35話 元魔王、逃げ場なし
序列3の魔王『変換』のヴォルデマール
それは魔族にとっても、人族にとっても災厄と呼ぶにふさわしい存在。
頭が狂っており、死ぬことが無い魔王。
変換の力は一度起こせば毎回未曾有の危機が訪れるため常に監視されていた。
「――とここまでが魔王ヴォルデマールについての簡単な概略だな」
なんか突然やって来てこの人いきなり説明し始めたんですけど?
「ゲルオ、ダウト」
「ぬわ! またバレたんだけど!」
「カタカタ」
「表情で丸見えなのよ」
「ポミアンさんのいう通りですよ? てか弱すぎますね」
「く、くぅうう!」
てか、アロマはズルいだろ!
骨の表情が全く分からんし、カタってなんの数字だよ!
「カタ」
「いや、聞いてやれよお前ら」
「今回そのヴォルデマールがいなくなり、こちらへ向かったと聞いてな。私だけだが先に来たという訳だ」
「アメリア殿はアメリア殿で話を続けるのか……」
はあ、もうダウトはいいか。
「んじゃ、俺達はこの辺で帰るわ。行くぞアロマ、ポミアン」
「カタ」
「え、ええ」
よし、このまま自然にフェードアウトを――
「止まれ」
「ぬわっ!」
ビタン!
いてて、何だ急に? 体が床に張り付けに……
「カタっ!」
「ゲルオ!」
「私は貴様に拒否権はないといった。その意味が分からなかったかな?」
「ど、どういうことだ……」
「今お前が体験しているだろ? 私の意見に否定しなかった時点で承諾したとみなした」
「銀髪でアメリア……そうか! あなたがあの人間でありながら魔王に就いた」
「ふむ、そっちの肩書の方が良かったか。元序列7の魔王『蒐集』のポミアン」
「まさかお前もかよ……」
「私もお前らと同じさ。元序列19の魔王『強制』のアメリアだ。まあ、さっきも言った通り今は人族の副ギルドマスター、アメリア=クーベルタンと名乗っているがな」
「再就職……してるだと」
マジかよ!? 羨ましいんですけど!
「私自体は魔王であるのにそこまで拘ってなかったからな。せっかくだから自主退職とでもいうのか、それで転職したのだよ」
「ううむ、アメリア殿のことは一時期凄いニュースになったからな」
「そ、そうなの?」
「そのせいかゲルオの悪評が瞬く間になくなったからね」
「え、何それは?」
初耳なんですけど。
「ああ、たしかにワタクシもその新聞はみた気もするような……」
なるほどね、どおりで俺への風当たりが急によくなったなとか思ってはいたんだ。
単に忘れ去られただけと……
「それより、この状況って何とかなりません?」
さっきから張り付いたままなんですけど?
「私の強制力が今現在も働いているからな。素直に協力してくれるなら自然に解かれるさ」
「そなの?」
「ああ、だから是非協力的になってくれないかな? 元序列7の魔王『伸縮』のゲルオ」
「く、俺が誰かもわかってたのかよ」
「ああ、そして直ぐに危険を察知して逃げ出すこともな。だから最初に言葉の釘を刺させてもらった」
「ち、ちくせう……」
「ふん」
はあ、このまま床に張り付いてても仕方ないか……
「わかった協力しますよ! ああ、もうホント来るんじゃなかったぜ」
「金に目が眩んだ自業自得にも思えますけどね」
「うるせえなポミア……ン……」
「ん? どうしたのゲルオ?」
「あ、いやなんでもないです。はい」
そう言いながら俺はすくっと立ち上がった。
「ふむ、どうやら心から協力的になってくれたようだな」
「ふ、まあな!」
うん、たまにはね! 床に張り付くってのもいいもんだったね!
「……あ、ゲルオ! 貴方まさかっ!!」
「うん? どうしたポミアン、そんなカリカリして。もっと心を落ち着かせようぜ?」
「く、くう……確証が持てないのがなんとも貴方らしいわね」
「さて、何のことかな?」
まあ、良いモノ見せて貰ったよ……
白か……てっきり黒かと思った。
「そういや、カードで遊んでたから聞き流しちまったがそのヴォルデ何とかはどういう奴なんだ?」
「先に述べたように頭の狂った魔王だ」
「うーん、そうはいっても狂い方って人それぞれじゃん?」
「そうだな。ひとつ事例を挙げるか」
「事例?」
「レギオンシティというのを知っているか?」
「レギオンシティ?」
「うわぁ……その話か……」
そういって露骨にロッテは嫌な顔をする。
「まあ、この話が一番ヴォルデマールの危険性がわかる話だからな」
「へぇ」
「結論から言うと、その街は変換の力によって血肉の塊になってしまった」
「……血肉?」
血肉ってその……え? 何それ?
