第10章:夢の守護騎士団
死体を片付けた私達は赤く泡立つ岩山から数キロ北へ進んだ荒野で野宿をしていた。
フランツの話でアグヌス・デイ騎士団が拠点へ帰る道が北にあると知ったからだよ。
皆で焚き火を囲み座りながらフランツは夢の騎士団を何で知っているのか話してくれた。
「アグヌス・デイ騎士団の現総長の命令でヴァエリエに侵入していたからさ」
「理由は・・・・元大司教のアレクサンドロスから呼び出されたからかい?」
私が問うとフランツは頷いた。
「奴は“孔雀の姫”に煮え湯を飲まされているからな。そこで姫を亡き者にしようと考えたのさ」
「なるほど。しかし貴族派が先に“名も無き亡霊”を雇ったと知り・・・・計画を変えたのかい?」
私達が国境警備課に異動する前に起きた事件を引き出して問うと彼はまた頷いた。
「貴族派が手を汚すなら俺達には別の仕事をさせようと考えたんだが・・・・暗殺は失敗しただろ?」
だから改めて自分達にアレクサンドロスはやらせるとラインハルト修道司祭は考え・・・・暫しフランツ達をヴァエリエに滞留させたらしい。
「ところが豚野郎は俺達を大カザン山脈に行けと命じた。まぁ、俺達は目立ち過ぎたからだろうな?」
フランツの言葉は的を射ていた。
アレクサンドロスが何か動きを見せていると既に内務省も司法省も掴んでいた。
しかしアレクサンドロス自身が先に勘付いた訳か。
その時にアレクサンドロスが彼等を呼び寄せていれば今頃は彼等と共に拘束できた筈だ。
だけど現実はアレクサンドロスは逃げて、フランツ達も拘束されていない。
「豚は食べられるけど・・・・彼は食べられないね」
「だろうな?だが、俺達には良かったぜ」
久し振りに喧しい上官達から解放され「一時の自由」を得たからとフランツは語った。
「そして・・・・“あの事件”の顛末を見れたからな」
『・・・・・・・・』
私達は無言となった。
ただメルセデス殿は全く知らないからフランツに問い掛けた。
「あの事件とは?」
「神聖中央騎士団って偉そうな名前とは裏腹に甘やかされた餓鬼の集団が起こした“火遊び”さ。世間じゃ”真昼の大乱闘事件”なんて言われているがな」
事件の全容は実に単純な内容だとフランツは説明した。
「神聖中央騎士団に所属していた数名が武装して商家に押し入って金を強奪したんだ。被害額は金貨で30000サージで、被害者は商家の人間が数名、そして守護騎士団が10名ほど軽傷を負っただけで民草には被害は出ていない」
その理由は守護騎士団が総動員で民草の安全を確保した事、そして民草達が内乱の教訓を活かして自主避難をしたからとフランツは私達を見ながら言った。
「対して餓鬼共は逃走経路を遮断された挙げ句に包囲されて逮捕されるのも時間の問題に見えたが・・・・・・・・」
「・・・・逃げ遅れた民草が不幸な事にも罪人が逃げた先に居たのですか?」
メルセデス殿は途中で説明を中断したフランツに代わるように言葉を発した。
だけど鋭い洞察力から・・・・見事に正解を導いた。
「その通りさ。しかし餓鬼共は逃げ遅れた民草が居るとは知らなかった」
逃げ遅れた民草は子供数名と成人女性2人で、守護騎士団は直ぐ救出隊と突撃隊を組織した。
「ところが横槍が入って来たせいで直ぐに動けなかった。だが・・・・こいつ等は命令を無視して向かったのさ」
そうだろとフランツは私に問い掛けたけど私は少し訂正した。
「正確には私達がその近くに居たんだよ。もちろん連絡は来ていたけどね」
「横槍の件は知らなかったのか?」
「いいや連絡は来ていたよ。だけど・・・・私が背中を追い掛けている“男達”ならどうするか考えたんだ」
きっと私が背中を追い掛けている男達は仮に命令が下されたとしても・・・・行った筈だ。
「だから私達も行ったのさ。私達が所属する守護騎士団のモットーを守る為にね」
「“民草に寄り添い、そして盾になれ”か?」
フランツが発した言葉に私は静かに頷いた。
「彼等は頭のネジが数本ほど飛んでいたんだ。そして捕まれば以前と違い裁判に掛けられ罰を受ける」
それを知っているから奴等に投降する選択肢は無かった。
