62話 自称魔王とドワーフの一日
「ゲル、今日はルリとだ」
「あ、はい」
朝目が覚めると何故かルリが布団の上に乗っていた。正確には俺の腹の上だけど……
「ん……」
「えっと……」
いや、マジでなんだこの状況は?
というか失礼だけどさ……めっちゃ重い!
マジで重い! え? 何そのちっちゃな体に何が詰まってるの?
夢と希望だったとしたら重すぎる。
俺の腹大丈夫? なんか意識し始めたら感覚がないのに気づいたんですけど……
「……ん? どしたゲル?」
「うう……ルリ……わ、わるいが……お……て」
「??」
く、可愛く首を傾げている場合じゃねえんだよっ!
頼むから早くどいてくれっ!
「……あっ!」
ルリは如何やら気づいてくれたらしい。体を起き上がらせると一瞬沈んで――
「ほっ!」
ジャンプした……
「わ! ちょま――」
――――
――
「朝からひどい目に遭った……」
「カタ」
まあ、体が半分こにならなかったから良かったけどよ。
本田が駆けつけてくれなきゃ死んでたかもな……
「何時までグチグチ言っていますの? もういいじゃないゲルオ、この子だって悪気があってやったわけじゃないのでしょうし。そうよね?」
「……うん」
「いや、別に怒ってはねえよ。ただ事実を口に出しただけだっての」
それに子供のやったことだしな。そこまで目くじら立てる事でもないさ。それはそれとして、ひどい目に遭ったのは本当の事だからこう言葉に出して今を実感したかったんだよ。
「カタカタ」
「ルリは昨日から楽しみにしていたみたいなんだよリーダー。許してやってくれ」
「いや、だから俺は――」
「はぁ、ゲルオさんいい加減に機嫌直したらどうですか? 千歳超えた大人がみっともないですよぉ?」
「そうだぜゲルオ! 器が小さく見えるぜ!」
「お、大人げないですよ?」
「やっぱりソウタとは違うのね」
「あかんでゲルオはん! そんなんじゃあかん!」
「だから怒ってねえって言ってんだろうがっ!! お前ら俺をどうしても悪者にしたいみたいだな!!」
そもそも被害者は俺だろうがよ!
「ごめんゲル……」
「あ、いやお前に怒ったんじゃないんだルリ」
「おこってないのか?」
「ああ、まあ次やったらさすがに……泣くな」
「なくか……」
「うん、もう土下座して勘弁してくれって泣きわめくぞ」
「それはこまるな。次はいいかきく」
「おう」
でもきいても許可は出さないからな?
「で、今日は何処に行くんですか?」
「あん? ルリはどんなことしたい?」
「うわ、私の時はそんな事聞かなかったのに」
「ほら? ゲルオさんってあれだから……」
「ああ、そういえばそうだったわね」
「おい」
アレってなんだよ。いや、明確に言われてもアレだけどよ。
「ゲルオ様は子供好きでシカ……」
「わ、ワタクシだってゲルオからみたら子供と呼べる年齢差じゃないのかしら?」
「え? 何と張り合ってるの?」
それ言ったら多分アロマとヴォル以外皆子供認定されるんですが……
「そもそも、子供好きじゃねえよ」
何処から出てきたんだよその設定。
「ええぇえ!? だってガッキちゃんにはなんだかんだで甘いですし、この前のアシモフって子でしたっけ? あの子にもなんだかんだで甘くなかったです?」
「確かにな。リーダーあれだけの事をされてアシモフに殆どお咎めなしだったからな……」
「ギプスにもデレデレしてたしな……」
「そういえばそうだったわね。ゲルオ? どういうことなの?」
「いやいや、別に色々めんどかっただけだっつうの!」
だいたいさっきは大人げないとか言っておいてこれは違うのかよ。
「ロリコンのショタコン……」
「うそ……二人も変態がいるなんて……」
「マジでやめろよそこの二人? 泣くぞ?」
せめて本人のいないとこでお願いします。
「……採取クエをしてみたい」
「お、採取クエか……」
てっきり討伐系がくると思っていて身構えていたんだがな。その場合、相手はオレが決める話で進める展開で行こうと思ったんだけど……いきなり変化球で来たか……
「珍しいなルリ」
「うん。せっかくだからやったことないことしたい」
「ほう、それで採取か」
うん、けどいいんじゃない? 昨日の時点じゃ確か危険なのはなかったはずだしな。
「それに……」
「うん?」
ルリは俺に目を合わせるとコテンと首を傾げる。
「ゲルがルリにあわせると死ぬ?」
「あ……ああ」
多分ね。今日の朝、君に殺されかけるぐらいだからきっと死ぬね。
「んじゃ、飯食ったら早速行くか」
「おう……きょうは任せろ」
そう言いながら腰に手を当てて小っちゃな胸を張る。
だが侮ってはいけないぞゲルオ。あのちっちゃな胸の中には俺を殺しかねない重さのものが詰まって――
「……ゲルオさんの変態」
「えっ!? な、なんのことかな……はは……」
くそ、罠だったか……
――――
――
今まで採取クエをしたことがないというので、基本中の基本『薬草採取:ランクC』を受けて南にある草原にきたんだが……
ブチブチッ!
