20××年8月 2日 経過
あれからマンドラゴラは順調に育っている。
水をやり、虫に食われていないか葉の裏側まで一枚一枚丁寧に確認することが朝の日課になった。
この植物、虫を肥料にするくせに土から上の部分は虫に滅法弱く、油断をするとすぐに食べられる。
虫を見つけ次第潰していった。
種を撒いてから一ヶ月以上経ち、葉は20センチほどになっていた。
そろそろ二回目の追肥が必要かもしれない。
収穫にはもう少し時間が掛かるのだ。
葉が30センチ以上伸び、土から根茎が盛り上がって見えるのが収穫の頃合いだと、ネットには書いてあった。
収穫といえば、マンドラゴラを引き抜く時の悲鳴を聞いた者は死ぬんだっけ。
大昔には、死ぬのを免れるために犬に抜かせたという。
マンドラゴラの茎の部分に紐の端を結えつけ、反対側を犬の胴体に結ぶ。適度な距離に犬の好物を置いて犬がよだれをだらだら垂らしながらその好物へ向かって駆けていくと、マンドラゴラが抜けるという方法だ。
犬はもちろん死ぬ。
これはちょっとなぁ……犬が可哀想だ。
もっと良い収穫方法を調べるなり、考えないとだな。
水や肥料をやる他に何かできることはないかと、音楽も聞かせてみた。
よく言われる、モーツァルトを聞かせると成長が早いという、あれだ。
もちろん聞かせるのはモーツァルト。
ピアノ協奏曲を窓を開け、一日中流し続けた。
効果のほどは、まぁ、萎びていないので効いてはいたのかな。
三日ほど聞かせ続け、少し趣向を変えてみようとシューベルトの「魔王」を聞かせてみた。
これが思いの外、マンドラゴラはお気に召したらしい。
次の日の朝の水遣りの時、目に見えて成長していた。
葉がググッと2センチほど伸び、茎の太さも一回り大きく逞しくなった。
何だろう、闇の波長でも感じたのだろうか。
この分だと案外、クラシックを聞かせるよりゴリゴリのヘビメタとか血に飢えてそうなV系ロックとかを聞かせたほうが成長しそうだ。
できるだけ「魔王」を聞かせてみよう。
あと、レンタルでなんか阿鼻叫喚なシャウトをしている曲でも借りてみようか。
雛子との関係は相変わらずだ。
普通の付き合っているカップルがやることを、やる。
ただ、お互いのためとか自分がやりたくてという感じではなかった。
やるべきなのだろう、というあやふやでふわふわした作業をこなす。
食事して、どっか行って、キスして、セックスをする。
恋人とはこんなものだろう、という頭の中の『これが世の恋人たちだ!』というマニュアルに沿って。
彼女の話をひたすら聞いて、たまに笑顔(笑)を向けるオプション付き。
正直疲れた。
この茶番はいつまで続くのだろう。
いつまで続けられるのだろう。