18話 元魔王、平穏を噛みしめる
朝から優雅にお茶を飲む。
アロマの淹れたダ、ダ、ダなんとかは香りも良く、苦い。なのでたっぷりの砂糖とミルクを入れて貰い、口に含んだパンを流し込むのが最近の俺トレンドだ。
「……」
「カタカタ」
「おひゃおうございますぅ」
「おう、おはよう!」
大きなあくびをしながら本田がパジャマでこちらに来る。
「また、そんな食べ方してるんですか?」
「ああ、これ俺トレンドだから」
「なんです? その言葉? あっ、アロマさんありがとうございます」
ふむ、本田にはちょっと難しい用語だったかな?
「あたしはやっぱりストレートが良いと思うんですよぉ?」
ふん、わかってねえなぁ? 甘いのも苦いのも感じられるこのお得感! 最後に溶けた砂糖を舐める楽しみまであるってのに、これだからお子様は……
「はぁあ、落ち着きますねえ」
「……ああ」
「カタ」
「……」
もうあのクエストから一週間か……
本田も今まで大変だったし、俺もアロマもいろいろ失って余裕がなかったのかもな。お金があるって素晴らしい。やっぱお金って心の平穏だと今回のことでよくわかったよ。
ホント、平穏だなぁ
「ああああっ!! もういい加減にしてほしいですわ!」
「おわっ! いたのかよっ!」
いきなりポミアンの奴が大声でヒスりやがった。
「初めから此処に居ましたわ! ねえ、ホントにいつまでいるんですの!?」
「ああ、もう最近そればっかしだな? ちゃんとカルシウムとってるか?」
「カタカタっ」
「ポミアンさん、朝からカリカリしちゃ体に悪いですよ?」
「その原因があなた達だとお願いだから気付いてよっ!」
「おいおい、薄情なこと言うなよ~同じリストラ仲間だろ? 俺達?」
「ええ!? あたしは違いますよ?」
「いやいや、今ならわかるぞ。お前がリストラされた理由が」
「あら? 本田もお仲間だったのね」
「え、急になんでこの人達結託し始めたの?」
ふふふ、ポミアンはボン以上のボッチ、さしずめデーモンロードボッチだからな! 共感してくれる人をついつい求めてしまうんだろう、俺もよくわかるよ。
……あんまかっこよくないなデーモンロードボッチって
「あ、んん! ともかくっ! 家を探して仕事が安定したら出ていくって言ったのに、貴方たち毎日毎日ゴロゴロ部屋に居るばかり! 特にゲルオ! 貴方昨日なんてこのリビングと自分の部屋ぐらいしか動いてないってどういうことよ!!」
「うるせえなあ、母ちゃんかよお前は」
「いやいや、そんな拒否のされ方する様な変な事いっていないでしょワタクシ!?」
「まあ、ゲルオさんは動かなすぎですよね」
「お前はお前で問題なのだけれど……頼みのアロマさんは甘やかすばかりだし」
「カタカタ?」
「この男が千年もこもって居た理由が何となくわかりましたわ」
しかたないじゃん! お金あるうちは働きたくないんだよ! 動きたくないんだよ! 俺は自分が大人だからって理由でこの気持ちを捨てたくない、絶対に!!
「けどゲルオさん、そろそろお金無くなっちゃいますよ?」
「ええっ! あんなにあったのに!?」
「カタカタ」
「ゲルオは知らないでしょうけどね……この女は外に出てはくれるけれど、とんでもないのよっ!」
「え? あたしがですか?」
ううん? 初耳だぞそんなの?
「とにかく金銭感覚が崩壊してるのよコイツ! 挙句この天然で何度詐欺に引っかかりかけてたか……」
「だって、良い物だっていうから……」
「で、で肝心のお金は! お金はどのくらい残っているの!!」
俺の心の平穏はあとどれくらいなの!?
「え、えと結局分けなかったじゃないですか、だから二人合わせて……」
「あ、合わせて、8万とかか?」
「は――」
は! はちか?
