20××年8月21日 収穫
マンドラゴラは今朝もまた、涼しい時間帯に少しだけ歌っていたようだった。
植物の小さな歌声が響く中、非常に清々しい気分で目が覚める。昨日までの鬱々とした気分とはえらい違いだ。妙な高揚感、それに万能感がある。
これは今日、マンドラゴラを収穫するためだろうか。
朝の身支度を整えてから、とりあえず収穫をするにあたり近所迷惑にならないよう、マンドラゴラのプランターを室内へと移動させた。
マンドラゴラを抜いた瞬間の悲鳴を聞いて、うっかり人が死んでしまったら大変だ。
ぴったりと窓を閉め、外に音が漏れないようにし、暑いので冷房をつけた。その際、マンドラゴラに風があたらないよう注意する。
北欧土産なのだから、寒さには慣れているだろうが一応の対応だ。
雛子にはすでに電話をかけた。
特に内容は告げずに「面白いものがあるから見に来ないか」とだけ言った。
キーキーと高い、耳をざらりと撫ぜる声が即答していたので、飛んでくるだろう。
あとは簡単だ。
「珍しい野菜を育てたから一緒に収穫しようと思って」とでも言って、雛子に抜かせればいい。
マンドラゴラなんて俺も土産でもらうまでは知らなかったのだ。雛子が知る由もない。
きっと何の疑いもなく抜くだろう。
ポータブルオーディオをズボンのポケットに忍ばせ、ジャックに差したイヤフォンを肩にかける。
雛子が来るまで音楽を聴いていたという風に装いいざ抜くとき耳にイヤフォンを着け、悲鳴を遮断するためだ。
とっさに昨日考えたことだが、これは完璧に近い殺人ではないだろうか。
自分の手を汚さず人が殺せるのだ。
毒もナイフも使わない。
まさか警察も植物が殺したなんて思わない。
もし、警察がマンドラゴラを知っていたとしても、
「彼女が誤って」または「彼女が俺の言うことを聞かず抜いてしまいました」
とでも言えば良い。
疑われたとしても、証拠なんて残らない。
ああ、なんて良い殺人計画だ。
雛子、早く来ないかな。
あと数十分で、この数週間悩まされた電話と雛子にさよならができる。
マンドラゴラを育て始めた時にはこんなことになるなんて思わなかった。
でもなんて良い考えなんだ。
マンドラゴラもまた歌いだしている。
まるでこれからの儀式を祝福しているかのように。
早く来ないかな。
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく………………………………………………………………………
ああ、ほら、インターフォンが今、鳴った。