幕間:草原へ
ベレンゲラは斑模様が特徴の駿馬に跨がり黙々と進んでいるハインリッヒを見ながら地図を頭に浮かべた。
アグヌス・デイ騎士団と取り引きをしようとしている奴隷商人は草原に居る。
アガリスタ共和国とクリーズ皇国の境界線を選ぶ辺り狡猾な知恵を持っている。
しかも私兵団を150人前後ほど連れて来る辺り資金も豊富なのだろう。
となれば私兵団の実力も高いと考えられる。
『出来るなら私も・・・・・・・・』
ベレンゲラは自分の胸中に浮かんだ気持ちに微苦笑した。
こんな気持ちを抱くなんて珍しかったからだが直ぐにハインリッヒから別の人物に視線を向ける。
その人物は鰐の皮を鞣した鎧を着ているシパクリという男だ。
大カザン山脈の南西部にある盆地のタパチュラ湖湖畔に住む3部族で構成された同盟都市の出身者で次期皇帝候補らしい。
『彼等の戦い方は白兵戦・・・・・・・・』
魔術師のダニが戦果を記録している事でベレンゲラはシパクリ達の戦法を見ていたが・・・・・・・・
『鉄製の武具を使えば今以上に強いわね・・・・・・・・』
彼等は死を恐れていない節があり「死兵」とも言える戦い振りだった。
死兵とは文字通りの兵だ。
言わば死ぬ事を最初から覚悟した兵の事で国祖の伝えた書物では「死兵に手を出すは馬鹿者のすること」と書かれている。
しかも彼等が友人たるハインリッヒの為に駆け付けた義勇兵であるから先ず勇戦するだろう。
祖国にも勇猛果敢で名を馳せた騎士団が身近に居るのでベレンゲラは感慨深い気持ちを抱いた。
ただ、それでも・・・・・・・・
『やはり私も・・・・・・・・』
ハインリッヒに同行したい気持ちを抑え付けられなかったが、そのハインリッヒが仲間と話し合い、こちらを見ている事でベレンゲラは期待した。
現にハインリッヒは仲間の言葉に頷く姿を何度も見せている。
そして自分の方へ来た事でベレンゲラは淡い期待を胸に抱きながら何用か尋ねた。
「メルセデス殿。貴女には馬車の護衛を頼みましたが、もう一つ仕事を頼むたいのですが・・・・・・・・」
「如何なる仕事ですか・・・・・・・・?」
ベレンゲラはハインリッヒと一緒に来た青年を見た。
名前は判らないが馬車を襲撃する際に馬で引いた野砲を撃った人物だった筈だ。
それを思い出しベレンゲラはハインリッヒの頼みたい仕事を察した。
「彼等の護衛ですね・・・・・・・・?」
ハインリッヒが頷いたのを見てベレンゲラは胸に抱いていた気持ちが幾分か落ち着くのを感じながら説明を聞いた。
「彼等は野砲で私達とシパクリ達を援護します。その後は貴女と合流し先に行ってもらいますが、彼等も一緒に護衛して下さい」
彼等は野砲を馬で牽引するからとっさに敵と遭遇した場合、遅れを取るかもしれないとハインリッヒは説明した。
それにベレンゲラは頷いた。
「分かりました。お安い御用です」
ベレンゲラはハインリッヒを安心させるように笑うがハインリッヒは申し訳ない表情だった。
彼の人柄が良く出ているとベレンゲラは思いつつ傲慢な人間が多い祖国と比べ酷く情けない気持ちになった。
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ベレンゲラは自分が指揮するエレンスゲ騎士団で馬車を囲むようにしながら先行したハインリッヒ達の後を追い掛けていた。
もっとも道は途中で分かれ、自分達は険しい山道を通りサルバーナ王国を目指す。
「総長、彼等は大丈夫でしょうか?」
騎士の一人が問い掛けてきたがベレンゲラは迷わず頷いた。
「ハインリッヒ殿達なら心配ないでしょう。我が騎士団からも数名ですが参加させますからね。それより問題は私達の方です」
鉄の馬車を護りながら険しい山道を行くからとベレンゲラは言うが、それを騎士は微苦笑して否定した。
