#01 新しい人生と神の気まぐれ
前回のあらすじ
古代魔法暴走→研究施設から魔女脱走。
人生において窮地に追い込まれ、もう後がないギリギリの状態を崖っぷちに立たされると言うが、今まさに一人の小さな魔女が崖のヘリで危機に瀕していた。
「はぁ。はぁ。もう! こないでって言ってるのに、しつこいでしょうよー!」
拾った小枝を振り回し息を切らす魔女の前には3匹の野犬が餌に飛びかかるタイミングを見計らっている。
「こうなったらもう、アレを使うしか無いでしょうよ!」
魔女は意を決したかのように小枝を捨てて両手をあげ天を仰ぐ。すると、空の雲が渦を巻き魔女の頭上に集まっていった。
「えーと。神々の無限なる扉 連なりしその門を この生命の鍵をもって解き放たん ティピカ・ロッティの名において 望みしは我を守りし魔人 ここに来たれり! アポーツッ!」
空模様と空気の変化に怯んだ獣は、少し後ずさりをするもその魔女の様子を伺っている。頭上の渦雲の目が広がり一面晴天となった所で緊張は最頂点となった。
ところが、いくらたってもそれ以上何も起こらない。
「ぬっ!?……」
静寂。一瞬、枯れ葉の擦れる音が聞こえるほどの虚無に満ちた断崖絶壁がソコにあった。
一度は後ろに下げた獣の足が一歩前の地に着く。そして、そこではいっこうに魔法らしき変化は何も起こらなかった。ずっとこらえていた目元に溜まっていた涙が宙を舞う。
「……っ……なんでよぉー!」
小さき魔女の叫びは山彦となってこだました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時を同じくして一人の男がある古代魔法の研究をしていた。
「やるぞ! アマレロ。計器類が正常かチェックしてくれ」
ソコに居たもう一人はおよそ研究者とは程遠い露出の多い格好の少女があたふたしている。
「えっ!? えっ!? あたいは助手じゃないんだよバリー。機械の見方なんて分かんないよ」
「異常なら画面が赤く光るから。赤いかどうかくらいわかるだろ。ココからじゃ見えない場所もあるんだ手伝ってくれ」
「あたいの本業は盗賊なんだよっ! お宝の鑑定は得意でも、機械とか見るのスーパー苦手なんですけどっ! 実験なら助手のカルディに頼めばいいじゃない」
研究に没頭している彼の名は【バリエダ・ジェズアルド】彼の実験の手伝いが腑に落ちない女盗賊の訴えをよそに、なにやら忙しそうに準備をしている。
最後に重そうなレバーを引いて準備が終わったのか手を止めたバリエダが言う。
「……カルディは睡眠に入った」
「マジ使えない助手ね! なんでそんなの作ったのよ」
「……そうだなアマレロ。お前の方が優秀かもしれんな」
そっぽを向いていたアマレロが少し考えて答える。
「し、仕方ないわね。どうせ暇だから手伝ってあげるわ」
アマレロは気の強そうな風貌に似合わず、おだてに弱いようだ。
「準備は整った! よし、それではアポーツ逆転送実験を開始する!」
バリエダはそう言うと人が一人がギリギリ入れるくらいの透明なカプセル状の実験ドームへドアを開けて中に入ってゆく。
計器類が何やら振動し、鈍くドームが光りだす。
「待ってバリー! いったい何が始まるのよ?」
バリエダの理論では【アポーツ】で物質を呼び寄せられるなら逆も可能だろうと。
物質の場所を指定した転送実験が成功した事で人体でも問題ないと確信し、自分の体で実験しようと踏み切ったのだった。
「瞬間移動だ。上手く行けば隣のカプセルへ一瞬で移動できる。見てろ!」
そう言ったそばから部屋の振動が激しくなっていき更にドームに光が集まってくる。
「なんか部屋ごとすごい揺れてるよ? これ大丈夫なのバリー」
「いいぞ、魔法粒子がコントロールされて集まっている。そろそろ転送先にも変化があるはずだ」
更に部屋の振動は激しくなり、机に置いてあった本が崩れさらに少しずつ移動してバサバサと床に落ちる程になる。
「バリー! なんか赤いランプ光ってるよ! 点滅してる。あ、こっちの画面も赤くなった!」
バリエダは急に焦った顔になりアマレロを質問攻めにする。
「なんだとっ! ここからじゃ見えない。どこだ! 何のデータ画面だ?!」
「そんなのわっかんないよっ! アソコのやつ!」
アマレロはその計器が赤い場所をバリエダに見えるように指差した。
その瞬間、警報音も鳴り始め機械が素人のアマレロにも異常事態である事が十分に分かるレベルであった。
「あの辺だと座標指定関係だな。くそっ! 開かない! くそっ!」
必死にバリエダがドームから出ようとしたが、そういう設計なのか、振動でドアが歪んだのか中からは開けられないようだ。
「アマレロ中止だ! 移動先座標が定まらないと魔法粒子として俺は雲散してしまうかもしれん。急いでソコのレバーを上に戻してくれ!」
「これね! わかったわ!」
アマレロが全力でレバーを押し戻そうとするが、固くて戻らずビクとも動かない。
「ん―ダメだぁ。う・ご・か・ないぃぃぃぃぃぃぃ」
アマレロが全力を込めてレバーに体重をかけたその時。乾いた音を立ててレバーが根本から折れるのだった。
「あーーー! マジでぇぇぇぇぇ?!」
「どうしたぁ!」
取れたレバーの部品をドームの中のバリエダに見えるようにそっと差し出す。