「そのままの意味だ。その街すべてがひとつの血と肉で出来た何かに変わり果ててしまったのさ」
「おう、グロすぎるだろ。てか、街の住人すべて殺すとかヤバすぎだな」
絶対相手にしたくないんですが?
「ん? 何を言っているゲルオ殿」
「え?」
「街の住人は今も生きているぞ」
「……血肉なのに?」
「ああ、正確にはすべてが一体化して――」
「ストップ! もういいです! それ以上は聞きたくない!」
怖すぎんだろ!? 想像しちまったよ!
「ゲルオ、レギオンシティは今でも有名な観光名所よ。怖いもの見たさで今は人族領の人々が連日殺到しているって新聞で読んだわ」
「怖いもの見たさレベルじゃねえだろが……」
「私も人族の富裕層や異世界人のガイドをしたことがあるが、何人かは発狂したりするな。行く前に何度も注意はしてるんだがなぁ」
ほら! 絶対に見るだけでダメなやつじゃん!!
「良かったら今度ゲルオ殿も行くか?」
「結構です」
「そうか、慣れればいいとこなんだがな」
多分それは慣れたんじゃない気がするんですけど?
「とにかくだ。それだけのことが出来てしまうのがヴォルデマールという奴なんだ」
くそ、想像以上にぶっ飛んでるんだなソイツ。
「ゲルオ殿も脅威は十分に理解できたと思う」
「ああ」
正直理解し過ぎてもう逃げ出したいんですけど……
「アメリア殿、そう言えば協力してもらうという話だったが?」
「ああ、もうこちらは明日にでもヴォルデマール討伐に動けるのでな。それのことで協力を仰ぐつもりなんだが……カラッド殿にもその打診が来ていなかったかな?」
「んん? どうだっだかなロッテ」
「ああっと……」
「ロッテ?」
「……てへ」
「おい」
どうやらロッテがやらかしてたみたいだな。
「あとで魔王神都の本部に連絡をしておいた方がいいぞ?」
「ああ、そうするよ……」
組織で働くってやっぱ大変そうだなぁ
「では、早速だが今後の事を話しておきたい。まず――」
――――
――
「――以上がこれからの予定だ」
んあ? ああ、おわった?
「ゲル兄、寝てたな?」
「いや、ねてないよ?」
ただ言葉を右から左に流す作業をしてただけだよ?
意識は飛んでたけど……
「とにかく、既にヴォルデマールの居場所は把握している。が、それと同時に奴が変換を使ったとされる魔獣が何体か確認が取れている」
「へえ、そうなの」
「因みに寝ていないならわかっていると思うが、ゲルオ殿たちが討伐した『ラピットベアクマァ』も変換されたと思わしき魔獣だったからな?」
「あ、はい。わかってます――」
ベタン!
「いだっ!」
「ゲルオ、その情報は今初めて言われたことですわよ」
いてて、まだ強制の力が続いてたのかよ……
「ふん、寝ていたのはわかっていたがそう堂々とされるのも癪に障るものだな」
「あのぉマジ痛いんで勘弁してください」
なんか頭に重みが掛かって机に張り付いたまま押し付けられてる感じなんだよね。
しかも段々ミシミシ言ってめり込んでってるし……
「ふん、まあこれで眠気も覚めただろう」
そういうと頭にかかっていた重みが無くなった。
「はあぁ、頭や首がおかしくなるかと思ったぜ」
「では、どうせゲルオ殿は聞いてなかっただろうからアロマ殿とポミアン殿」
「なによ?」
「カタ」
「明日のゲルオ殿の事は任せていいだろうか?」
「仕方ないわね」
「カタ!」
え? なに、寝てる間に何を話し合ってたの?
「まあゲル兄、結構今回は一刻を争う事態なんだ。辛いと思うが頑張ってくれ」
「カラ坊、いったい俺に何をさせる気なの?」
「ゲルオ、良かったわね。ようやく人の役に立てるのよ」
ロッテ? このタイミングでそのセリフは不安しかないんだけど?
「カタカタ」
「あ、アロマ」
「カタ!」
いや、わからないから!
「ポミアン、明日何をさせられるの? 大丈夫なの?」
「ゲルオ」
「うん」
「大丈夫よ、大丈夫」
「……」
ポミアン、大丈夫に対しての大丈夫は答えになってないんだよ!
あと、二回言われると不安が加速するんだけど……
「さ、今日は解散だな」
な、何とかして逃げださねば……
嫌な予感がしてならない!
「ああ、ゲルオ殿」
「な、なんでしょう?」
「念のため貴殿には強制の能力を使っておいたので、死にたくなかったら下手な事を考えないように」
「……」
「以上だ」
うう、異常だよアンタ……
こうして強制的に俺は魔王ヴォルデマール討伐へ参加することになってしまった。




