取り・・・・その臭いがする方向に視線を向ける。
そこには古の時代を生きた先人達が毒蛇などから身を護る為に持っていた「然る石」がゴロゴロ転がっていた。
しかも、この鼻を刺激する臭いは・・・・東スコプルス帝国でも嗅いだ臭いだ。
恐らく・・・・・・・・
「へへヘヘヘッ・・・・俺のつまらねぇ人生も漸く“面白味”が出て来たぜ」
フランツは喉で愉快そうに笑ったけど馬車から降りた一組の男女を見ると眼を細めた。
その男女は親子くらい年の離れた人物で、男性の方は牧師の格好をしていて酷い拷問傷が手足にあった。
そんな男性を女性は支えながらフランツに近付くと綺麗な黒真珠から涙を流した。
「“靡く黒髪”・・・・アルベルト牧師様・・・・・・・・」
フランツは2人の名前を震えた声で呼んだ。
「敵も小休憩なら私達も小休憩しよう」
ポンッと私はフランツの肩を叩いて離れた。
だけど・・・・羨ましかったよ。
私の女神は・・・・この世界には居ない。
あんな風に助ける事は出来なかったから・・・・私が弱かったからいけなかったんだ。
だからフランツが感動の再会を出来た事に羨望と嫉妬を抱かずにはいられなかったんだ。
でもアグヌス・デイ騎士団の存在で泣かなかったから良いかも知れない。
皮肉な話だけど・・・・今は良かったよ。
フランツから離れた私は石の方へ行き、その正体を確かめた。
ずっと放置されていた石だけど今も鼻を刺激する臭いは変わっていない。
「・・・・“硫黄”ですか」
メルセデス殿がダニを連れて何時の間にか立っていて私に問い掛けてきた。
「えぇ、そうです。これは使えます。そして・・・・この硫黄とは違う独特の臭いを放つ“液体”も使えます」
後は資材さえあれば・・・・・・・・
「その資材は何を・・・・・・・・?」
メルセデス殿は私に問いを投げたが、その問いに答えるよりも先に私は臭いがする方へと向かった。
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臭いのする方は教会からしていた。
私は寂れたが、それでも嘗て「隠者」が住んでいたとされる教会は威厳があった。
「サルバーナ王国王立守護騎士団国境警備課に所属するハインリッヒ・ウーファという者です。突然の来訪で驚いていることでしょうが・・・・貴方達の助言を求めに参上しました」
教会の前で私は帽子を取って片膝をつき姓名を名乗ってから訪れた理由を言った。
「私達は今、騎士修道会の皮を被った獣の集団と戦っております。しかし、衆寡敵せずと言わんばかりに我々は追い詰められています。どうか・・・・貴方達の助言を御貸くさだい」
片膝をついたまま私が言うと寂れながらも固く訪れる者を拒んでいた門は鈍い音を立てながら独りでに開いた。
「・・・・ありがとうございます」
感謝の言葉を遙か昔を生きた先人達に言ってから私は教会の中に入った。
教会の中は外部と同じくボロボロだったけど一番奥の場所にある大きい釜は原型を留めている。
その釜に近付いて中を確認すると・・・・液体が入っていた。
色は無色だけど鼻を刺激する独特の臭いを放っていて、その臭いを嗅いで私は確信した。
「“燃える液体”は・・・・ここにもあったんだ」
「・・・・古代から各国に伝わる正体不明の液体ですか」
メルセデス殿は釜の中を見て眼を細め私に問い掛けてきた。
「貴女の祖国にもあったんですね?」
私が問うとメルセデス殿は静かに頷いてダニに命じた。
「敵に気付かれないように先ほどの空堀を戻し、三日月型の堡塁も強化して下さい」
残る魔術師には城壁の修理および魔法防御壁を張るように伝言しろとダニにメルセデス殿は命じ、それにダニは頷くと直ぐに教会を出た。
そして私とメルセデス殿となったが、メルセデス殿は釜の中の燃える液体を見てから私に問い掛けた。
「ハインリッヒ殿。フランツ殿が言う通り敵は私達を嬲り殺すつもりですが・・・・硫黄と燃える液体を使って如何にして活路を見出すのですか・・・・・・・・?」
メルセデス殿の言葉は疑問を素直に投げる感じだったけど・・・・私にはこう聞こえた。
「貴女一人でアグヌス・デイ騎士団を壊滅させると?」
「・・・・不可能ではありません」
私の問いにメルセデス殿は少し間を置いて答えたけど・・・・その間こそ私にはメルセデス殿の本心と解った。
「女性一人を敵陣に放り出す真似なんて私には出来ません。まして貴女自身が力を行使するのを忌避しているなら尚更です」
私の言葉にメルセデス殿は沈黙したが、それが私には自分の答えが正しいと印象付けた。
いや、メルセデス殿なら言葉通りアグヌス・デイ騎士団を一人で壊滅させる事は出来るだろう。
だけど、それをメルセデス殿自身は望んでいない。
それなら・・・・・・・・
「・・・・大勢の部下を率いる騎士団総長が一騎当千の働きをしようなんて考えてはいけません」
騎士団総長のような役職に居る者の役目は剣を自ら振う事ではないと私は言ったけどメルセデス殿のような聡明な騎士なら解っている筈だ。
それでも私が敢えて言ったのは短い付き合いだがメルセデス殿という女性の性格を自分なりに解釈した結果だ。
だから私は言った。
「メルセデス殿。貴女は他者を思いやる慈悲の心も持っていますが・・・・自身を殺し過ぎています」
そうでなければやりたくない事をやろうと自分から言ったりしないと私が指摘するとメルセデス殿は眼を伏せて「ですが・・・・」と言った。
しかし、それを私はこう言って遮った。
「貴女の助太刀には感謝します。ですが・・・・これは私が片付けなくてはならない問題です」
我が国の王が生み出した罪という名の怪物を倒すのは同国の人間が成し遂げなくてはならない。
「ですから貴女がこれ以上、手を汚す必要はありません。そして万が一の際は逃げて下さい」
それだけ言うと私は窯に浮かぶ燃える液体に集中したが、その背後でメルセデス殿が薄っすらと瞼を潤ませていたとは知らなかった。




