幕間:青い星
「私の遠き先祖---初代レコンキスタ総司令官だったメルセデス様も書記に・・・・書いていました」
ベレンゲラは映像を観ながら女性に書記の内容を語った。
『我が軍団の大多数が軍規に違反していた。
私は何度も厳罰を持って彼等を戒めた。
されど周囲の眼を掻い潜り無法な行いを犯す者は後を絶たなかった。
“あの方”に従っていた際も同じだったが私の時は輪を掛けて酷い』
「戦場という極限状況だから枷が外れるのは致し方ありません」
女性はベレンゲラの語った書記の内容に一定の真理を見たように相槌を打った。
「その通りと頷かざるを得ないですが・・・・ハインリッヒ殿の話を聞いたので彼等の行いは許し難いです」
ベレンゲラは映像を見ながら女性に心中を明かしたが武人の性だろうか?
アグヌス・デイ騎士団の装備を注視する。
「彼等はサルバーナ王国の聖王カールの代に産声を上げ、当時の背後もあり資金は潤沢なのです」
その背後に居る者が死んだ後は映像のような無法行為をして活動資金を稼いだと女性は説明した。
「なるほど・・・・だから中々の装備をしている訳ですか。ですが・・・・如何に身形の良い格好でも私には強盗騎士団にしか見えません」
「貴女の先祖達は頑なに自己を律してきたから余計に見えるのですよ」
女性はベレンゲラを慰めるように先祖達の行動を称したがベレンゲラは首を横に振った。
「お言葉は嬉しいですが・・・・私の先祖達も彼等に似て通じる罪を犯して来た事があります」
メルセデスがそうだとベレンゲラは語った。
『私は軍規を厳しくする事で兵達を戒める事に何度も心を砕いた。
そして自分が手本を見せる事で彼等の欲望を抑えたようと何度も試みた結果・・・・兵士達は軍規を守るようになったから幸いである。
それなのに・・・・私は・・・・手本となるべき私自身が・・・・罪を犯してしまった』
「その罪は・・・・・・・・」
女性はベレンゲラが一区切り終えた所で言葉を発しようとしたがベレンゲラは手で制した。
「御想像できたのでしょうが・・・・最後まで聞いて下さい」
「・・・・・・・・」
ベレンゲラの言葉に女性は無言となるが直ぐに話を促すように・・・・視線を送った。
それを見てからベレンゲラは遠き先祖のメルセデスが犯した罪を語った。
『私が犯した罪・・・・それは・・・・好きな殿方と・・・・一夜を共にしてしまった事。
私は・・・・あの御方が好きだった。
何処までも真っ直ぐに全てを見る瞳と、常に冷静で物事を見て判断する頭脳・・・・そして微かに微笑んだ瞬間が・・・・・・・・
だけど私は女王に仕える武人。
故に自分の思いを殺し続けたけど・・・・あの方が旅立つ前に・・・・私は、ついに自分の思いを打ち明けた。
言えば行くのを止めるなんて事は考えなかった。
あの方はやると決めたらやる性格だし・・・・あの方に従う者達の気持ちを・・・・あの方は無碍に出来ないと知っていた。
だから私は自分の中でケジメを付ける意味で思いを打ち明けた』
「・・・・・・・・」
女性は再び区切りを入れたベレンゲラをジッと見つめたが、深い青い瞳の奥底は・・・・メルセデスの気持ちが解ると告げていた。
「・・・・貴女には、メルセデス様の気持ちが解りますか」
ベレンゲラは女性の眼を見ながら確信を持って問い掛けた。
「えぇ、解ります。私の場合は状況が違いましたが・・・・それでもハインリッヒを愛したが故に・・・・・・・・」
最後まで女性は言えなかったのか、薄っすらと涙を流した。
それがベレンゲラには宝石の如く映り・・・・そしてハインリッヒを心から目の前の女性は愛していたんだと思い知った。
だから・・・・ではないがベレンゲラもメルセデスが犯した罪を・・・・理解した。
