#09 武器は無骨なブーメラン
一方、地下迷宮に入った2人とは別行動を取ったティピカとメデリンは地上の城の部分の探索をしていた。
「ティピカちゃんその、さっき言ってた【お菓子がいくらでも出る箱】ってどこにあるのかしら?」
「はわ。前この辺にあったと思ったんだけど……おっかしいなぁ」
(そんな神話級の魔道具アマレロに知れたら確実にコレクションにされてしまうわ)
メデリンはそう考えた。
アマレロの宝箱収集癖を知っていたが故にあえてティピカを連れて別行動を取っていたのだ。
アマレロ、彼女の趣向である【箱マニア】の興味は地下迷宮の宝箱に向けられていたが、ここへ来る前に騒がしい中ティピカの呟いた発言をメデリンは聴き逃していなかった。
「お城に行けば菓子がいっぱい出る箱があるでしょうよー」という発言を。
メデリンの興味はあくまでお金であったが、魔道具職人である彼女自身もこの城の異常な存在と聞いたこともない魔道具と思われる箱の存在に興味を抱いていた。
(もし、この子の言うとおりお菓子が無限に出る箱があるなら一生遊んで暮らせるわ!)
――それから。
メデリンとティピカは暫く城の中を歩き回ったが、その箱はおろかお金になりそうな物は全く見当たらなかった。
「はわ~。おっかしいなぁ。住んでた頃となんか城の形もちょっと違うし、なんか変でしょうよー」
「え!? 形が……違う?」
(どういう事かしら? ……はっ! もしかしてこの城、入る度に構造が変わるという不思議のダンジョンの一角なの? この建物自体に帯びる異常な潜在魔力。……ありえるわね。)
「はわ!? 前はこんな所に階段無かったでしょうよー」
「これは、城自体が変異する迷宮って事で間違い無さそうね……」
「はわー。お菓子ないのかよぉ。ちきしょー」
メデリンはこのままでは埒があかないと思い、地下へ入ったアマレロ達と合流する事にした。
その頃、バリー達は……
「この本は魔導書で間違いない。だが、何か凄まじい力で封印されているな。俺の力でも内容が分からない」
「なによ。わかんないの? バリーの能力も大したこと無いわね」
「俺もこんな事は初めてだ。とりあえずこの本は持って帰って調べよう」
本をアマレロの『不思議な宝箱』へ納めた後、小部屋を出た2人はすぐに異変に気づいた。
「何かいるわ!」
「あそこだ!」
バリーの向いた通路の奥に2匹の獣が殺気を放っていた。
「ヘルハウンドよ。援護して!」
「おい! 無茶するなよアマレロ。」
そう言ってヘルハウンドに向かって飛び出したアマレロは、手甲を武器とする接近戦を得意とする盗賊であった。
ヘルハウンドとは黒い毛皮、輝く赤目を特徴とする幽体の魔獣の事である。太古から墓地や宝物を守り、死と不幸を司る妖精の一種らしいが墓地や宝のある廃墟を徘徊するアマレロにとって珍しいモノではなかった。
いわゆる殴って倒す彼女の戦闘スタイルと能力にバリーは信頼を置いていたが相手は2匹の魔獣。珍しくもないが、そのサイズや凶暴さに個体差があり、油断も出来ない敵であった。
「はぁぁぁぁぁー! 先手必勝!」
有無を言わさず、魔獣に殴り掛かるアマレロ。手前に居た一匹を裏拳で弾き飛ばし、さらに2匹めに殴り掛かる。
「浅い! ちぃ!」
「たぁぁぁぁ!」
2匹目のヘルハウンドに手甲で重さの乗った拳が刺さり見事仕留めたが、最初に飛ばされた一匹目がアマレロに襲いかかる。
アマレロの様子を見て懐から出していた手帳型のトランスギアのページを開き冷静に呪文を唱えるバリー。
「【撃ち抜ぬく炎】!」
断末魔の呻きをあげ魔法粒子となって四散してゆく魔獣達。
「ふぅ、ありがとうバリー。危なかったわ」
「だから無茶するなって言ったろ、他にも居たらどうする気だったんだよ」
「そうしたら、保護者のバリーが何とかしてくれるでしょ?」
「まったく。だったら保護者の言うこと少しは聞いてくれよもう……」
そんなやりとりをしながら魔獣を退けた2人だったが、アマレロに近づいたバリーがその先の広間に何か強烈な気配を感じる。
「何だ!?……あれだ、あの箱」
「バリーも気づいた? あの宝箱、間違いなく何かの罠ね」
アマレロも同時にその気配に気づき警戒する。それも無理もない。
なぜなら、広間の中央に不自然に置かれた豪華な装飾のなされた宝箱がポツンと置いてあったからだ。
よく見ると、その宝箱の周辺だけ床の色も違う。素人目に見ても明らかに怪しさが溢れ出ている。
かといって何もせずスルーするのも癪なので、周囲に警戒しながら宝箱に近づいてゆくバリー達。
「はわー! 宝箱はっけんでしょうよー」
「やったわね。あの高級感! 中身は間違いなくレアアイテムかお金よ!」