「レバー折れた」
「……マジか」
悲しそうな顔でアマレロを見つめるバリエダ。そんな間にも部屋の振動は徐々に大きくなり警報音は無慈悲に強く鳴り響いている。
「もういい! もう、ここがどうなるかすら分からない。集めた魔法粒子が暴走して爆発するかもしれない。お前は早く逃げろ」
「いやだ! バリーのいる場所があたいの居場所なんだよ。他に行く場所なんて無いんだよ」
そう言ってアマレロはバリエダの入っているカプセルを開けようとしているが、こちらも全く開く様子はない。
「アマレロ! 聞け! アマレロ! 危ないからここから離れるんだ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
集まった魔法粒子と共にドームの中から眩く光を放ち、バリエダもろとも粉状の輝く粒子となって砕け散ってゆく。
アポーツと呼ばれる魔法研究による瞬間移動実験の結果、バリエダは何処かへ消えてしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、小さな魔女の方にも変化があった。
「はわーーー! 落ちるー!」
魔女は既に崖っぷちに立ってすらおらず、寸刻前より更に絶体絶命な事態に陥っていた。
そこにあったのは崖の端から外に生えた枯れた木の根っこ。
その根も細く今にも折れそうであり、嫌な音を立てながらしなるその命綱に小さき魔女は必死でしがみついていた。
断崖絶壁の下を見れば誰もが落ちれば助からないであろうと思う高さがあった。
崖から登ろうにも上にはこの状況に追い込まれた元凶のお腹をすかせた野犬がいる。
野犬は低い唸りをあげて魔女を威嚇し、見下ろしていた。
「はわ! もうあっちいってよー! ティピカなんて食べても美味しくないでしょうよー!」
剥き出しの歯茎と犬歯を見上げるこの状況を不運と呼ぶのなら、ここに至るまでの彼女の人生は不運の連続であった。しかし、ここでもう一人の不運な男が現れたことで人生の転機が訪れる。
「何処だここは? 確か俺は光の粒子となって散ったはずじゃ……」
一人の研究者の男が辿り着いた先は大きな山の断崖絶壁の麓であった。さっきまで地下の狭い研究室に居たはずのバリエダは自分の今おかれている状況が分からない。
「これは……瞬間移動は成功したということか?」
だが、転送された先は指定した予定とは違う場所。見上げれば空は快晴。山。崖。そして桃色の何かが頭上で喚いている。
「はわ! はわー! 誰か助けてぇぇぇぇ!」
その時、何かが折れる音と同時に桃色の何かが落下してきた。そしてバリエダは気付いて思わず声が出た。
「あ。」
バリエダは崖の上から人が落ちてきたと気付いたが、あの高さから落ちた人間を助けるすべがない事も一瞬で理解していた。その筈だったが頭で考えるより先に体が自動的に動いていた。
(無理だ! あの高さから落ちた人間を受け止めたら俺の体も只ではすまない。神様! 頼むせめて間に合ってくれ……)
そう、頭では分かっていた。普通は助けられないと言うことを。しかも落下地点まで少し距離がある。丁度真下で受け止められるかも怪しい。それでもバリエダは桃色髪の人間を助ける為に走った。
「ふふ。物理学者が神頼みなんて可笑しいよな……うっ」(何だ!?……体が……熱い。目眩がする。こんな時だってのに。魔法による転移の副作用か!?)
金属をすり合わせたような音が頭の中に直接鳴り響きバリエダはそのまま意識を失ってしまった。
それとほぼ同時に崖から落ちたティピカの方も同様に目を回して気絶してしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――しばらくして。
崖下の茂みに倒れ込んだ2人の内、すぐに意識が回復したのはティピカだけであった。
気がついたティピカは懐かしいような少しの温もりと妙に動きづらい重みに疑問を感じだが、首を少し上に向け状況に気づき驚いた。
「はわっ! なにっこれ!?」
ティピカの知らない男が体を抱きかかえられるように倒れていた。
自分よりも数段大きなバリエダの力無い手を払いなんとか抜け出すと知らない男の顔を覗き込む。
「はわわわわっ!……コレ、もしかして死んでる!? どどどどどどうしよう」
ティピカは無い知恵を絞って自分に一体何が起こったのかを整理した。
(確か捕まった怖い人達から逃げてきてぇ……犬に追われてぇ……あっ……)
ふと、視界に入った折れた大きな枝に気づいて見上げた先についさっきまで居た崖が見える。
(あー落ちたんだ。アソコから。……そいで、下に居たこの人にぶつかったんだ……これは良くない、よくないでしょうよぉー)
ティピカは両手を頬に当て更に考え込みバリエだの顔をもう一度覗き込んだ時、何かを閃いた。
(これだ! 昔なんかで見たもん。これで、きっとうまくいくでしょうよー。)
ティピカは頬の両手をそのままバリエダの頬に当て視線で唇の場所を確認する。
(はぁ。なんかドキドキしてきたでしょうよぉー)
一度大きく息を吸い込み、意識の無い男の頬に当てた手にも少し力が入る。
そして、ティピカは覚悟を決めてバリエダの顔へ自分の顔を近づけ……
熱い……
「てえぇいっ!」
熱い『頭突き』をしたのだった。