離れていても聞こえるほどの音をさせて、また一つ無駄になっていく。
「ふん……」
ブチブチッ!
「しっかし、やっぱ得手不得手ってのはあるもんなんだな」
確かルリは鍛冶が得意なんだったかな。だからてっきりこういう手先を使う事は得意だと思っていたんだが……
ブチブチッ!
「うーん?」
すでに山の様になった薬草だったモノの中心でルリは首を傾げて俺を見る。
「どした」
「……できない」
だろうね。
だって力入れ過ぎだもん君。
「ゲル、もう一度やって見せて」
「おう」
俺は周辺にあったまだ残っていた薬草を見つける。
「いいかルリ? コイツで一番金になる部分は実は根っこなんだ。だからそこを傷つけないように抜くことが一番重要な?」
「うん」
「でだ……ルリみたいに茎をいきなり持って抜いちゃダメだ。力が入ってボキッて折れかねんからな」
そういや、クラン作る前の一か月。薬草採取でポミアンとヴォルが下手過ぎて結局ぜんぶ俺がやったんだよな。それにムキになってポミアンが能力使いやがって……はぁ……
「んっと! ホレこんなもんだ!」
俺は綺麗に根っこごと抜いた薬草を見せる。
「おおぅう! すごいな! ゲル!」
「まぁな!」
いや、考えてみるとそんな大したことじゃないんだけどな。
「ていうかよ、ルリとかって筋力値が高いからな。俺のやり方じゃあんま参考になんねえんじゃねえか?」
「あ……なるほど」
……自分で言っててなんかちょっとへこむな。大人で筋力Dの人ってほとんど聞いたことないってロッテが言ってた。うん、そうなんだ。だから俺これ得意なのよ……
「力を弱くやってみる」
「おう、がんばれ」
頑張る事じゃない気もするけどな。
「カタカタ?」
「あん? ああ、今日はこんな感じでのんびりしようぜ」
「カタ」
ルリが薬草を抜く?音を聴きながら草原に寝転ぶ。
アロマも側にきて何ともゆったりとした時間が流れていく……
「カタカタ」
「はあ…………草臭えぇ」
いや、仕方ないけどね。
それにしてもこの薬草ってなんで年中生えてくんだろうな? それだけ生命力が強いから薬草として使われてるとかなのだろうか。だが、用途がHP回復の為っていうがそもそもそれって意味が分からなくないか? 何の成分で回復してんだよ。昔はもっとわかり易い痛み止めとかねん挫とかに使っていたのがあったんだが……軒並み必要なくなったせいで今の時代の子達は「なにその雑草」みたいな感じだし。
俺だけは覚えておくぞ雑草……
名前は忘れたが……
――――
――
「ルリ、もう切り上げようぜ」
「……」
だがルリは納得いっていないようで首を横にフリフリする。
「これ以上やったらまたロッテに採り過ぎだって怒られちまう。今日のところはこれぐらいにしようぜ」
いや、もう遅いけどね。
だって明らかに見えてなかった土色が緑より多くなっちゃってるもん。草原エリアじゃなくなってるもん。恐ろしいね、ドワーフの力って……
「……ううん」
「いや、そんな顔すんなよ」
それにしても結局うまくできたのは一つもなかったな。
うん? 俺が何してたかって?
今日は冬のクセに日差しが温かかったからねぇ……
「ゲルが寝てたのが悪い」
「すんません」
だってやる気のないことしてる時って眠くならない?
「それにまだ昼なったとこ……はやい」
「いや……けどなぁ……」
薬草を引っこ抜くだけで一日使うとかちょっと勘弁してほしい。
「これじゃ、今日を無駄にしてしまう」
「むだ?」
「うん、ゲルと一緒のクエなのに、申し訳ない」
「ああっと……」
そういやソウタが何故か今日を楽しみにしていたとか言っていたな。
「逆に考えるんだルリ」
「ぎゃく?」
「ああ、お前に採取クエが向いていないと今の時間でわかったってな。だから無駄じゃねえよ」
あれ? 俺今いいこと言ってないか?
