#03 厳かな魔城は鎮座する
前回のあらすじ
学者起きる→魔女を探して軍の追手が来る
→ティピカを隠れさせて難を逃れる→学者こいつヤバイ魔女だと知る
ここは山の中で幸い見通しが悪いが、バリエダは軍の関係者に見つかったら面倒なことになると思い、とりあえずこの場から離れようとティピカに提案するのだが……
「バリー。おなかすいた」
「いや、まて。俺の話聞いてたか?」
早く軍の探索範囲から抜け出さなければ、軍のやつら見つかったら捕まってまたモルモット扱いにされたり、最悪、危険人物として殺されてしまう可能性もあると。
今、食べ物は持っていないと。
だから早くここから移動しようとティピカに丁寧に説明した。
「はわー! お菓子! おかしはないのかぁ!」
話を聞かず、まったく動こうとしない駄々をこねる幼子のような態度のティピカに、本来温厚な筈のバリエダ心に普段感じることのない感情が芽生え始めた。
(わかった。このガキあれだ、頭が残念な奴だ……)
この子が一体今までどうやって生きてきたのかを不思議に思ったが、少し落ち着くのを待ってあることを思いつきティピカに伝えてみた。
「お前、すごい魔女なら魔法でお菓子くらい出せるんじゃないのか?」
「……はわっ!? ……さてはバリー。天才か!?」
「できるのかよ」
「じゃ、おうちにお菓子いっぱいあるから家出せば早いよね」
「なにっ!? 家!?」
そんな質量の物が通常の魔力で量子転送できるわけが無い。バリエダはそう考えた。
何やら詠唱を始めるティピカの様子と急激に渦状に集まる頭上の雲を見て『もしや』と思いバリエダは慌てて制止しようとするが……
「ちょっとまて。家はマズイっ」
しかし、すでに時遅し。
今にも竜巻でも降りてきそうな空模様の中、一瞬真夜中のように周囲が暗転したかと思うと、眼前に吹き出した深い霧の中に巨大で厳かな城が聳え立っていた。
「ありえない。本物なのか……これはっ! 古代魔城レーベンシュタイン!」
魔法を使った後、ティピカはそのまま地べたにへたり込んで放心状態になっていた。
無理もない。これだけの魔法だ、何かリスクや反動が無いわけがない。
そもそも、バリエダの開発したトランスギアは魔法を万人が使用者が安全にリスク無く使うための技術なのだから。
魔法を研究する学者であるバリエダは魔法の仕組みを誰よりも理解していた。理解しているつもりであった。
だが、現実は違った。
魔法には、まだまだ人間には未知の知らない部分がある。魔法物理学でも歴史の中では新しい発見により、しばしば常識が覆されることがある。バリエダにとって今がまさにその時であった。
目の前にて覆された常識は2つ。
一つ、集めた魔法粒子の量と発現する物質、現象のエネルギー量は比例する。
二つ目は、他の物質に固定されたものは転送できない。
どちらもバリエダの何度もくりかえした実験の中で証明されたあたりまえの事であった。
知識欲の塊であるバリエダは、ますますこの謎の少女ティピカに探究心という名のある種、恋心を感じざるをえなかった。
理解を越える現象を目の当りにして思考が追いつかないバリエダだったが、もう一人は完全に思考停止していた。
「おい、大丈夫か!?」
声をかけると脳内花畑から帰ってきたティピカがはっとして答える。
「はわっ!? 家だぁ。成功してるでしょうよ。めーずらしぃつ!」
「珍しいのかよっ! というかアレが家なのか? えぇ!?」
もう色々とツッコミが追いつかないバリエダは少女の扱いが分からず困惑していた。見た目からして11か12歳前後だと思われるが、バリエダから見て彼女の頭の中身は5才児以下に思えた。
「はわわっ。キターッ。よーし、レッツお菓子パーティ!」
「パーティ! じゃねーよ。こんなの居場所をバラしたようなもんだ。早くここから逃げるぞ」
「えぇーなんでよー」
ほおっておくとぶっ壊れ思考の少女は無茶苦茶やりはじめる。
もう、なりふり構ってる余裕が無いと感じたバリエダはティピカを抱えて下山する為に先程の兵士達が向かった方と逆へ走り出したのであった。
そんな経緯で学者は突如、転送された先で魔女と出会ってしまう。
彼女は後先を考えず突っ走るまさに『暴走魔女』であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――あれからどのくらい移動したのだろうか。
幸い誰にも遭遇せず、ティピカがアポーツで召喚した城から離れられ、さすがに疲れたバリエダは途中から背負っていたティピカを大きな岩陰に下ろして息をつく。
「ふぅ。……重い」
「はわ!? ティピカ重くないでしょうよー!」
ドヤ顔で無い胸を突き出して講義するティピカ。
その向かいに座り込んだバリエダは額に手を当て適当にあしらう。
「はいはい。重くない」
十中八九、今頃あの城はさっきの兵士達によって調べられているだろう。きっとアレ程の異常事態を見れば本隊から増援を呼んでいると見たほうがいい。
「お菓子ぃ。ごはんー」
「わかった。わかった。ごはんは俺がなんとかするから。」
そう言うとバリエダは羽織っていた上着の内ポケットから掌より少し大きい手帳を取り出した。
「はわ! バリー、なにそれ? 食べれるの?」
「俺のカスタムトランスギアだ。食べものじゃない」
「トランスギアって?」
更に問い詰められるが、ちょっと考えてティピカに分かりそうな言葉を選んで答える。
「……俺はこれで色んな魔法を使えるんだ。ちょっと待ってろ」
ティピカにこの場でおとなしく待っているように言い聞かせ、なんとか納得してもらった後に食料を確保するためバリエダは『狩り』に赴いた。
少し探索して食料になりそうなものを発見し、手帳のページをめくり始める。
「……野うさぎか、あれで我慢するか」
その時だった。
置いてきたティピカの方角から鈍くドンと大きな音がして、その後すぐに近くの木が傾くほどの衝撃波がやってきた。
「しまった!? まさか、こんなに早く!?」
嫌な予感しかしない事態に急いでティピカの居た場所に戻ったバリエダはその光景に暫く言葉を失う。
ティピカに待っているように伝えた場所の大岩どころか、その周辺の草木も丸々無くなっていて、そこの地面に大穴がポッカリ空いていたのだ。
穴の直径は人間の身長にして5人分といったところだろうか。少し日が落ちてきたせいか穴の底も全く見えない。
「なんという事だ……ティピカ! どこだティピカ! ティピカァァァ!」