ホームシック
果樹の木に寄りかかるように座りながら、ミドリの島の変化を眺める。実験的に人工水路を造り、灌漑農業を始めた。オアシスから水を引くので、まだ規模は小さいが、いつか見渡す限り農地になる……かもしれない。
右を向くと、ゲンゾウのワイバーン騎乗講義が始まっている。ゲンゾウの指導の下、子供と大人数人がワイバーンにスキンシップをとっている。ワイバーンは大人しく人間とコミュニケーションを量ろうと歩み寄ろうとしている。ワイバーンに乗れるようになるのも時間の問題か?普通は2年かかり、自分は特別早かく乗りこなしたと自惚れていた。ゲンゾウの教育が優秀なのか、それとも……。
ミドリは最近またホームシックになった。原因は毒を吐かないと信じ込み買った亜種のワームが、本物の砂・ワームだった。もし、あの時に偶然転ばなければ、猛毒の霧を浴びて死んだだろう。今でも思い出すだけで冷や汗が出る。初日にワームが大人しかったのは、何か特別な薬草でワームの意識を阻害していたようだ。
ゲンゾウに聞いたら、砂・ワームの亜種なぞ聞いたことがないとのことだ。返品できないのかと思ったができないらしい。店員の適当な説明に聞いて納得して買ったのでミドリが悪いらしい。結局、始末してしまった。日本に持ち帰り高額で売る計画は流れた。自称美男子の奴隷を購入したことにも後悔してきた。裏切らない荷運びと販売員が欲しかったので、どうせなら美女が良かった。
もう悩むのを止めよう。決して無駄な買い物ではなかったと思い込む。今回は高いお金を使って教訓を得た。この失敗した経験を次に活かせるようにすればいい。
反省しなければいけない。どこか調子に乗っていた。魔法が使えるようになって、この世界で自分は“特別”な存在だと思いこんでいた。
ミドリはたまたま、魔法を使えるようになったからここまで生き残れた。この世界では人の命の値段が地球と比べて軽い。ミドリは異世界に最初に来た時に、辺り一面砂漠で、水が確保できずに脱水症状で死んでたかもしれない。治安もよくないようなので、人攫いによって奴隷にされた場合もありえる。ワームの毒でと可能性を考えたらきりがない。
こちらの世界での科学技術の進歩は、地球と比べると遥かに劣っている。しかし、魔法という超常現象が存在する。魔法は地球の科学技術でも再現するのは不可能だと思う。想像してたことと違うことがある。それは魔法を使える魔法使いは国に数名しか存在しないので、誰もが気楽に使える訳ではない。アルブの町は2大都市と言われているが当然電気は通ってない、店は当然冷房などないので暑い。バイクに自動車。バスに電車も飛行機もない。移動手段は歩きかラクダしかないので不便に思えた。趣味でランニングをしていなければ体力的にきつかったと思う。
目を背けてはいけないことがある。アルブに活気があったように感じたのは若者が多かったからだろう。治癒魔法はないので、医療の水準も地球と比べて低い。もし日本なら治療可能な怪我や病気でも、こちらの世界では死につながる。砂漠化現象の拡大で食べ物が少ない。オリーブの親が子供を捨てたのも食べ物が少ないためだ。まだ自分は観光気分でいた。すぐに日本に帰れるはずだと楽観視していた。
「俺は一体ここで何をしてるんだろう?早く日本に帰りたい。炭酸も飲みたいし、ポテチも食べたい」
嫌な事を考えて、落ち込んでも仕方がない。炭酸飲料もポテチもこの世界にはない。……そうだ。無ければ作ればいい。炭酸飲料の作り方は知らない。だけど、自家製ポテチは自力で作れそうな気がする。ジャガイモを薄く切って油で揚げるだけだと思う。最後に塩をかければ完成。すぐにでも作ろう。幸い材料はあるし、思い立ったが吉日というからな。
ジャガイモの皮を慣れない手つきで処理をする。薄く平たく切るが、包丁を使用している為にどうしても少し厚くなる。あとは油の入った鍋に、薄くスライスしたジャガイモを順次投入していく。
ジュージューと音が鳴り、油の香りが鼻に届く。
「で、出来た」
揚げたてのポテチに塩をサッっとかけて食べる。
「……まあまあかな」
揚げたてのポテチは美味かった。
こちらの世界に来て嫌な事ばかりではない。良い事もある。
砂漠にオアシスを自由自在に出せる魔法が使えるようになった。水と食べ物が貴重な世界なので職に困ることはない。広大なノダル砂漠はもはやミドリの領地……いや、国だとみなしてよいだろう。
こちらの食べ物は味が薄く感じるが、素材本来の味を活かしてるので決して不味くはない。毎日夜になるのを楽しみにするほど夜空が綺麗。
まだあるな。ラクダに乗るのは楽しい。ワイバーンに乗るのはもっと楽しい。もっと遠くへ行きたい。どこまでも……。
あとは、不老になったこと。なぜか視力が向上したこと。目が悪かったので助かった。
視線を遠くに向けると、先頭にラクダに乗った銀髪の女性がいて、その後ろに何十頭ものラクダの集団を引き連れてこちらに向かっている。
「……普通なら遠すぎて、性別は認識できないよな?」
視力が上がったことに感謝した。




