第2幕:長期休日届け
私達の気持ちは固まっていた。
それは大カザン山脈で過ごした際に誇り高い友人達には世話になったからだ。
彼等は私達に理由を尋ねたりはせず、ただ世話をしてくれたけど・・・・それは彼等が崇高な精神を持っているからさ。
そんな彼等に私達は世話になったんだ。
なら・・・・その借りを返さないといけない。
彼等が自らの命を投げ出したように・・・・私達も・・・・
「・・・・・・・・」
私は前に進み出て上司に一枚の書類を差し出した。
それは常に用意していた書類だ。
「・・・・長期休暇の願書だぁ?」
上司は書類を見て私の顔を改めて見た。
「少し長期の休みが欲しくなりました」
簡潔に私が理由を述べると上司は私をジッと見つめた。
その瞳には私の気持ちを既に読んでいたのか、静かに問い掛けてくる事で表現された。
「覚悟は・・・・しているんだな?」
「はい」
私は上司の問いに頷いた。
大カザン山脈は司法省も内務省も管轄外だから王国の公共機関は何ら手出し出来ない。
仮に手を出しても表立った行動ではないから何か遭っても助けは無い。
それでも私は・・・・・・・・
「彼等には命を助けられた恩があります。そして如何に管轄外でも私達の国の人間が罪を犯しているんです」
これを見逃す訳には・・・・守護騎士としていかないと私は言った。
「ふんっ・・・・如何にも“優等生”らしい台詞だな」
私の答えに上司は皮肉を述べてきた。
「そんな台詞を言うが・・・・本当は惚れた女の“寝室”を汚されたくないんだろ?」
「確かに、それもあります」
大カザン山脈に私の愛する女神は気高い翼を畳んで休んでいる。
だから無法者に汚い手足で汚されたくない気持ちはある。
しかし・・・・・・・・
「先程も言った通り彼等には恩があります。そして私は守護騎士の役目を真っ当したいんです」
「やれやれ・・・・不良副長よりスパイスが足りないが・・・・良いだろう」
「ありがとうございます」
私は上司に頭を下げたが、それから直ぐに後ろから来たダミアン達も書類を差し出した。
その書類を上司は流し目で読んだが嘆息した。
「お前等まで休暇届けを出すのかよ・・・・・・・・」
『些か仕事に疲れました』
ダミアン達が声を揃えて言うと誇り高い友人達は目を見張るが上司は苦笑した。
「たくっ・・・・今時の奴等は直ぐに泣き言を言いやがって」
言葉は皮肉だが眼は笑っている上司に私達は無言で頭を下げた。
それは私達の気持ちを上司は理解したからさ。
「まぁ・・・・偶には良いだろう」
ただしと上司は区切った。
「馬鹿騒ぎは控え目にしろよ?」
何か遭ったら自分が上層部から叱られると上司は言いつつ長期休暇届けを受け取った。
「全員、良い休暇を楽しめ。その後はミッチリ働いてもらうからな」
『ありがとうございます』
私達は上司に頭を下げると誇り高い友人達に微笑んだ。
『借りは返すよ』
皆で口を揃えて言うと誇り高い友人達は無言で私達に頭を下げた。
そして上司には私達以上に深々と頭を下げる事で彼等なりの誠意を見せた。
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上司の部屋を出た私達は直ぐに出発の準備を始めた。
あくまで休暇だから制服は着ない。
もっとも元から私達の任務上、制服は殆ど着ないけどね。
何せ守護騎士団の制服では目立つ。
そして自然の荒々しさがヴァエリエ以上に凄い地方では直ぐにボロボロになるし防寒着としての機能も殆ど果たさないんだ。
かといって守護騎士団と見られない格好では支障が出るから自己改良をしては識別できるように工夫しているんだ。
もっともヴァエリエに居る「お目付け役」の部署に居る人間から言わせれば私達の格好を見れば目くじらを立てるだろうけどね。
もっとも今回は非公式だから本当に旅へ出るような姿だ。
私は鹿皮の服の上からマントを羽織った。
元々は鞣し革のマントだったけど、その上から「人狼」の毛皮を縫い付けたので防寒と防御力が抜群に向上している優れ物さ。
両手首に巻き付けた籠手も同じく人狼の毛皮を鞣し革の上から縫い付けた物だよ。
ただし上だけじゃない。
下の方も同じく鹿の皮ズボンで、その上から防具にもした「チャップス」を巻き付けた。