「メルセデス様が犯した罪は・・・・主人である女王の夫に思いを告白した事。そして・・・・レコンキスタの際に敵として相見える形になった、女王の夫を・・・・敵と知りながら匿い・・・・子を儲けた事です」
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
ベレンゲラは自分が語った内容を知れば第3皇子の乳母である「御局」が知れば格好の攻撃材料にすると・・・・思った。
それを女性は察したのか・・・・こう忠告した。
「“壁に耳あり障子に目在る”という言葉もあります。ご注意した方が宜しいですよ」
「そうですね。しかし・・・・貴女が誰かに漏らすとは考えていません」
あの真の大義を貫いたハインリッヒ殿が愛した女性だからとベレンゲラは羨望を込めて言い・・・・続きを語り始めた。
『あの方と敵として相見えたのは私が2度目のレコンキスタ総司令官の地位を任命され遠征した時だった。
あの方は帝都を出て仲間達と船出の用意をしており、それを女王は察し私に阻止を命じられた。
本心は・・・・あの方に船で旅だって欲しかった・・・・
だが武人として私は引き受けざるを得ず剣を交える形になってしまった。
しかし・・・・あの方も後には引けないから激しい抵抗を続けた。
そして私は心ならずも・・・・あの方と直に剣を交えたが何処かで斬られたいと思っていた。
あの方と現世で結ばれないなら来世に望みを託したかった。
それが適わぬなら・・・・せめて好いた方の手で死にたかった。
だが・・・・あの方が矢を受け落馬してしまい・・・・私は胸が痛くなり自分を呪いたくなった。
好いた方が死ぬ姿なんて見たくない・・・・・・・・
ところが何の因果か・・・・その戦いで私は勝利したが、あの方を側に置く事が出来た。
想像を超える悪路によって我が軍団は勝者でありながら孤立し私の陣は味方から離れたからだ。
それを利用し私は・・・・あの方を保護して陣内で看病した。
見つかれば私はおろか一族も厳罰に処されるのは間違いないのに私は躊躇わなかった。
ただ一心に・・・・あの方を助けたい気持ちだった』
「・・・・・・・・」
女性はベレンゲラの語った内容に何も言わなかった。
逆にベレンゲラも求めていなかったのか、最後の部分を語った。
『あの方は傷を癒やし、私に厚く礼を言うと静かに自陣へ帰った。
武人として私は本来なら縄を打ち拘束するべきだった。
でも・・・・出来なかった。
何処の世界に・・・・心から好いた殿方を拘束できる女が居るでしょうか?
私には出来ない・・・・・・・・
ただ、あの方が去る姿を涙を偲びながら見送るだけでした。
それは女王が来て、あの方が船で旅立つ時も同じだった。
女王は涙を流しながら何度も背の君の名を叫び続けたけど・・・・あの方は終始、振り向く事はなかった。
あの方は常に前しか向いていないから当然かもしれない。
私も・・・・それで良いと思う。
しかし・・・・第2次レコンキスタが終わり総司令官の地位を返上して間もなく私は悪阻をした。
考えるまでもなく・・・・あの方の御子を宿したのだ。
あの時に・・・・・・・・
女として嬉しかった。
あの方の御子を自分が身籠もったのだから。
ただ・・・・女王はあの方が去ってしまい病床に着く事が多くなった。
これは罰なのかと思う。
仕える主人の夫と肌を重ねたばかりか子を儲けた私に対する?
しかし・・・・私は子を産んだ。
あの方の御子を我が手に抱き、その子を育てたいという女の性に私は逆らえなかった。
何と罪深い事か・・・・・・・・?
何て私は自分勝手な女だろうか。
自己嫌悪は絶えず私を苦しめるが・・・・子はすくすくと育ち、成長する姿を親として喜ばしく思う。
そういう所も自己嫌悪してしまう時がある。
それでも・・・・あの方の御子を生み、そして育てる事が・・・・あの方が思っていた国作りを図らずも破壊してしまった私の罪滅ぼしかもしれない』




