絆の始まり
産まれてきた子どもに名前を付けたあと、エルネストは妻や使用人たちと一緒に祝いの準備を話し合っていた。
「旦那様、コールフィールド家の皆様にもお伝えしたほうがよろしいかと」
老執事ロベルトの提案を聞いて、エルネストは思い出したように膝を打った。
「そうだった! レオンハルトのことで頭がいっぱいで忘れてたぜ。誰かフランクとエステルに言ってきてくれ。俺は息子を見るのに忙しい」
コールフィールド夫婦は現在19歳で、エルネストとセレスティーナの冒険仲間だ。
手柄を立てて莫大な報酬を得たあと、隣同士に屋敷を建てて暮らしている。
メイドを遣いに出そうとした時、ノックの音が聞こえ、許可を出すと来客を告げる若い執事が入室してきた。
「お寛ぎ中、申し訳ありません。コールフィールド様がいらっしゃいました」
「おっ、いいタイミングだな。さすがフランクだ! すぐにここに連れてきてくれ」
パーティではフランクは弓使いだ。欲しいところに援護の一撃が巧い。
剣士で、すぐに敵に突っ込んで行くエルネストの大事な相棒である。
セレスティーナは魔法使い。可愛い顔に似合わず、強力な魔法で敵を吹き飛ばす。
エステルは治癒術師。パーティの病気や怪我を治し、アンデットなどを消し去る神聖魔法の使い手だ。
「エルネスト! こちらも産まれたぞ!」
執事が呼びに行って10秒ほどでフランクが部屋に入ってきた。
金髪を後ろに撫で付けた、猛禽類のような鋭い目をした男だ。
その後ろに子どもを抱えた薄桃色の髪の、おっとりした美人が付いている。
肩まで伸ばした髪にウェーブが掛かった、いつもニコニコしたフランクの妻、エステルだ。
「よく来たな、フランク! エステルも産んだか。同じ日に産まれるなんてな。予定は少し先じゃなかったか?」
「なに、10日なら誤差の範囲だ。そちらもおめでとう」
夫たちが産まれた子どもの自慢をしている間に、妻たちは子どもを見せ合っている。
「凛々しい男の子ね~。セレスちゃんが羨ましいわ~」
間延びした話し方だ。どうやら男の子が欲しかったらしい。
「エステルだって可愛い子ができてよかったじゃない。いろんな可愛い服を着せてあげられるし」
そう言って眠っている息子をじーっと見る。産まれたその日に可愛い服を着せられるピンチが訪れていた。
寝ている息子の頬をツンツンしている姿は、やはり16歳の少女らしい。
「うちのフィーリアもプニプニなのよ~。触ってみる?」
エステルも18歳と若く、赤ん坊のことがよくわからないので、せっかく寝ている赤ん坊を起こすようなことを平然とする。これから夜泣きに悩まされることを理解していない。
もっとも、富裕層は自分だけで育てる必要がないので、可愛いとこ取りができるだろう。
「さわるさわる! …………ほぁ~、女の子も男の子も赤ちゃんは変わらないんだね。成長するとスゴく違うのに」
フィーリアの頬を撫でて、息子の頬の感触と比べている。
「俺たちにも抱っこさせてくれ! セレスだけズルいぞ!」
「うむ。父親をのけ者にすると教育に悪いからな!」
エルネストの言葉に賛同するフランク。男たちの表情は必死で少し恐い。
「ふぇ、ふぎゃ~! ふぎゃ~!」
案の定フィーリアが泣き出した。
「あなた~。あとでお仕置きですからね~? はいはいリアちゃん、泣かないでね~」
エステルが夫を叱って娘をあやす。
子守唄を歌ったり撫でてみたりするが泣き止まない。
「うっ。赤ん坊の泣き声は凄いな」
「俺としたことがウカツだったな。静かにしておけば良かった…………それにしてもお前の息子は泣かないな?」
「男だからじゃないか?」
「それ以前に起きないぞ?」
赤ん坊のことがわからない若い父親たちは、揃って困り顔だ。
「レオンハルトは大丈夫かな? こんなにうるさいのに起きないなんて」
心配し過ぎなセレスは、すでに泣きべそをかいている。
「ほらほら、ママですよ~? 悪いパパはママが叱ってあげますよ~」
「俺は今晩、野宿かもしれん。エルネスト、泊めてくれ!」
エステルは相当、夫に厳しいようだ。
「土下座でなんとか許してくれるんじゃないか? いつものように」
「子どもを泣かしたから無理だ」
英雄たちの評価が下がりっぱなしだ。できる使用人は仕事に戻るふりで部屋から出て行ったが。
赤ん坊や婦人の世話をするメイドは寝たふりで誤魔化した。しっかりとした貴族の紹介で雇った使用人たちなので、主人の恥を聞かなかったふりをしてくれる。
「ふぇ~~~~~!!!」
フィーリアの泣き声はますます激しくなり、エステルも半泣きになってきた。
男たちはオロオロし、女たちもどうすればいいか分からない。メイドたちも勝手に主人の子どもに触れることができない。まだ世話係りは決まっていないのだ。
「フィーリアちゃん。泣き止んで! 私の息子のレオンハルトだよ! 仲良くしてね?」
息子を近付けて興味を引こうとする。
「あ~~~~!!!」
余計に酷くなった。
さすがに耳元で泣かれて煩くなったのか、レオンハルトが起き出した。
「あっ! 起きちゃったよ。どうしよう」
しまった! という表情で慌てるセレス。
しきりに、ごめんなさいね~レオン君、と謝るエステル。
レオンハルトまで泣き出さないかと戦々恐々とする男たち。
親たちの雰囲気にますます泣くフィーリア。
どうしよう? と顔を見合わせるメイドたち。
そんな周りを気にすることもなく、ぐう~~~~!!! と巨大な腹の虫を鳴かせているレオンハルト。
一瞬でシーンとなった。あまりの大きな音に、ビックリしてフィーリアも泣き止んでいる。
「…………ぷっ」
シーンとなった部屋にメイドが吹き出した。
「ハッハッハッハッハッハッ!! 俺の息子は大物になるぞ!」
「まったくだ! ハハハッ! 俺たちは出ていよう。お前の息子が腹が減ったと暴れ出さんうちに」
授乳のために部屋を出た夫たち。
「えへへ、お腹すいちゃったんだね! いまオッパイあげるね」
メイドに息子を預け、服を脱ぎ出す。
「フィーリアもお腹が減ったのかもね~。あたしもオッパイあげないと~」
ベッドに腰掛けて服をはだける。
「あむっ。ちゅ~~~」
必死に生きようとする小さな命に、新米の母たちは幸せそうに笑い掛ける。
「ぷはー。うみゅう」
「あうー。むにゅ」
子どもたちは満足したのか、満面の笑顔でオッパイをぽすぽす叩いている。
背中を叩いてゲップをさせてから、揺りかごに寝かせる。
「フィーリアちゃんも寝かせる?」
「そうね~。腕が疲れちゃったし、お願いね~」
レオンハルトの隣に寝かせると、お互いにじーっと見詰め合う。
「あいー?」
「まう~?」
赤ちゃん同士の謎のコミュニケーションを交わし、に~っと笑い合う。
子どもたちは手を繋いで眠りに就いた。
日差しも柔らかく、部屋どころか心まで暖めてくれるような午後の一時だった。