そこへ突然乱入してきて先に宝箱へ駆け寄るティピカとメデリン。
「お、おい待てお前ら!」
バリーの制止も聞こえてない。
実は地下迷宮での死因で一番多いのは魔物にやられるからではない。欲に目がくらんだ人間が何からの罠にかかって帰らぬ人になる事のほうが圧倒的に多いのだ。
罠を警戒する。それは盗賊であるアマレロには常識であり、智識豊富な学者のバリーにとっても推して知るべしといった所であった。
「はわっと! あいた! ……ナニコレ?」
「待て、普通そういうのは鍵が……って開くのかよ!」
バリーの予想に反してあっさりと宝箱の中身を取り出したティピカの手には飾り気の無い無骨な曲がった石があった。
「この感じ、魔導の武器のようね。形状からして棍棒? いや、投擲武器ね。ブーメランかしら」
石の分析を始める職人気質のメデリン。だが、問題はそんな事ではなかった。
直後地響きの起こる地下迷宮。そしてその問題はすぐに起こる。
「バリー見て! あれ!」
先にアマレロが何かに気づき指差す方向の壁がせり上がり中から赤い目の輝きと凄まじい殺気がこちらを刺すように突き抜けてゆく。
「はわ! はわ! なんかキター!」
「あれはっ! ケルベロスよ! なんで神話級の魔物がこんな所にいるのよ」
「やはり罠か。これはダメだ。逃げるぞみんな」
想定外の化物の登場に『逃げ』を即決したバリーだったが、アマレロ以外の反応が悪い。
「やっぱり罠だったのね。これだから素人は」
「もう遅い。早く行くぞ!」
「待って!」
そこへメデリンが何か大きな宝石を取り出して唱える。
「こんな事もあろうかと魔石を持ってきたのよ。くらえ!」
壁が開ききる直前にケルベロスに向かって魔石を投げ込んだ途端、ここまで届くほどの熱風が部屋を包む。
そこには砕け散る魔石と業火に身を包む魔獣の姿があった。
「これが、あたしの持つ魔道具で最大火力よ! 使い捨てだからちょっと勿体無いけどね」
「はわぁ。あついでしょうよー」
炎に包まれたケルベロスを見てバリーは青ざめた。広がりきった魔獣が居る壁の縁は溶けて形が変わっているにも関わらず、ケルベロスは炎を身に纏ったままこちらへ歩いてくる。
「やばい。走れ!」
さすがに逃げたほうが良いことに気づき、4人共全力で地下迷宮脱出のために走り出す。
「あんなの居るなんて聞いてないわよ!」
「知ってたらこんな所来てねーよ!」
「はわ! お弁当落とした」
「はぁぁぁぁ!?」
サンドイッチの包みを落とし戻ろうとするティピカだったが、通路の角では既にそのサンドイッチを食べているケルベロスの姿があった。
「はわー! ティピカのお弁当ー!」
「そんなのいいから! 早く逃げるぞ!」
サンドイッチを食べながらケルベロスが此方を睨みつけて威嚇している。先程の魔石による炎も消え、さほどダメージを与えていないようだ。
「アマレロ。ティピカを連れて逃げろ。俺が時間をかせぐ」
「無茶よ! あんなの勝てっこないわ」
「すぐ追いつかれる。このままじゃ、どの道みんなアイツの餌になる」
「策はある。行け!」
バリーは逃げ切れないと判断して時間稼ぎを買って出るが、アマレロは納得していない。
「こいつの言うとおりよ。このまま魔獣の餌なんて嫌よ。それに化物どうし仲良くやれるかもしれないじゃない」
「でも……」
「いいから、さっさと行くわよ」
「バリー!」
メデリンがアマレロとティピカの腕を掴み半ば無理やり逃げる。
一瞬安堵し、ホッとするバリーの心中とは真逆に眼前には絶望的な状況。
魔獣ケルベロス。3つの頭を持つ神話に出てくる化物で【冥界の番犬】の異名を持つヘルハウンドの親玉のような存在だ。死者の魂すら食らうというこの魔獣を前に稚拙な策など意味をなさない事はメデリンも分かっていた。
「ありがとう、メデリン。……策なんてないがな」
サンドイッチを食べ終わった魔獣は当然、目の前の次の餌であるバリーを見据えていた。
「……来いよ。化物」
――数分後。
ケルベロスとバリーは戦っていた。
今でこそ学者をやっているがバリーもまたアマレロ同様、徒手空拳を得意とする近接戦闘に長けた元軍人であった。
「駄目だな、避けられても攻撃がほどんと効いていない。疲労でまず俺が負けるだろう……」
「グルルルルルル」
ヨダレを撒き散らす魔獣に追い詰められたバリーは絞り出した策とも言えない作戦を試してゆく。
「俺も使ってみるか。最大火力ってやつを」
「グがァァァ!!」
絶え間なく遅い来る魔獣をギリギリで避けながら手に取った手帳のページにはこう書かれていた。
【制御難易度高:己も巻き添えの禁呪魔法】と。
「くらえっ!『吹き荒れる凶暴な風』!」