幕間:青い星2
語り終えたベレンゲラは小さく息を吐いた。
「これがメルセデス様の犯した罪です」
「・・・・・・・・」
ベレンゲラの言葉に女性は無言だった。
それは何と言えば良いか分からないのではなく・・・・女としてメルセデスの心情が解るからだ。
「・・・・因果なものです。ですが私はメルセデス様の事を責める気にはなれません」
私は未だ本当に「剣を捧げた」事はないからとベレンゲラは語った。
「メルセデス様は女王と幼少時代から付き合いがあったとされ、その流れで剣を捧げたと言われています」
それを当然とメルセデス様は考えていたとベレンゲラは言うが・・・・・・・・
「メルセデス様が愛した方---国父様と先に出会っていれば恐らく国父様に剣を捧げた事でしょう」
それなのに運命の悪戯に翻弄されてしまった。
「そしてメルセデス様は女王を裏切る形になってしまいました。ただ私も女です」
メルセデス様の気持ちは解るとベレンゲラは語り、また吐息した。
「赤の他人である貴女に・・・・いえ、ここまで自分の気持ちを語ったのは初めてです」
「そうですか・・・・ですが私は誰にも語りません。ただ・・・・この地で貴女は色々な出来事に触れるでしょう」
その出来事を如何に解釈するかは貴女自身と女性は語りベレンゲラは無言で聞いた。
「ベレンゲラ様。貴女は御先祖の因果に縛られていますが・・・・この地は自由の地です」
そしてメルセデス様も来たかった筈と女性は語った。
「好いた殿方の子を産んだ事に対する喜びは本当でしょう。ですが欲を言えば・・・・その方と一緒に行きたかった筈です」
それが出来なかったのは辺境男爵と同じく「囚われた身」だったからと女性は言い、ベレンゲラは頷いた。
「貴女は本当に来たかった辺境男爵の代わりに自分が来た事を苦にしていますが・・・・だからこそ自由を謳歌すべきです」
生者が死者に代わって成し遂げるのも供養の一つと女性は語った。
「だから私はハインリッヒに言いました」
私の後を追い掛ける事を考えず・・・・私に代わって精いっぱい生きてくれと。
「・・・・貴女は強いですね」
ベレンゲラは女性の言葉を称賛した。
しかし、それとは別に男性は弱いと思った。
辺境男爵もハインリッヒも・・・・そして亡父も愛した女性を亡くし人生に影を落としたのは見ていて解った。
ところが女性の方は生きろと告げる。
この違いがベレンゲラには新鮮に映った。
また・・・・この地は祖国ではないから自由という事も改めて教えられた気がする。
無法行為をする気はない。
しかし・・・・任務を遂行した。
そしてハインリッヒに危機を救われた恩義がある。
その恩義を返さず消えるのは自分の立てた騎士道に反すると・・・・改めて思った。
「・・・・貴女のお陰で少しばかり枷が緩んだ気がします」
ベレンゲラの言葉に女性は慈母の笑みを浮かべた。
「枷を完全に外せば更に自由となりますわ」
「そうですね。何時になるかは分かりませんが・・・・先ずはアグヌス・デイ騎士団を壊滅させるのが先決です」
それによって私はハインリッヒ殿の恩義に報いる事が出来るとベレンゲラは語るが・・・・・・・・
その言葉に熱い何かが宿っていたのは気のせいか?
いいや・・・・気のせいではない。
「ベレンゲラ様。どうか、ハインリッヒを頼みます。彼を助ければ貴女も得る物が必ずある筈です」
「えぇ、そうでしょう。貴女のような方が愛した殿方です。きっと私も・・・・何かを今以上に得るでしょう」
ベレンゲラの返答に女性は笑みを浮かべると映像を指さした。
「アグヌス・デイ騎士団は明後日、契約した奴隷商人に今まで捕まえた婦女子を売りに行きます」
その時にフランツ達が助けようとしている者も売られると女性はベレンゲラに語った。
「承知しました。御安心ください・・・・必ず彼の騎士団を倒し、ハインリッヒ殿を護ります」
「ありがとうございます。貴女様とハインリッヒ達に大いなる神秘の加護があらん事を・・・・・・・・」
女性は祈りの言葉をベレンゲラに捧げた。
するとベレンゲラは急速に意識が目覚めるのを覚えたが女性の祈る姿が亡き母に見えたのは・・・・目に焼き付いていた。
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ベレンゲラは寝台の上で目を覚まし静かに外の様子を見た。
焚き火は点いていて、天幕の外には歩哨が2人ほど立っていたがベレンゲラは何かに動かされるように寝台から出た。
そして天幕の外を出てハインリッヒ達の方を見る。
彼等は三角形のテントの中と、焚き火の方に何人か居たがハインリッヒはどうか?