アロマもそう思うよね?
「カタ」
……どっちだ?
「……ううむ。でも、できない事は悪いこと。違うか?」
「そんなことはないだろ」
それ言っちゃったら俺悪いことばっかになっちゃうしな。
「なんでも自分で出来ることが良いことではないだろ?」
「……はっ!」
ルリはなにか気付いたようだ。
「たしかにゲルできない事が多いな」
「……うん」
さ、さっきも言ったが悪いことじゃないぞ? 別に俺を正当化したくて言ってる訳じゃないんだ。だからそんな純真な目でみないでお願い!
「なるほどな。流石はゲルだ」
「え?」
な、何が流石なんだ? これって喜ぶことじゃないよねきっと!?
だがルリの中で納得できたようで、薬草採取の手を漸く止める。するとジッと俺の目を見てきた。
「な、なんだ?」
「今日、ゲルに聞きたい事があった」
「はい?」
「採取、ホントはどうでもよかった。聞きたい事があったから余裕の持てるのにした」
「そうだったのか」
……いやいや、君だいぶムキになってたよね。その証拠に薬草のようなモノが小山レベルで積み重なっているんですけど?
「ちがう、ムキになってない」
「だよね。うん」
「……うそ。ちょっとムキになった」
「そ、そうか」
ちょっと?
「……ゲルは魔王だった」
ルリは何もなかったように真剣な目で聞いてきた。
「ま、一応ね」
「でも傲慢でない。なぜ?」
「いや何故って言われてもな……」
ちょっと弱いんで我儘出来なかっただけなんて言えない。ああ、でもアロマにはけっこう甘えている部分もあるんかな?
「カタ?」
「ルリの知っている魔王は違う。魔王は傲慢で、融通が利かないのが多い」
「たしかにな」
うん、けど優しい魔王ってのも変じゃね?
むしろその人たちはちゃんと魔王やっていて偉いと思うよ?
「ルリは魔王を倒したい。その力が欲しい」
「へえ……」
そうなんだ。
「……」
「……」
「…………」
「……カタ?」
え? 何この空気は?
「……きかないのか?」
「えっ!? 聞いて欲しいのか?」
正直ルリには悪いがどうでも良いんだが……
「ゲルすごいな。普通はここ聞くとこだぞ?」
「いや、普通なんて言われてもな。俺はホラ? やっぱそこらへんに魔王っぽさが出ちゃうっていうかさ」
「そんな魔王みたことないぞ?」
「お、オンリーワンって良い響きだろ?」
「なるほど……やっぱゲルは違うな」
うう、なんかちっちゃな子を騙くらかしている気分になるな。
「ゲルのクランに入った理由はソレ。魔王を倒したいから」
あ、話し始めちゃったよこの子。
「ソウタもそう。倒したい相手がいる」
「そいつも魔王なのか?」
「うん。でもゲルとポミンに負けてわかった」
ポミン? あ、ポミアンの事か! あいつポミンって呼ばれてるのか……う、なんか笑えるな。帰ったら呼んでみよう。
「いいか?」
「あ、すまん」
「魔王の能力は強力。ルリは知ってたけど、勝ち方がわからない」
「知ってた?」
「うん。ルリが倒したい魔王のこと。序列14の魔王『灼熱』のタタラ」
「そんな奴いたっけ?」
「……ゲルは7だからな。知らなくても仕方ない」
「わ、わりいな」
正直いうと今の時代の魔王の事はなんも知らないからな俺。
「タタラは嫌な奴。ドワーフを扱き使う悪い魔王。でも、皆怖くて逆らえない」
「……」
「ルリだけ逃げてきた。でも、それはタタラを倒す為。だから、ルリは……」
ルリは俯いてしまい表情が見えない。だが、なにかをこらえているのは何となくわかってしまった。
「……だからルリは魔王を倒す力が欲しい」
「……そっか」
ぐらいしか言えないわな。俺が口出していい問題じゃなさそうだし。
「ゲルを見てびっくりした」
「俺?」
「ゲルは魔王なのに凄く弱い。振りをしてると思ってたけどホントに弱かった」
「そ、そうだね」
「朝、確かめたけど……殺しちゃうとこだったからあせった」
え? アレってそうだったの?
