剣術訓練開始
レオンハルトとフィーリアはスクスク育ち、3歳になっていた。
拙いながらも言葉を交わし、お互いに淡い恋心を育んだ。
レオンハルトは毎日のように屋敷を走り回り、御付きのメイドと護衛の手を焼かせる。
そんな彼を、屋敷の使用人たちは息子や弟のように可愛いがり、大事に育てている。
「ピアー! たすけて~」
ドアがバンッ! と開き、レオンハルトが飛び込んでくる。
レオンハルトの部屋を掃除していた御付きのメイド、ピアは驚いて振り返る。
「ぼっちゃま、どうしました?」
落ち着いたブラウンの髪を、おかっぱ頭に切り揃え、ホワイトプリムで飾っている。
17歳と若いが、母親のセレスティーナと同年代なので、レオンハルトがなついている。
そのために世話係りに抜擢されて、毎日張り切って仕事に臨んでいる。
今も散らかったオモチャを片付けて、窓を拭いていたところだ。
「きょーてきがおいかけてくるんだ! ボクをたすけて!」
そう言ってピアのスカートの中に潜り込んだ。
ピアの足首近くまであるスカートを捲り、ピアの脚に両手両足でしがみ付く。
「きゃっ! ……もう、またですか? 今度はどんなイタズラをしたんですか?」
言いたくないのか、ピアのお尻にイヤイヤと顔を擦り付ける。
「あっ、もう。しょうがないですね~」
少し恥ずかしいのか頬を染めている。庭に面した窓を開けて、素知らぬ顔で窓を拭く。
「ピア!? レオはどこにいったの?」
セレスティーナがドレスの裾をつまみ上げて、息子の勢い以上で部屋に飛び込んだ。
「セレス様。ぼっちゃまがどうなさいました? 先ほど窓からお庭に出て行かれましたが」
小首を傾げて尋ねる。普段から誤魔化しなれた堂に入った演技力である。
彼女は毎日5回くらい、レオンハルトをスカートの中に匿っているのだ。
レオンハルトは幼少期を思い出して、こう述懐している。
可愛いメイドのスカート中はファンタスティック!!!!
「また逃げられた~。あの子、日毎に逃げ足が早くなるわね」
乱れたポニーテールを直して息を吐く。
「それでセレス様。ぼっちゃまは……いえ、お見かけしたら叱っておきますね?」
ピアは脚を掴む力が増して、ぼっちゃまは聞かれたくないんだな~と思ったのか、訊くのをやめた。
言外に、自分が叱っておくので叱らないであげてくださいね、とフォローも入れて。
「お願いね? あの子はピアに弱いから」
母に叱られると、ピアと一緒に寝ているので今日はピアと寝るだろう。
ちなみに、イタズラの内容は母の口紅で鏡台に落書きをしたことだ。
母親の鏡台をカラフルにしようと思っただけで、本人に悪気はない。
「…………ぼっちゃま、もう大丈夫ですよ?」
セレスティーナが部屋から出て、3分間は経過してからスカートの中に声を掛ける。
「ふあ~。……ピア、ありがとう!」
スカートの中から這い出て、嬉しそうにピアに抱き付いた。
「うふふっ。どういたしまして」
ピアも喜びを隠せない様子で相好を崩す。
ひとしきりピアと一緒に遊んだあと、厨房で料理長につまみ食いをねだり、屋敷の裏にある訓練場に向かって走り出す。
訓練場は20人ほどの人間が同時に試合できるくらいの広さがあり、屋敷の警備係やレオンハルトの父や護衛も訓練に使う。
現在はレオンハルトの護衛、ダレンが剣を振り回していた。
ダレンは昔、エルネストたちに救われたことがあり、とても尊敬している。その縁で護衛に選ばれた。
まだ16歳だが、エルネストに鍛えられているので、強く有名な冒険者だ。
この国の平民によく居る茶髪でツンツン逆立っている。細身ながらも筋肉がしっかり付いていて、レオンハルトの目では追いきれない速度で剣を振るう。
「若! 何かありましたか?」
入り口から覗く気配に気付いたのか、振り向き様に声を掛けた。
「ダレン! ボクにも教えて!」
笑顔で駆け寄るレオンハルトを抱き上げ、力強く頷く。
「任せてください。旦那からは、若が興味を持ったら稽古を付けるように言われてますから」
エルネストとフランクは冒険者を辞めて、兵士の武術指南を任されている。
普段はグランフォードの街の兵士に教えているが、1ヶ月に1度、10日間くらい王都に滞在して指南する。
送り迎えは転移魔法で行われているので一瞬で行き来できる。自分の居ない間の訓練は、護衛のダレンに任せているのだろう。
「ボクもお父さんやダレンみたいに、すごく強くなるんだ!」
「わかりました。まずは体力作りと筋肉を付けましょう。そのあとは足腰を鍛えます。それから剣術の基礎を教えます。頑張りましょう、若!」
こうして、レオンハルトの訓練が始まった。
毎朝のジョギング、腕立て伏せや腹筋。朝食を食べたあとは走り込みをして、剣の握り方から素振り。
3歳児とは思えないほどに頑張り、弱音を吐くこともなく訓練した。
ダレンが止めてもピアが心配しても、飽きることなく訓練に打ち込み、毎日のように怪我をした。
「うわぁ~! レオ君はすごいな~! きょうもがんばってる」
そんなレオンハルトを見るのがフィーリアの日課だ。瞳をキラキラさせて毎日見に来ている。
怪我をしたレオンハルトに、母親から習った手当てをするのがフィーリアの幸せだった。
2人はいつしか冒険に出ることを夢見るようになり、フィーリアも母親に神聖魔法を習い始めた。
2人とも攻撃魔法を習いたがったが、セレスティーナにまだ危ないと言われて、教わるのは6歳になってからだ。
休みの日には父の訓練を受ける。エルネストは息子の頑張りが嬉しいのか、熱心に教えていた。
「旦那様! やり過ぎです! ぼっちゃまに何をするんですか!」
メイドのピアに詰め寄られても、頑として受け付けない。
「レオがやると言ってるんだ。怪我はエステルの魔法で治るんだから心配するな。良い女は男の決意を応援するものだ」
宥めるように諭すが、ピアは納得しない。
「だからと言って、骨を折るのはやり過ぎです!」
エルネストの肩越しに、倒れているレオンハルトを見る。フィーリアが泣きべそをかいて、折れた左手を撫でている。
「う~、ぐすっ。レオ君、レオ君しっかりして。いたいのとんでいって~」
その時、レオは飛び上がって、エルネストの背中に向けて木剣を打ち込んだ。
「スキあり~!!!」
「隙なんかあるか!」
エルネストはレオンハルトの攻撃をサッと躱し、木剣を持った右手を打ちつけた。
「いた~!! ふ~、ふ~」
右手をプラプラさせて、息を吹き掛ける。
「隙を狙ったなら叫ぶな! 静かに近寄って打ち込め! 明日からは気配察知と気配を消す方法をダレンから教えて貰えよ?」
「ちぇ~。しっぱいか~」
似た者親子に女性陣ドン引きである。
「……この親子は心配するだけ損な気がします」
「レオ君はちょっとへんだよ~」
フィーリアは泣きながら母親のエステルを呼びに行った。