「それなら心配いりません。彼等が大丈夫と貴方様が言うのです。我々も大丈夫ですよ」
自分を全面的に信頼している口振りの騎士にベレンゲラは些か心が軽くなった。
確かに自分の祖国に居る人間は業深く狡猾な二足歩行の獣が集まった輩が多い。
ハインリッヒやシパクリ、そして舞う風のような人間は限りなく0に等しい。
しかし・・・・・・・・
『彼等は私信頼している・・・・・・・・』
自分が総長で名家だからではない。
ただ役職や爵位に忠誠を誓うなら直ぐに背を向けるか、尻尾を見え隠れさせる。
だが目の前の騎士を始めた者達は・・・・誰もそんな心を持っていない。
自分を信頼し・・・・ここに居るのだとベレンゲラは今更になって悟った。
「・・・・私は良き部下に恵まれました」
騎士は突然の言葉に目を点にしたが、総長である自分が見ている事を悟り破顔した。
そんな部下である騎士をベレンゲラは慈母のように見てから野砲を牽引するハインリッヒの仲間達を見た。
ハインリッヒの仲間達は13人の内4人で、残りは鷲の戦士達だった。
何でも守護騎士団は老兵と新兵の2人で1組となるらしいがハインリッヒ達は階級も低い事から小姓も居ないらしい。
しかし旗騎士であるハインリッヒなら従者を2~3名は付けても良いとベレンゲラは思った。
もっとも他国者である自分が口を挟む余地なんてないが・・・・・・・・
「・・・・彼等の事もさり気なく見ておきなさい」
ベレンゲラは騎士に小声で命じたが理由は言わなかった。
それでも騎士には理解できたのだろう。
心得たように頷いた。
それを確認してからベレンゲラは馬を進めたが今度は魔術師のダニが来たので視線を向ける。
ダニの表情が険しいのを見てベレンゲラは悪い予感がした。
「本国で何かありましたか・・・・・・・・?」
「先ほどアンドーラ宰相から連絡がありました」
『“教皇”がメリディエース大陸の“東スコプルス(岩壁)帝国”に私兵団を派遣した』
その数は凡そ5万と一大陸の国家を攻めるには数が足りないとベレンゲラは思った。
だが直ぐに少ない理由を察した。
「・・・・南北大陸に派遣されている“手駒”を利用したのですね?」
小さいがハッキリと断言したベレンゲラにダニは険しい表情のまま頷いた。
「仰る通りです。教皇は・・・・あの“堕落した修道士”は東スコプルス帝国を“教皇領”とするハラのようです」
ダニが侮蔑を隠さず現教皇に名付けられた渾名と、その思惑を吐き捨てるように言った。
確かに・・・・現教皇は堕落した修道士であるとベレンゲラは思った。
国教では愛人に生ませた子を「不浄の子」と称し救いの手を伸ばさないが・・・・そんな不浄の子が今は教皇になっている。
皮肉な話だが祖国では腐るほどある話の一つでしかない。
もともと国教のモラルは地に落ちており歴代の教皇も現教皇と似たような生活を送っているのが良い例だ。
しかし、とベレンゲラはダニに問い掛けた。
「教皇の“首輪”の役目を担っている“聖白十字騎士修道会”はどうしたのですか?」
教皇を長とする国教派は王室から危険視されていた。
それは先代皇帝の代から今の教皇は在位しており、彼の教皇から何かと不穏な動きを見せたからだ。
もっとも先代皇帝の代で国内は一先ず安定を見せた事、そして教皇が尻尾を見せなかったので強引な手は使えなかったのだ。
かといって危険な相手を野放しにするほど先代皇帝は馬鹿ではなかった。
アンドーラ宰相も同じだったから・・・・教皇に王室から騎士修道会を一団派遣した。
表向きは敬虔な修道士達が自らの意思で教皇の側で仕えたいと皇帝に直訴したというものだ。
だが実際は教皇の動きを牽制し、そして動きを逐次知らせる「鈴の付いた首輪」である。
そんな首輪の役目を担っている白十字騎士修道会が動けなかった理由は何か?
そこをベレンゲラが問うとダニは険しい表情を崩さず話した。