このチャップスは友人の一人の出身部族に伝わる「レギング」という股引きのような物をモデルにしている。
レギングは寒さや灌木の茂みから足首を守る綿の衣類だ。
そのレギングを私達はチャップスとして自分達に取り入れたけど・・・・こういう事からも解る通り彼等の身に着けた生活の知恵は決して馬鹿に出来ない。
しかし敵は彼等を侮辱していると見て良いだろうね・・・・・・・・
『その考えを・・・・許す事なんて出来ない』
私は怒る自分を抑えながら首に綿のバンダナを巻いた。
腹部には誇り高い友人の一人が編んだ幅広の帯を巻くのも忘れない。
最後に左側の縁を折った帽子を被り武器を装備すれば終わりだ。
格好だけ見れば辺境を旅する者だけど・・・・銃を持って行くから奴等は直ぐに気付くと私は思わずにはいられない。
しかし持って行かないという考えは・・・・私の中ではなかった。
『殺す気でいかないと駄目だ・・・・・・・・』
聖王カール陛下が生んだ「闇の落とし子」に下手な慈悲を見せれば死ぬと私は確信していた。
法の番人としては些か荒々しいと言う者は居るかもしれない。
でも、聖教が今まで係ってきた事件を調べれば嫌でも考えを改めるよ。
それを私は身に染みているので「愛しい恋人」を何時もは臍の辺りで吊るすけど・・・・今回は右腰に吊るす事にした。
だけど誇り高い友人の一人が私の蔑称を呼びながら礼を言ってきた事で手を止める。
「感謝するぞ・・・・“泣き虫野郎”」
蔑称は本来なら失礼だけど彼等は相手を蔑称で呼び合う習性があるから理解すれば問題ないんだ。
「別に私は礼を言われる事はしてないよ。寧ろ私達を頼ってくれた事に感謝するよ。“欠伸をする猫”」
私が友人の名前を言うと友人は首を横に振った。
「本来なら俺達の間でやるべき事だ。しかし、お前達を頼れと“大いなる神秘”が言ったんだ」
この大いなる神秘とは彼等を含め私達の生きる世界全てに宿っている精霊の事で、呼び方は部族によって異なる。
ただ部族に共通する思想であるんだ。
「大いなる神秘はお前達を頼れと言った。祈祷などをしても同じ答えが出た」
その答えで来たと欠伸をする猫は言い、私は彼の肩を叩いた。
「なら余計に私達は助けないとね。しかし、先ずは何処から調べるか・・・・・・・・」
「それなら私が知っているわ」
私の言葉に応じたのは女性だった。
赤い肌に黒い髪を三つ編みにした女性は私達がプレゼントした服を着ていた。
ただし、そこに「生活の知恵」を活かす辺りは流石と言えた。
女性の名は「舞う風」だ。
大カザン山脈では魔術とは言い難い不思議な力で私達を助けてくれたが今回も助かりそうだ。
「場所は何処なんだい?」
私が尋ねると舞う風は答えた。
「私達が行く場所は“赤い泡立つ岩山”よ」
場所を聞いて私は舞う風を見た。
その場所は彼等を始めとした部族が神聖な場所---聖地として定めていて普段は立ち入る事を拒んでいる場所なんだ。
「あそこにアグヌス・デイ騎士団は居ると?」
「正確に言えば私達の“味方”になる者達よ」
「・・・・・・・・」
私は舞う風の言葉に無言となる。
アグヌス・デイ騎士団の情報は上司から聞いた情報しかないけど味方になる要素は見あたらない。
寧ろ完全に敵対関係しか築けないと思えたが舞う風はこう言った。
「貴方が疑問を抱くのも解るわ。でも私の言葉を信じて」
真っ直ぐ舞う風は私を見つめながら言葉を発した。
そこには彼女自身も解らないという気持ちが含まれていたが彼女は精霊の言葉を信じている。
ならば私も信じようと思った。
「皆、私達が行くのは赤い泡立つ岩山だ」
私の言葉にダミアン達は驚いた。
だけど舞う風が改めて説明すると何も言わず頷いた。
そして私達の準備が出来た所で出発しようとした所で上司が現れた。
「緊急連絡用の魔石だ。それから彼等にも渡す物がある」
上司が誇り高い友人達に渡したのは警備課創設時に配られたお古の上着等だった。
「これを着ていれば少なくともサルバーナ王国内では国境警備課の人間に見られる筈だ」
お古の上着等を渡された猫たちは上司を見たが深く一礼する事で感謝の意を示した。
そして・・・・私達は大カザン山脈に向かって出発した。




