59話 自称魔王と不思議体験
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
アシモフを釣り上げたところ、さっきまでの態度から一変してこんな感じで謝ってばかりだ。まあ、最初に急いで戻ろうとしたが支配地域でないので時止めは出来ないし。ただでさえ満身創痍なアシモフがアロマに勝てるとこなんてないわけで……きっついげんこつ喰らってたな。
「……今だっ!」
「うん?」
アロマの一瞬のスキを突きアシモフの奴が逃げ出しやがった……けど……
「おまえ、まだ釣り針引っかかってるからな?」
俺は釣り竿のボタンを押す。こいつはどうやらお子様用のせいか非力な者でも荒ぶる魚系モンスターを釣り上げる機能が付いている。つまりは……
『フィィイイシュウゥウウ!!』
チャーチャララン!!
「ぐえっ!? あ、ああ、まって!?」
自動でリールが巻かれ、ズルズルともがきながらもアシモフはまたさっきの場所まで戻ってきた。だがさっきと違いもがいたせいで釣り糸が体に絡まって余計に身動きが取れなくなってしまっていた。
「…………う、ううう」
「アロマ、念のためお前がこれ持っててくれ」
「カタ」
「……俺は……疲れた」
流石に無理をしすぎたか? なんかさっきから視界がぶれる……
「アンタ大丈夫? さっきからフラフラ……って、ちょっと!?」
「あ、あん?」
「鼻血! それに目のクマもやばいわよ?」
「カタカタ!?」
いわれてみて鼻の辺りをぬぐってみる、するとべったりと手に血がついてしまった。
「なんだこりゃ?」
ああ、ヤバいなコレ……体に力が……
「ゲルオ! 待たせたわね!!」
ううん? この声は……ポミアン?
「黒い地面が此処へ向かっていったと思ってきたが……一体何が……」
ボンの声もするな?
「どうやらピンチのようね! でもこのワタクシが来たからにはもう大丈夫よ! そこのスケルトン! かく……ご……え? アロマさん? な、何で此処に? えとじゃあそこの……泣きじゃくってるのは流石に違いますわよね?」
「いやポミアン、あれは此処の魔王アシモフだが……ボロボロだな……」
お、おせえよ……もう終わったっての……
「もしかして蒐集の魔王? まあ味方ならこの際なんでも構わないわ。その泣きじゃくってるのは一応だけど敵よ!」
「え、あ、ああの……し、死体が喋ってる!?」
「ううんっとぉ……これってどうゆう状況です?」
「本田も……いるのか?」
「はいゲルオさ……ん……てっ!? だ、だだ、大丈夫ですか!?」
……
…………ん?
あれ? 俺今どうなって……
「ゲ、ゲルオ!?」
ポミアンなんだよ……そんな声……あげて……
「……はや……って……」
「……ですか! ……に……」
ああ、なんだろ……声が遠くに……
――――
――
「カタカタ」
アロマ?
あら? なんか体が動かん……
感覚がマジに無い……え? これ大丈夫なの?
「此処で今日は安静にしましょう。我々は城の皆が心配でありますのでここで失礼します」
「ええ、後はわたしが診ておくわ」
ううんと……この声はギアゴアと博士か?
ギアゴア……無事だったんだな……
「しかし……もうあのエンカウントに悩まされずに済むんですね……」
「まだ巨大穴は残ってるわ。それに綺麗さっぱりなくなったわけではないからね」
「……それでも自分たちは感謝していますよ」
「アンタたち兵隊はどうするの?」
「我々がアシモフきゅんの支配下に置かれているのは依然変わる事のないことであります。それに……おかしくなっていたのは我々も同じです。必要とされない兵隊である筈の自分たちに、利用価値を見出してくれていたのは事実ですしね」
「それ、ちゃんとアシモフにいってやりなさい」
「……では失礼します!」
「はあ……ギアゴアの奴ってば……」
うんっといまいち状況がわからんが……
「……」
「どうしたんです?」
「え、あの……なんでもないですわ」
お、この声はポミアンに本田か? なんか元気ないな……
「そうですか……」
「……こんなことになっていただなんて」
「いや、これはゲルオとヴォルだけで行かせてしまった僕たちのせいでもあるさ」
「ボン?」
「よく考えるべきだった。僕達を此処に残しておくなんて言い出したのも、今考えればおかしな話だったのに……」
ボンもそういや最後に駆けつけてくれてた……気がすんな。
どうやらこの感じだとみんな俺のとこに来てくれたって事でいいのかな?
「……ゲルオさん、大丈夫ですよね?」
「……ええ、きっと大丈夫ですわ」
ええ、ホントにゲルオさん大丈夫ですよね? さっきから会話が聞こえるだけでなんか体の感覚おかしいんですけどっ!?
「なんやけったいな空気になってもうたな?」
「キララ?」
「ポミアンはんもボンも過ぎた事はしゃあない。そやろ?」
「……」
「……」
「ゲルオはんはきっと大丈夫やって! な、せんせ?」
おっ! 良いこといったぞキララ! そういうフラグ立てって大事よ!
で、実際どうなのせんせ? ていうかせんせって博士の事だよね?
「え? ああ、わたしの事? ううん、まあ今寝てるのはただの疲労よ」
ほうほう……えっと意識だけなんか起きてるんですが……
まあ、命に別状はなさそうでよかったよかった!
「あとはついでに何か肋骨やらが折れててちょっとマズいとこに刺さりかけてたぐらいかしらね?」
おい、ちょっとじゃねえぞそれ?