「もちろん法は万人に平等だから呼び掛けるのは間違いじゃないよ。ただ、人質を取れば向こうは強気に出る筈だ」
そればかりか人質を何人か殺していたかもしれないと私は言い切った。
「だから行ったのか?」
「後悔はしていないよ。結果は良かったからね」
人質は全員が無事で犯人も逮捕し起訴できたんだ。
「しかし、お前等は国境警備課に”異動”になっただろ?まぁ、上層部の考えは正しいけどな」
「・・・・仲間を逮捕された報復を考えていた訳ですか」
メルセデス殿は私を見て問い掛けてきたので私は頷いた。
「えぇ、そうです。お陰で色々と他方に迷惑を掛けてしまいました。しかし先程もフランツに言った通り私達は後悔していません」
「自分達の職務を果たしたから・・・・今も“悪い夢”から子供達を護っているからですか」
メルセデス殿の言葉は何処までも凜としていて迷いがなかった。
そして・・・・正解だった。
「あの事件で子供達は恐い思いをしました。そして・・・・眠ると夢に見ると言っていました」
「幼い子供には恐怖ほど心に刻まれる存在はありませんからね」
ですがとメルセデス殿は区切って私達を見た。
「貴方達が悪い夢から何時も護るから最後は・・・・良き夢となるのでしょう」
そして成長すれば悪い夢は見なくるとメルセデス殿は語った。
「ハインリッヒ殿。貴方は我々を始めとした戦う人が掲げる“偽りの大義”を真の意味で大義にしたのです」
自分達は仕える主人および領土と領民の生命と財産を守るのが本来の役目とメルセデス殿は語った。
「ですが時代が下れば人の心は容易く変わります。それこそ上に立つ者は尚更です」
もっと領土を拡大し、物品の生産力を上げる為に人間が欲しい等・・・・・・・・
「その為に私達は偽りの大義を背負わされ戦わされます」
逆らえば自分はおろか家族にまで類が及ぶから大半は無理やり自分を納得させて従うとメルセデス殿は語り、私は数多の歴史書から見つけた答えを知っていたから頷く。
だけどメルセデス殿は私から視線を逸らすと少し声のトーンを落として・・・・呟くように言った。
「そして・・・・何時しか偽りの大義に慣れてしまい・・・・やがて考える事を放棄するんです」
若しくは自分も欲望を満たそうとするとメルセデス殿は静かに語った。
それは彼女体験した内容と私には解った。
「ですが貴方は真の大義を背負い職務を真っ当したんです」
誰にでも出来る事ではないとメルセデス殿は語り私を尊敬するとさえ言ってきた。
「私は尊敬されるような人間ではありません。ただ一人の女性すら護れなかったのですからね」
「・・・・・・・・」
「ワキンヤン・・・・・・・・」
無言となったメルセデス殿に代わり舞う風が私に声を掛けたけど私は腰を上げた。
「少し用を足してきます」
適当な言葉を掛けてから私は焚き火から離れ一人、その場から離れた。
ただメルセデス殿が私を見ているのは背中で分かった。
だけど私は気付かない振りをしてキャンプ地から少し離れた場所にあった岩に腰掛けた。
そして懐からコーンパイプを取り出して銜え、そこに煙草の葉を入れ火を点けようとした時だ。
横からマッチが出て来たんだ。
それに一瞬だけ戸惑ったけど直ぐパイプに火を点けた。
「あんな美女を放って喫煙とは贅沢だな?」
私の横に現れたフランツが皮肉気に声を掛けてきたけど私は微苦笑した。
「好みなら話せば良いじゃないか」
「生憎だな。連れ添いなら居る・・・・まぁ、ちぃっと“家出中”だがな」
「・・・・・・・・」
私はフランツの言葉に無言となった。
だけどフランツは紙巻き煙草を銜え、私のパイプに火を点けたマッチで煙草に火を点けると語り出した。
「俺の連れ添いは聖教の教えに出て来る聖女みたいな女でな・・・・良い女なんだよ」
自分を修道院に捨てた母親とは違ったとフランツは語り、私はこう返した。
「私の女神も似たような女性でね・・・・私には勿体ない位だったよ」
「互いに高く付く女か・・・・中々に贅沢だな」
「そうだね・・・・贅沢だよ」
逮捕する者と逮捕される者なのに私とフランツは煙草を吸いながら暫く女性について語り合った。




