幕間:緑の風
ベレンゲラと舞う風はハインリッヒの手前で足を止めた。
しかしハインリッヒは気付かないのか、ジッと夜空を見上げている。
「・・・・似ているわね」
静かにベレンゲラは言葉を発したがハインリッヒには聞こえたのか、後ろを振り返った。
その表情には自分と舞う風が何時の間にか立っている事に対する驚きが鮮明に出ている。
「これは・・・・失礼しました」
気付かなかった事をハインリッヒは謝罪してきたがベレンゲラは首を横に振った。
「いえ・・・・私の方こそ貴方を然る人物と重ねてしまいましたから」
「先ほど似ていると言った言葉・・・・ですか?」
ハインリッヒの問いにベレンゲラは頷いた。
「私の亡き父と・・・・今、お仕えしている夫人の亡夫は2人揃って妻を先に亡くしました」
「・・・・そうですか。お悔やみを申し上げます」
2人を自分と重ねたのか・・・・ハインリッヒは沈痛な表情を浮かべた。
「その2人は貴女の人生に大きな影響を与えたの?」
横に立っていた舞う風が問い掛けてきたのでベレンゲラは頷いた。
「亡き父には騎士の心得を教わりました。そして亡き辺境男爵からは剣士の心得を教わりました」
どちらも戦いに関する事だが、それだけではないとベレンゲラは断言した。
「亡き父は騎士も人間であると・・・・辺境男爵は人間も自然の一部と考えていました」
その思想は自分の人生に大きく影響を与え今も生きているとベレンゲラは語った。
「貴女はどうですか?」
ベレンゲラは同じ内容を舞う風に問い掛けた。
「私は大いなる神秘が師よ。ただ、先代のメディスンマンからは薬草等の知識を得たわ」
「メディスンマンとは?」
「彼女達の部族に居る魔術師のような存在です。ただ私達の知る魔術師とは違います」
ハインリッヒが舞う風に代わりメディスンマンの説明をしてベレンゲラは舞う風が言っていたヴィジョンに納得した。
「確かに私達の知る魔術とは違いますね。しかし、その思想は見習いたいものがあります」
私の祖国は人間が頂点で、それ以外の存在は全て敵であり糧でしかない。
『・・・・・・・・』
ハインリッヒと舞う風が無言となったのがベレンゲラは語り続けた。
「一部の人間は舞う風殿が言うように人間も自然の一部と考えておりますが・・・・私の祖国では、少数派であり”異端”と映ります」
だからだろうか?
「血で血を洗う骨肉の争いが何処かしらで・・・・毎日のように起こるのです」
それが私の祖国とベレンゲラは語ったがハインリッヒ達に言葉を求めるつもりはなかった。
ただ聞いて欲しかったのだが・・・・ハインリッヒは言った。
「骨肉の争いは人間の業と言う他ありません。そして人間が頂点に居るという思想も大半が心の何処かで抱いている筈です」
別に貴女の祖国だけが異端ではないとハインリッヒは言い、こう付け足した。
「ですが貴女は祖国で少数派にして異端と言われる方に立っていますが・・・・そういう貴女だからこそ彼女は現れたと思います」
彼女は・・・・私の今も愛する女神は・・・・・・・・
「弱い人達を助けるように寄り添う姿勢を崩しませんでしたから・・・・・・・・」
女神ではない「然る女性」もそうだったとハインリッヒは語った。
「その女性は貧民街を唯の一人で救済しようと心を砕き続けました。そして最終的に貧民街は救済されましたが・・・・その女性は置き手紙を残し旅に出たのです」
『まだ世界に居るだろう、か弱き子羊達を救済します』
「俗に宗教の世界で言う“羊飼い”ですか」
ベレンゲラは自分の祖国に在る法王庁の長たる法王が常に意識している姿をハインリッヒに言った。
それに対しハインリッヒは頷いた。
「まさに・・・・その女性は羊飼いのように貧民街の人達に寄り添い続けました」