「そ、それは大丈夫ですの?」
「大丈夫よ、まあわたしがいてよかったわね! 天才ではないけどこれっぐらいなら難なく治せるわ! それにアシモフの停滞による制限がなくなってスキルを使えたのはよかったわ」
「それならよかったですわ……」
「そこの異世界人の女の子に感謝ね」
「え? あ、あたしですか?」
「ええ、体が平気でもHPがマズかったわ。あと少し遅れていたら死んでたわよこいつ」
まじかぁ……今度本田になんか買ってやるかな。
「……」
「それにしてもコイツ何時やられたのかしら? まさかあの骨に突き飛ばされたときにダメージ負ったとか? いや、まさかね……でも耐久はFとかいってたし……」
「……か、カタ」
まさかね……いや、まさかねぇ……
「どちらにしても無事でよかった……ですわ……」
「それよりちょっといいかしら?」
「えっとそういえば貴女は?」
「ああ、わたしは博士って呼んでくれれば構わないわ」
「え、ええと名前は?」
「名前は……わたしに名前なんてもうないわ。そんなこといいじゃない、あんたの旦那は何も言わずにいてくれたわよ?」
「だ、旦那?」
「カタっ!?」
なっ!? 何言ってんだアンタ!?
「あら? てっきりコイツの奥さんか何かかと思ったのだけど違ったかしら?」
「な、え、にゃ? ち、違いますわよ! わ、ワタクシはコレのその……えっと……仲間ですわ」
「カタ?」
「そのわりにはこいつが倒れた時は……ま、無粋だったわね」
あ、これ聞いてたのヤバくね? 絶対空気がこう変な感じになっちゃうよね?
あのぉ意識さんそろそろちゃんと寝てくれませんかねぇ……
「……か……た」
……んん? あら……なんかホントに……
「ふん、貴女にわかってもらうつもりなど微塵もないですわ」
「……そう。まあそれよりも話しておきたい事があってね」
「はなし?」
あ、ちょいまって? えっとまだねな――
「ええ、今回のコイツがやったことは正直……信じられないわ」
「……」
「魔王の能力が強力なのは知っているわ、でもコイツの伸縮はデタラメすぎよ?」
「ええ、たしかにそうですわね」
「今まで知られなかったのが不思議でならないわ。もしかして誰かが意図的に? いや、そういえばコイツのとこのギルドマスターはあのカラッドか……それにこの骨……アロマと呼んでいたな……」
「は、博士?」
「……あ、すまないわね。ともかく、今回の事で魔王神に良くも悪くも目を付けられるわね。場合によってはその能力を買われて魔王に復帰するかもしれないわ」
「っ!?」
「……そうなったらわかるわよね?」
「え、ええ」
「ただ、わたしはお勧めしないわ」
「え?」
「……少し一緒にいただけだけど、コイツは魔王の柄じゃないわ。そう思わない?」
「ふふ、ええそうですわね。ゲルオですもの……」
「はっはっは! そうよね!」
「ふふふ」
「はは……でも、周りはほっとかないかもしれないわ」
「……」
「……カタ」
――
――――
うう、朝か……
手足を確認してみる……うん、動くな。
どうやらちゃんと起きてくれているようだった。にしても博士の”はなし”って何だったんだろうか? 気になること言い始めたとこで意識の奴落ちやがって!
だが不思議な体験だったな。実は死にかけて魂だけ出ている感じだったのかもしれない……いや、恐いことは考えないでおこう。こうして生きてるみたいだしな!
……それにしても、
「ベットが固い」
「文句を言わないでもらえるかしら?」
「うぉっ!?」
その声はポミアンか? 近くに居たのかよ。
「おはようゲルオ」
「あ、ああ……」
「ん、何ですの? 人の顔ジロジロ見て?」
く、何やってんだ俺……
「いや、あの……」
昨日はちゃんと寝ていたことにしなくては……
「カタカタ!」
「おうサンキュ」
混乱している俺にアロマが温かいミルクティーを差し出してくれた。
いいアシストだぜアロマ!
「んん……はぁ……」
うう、染みわたるぅ……
「……で。なんでいんの?」
「な、なんで!? こ、こっちは心配して来てあげたのですのよ! もっとなにか言い方があるのではなくて?」
「な、なんだよそんな怒んなよ……」
え? そんなマズいワードだったか今の?
「……こっちの気も知らないで貴方はもう」
「サーセン」
いや、ホントにごめんね?
「ともかく、ちょっと遅かったけど助けに来たのよ」
「そうか……」
ああでも……確かに行くとき遠出するぐらいしか言ってなかったんだったかな? 考えてみりゃあの女子メンツだけでコイツを残してったのは今考えりゃ可哀そうだったかもな。うん、俺なら無理だわ。
「そういやアシモフ……えっと前髪で目が隠れたガキがいたと思うんだが……どうした?」
ていう体で話さないと昨日起きてたのがバレちまうよな。
念には念を押すぜ俺は!
「うん? ああ、あのガキね。ちゃんと博士から聞いてわかっていますわ。今回の騒動の原因だったんでしょ」
「あ、ああ」
「何故か釣り糸で雁字搦めになっててね。そのまま能力を使われないように今も外でつながれてるわよ」
「そ、そうか……」
「一応今後は魔王神に報告してどう処分されるか待つってとこですわね。でもその前に――」
「ここですか……失礼しますね」
ん? 誰が入って……てっ!?
「あ、貴女は……」
「どうもご無沙汰ですね、伸縮のゲルオ。あれ? 蒐集のポミアンまでいらしゃっていましたか」
「ま、ま……」
「うん? 大丈夫ですか、私は貴方の母親ではないのですが?」
おい、ボケんなよ? 対処に困んだろうが!
「魔王神様……」
そこにはあの時と同じ、白いスーツに黒のマントとという何処かアンバランスな格好。丁寧な口調が逆に威圧感を与える俺より背の高い女。そう、この大陸の支配者にして魔王の統率者……
魔王神が立っていた。
「はい。私が魔王神です」