ジッとベレンゲラはハインリッヒを探し・・・・先ほどの場所に居るのを見つけた。
「少しハインリッヒ殿と話して来ます。貴方達も仮眠しなさい」
石像のように直立不動の姿勢を崩さなかった歩哨に命じると2人の歩哨はベレンゲラに頭を下げ、自分達の天幕に向かった。
それを見届けてからベレンゲラはハインリッヒの方へ足を運んだが、彼等のテントから舞う風が出て来てベレンゲラは足を止めた。
「貴女もワキンヤンに話があるの?」
舞う風の問いにベレンゲラは頷いた。
「私もワキンヤンに話があるの。ただ、彼と話す前に貴女と話がしたいの」
「私と?」
ベレンゲラは舞う風の言葉に軽く驚いたが舞う風はハインリッヒの方を指さし歩き出した。
それにベレンゲラも倣う形で歩き出したが距離を置いた。
「どうして必要以上に距離を取るの?」
「武人の性と言えば良いでしょうか?密集し過ぎれば敵にやられると思うのです」
舞う風の問いにベレンゲラは自嘲しながら答えた。
「確かにそうだけど・・・・今、敵は居ないわ。”大いなる神秘”が私達を護っているから」
「・・・・私にハインリッヒ殿を助けて欲しいと頼んだ女性も大いなる神秘と言いました。それは貴女達の信仰する神ですか?」
「私達に神という存在は居ないわ。ただ、この世には神秘の存在が一杯あるわ」
その神秘によって私達は生まれ、そして共に助け合う事で生きていると舞う風は言った。
「私の祖国は唯一人の神を信じる宗教を大半は信仰しているので理解されないでしょう」
しかしとベレンゲラは続けた。
「遙か太古の時代には・・・・貴女達のような思想がありました。ただ一部の人間によって破壊されてしまいました」
「・・・・貴女の先祖がやったの?」
舞う風の言葉にベレンゲラは先ほど以上に驚いた。
あの女性にしか話していないのに・・・・・・・・
「貴女がワキンヤンを見ていた時・・・・私の中にヴィジョンが浮かんだの」
貴女に似た女性が苦痛に満ちた顔で大勢の人間を殺戮する姿と舞う風は言い、それをベレンゲラは否定しなかった。
夢に出て来た女性は色々な神秘がこの地にはあると言っていた。
それが舞う風の言ったヴィジョンとベレンゲラは解釈したからだ。
「・・・・私の先祖は、決して好んで殺戮をやった訳ではないですから」
ただ仕える主人の命令に逆らう事は出来なかったとベレンゲラは語った。
「私達には指導者という存在が居ないから理解できないわ。ただ、子孫である貴女が今も先祖の罪に苦しんでいるのは解るわ」
彼女もそうだったと舞う風は言い、それをベレンゲラは黙って聞いた。
「彼女は母である大地を体現した女性だったわ。そして父である空を体現した女性でもあったわ」
「・・・・・・・・」
「ワキンヤンは彼女を愛し彼女もワキンヤンを愛していたけど私達に・・・・頼んで死んだわ」
「ハインリッヒ殿を・・・・あの“可哀想な騎士”を護る為ですか?」
舞う風が一瞬だが怒りの気を放ったのをベレンゲラは察し、自分の迂闊さを呪った。
「申し訳ありません。私が言える事柄ではありませんでした」
「・・・・いいえ。ただ、貴女に私が嫉妬しただけよ」
舞う風の言葉にベレンゲラは胸がズキリと痛むのを覚えたが、それを考える前に・・・・ハインリッヒの所へ来てしまった。