「はちです」
「八千か?」
「ゲルオ、はちよ。8」
「え、いや、八百か?」
「いえ、8Gです」
「……」
「聞こえませんでしたかー? 8Gですわよ?」
ポミアンめ、まだ根に持ってたのかよ……
「……本田、働くぞ」
「は、はい」
「あとポミアン」
「なんです?」
「なぜとめなかった」
「え、その、と、止めはしようとしたのですけど……」
「大方、初めての女友達との買い物に浮かれてたんだろお前!」
「ええそうですわよ! それが何かいけないかしら? おかげでワタクシの私財もだいぶ減ってしまいましたわ!!」
ああ、駄目だ俺達……
誰一人まともな社会性を持ってない、早く何とかしないと。
――――
――
――「闇の囁き亭」
何か久しぶりにギルドへ来たが、前来た時より人が減ってる気がする。あれだけ騒がしかった待合所は数人しかおらず、併設しているバーには閑古鳥が鳴いていた。
「よお、ロッテ久しぶり」
「ゲ、げ、ゲル……なんとかオ、久しぶりね」
「あってたよ! 迷わず付けりゃゲルオだろうが!」
「そんな事はどうでもいいわ。何の用?」
「仕事くれ」
「はあ、残念だけど今はそれどころじゃないのよ?」
「ああん? なんかあったのか?」
「見ればわかるように現在当ギルドは緊急クエスト中よ。余計なクエストの受注は現行しているクエストの妨げになる恐れがある為、悪いけどAランク以下のクエストはやっていないのよ」
「は? おいおい、なんだよ緊急クエストって?」
俺達が世に出ていない間に何が起きてるんだ?
「ホントに知らないんです? ボンさんが誘いにいった気がしたんですが?」
「え、ああ」
確かに来た、けどなんかモジモジしてて結局飯食って、次の日家でボードゲームを皆で遊んだあと、やたらボロ負けして修行するっていって帰ったきりだな……
「ボンさん、ゲームしに来ただけでそれからずっと引き籠ってるみたいですよ?」
「ええ、何ですかそれ」
「ふむ、ちょっと待ちなさい……」
そういうとポミアンはいつの間にか新聞を手に出現させていた。
「えっと――各地でリストラされた魔王が力を持て余している?」
ん? ああ、他のリストラ魔王たちか!
「その中でも元序列21の魔王『分裂』のミズモが、ヤケを起こして大量に自身を増やしている。これに対し各ギルドは緊急クエストを発令、久しぶりの祭りだとカラッド氏が率先して先陣をきったそうだ――ですって」
「ほう、知らない間にそんな事が」
「一応参加資格がCランク以上でして、それ以下の方はあそこの待合室でクエストと関係ないバイトの求人を探しているってところよ」
「世知辛えぇな、それじゃあ俺達も参加できないのか」
「えっとですね、本田様は現在Dランク、ゲルオは未だEランクですからね。ボン様のパーティーに申請してもらう以外無理ですね」
「ふーん、まあ興味ないけど」
「ポミアンさんって登録してますか?」
「ワタクシ? 確か400年前ぐらいだから失効しているのではなくて?」
「一応見てみますね――」
そういってロッテは奥に引っ込んでしまった。
「どうすっか、帰るか?」
「バカですの? 何しに来たかもう忘れたの!?」
「でも、仕事が無いんですもん。仕方ないじゃないですか」
「カ、カタカタ」
「ああ、仕事ないしな。それにまだポミアンの蓄えが残ってる」
「こ、こいつ平然となんてことを……っ!!」
「カタカタ!」
「……アロマさんどうしたんです? 必死に?」
あっこのバカ! せっかく済し崩し的に帰ろうとしたのに!
「……ワタクシは嫌ですわよ」
「カタカタ」
「アロマ、俺もその求人は嫌だぞ」
アロマが訴えていたのはバイトの求人。内容は――
『ダンジョン入り口を見張るだけの簡単なお仕事!』
時給20G~ 初心者歓迎! 昇給制有り 社員登用制度有り
現在大幅増員中! 先輩が少なくなった為、風通しのいい職場です!!
――というものなんだが。
先ず、ダンジョン入り口ってとこで不穏だ。どこのダンジョンか書かれていないのも不安を加速するし、何より最後の一文。少なくなったってなんだよ! 怖えよ!
「とにかく、バイトは無しだ。悪いなアロマ」
そいって頭を撫でてやる。
「カタカタ」
アロマなりに心配してくれてんだろう、選んだのはヤバかったけど。
そんな事をしているうちに、
「ポミアン様~いますか~!」
どうやら探し物が終わったらしい。
「で、どうだったんだ?」
「えっとですね。ポミアン様はなんと当時SSランクを取得していたらしいですね」
「おお! マジか!」
「あれ? そうだったかしら?」
「SSランクなら失効の心配のないランクですので。一応パーティーでなら皆さんで受けられますが?」
「うーん、けど危険だよなぁ」
「そ、そうですよね」
「こいつらは……」
「カタ」
「因みに受けるだけでも1500Gですよ」
!?
「やろうか本田」
「ええ! 頑張りましょう!」
「ワタクシ参加したくないんですけど……」
「カタカタ」
「では受注しておきますね」
「ちょ、ちょっと!?」
こうして、初めての緊急クエストが始まろうとしていた――