ま、それはそれとしてだ。
「はは、ガッカリしたか?」
「寧ろ興味がますます湧いた」
「はえ?」
「ゲルはすごい。それなのに魔王アシモフを倒した」
「ああ、まあ確かにそうだけどな……アレは……」
「んん?」
「俺だけでって訳じゃないからな。トドメは確かに俺だけど、他にも魔王のギプスとかヴォルもいたからな。だから俺がすげえって訳じゃないぞ?」
そもそも大半のダメージってアロマがやったんじゃないか? あと最後は自滅って感じで、そもそも俺は逃げ回ってばっかだったしな。やったことは土地を縮めたぐらい? あと釣り竿でトドメ刺した事ぐらいかな。
「カタ?」
「あ、いやなんでもない」
「……それにポミンもヴォルも倒してる。ゲルは魔王殺しか?」
「いや、殺してはないからな?」
うち一人は殺しても死なないし。
「どっちにしろ、ゲルには何か秘密があると思った。だからそれが知りたい」
「秘密って言ってもな……あ、俺もホラ? 魔王の能力あるしな。それぐらいじゃないか普通の奴らと違うのは」
便利っちゃ便利だからなこの能力。ゆうても積極的に使う気はせんけど。
「そこ……そこがゲルは違う」
「うん?」
「ゲルは能力に驕らない。魔王はみんなそうじゃないのに」
「ううん、そうかな?」
けっこう心の中じゃ調子乗ってるんだけどな。
「魔王だけじゃない。他のみんなだってそう。力を持てば使わずにいられない……」
ううん、難しく考えすぎなんじゃないかな?
「タタラだって魔王になる前は違かった。いい人だった……なんで?」
「な、なんで!?」
く、何という無茶振り!? 俺にこういう事聞くなよ……
「えっと……それは、やっぱ人それぞれなんじゃないか?」
「それぞれか?」
「ああ、タタラだっけか? そいつは調子に乗っちゃったんだな。ま、気持ちはわかる。出来ることが増えたらうれしいもんだろ普通」
「うん」
「だから一概に悪いことじゃないってことさ。力を得たら使いたがるのは自然な流れなんじゃねえの?」
むしろ何故かそれが悪いことみたいな風潮あるよね? しかもそれについて悩む主人公みたいのとかさ。くそ、贅沢な悩みだ! じゃあ俺にその力くれよ、ふんだんに無駄遣いしてくれよう!!
「ゲルはどうなんだ?」
「俺か? いやだってこんなもん結局ただの能力だろ? しかも俺の能力だ、強いわけがない」
俺は一度だって自分が強いとか思った事はない。あ、いやちょっとは凄くねっと思った時はあるけどな?
「どうしてだ? 十分強力な能力だと思う」
「強い奴だったら逃げてなんかないもんなぁ……」
「何の話だ?」
「あ、いやなんだ……ちょっと昔な?」
く、エルフがそういや昔のこと話すと仲良くなるとか言っていたが……
俺の過去が情けなくて話せない件について。
「ゲル、その時のはな――」
「ああもう、此処で終わり! やめやめっと!」
無理無理! てか自分語りとか恥ずかしいっての!
それで酔える歳でもないんだわ。
「むむむ」
く、強引すぎたせいか眉間にしわを寄せて唸ってらっしゃる。
「か、可愛い顔が台無しだぞ?」
「ルリはこの顔でも可愛いぞ?」
「お、おう」
たしかに可愛いけどさ、その返しは予想外だったよ。
「と、ともかくルリ! そういう何でってのは人に聞いても仕方ないもんなんだよ。だから自分で答えを探す様に!」
とでも言っとけばだいたいの奴は納得するよね?
この言い回し考えた奴って天才だよね。なにも解決してないのに解決案が出てきた感じがするとことか特に。
「……ごまかした?」
「よし! 帰るぞ!」
「カタ」
「あ、それとルリ」
「なんだ?」
「この山もりの薬草らしきモノは持って帰るぞ」
「……意味あるのか?」
「……それな、食べると美味いんだよ」
「!?」
実はこの前気付いたんだよな。誰も食用として見向きもしていないがこの葉っぱの部分がマジで美味い。こうスッキリとした甘さみたいのがあっておやつに丁度いいのだ。
「根っこは全滅だが葉は生きてるからな。あと、アロマがこれで作ったハーブティーは甘さが足りんがまあ、中々イケルぞ」
「カタカタ」
アロマの奴、砂糖を淹れたら怒ったからな。でも、ミルクティーにしたら結構いけた。
「よっし! じゃあロッテには俺がとった分だけ見せるとして帰るか!」
すっかり緑色が無くなっちゃったもんねこの草原。
「……やっぱゲルはすごいな」
――――
――
後日、ギルドに呼び出されたのはまあ、仕方ないのだろう。だけどね、俺のせいじゃない。断じて俺のせいじゃないからな?
だからロッテ、俺のお小遣い取らないでくださいお願いします。
「お金にうるさいと言いましたよね。ゲルオ?」
「はい……」