だから王室から贈られた品や金を全て貧民街の者達に分け、自分は何も得なかったとハインリッヒは言った。
「“全ての宗教は人間が神の下へ帰る為の踏み台に過ぎない”と言う言葉があるけど・・・・その女性は自分も踏み台にしたのね」
舞う風がハインリッヒの言葉に新しい言葉を乗せたがハインリッヒは否定しなかった。
寧ろ肯定していてベレンゲラも舞う風の言葉に頷いていた。
「私の祖国に居る少数派も似たような言葉を言っていました」
『全ての人間は平等だ。人間が自分達で身分と差別を作ったに過ぎない。しかし、何れ作った者達は責任を果たす役割を背負う』
「その責任を背負わず、ただ力のみ行使するなら何れ自分達の身に責任が降り懸かると」
「言えているわ。ただ貴女は・・・・遠き先祖のように責任を背負い生きているわ」
だから貴女に責任が降り懸かる事はないと舞う風はベレンゲラに言い、ハインリッヒも頷いた。
「ベレンゲラ殿、貴女の前に女神が現れたのは女神が貴女の誠実さを信じたからです」
私も貴女の誠実さを信じるとハインリッヒは言い、更に何か言おうとしたが何か察したのか明後日の方角を見た。
しかしベレンゲラと舞う風もハインリッヒと同じく気付いた。
「誰か・・・・集団が来ますね」
「・・・・“アストラン(白い大地)」”の戦士達よ」
ベレンゲラは南から来る事を口にし、舞う風はこちらに来る集団の名前を口にした。
「アストランとは?」
「大カザン山脈の南西部にある盆地の”タパチュラ湖湖畔”に住む3部族の同盟です」
ハインリッヒがベレンゲラの問いに答えると舞う風は南を見ながら詳しい事を説明した。
「彼等は私達と違い指導者が居るわ。ただ支配者ではなく代表者の意味合いが強いわ」
そして階級もあるが基本は3集団の合議制を重んじ、拒否権もあると舞う風はベレンゲラに説明した。
「だけど多数が占めた代案を破棄する事は出来ないわ。あくまで自分達の意見を表すのよ」
「アルメニア・エルグランド共和国の終末期に産声を上げた”聖バルトーシュ憲法”に似て通じるものがありますね」
「聖バルトーシュ憲法を御存知でしたか」
ハインリッヒが強い興味を抱いた様子で問い掛けてきたのでベレンゲラは頷いた。
「非常に良い憲法ですから勉強しました。ただ、その憲法より先に亡き辺境男爵は領民を行政に参加させるなどしていました」
「何時の時代にも先見の眼を持つ者は居ますからね。ただ、それで重宝されるかは別な話になるのは悲しい現実ですが」
「確かに・・・・時にその戦士達とは面識があるのですか?」
「彼等の神に捧げる生贄にされかけたのが最初の出会いでした」
「生贄ですか・・・・・・・・」
ベレンゲラは衝撃的な発言をしたハインリッヒを見たが、ハインリッヒは苦笑した。
「些か血生臭いと思うでしょうが、それが彼等の崇める多神教の特徴なんです」
ただし自分が行った際は単なる政敵を公式に抹殺する名分に成り果てていたとハインリッヒは説明した。
「最初は豚や牛を捧げる事でしていたのを記した絵文書を私達が発見した事で明るみになったのです」
だから今では人身供物はありませんとハインリッヒはベレンゲラに言い、舞う風に人数を尋ねた。
「・・・・70人から80人ね。”ジャガーの戦士”、”鷲の戦士”、”コヨーテの戦士”が居るわ。率いているのは”トラカテカトル”よ」
「というと・・・・彼かい?」
「えぇ、そうよ」
ベレンゲラはハインリッヒと舞う風の会話を黙って聞いていたが胸がズキズキと痛み出した事を改めて実感した。
その理由は解る。
2人は知り合って色々な体験を共にしたという事に・・・・嫉妬しているからだ。
『本当に・・・・色々な体験が出来る場所ね』
ベレンゲラは夢の中に出て来た女性の言葉に心中で苦笑したが決して嫌な気持ちではないと・・・・思った。




