#10 覇王の山羊は悪魔の子
気がつくと其処は【古代魔城レーベンシュタイン】の広間だった。
「はわ! 起きたでしょうよ」
「バリー! 気がついたのね!」
心配そうな顔をしたアマレロがバリーの体に伸し掛かっていた。
「あれから、どうなった?」
状況を確認するためにアマレロに質問するバリー。
「みんなで迷宮を脱出した後、ティピカが魔法であんたを呼び寄せたのよ。よく無事だったわね」
「今、ハッキリ分かったよ。俺はとっくに死んでたんたな……」
何かを悟ったバリーは体もおこさず悲しい顔をして高い天井をまっすぐ見つめていた。
「どういう事!?」
バリーの言っている事の意味がわからず困惑するアマレロ。
「俺はあの魔獣と戦って、自滅覚悟の魔法で玉砕した。それすらも通用せず殺られた。死んだと思った。いや、確実に死んでいた……」
「何言ってるのよ! あんた、今こうやって無事生きてるじゃない」
「俺はアポーツの実験のあの日、転送先が定まらず魔法粒子として飛び散った。今思えば、確実に死んでいる筈だ」
アマレロにもティピカにもまったく話が見えてこない。だが、メデリンはある程度事情を理解していた。あらゆる魔道具や魔法に関した知識を持つメデリンにはこの状態に心当たりがあったからだ。
「あなた、魔法で造られたアーティファクトって事なのね。人間型なのは初めて見たわ。あの不死身もそのせい。納得がいったわ」
これを聞いたバリーだけが自分の中でその意味がわかった。
しかし、この話が本当なら自分は何者なのだろう。
この記憶は本物だ。バリーが生きてきた経験がすべてある、だが体の見た目は生きていた当時そっくりそのままでも自分の元の体ではない。今まで負った傷も痛みも無く、服に汚れすらないのだ。
これは魔法で治療したとか、その類の領域を遥かに超えている。
「ティピカ! お前、何か知ってるんだろう? 俺はどうなったんだ! 今の俺は何なんだ!」
激情したバリーに手を掴まれたティピカだったがバリーの話はよく分かっていない。
「はわわわ! ティピカ分かんないよ。バリー痛いよぉ! 放して欲しいでしょうよー」
「偶然こうなったとは思えない。お前じゃないのか! あの時、俺を魔法で呼び寄せたのは!」
両手でティピカの肩を揺さぶり質問攻めにするバリー。小柄なティピカにはただ頭を振り回され苦しんでいる。
「ちょっと! バリー落ち着いて!」
「やめなさい。術者に何かあったら、多分あなたも只じゃすまないわよ。ちょっと聞いてるの?」
「はわわわわわわわわわ。助けてほしいでしょうよぉー」
「俺は何なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――あれから1時間程経った頃。
「……落ち着いた?」
錯乱していたバリーを心配し様子を伺うアマレロ。
「あ……ああ、すまない。もう大丈夫だ。ティピカも悪かったな」
「はわー。首が取れるかと思ったでしょうよー」
へたり込んで目を回していたティピカを開放しながらメデリンが語りだす。
「あなたは自分を犠牲にして魔獣から私達を助けた。自分も助かった。それでいいじゃない。」
「……魔法生物が今まで通り生きていけると思うか?」
「強靭な体になって転生したと考えれば、そう悪い話じゃないと思うけどねあたしは。むしろ羨む人もいるんじゃない?」
「…………」
バリエダは落ち着いてきたものの、まだ気持ちの整理はついていなかった。
デメリットは必ずある。記憶も完全に引き継げているかも怪しいし、この体はこのままずっと動けるのだろうか。人間らしい生理現象は?寿命は?自分の事なのに全くわからない不安が頭をぐるぐると駆け回る。
一般にアーティファクトに分類される魔道具も召喚された魔法生物も魔力が尽きるとその存在を維持できない。
このあと自分はどうなってしまうんだろう。不安になって当然ではある。
「あなた……いや、バリエダ。ありがとう」
「なんだ?」
「あの時、私の魔道具は効かなくて万策つきてた。正直あの迷宮舐めてたわ。バリエダが居なかったら、みんな死んでたのよ。だから今度は私があんた達を助ける番って事ね。」
メデリンは自らの組みする反ロブスタ組織、通称フローリアンで匿ってくれる事を提案してくれた。
