#02 ポラリスの魔女
前回のあらすじ
古代魔法失敗→学者召喚→ティピカ崖から落下
→学者が救助しようとするも気絶→頭突きで解決 (してない)
バリエダが気がつくとあどけない顔の少女が自分の顔を覗き込んでいた。
「……痛っっ」
バリエダには自分に何が起こったのか全くわからない。分かっているのは全身がとくに頭が痛い事だけだった。目を丸くして見つめる少女が口を開く。
「はわ! 生き返った!」
バリエダはまだ、意識がハッキリしないせいかぼやけて見える自分の周囲を確認してティピカに気づき、この少女が崖の上から振ってきた人間だということが髪の色と服で一瞬で分かった。
「……お前は……良かった。無事だったのか。頭が痛むという事はとりあえずあの世では無いみたいだが」
体を起こすと、新たにわかったことがあった。
「私はティピカ。あそこから落っこちた時はもうダメかとおもったよぉ。おじさんは?」
この少女の話だと、自分は天才的魔法少女で気がついたらバリエダが倒れていたので色々頑張ったそうだ。途中の説明が意味不明な身振り手振りではわはわ言ってたのでどこまで本当かは分からない。ただ、現に彼女はあの高さから落ちて無傷で助かって、俺がボロボロだった事から察するに戦後、魔導士が国内に住居するのも珍しく無くなった事もあって概ね彼女の言うことは信用できるであろう。バリエダはそう考えた。
「……バリエダだ。あと、まだ俺は27歳だ。魔法を研究する学者をやっている。」
「ほぇー。じゃ、バリーでいいよね!」
「所でここは何処だ?」
「さぁ? わかんない。バリーも迷子なの?」
「まぁ、そんなとこだ。お前もこの辺の人間じゃないのか」
「うん。お城に住んでたんだけど、なんか感じ悪い人に捕まって。そいで、逃げだしてきたの」
そう言って木の枝を拾って振り回す少女。状況から察するに、おおかた山の上で遊んでて足を滑らせて崖から落ちたといったところだろう。お世辞にも頭が良さそうには見えないこの少女を見てバリエダはそう思った。有益な情報は無いが、はしゃぐ少女を見てちょっと和んできたそんな折、バリエダが何かに気づいた。
「……おい。お前、逃げてきたと言ったな。」
「そだよ。はわ! もしかして信じてない系?」
「向こうから何か来る。あっちに隠れていろ」
そう言うと、ティピカはバリエダの指差す方へ急いで小走りし、奥の茂みに潜り込んだ。
その後すぐ、二人組のロブスタ軍兵士がバリエダの所までやってきた。
「これは。ジェズアルド博士じゃないですか。こんな山奥でなにを?」
「ちょっと研究の為に採取だ。恥ずかしながら迷ってしまってな。ここはどの辺りだ?」
軍兵士から聞いて大体の位置は把握したが、元いた街の地下研究室からはかなり離れた場所に転移している事が分かりバリエダは驚いた。アポーツによる長距離転送は必要エネルギーが莫大になる。集めた魔力量からしてありえない事であったからだ。
「わかったありがとう。これで帰れるよ。ところで、何かあったのか? 戦闘用ギア装備で哨戒とは」
「……博士なら言ってもいいでしょう。じつは……」
兵士の話だと、この先の研究施設【魔導アーカイブ】が隕石の直撃により壊滅。しかも、そこから研究対象の【ポラリスの魔女】が事故の混乱に紛れて脱走し、その捜索をしているらしい。その間、何かを調べていたもう一人の兵士が何かわかったようで状況を伝える。
「どうやら魔女はこの辺には居ませんね。人間の生体反応は博士含めて3つしかありません」
「良かったな。魔女と遭遇して交戦にでもなったら俺達の人生はここまでだ」
それを聞いてバリエダがさらに兵士に質問する。
「どういう事だ? ポラリス魔女は非力な子供と聞いていたが?」
「とんでもない! 実験では魔法で研究員を何人も殺していますし、今回もアーカイブ内の人間は全滅と報告を聞いています」
隕石落下も【ポラリスの魔女】の仕業だと断定、危険因子として捜索しているそうだ。他に分かったことは脱走の際に軍の内部に脱走の協力者が居た可能性もあってロブスタ軍は今も大混乱らしい。
「博士も早く山を降りた方がいいですよ。さすがの博士でも手に負えないでしょうから」
兵士たちから更なる情報を聞き出したバリエダは一瞬、無意識にティピカの隠れている茂みに視線だけ向けて考えた。
まさか、あのティピカとかいう少女が?生体反応が無いのはどういう事だ?そんな機械を欺く魔法があるのか?本当にあの無邪気な子が施設を壊滅させたのか?謎は尽きないが、バリエダは彼女から逃げたり、捨て置く気にはなれなかった。寧ろアポーツの件でティピカとかいう少女に興味が湧いてきたのであった。
兵士達とと別れた後、姿が見えなくなったのを確認してティピカの隠れていた茂みに向かって声をかける。
「おい、悪いやつは追い払ったぞ。出てきて大丈夫だ」
返事がない。様子がおかしいので恐る恐るティピカの近くまで寄ってみる。
「……ぐう。」
「寝てんのかよ! 追われてる割に危機感ねぇなこいつ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――暫くして
ティピカが起きた後、軍の兵士が来ていた事。魔女が逃げたから捜索していた事をティピカに伝えた。バリエダはそれで彼女の反応を慎重にみるつもりだったが、少女はあっさりと自分の事を答えた。
「こう見えて私。由緒正しい魔女なんだよ。生まれつき【アポーツ】っていうなんか変な音がしていろいろ出る珍しい魔法が使えるんだ。だから攫われちゃったみたい。すごいでしょうよー」
「なんだと! やはり、お前がポラリスの魔女!?」
【ポラリスの魔女】とは、軍の内部でついに捕らえたと噂される隣国ラビカ王国内でも随一の凄まじい力を持った魔女の事である。神々が使った失われた古代魔法をあやつり、その無限の魔力で時には天変地異を起こすという。軍に所属していた頃から様々な魔女を虐待するような実験の話は耳に入っていたが、すべて極秘情報であった。バリエダは偶然にもこの時の噂と文献で知ったその魔女の使うという【アポーツ】の可能性に興味を持ち、退役後これまでずっと独自に研究してきたのであった。
それにしても、捕縛された上に実験施設に監禁され人体実験。まさにモルモットのような生活をしていた筈の少女とは思えない異常な元気さである。過酷な環境に心が壊れてしまったのか、それとも元々壊れていたのか。
バリエダは、この少女と出会った時から既に運命を劇的に改変される『神のきまぐれ』に付き合わされていた事を知る由もなかった。