レオンハルトの初戦闘
「さあ、ぼっちゃまもリア様もお買い物を頑張ってくださいね?」
合わせて4500リラなので、ピアは銀貨と銅貨をレオンハルトに渡した。
「レオ君、この大きな銀貨は違うよね?」
フィーリアが10万リラ銀貨を突いて確認する。
「うん。この中くらいの1万リラ銀貨か、小さい1000リラ銀貨4枚と大きな100リラ銅貨5枚だね」
1度で覚えたらしい。
フィーリアがキラキラした瞳で見る。
「おじさん、これでいい? 辛いやつとタレのやつください」
他の客のを見ていたらしく、レオンハルトは問題なく注文した。
「あ、ああ。いえ、はい。ぼっちゃまは賢いで……ますね?」
店主は、何だか逆らったらヤバそうな凄い家の子だと思ったらしく、間違った敬語で応対した。
緊張しながら焼き上げた豚肉の串焼きを、レオンハルトとフィーリアに渡す。
一口サイズの豚肉が4つ刺さっている。ジュウジュウと音がして、脂が垂れていた。
香辛料と甘いタレの香りに、周囲で匂いを嗅いでいた裸足の子どもたちが喉を鳴らす。
周囲の期待するような視線に晒されたフィーリアは居心地が悪そうだ。
「ピア、どうやって食べるの?」
「レオ君、フォークもナイフもお皿もないよ?」
これだから金持ちは! と聞こえてきそうだ。
「ぼっちゃま、リア様。串焼きはそのまま食べるんですよ。お行儀が悪いですけど気にしないでください」
「そうなんだ?」
「じいやが怒らないかな?」
レオンハルトは躊躇なくかぶり付き、フィーリアは叱られないかビクビクしながら、小さな口で啄んだ。
「おいしー!」
「うん! 甘くておいしい!」
ピアは2人が将来、冒険者になりたいのを知っているため、いろんなことを経験して欲しいと思っている。
その胸の内をエルネストとセレスティーナに伝えたところ、今回の指示を受けた。
目立つように金を見せびらかせ、と。世の中には悪い奴が居ると実感させるためだ。
護衛はしっかり付けている。見える所に庶民の格好で屋敷の兵士と護衛を、見えない所に国の諜報員を配置した。
既に何人か怪しい動きをする奴に張り付いた諜報員からの連絡が全員に伝わり、ピアの耳にも入っている。
裏路地に居た浮浪者たちに金を与え、裏路地から移動させて場所を確保している。
あとは、ピアが誘導してから護衛で瞬時に捕まえる手筈だ。
「おいしかった~。ピアー、この串はどこにすてるの?」
フィーリアが半分も食べないうちに、レオンハルトが食べ終わる。
「木の串なら街のあちこちにあるゴミ箱に捨ててください。鉄の串ならお店に返してくださいね」
木の串なのでゴミ箱にポイッと捨てた。
「食べにくかった~。でもおいしい」
フィーリアも食べ終わるとポイッと捨てた。
「お2人とも食べ終わったので行きましょう。今度は子どもだけで行ってはダメな所です。覚えていてくださいね?」
「「ハーイ!」」
移動するレオンハルトたちを、コソコソと付けてくる怪しい連中を護衛が付けている。
レオンハルトも気配察知は練習しているので、付けてくる気配に気付いてはいるが、悪い奴だと思ってないので気にしていない。
ピアと手を繋ぎ、人混みを避けながらズンズン進む。
徐々に人が少なくなり、まだ昼にも関わらず、寂しく薄暗い道を行く。
フィーリアは不安そうだが、レオンハルトはご機嫌で歌を歌っている。
「ぼっちゃま。リア様の態度のほうが正しいんですからね? こういった場所には子どもだけで近付いたらダメです」
叱られながらもワクワクは抑えられない。
レオンハルトにとっては未知の場所──冒険なのである。
おまけに大好きなフィーリアとピアも居る。男の子に張り切るなと言うほうが無理だろう。
ピアが歩く速度を落として指定の場所で立ち止まる。
ゴミ箱の中や物陰、屋根の上などに隠れている諜報員や護衛たちに緊張が走る。
「おっと待ちな!」
「うへへっ。金とメイドは俺たちのだ! ガキどもは奴隷商に売り飛ばしてやる!」
人相の悪い男女が8人。
誰もが欲望に目をギラつかせ、ニヤニヤ笑っている。
女と子どもなんか、簡単に捕まえられると思っているのが見て取れる。
脂ぎった汚い顔、ニヤニヤする口元から覗く黄色い歯。
フィーリアは吐き気さえ感じている。
「なあ、ピア。何でアイツらバカそうなんだ? ゆうかいなんて上手くいくわけないのに」
レオンハルトがバカと言った瞬間、ニヤニヤした顔が真っ赤に変わる。
自尊心だけは一人前らしい。
「ぼっちゃま。教養がない者はぼっちゃまほど頭が良くないのです。悪人は捕らえて憲兵に突き出します」
武器を抜いた時点で殺されても文句は言えない法律だが、フィーリアに悪影響だと考えて捕まえる指示を出した。
「ふーん。ブースト!」
レオンハルトの足下に、無色透明に輝く魔方陣が現れる。無属性の付与魔法だ。
身体強化の効果がある魔方陣が、足下から上がっていき、レオンハルトの頭上まで潜らせる。
魔方陣が消えたあと、レオンハルトの身体に力が沸き上がってきた。
「もう1つ! ウィークネス!」
前方に突き出した右手から、路地を埋め尽くすほど大きな魔方陣が飛んでいって、誘拐犯たちを突き抜ける。
「てめえっ! 何しやがった!」
熱り立つ犯罪者たちが武器を抜いたが、力が入らずに取り落とした。
武器が石畳を打つ音が消える前に、レオンハルトの拳が2人の男の鳩尾を打ち抜いた。
「ぐあっ!」
「げふっっ」
血を吐いて倒れる。
レオンハルトの立っていた場所は、石畳が割れていた。
「なっ! 何でガキがこんなに強えんだ!?」
驚いているのは犯罪者だけではない。
ピアも護衛たちも参戦するのも忘れて呆然としている。
フィーリアだけはぴょんぴょん跳び跳ねて喜んでいたが。
「まだまだいくよ?」
石畳が砕けると、次々に犯罪者たちが殴り倒される。
男も女も関係なしである。
逃げようとする者は悲惨だ。背骨を叩き割られて泡を吹いている。
3分と掛からず、全員地面にキスをした。