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20××年7月12日 追肥

 さらに14日が過ぎた。

 マンドラゴラは順調に育っている。

 若芽だった葉は大きくなり、緑の濃さも枚数も増えた。

 太陽の光と毎日の新鮮な水と土からの栄養ですくすくと育つ姿は、呪術に使われたり人を死に至らしめる植物とは思えないほど爽やかだ。


 しかし実をつけるにしろ根茎を成長させるにしても、プランターの少ない土の養分だけでは心もとない。

 という事で、追肥を行うことにした。


 が、しかし。

 …………こいつ、全然爽やかじゃなかった。逆に噂に違わない黒魔術にどっぷり浸かった真っ黒アイテムだったよ。

 追肥するうえでマンドラゴラには野菜用の化成肥料以外にも必要になるものがあったのだ。

 マンドラゴラの育て方のホームページにはこう書かれていた。


『ネズミの肝(生き肝でなくとも良い)を細かくみじん切りにし、化成肥料と一緒に土に混ぜてください』


 おーぅ……。

 マウスをクリックしていた手が止まった。

 栄養分は肥料で足りてるはずなのに、そんなものが必要というのは、生贄の意味合いがあるのだろうか?

 いやそれ以前にネズミの肝なんてもの、手に入れるあてがない。


 立派なマンドラゴラを育てることはもう無理なのか。

 諦めようかとも迷ったが、追肥の項目の最後に、さらに一文あることに気がついた。


『なおネズミの肝が手に入らない場合は小さな虫でも代用できます』


 ちょっとだけホッとして、しばし考えた。

 えーと、良かった、のか?

 どちらにしろ魂を捧げろ的な供物が必要なようだ。

 ネズミの肝が必要だと思った時は身構えたが、小さな虫くらいなら何とかなりそうだ。

 季節は夏。虫など嫌というほど湧く時期だ。

 ベランダのマンドラゴラのプランター上あたりに虫取りシートを3日くらい吊るしておくことにした。


 3日後、ベタベタとした虫取りシートに沢山の羽虫が付着していた。

 これくらいあれは足りるだろう。


 それにしても、小さなつぶつぶとした物体が並んでいる光景は鳥肌が立つ。

 集合体恐怖症というんだったか……別名はトライポフォビア?

 横文字にすると無駄に格好良い名前だが、この前うっかり集合体恐怖症という症状が分からなくて検索したら、画像まで出てきて後悔した。

 トラウマトビラがまた一つ出来てしまった。


 羽虫は、つぶつぶというほど均一かつ均等に並んでいるわけではなかったので、まだ直視に耐えられた。

 それでもあまりいい気はしない。

 このひとつひとつが生きていたわけだし。


 きれいごとを言うつもりはない。

 人間だって牛や豚を殺して食べるし、大根やキャベツだって目に見えて動きはしないが命はある。

 命を糧に生きているのはマンドラゴラも同じだ。


 だから、変なのは自分なのだ。

 ネズミの肝が必要だと書いてあったことには狼狽えるくせに、虫は平気だ。

 虫一匹に一つの命、ネズミ一匹に一つの命であるのなら、ネズミ一匹の肝を取るより虫を大量に虫取りシートで捕まえる方が残酷な虐殺者だというのに。


 そんなことを考えながら虫取りシートにくっついた虫を割り箸で取った。

 ベタベタとしていてかなり時間がかかったが、取った虫と肥料をマンドラゴラの根茎の周辺に混ぜ込む。

 肥料と根茎は触れないように。

 近すぎると栄養過多で根腐れを起こすらしい。

 注意しながら混ぜた。


 これでこいつも生きるために誰かの命を奪う共犯者だ。

 終わった後、マンドラゴラを少し眺めた。


 他を犠牲にして自分が生きる。

 だが、それは花を咲かせたり実をつけたり、根や葉を大きく伸ばし自分を成長させる努力でもある。

 思えばマンドラゴラは不思議な植物だ。

 実になる部分は『恋なすび』と言われる媚薬となり新たな命を作ることに一役買い、その根茎は引き抜くと聞いたものを死に至らしめる悲鳴を上げる。

 生と死がこの小さなプランターに植わったちっぽけな草に一緒くたになっているわけだ。

 不思議な気分だな。



 そういえば先日、雛子に泣かれた。

 最近冷たいと。

 自分には恋愛を持続させる努力が足りないと。

 植物にだって肥料を与えるという努力は必要だ。

 雛子の言っていることにも一理ある。

 少しはこちらも好きでいる努力をした方がいいのかもしれない。

 まぁ、努力のし過ぎてお互いの魂を削り合うことにならなければいいのだけれど。


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