組織にはロブスタ軍による被害や怨恨などで敵対している人間や、軍の裏事情を知り亡命してきた者、他にも複雑な事情のある人間が集まってできている。資金難ではあるが、バリエダが身を寄せるにはこれ以上ない条件だと言ってくれている。
アマレロもそれに賛同。
そもそも、そのつもりでフローリアンの幹部であるメデリンの元へ連れてきたのだから。
「よし、そうと決まったら。戻ってお宝の鑑定と今後の作戦を考えましょ」
メデリンはバリーの返事も聞かず勝手に話を進めてゆく。
「作戦とは?」
嫌な予感しかしないその作戦とやらに一応バリーは聞いてみる。
「決まってるじゃない。次はどうやって儲けるかの作戦よ。リベンジ! リベンジよ!」
「……」(こいつら無茶して死にかかったのに全然凝りてねぇ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、フローリアンのリーダーであるエンオウの待つアジトへ戻ったバリー達。
「はわ! ハゲオー! ただいまでしょうよー」
「だぁれがハゲやねん! エンオウだっつぅの! もう、わざとやってるだろティピカ」
アマレロとメデリンは早速手に入れた謎の魔導書と投擲武器の解析にかかる。
「バリー、この武器は対悪魔特性のある武器でいいんだよね」
「あと、俺の能力で分かるのは持ち主の魔力で変化するタイプだな」
「間違いなく神話級のレア装備ね! 高く売れそうだわ」
そして喜ぶメデリン達の疑問はもう一つの本の方へ向けられた。最初に宝箱から拾い上げた魔導書、何らかの封印がされており開くことも出来ない。皆、謎の本に何か秘めたるものを感じずには居られなかった。
「俺の能力、百識は情報の無いものは鑑定できない。この世の誰も知らない、人が分析も出来ない物体はその情報が転送されてこない。つまりこれはもう、元の持ち主すらも理解を超えた本という事になる」
「じゃあ、どうしようもないって事?」
アマレロは残念そうに開かない黒い魔導書を机に置く。
「いや、カルディなら分析できるかもしれない。」
カルディはバリーが偶然作り出した電子妖精である。
妖精と言うと聞こえは良いが、正確には低級悪魔を捕まえて契約し、プログラムとして組み込んだいわゆる人工知能だった。
ロボット三原則こそ守らないが、膨大な知識と計算能力を備え、契約によりバリーの研究の手伝いをしてくれる便利な存在であった。
カルディには魔道具や電子機器と親和性が高く憑依して自在に扱える力があった。
「ただ、もう研究室には行けないしな」
「え? カルディなら【不思議な宝箱】に入ってるわよ」
「なんだと!」
カルディの力なら魔導書に憑依して何か分かるかもしれない。元が低級悪魔なので開けない封印に関しても策があるかもしれないと期待できた。
「よし、じゃあ【不思議な宝箱】からカルディを出してくれ。もう睡眠は十分取ったはずだ」
「あいよ」
アマレロが【不思議な宝箱】を開いてカルディが憑依している置時計を出した瞬間、置時計は弾け飛び中から何かが窓を破って外へ出た。
「なんだって!?」
「外よ、外にカルディが逃げたわ」
ロボット3原則を守らないとは言え、契約している悪魔が勝手に逃げる筈はないと思ったが、何が起こったのかを見るためバリー、ティピカ、アマレロ、メデリンの4人で外へ出てみる。
そこにはバリーの身長の2倍はあろうかという2本足で立つ山羊の化物が見えるほどの白い鼻息を出し荒まいていた。
「やっと、自由になった。人間ごときに仕える屈辱どう晴らしてくれよう……」
低い声で語りかける山羊の化物は取り巻く魔力の威圧感からも只ならぬ雰囲気を出していた。
「お前、カルディなのか!? どうして!?」
「我が種族は【バフォメット】覇王たる悪魔の子よ。」
「なん……だと。どういう事だ!?」
「魔力が尽き人の力を借りてはいたが、契約主の死により自由となった。やはり自由は素晴らしい! ふふはははは」
どうやら、バリーが死んだ時悪魔との契約が切れたようだ。バリー自身すら知らなかったが、捕まえて契約した悪魔は低級悪魔などではなかったのだ。
「はわ! ブーメラんっっ!」
迷宮で見つけたレアアイテムの【投擲武器】ブーメランをたいそう気に入ったようで、ティピカは空に向かってそれを投げて遊んでいた。
「ティピカお前、空気読めよ!」




